どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(5)赤毛の少女と回復魔術

ウルドに別れた僕は、水浴びをして汗を流すとカウンター兼厨房に向かった。


宿屋の一階は厨房と食堂と言った設備が揃っているので昼は飯屋、夜は居酒屋として開けている。だから普段なら仕込みに入るのだが…今日はあまり仕込みがないため、単純に自分の朝食を作る為だ。


僕は食パン四枚を厚めにスライスしてオーブンに入れる。
パンをトーストしている間に、熱したフライパンにベーコンを入れて軽く焦げ目をつけ、玉ねぎを薄く切り、水で洗うと一度オーブンを開ける。


鼻孔をくすぐる、香ばしいパンの匂い。このまま口に入れたい欲望を抑えこみ、キツネ色に焦げ目がついたパンに、瓶詰めにしている特製マヨネーズを塗り、その上にスライスした玉ねぎを乗っける。


最後に焼き目を付けたベーコンと、チーズを乗せてパンをオーブンに入れればベーコンチーズトーストの完成だ。


元の世界と違い電力ではなく、紫水晶アメジストに似た石……魔石に溜まっている魔力を動力源に動く魔具。その内の一つである冷蔵庫に入っている葉物野菜で簡単なサラダを三皿作る。


一つは自分の分、一つはルナスの分、そして最後の一つがアリソンの分だ。


しかし、今更ながら思うが魔具はつくづく便利だ。おかげでこの異世界に来ても生活で不便だと思った事は殆どない。魔具はオーブン、コンロ、シャワー、暖房、冷房なんでもあるからだ。


「おはよう~!ヤマト!」


そんな事を考えていると扉に付けた鈴を鳴らしながら、場の雰囲気全てを明るく華やかなモノに変えるような笑み浮かべ、バスケットを持った少女が入って来た。


アリソン・ワーズボア。


絶世の美少女という評価しか与えようのない美少女。艶やか真紅の髪を後ろに一本に纏め、何の手入れもしていないのに自然と絶妙な形を象る眉に、意志の強さを体現したような、少し釣り目勝ちの深い色彩を帯びる緋色の瞳。
美しいまでの鼻筋に薄紅色の唇。


白い肌は下心を抜きにして、思わず触りたくなるような滑らかさだ。それらをバランス良く配置すれば、美しさのあまり息を吐くほどの美少女になる。


ちなみに…母親のカルラさんも三十代中盤とは思えない美貌と若さを持ち、抜群のスタイルをしている。ただ…胸の大きさだけはアリソンに遺伝していない。アリソンは…いや、何も言うまい。女性の前で下手な事を考えるのは恐ろしいものだと、僕は学んでいるのだ。


「おはよう。…気持ちは嬉しいけど、別に毎日は来なくていいよ?」


僕は嬉しいような困ったような何とも言えない顔を浮かべた。


ある日から基本的にアリソンは、朝は必ず僕の元に来て一緒に朝食を食べるのだ。


「うるさっいな…。良いじゃない私が来たいんだもの…それともヤマトは嫌?」


アリソンは満面の笑みから拗ねたように唇を尖らせ、こちらを下から覗き込むように見上げる。


「いや…嫌じゃないけど」


「なら!問題ないわね」


アリソンは僕の言葉を聞くと、すぐさま笑顔に戻った。


「あっ…そうだ。はい!いつもの焼きたてパン」


そう言ってアリソンは手に持ってバスケットを僕に渡す。


バスケットの中には、いつものように焼きたての小麦が放つ香ばしくも甘い匂いさせたパンが入っている。


「ありがとう。カルラさんにお礼しないとな」


「別に気にしないでいいわよ。私の分の朝ご飯も作ってもらってるんだから、それより今日のご飯は?」


楽しそうに笑みを浮かべるアリソンに釣られ、僕もついつい笑みを浮かべた。


「ッ…!」


「今日はサラダとベーコンチーズトースト…って、どうかした?顔が赤いけど…」


「へっ?な、何でもないわよ。何でも……。コホン。じゃあ早速食べましょうか?」


「…うん?って、ちょっと待ってもらっていい?」


「どうかしたの…?あれ?そういえば一人前多いわね」


アリソンは不思議そうに首を傾げる。


僕はどう言うべきか少し迷う。が、アリソンは妙な所で感が鋭い。下手な嘘は確実にバレるだろう。……正直に話す事にするか。


「んー。昨日色々あって、銀髪の女の子を拾った」


「えっ…?ひ、拾った!?どういう状況よ?」
間違いではないけど、説明を省き過ぎたな。


「昨日の夜なんだけど、突然変な男が僕の部屋に侵入して来てさ?外にも気配を感じたから、とりあえず意識を奪って、外に出たら怪我をした女の子が黒尽くめの男達に囲まれてたから、他の男達もついでに意識を奪って、レイダーさんに預けたんだけど……助けた女の子も疲労が溜まってたのか、気を失ったから二階の客室で休ませてる」


自分で言ってて良く分からないな……。ま、含みのありそうなレイダーさんや、ルナス自体に聞かないと詳しい事情は分からないのだけど


「良く分からないけど、す、すごい話ね。それで女の子に怪我はないの?」


アリソンは戸惑いながらも、今の話を受け入れたようだ。
昨日の出来事自体より女の子が心配なようだ。なんともアリソンらしい。


「手当てはしたけど、肩に切り傷が…」


「なら、私が治すわ!今から女の子の所に行くんでしょう?私も一緒に行く」


切り傷があると言った瞬間、僕の言葉を遮って言い切るアリソン。ま、おそらくは男達の獣欲の餌食になるところだったのだ。


予想外の目覚めの速さに、僕1人で会う事になったけど、同性が居た方が良いだろう。僕は頷いてアリソンと二階に登った。








コンコン。


扉をノックすると同時に、アリソンは「入るわよ~」と言って扉を開け、ルナスが寝ている部屋に入った。僕もその後に続く。


部屋に入ると、上半身をベッドから起こした銀髪の少女が紫水晶アメジスト色の瞳でこちらを見て、一瞬警戒するような目線を向けて来たが、僕と目が合うとすぐに警戒を緩めた。


「初めまして!私はアリソン。それで隣に立ってるのが…」


警戒した様子を気にする素振そぶりを見せずにアリソンは笑顔でルナスに声を掛けた。


「……ヤマトさんですよね?アリソン……アリソンさん。ルナスです」


僕を紹介しようとしたアリソンだが、その前にルナスが僕の名前を答えた。


「あれ……もうヤマトとは挨拶済ませたんだ?それよりヤマトから怪我をしていると聞いたけど…」


心配そうに尋ねるアリソン。


「……しっかりと手当てして貰ったようなので大丈夫です」


「む、本当かしら……ちょっと見せて貰うわね」


この程度大した事ないとでも言うような態度のルナスに、アリソンは近づいて……いきなり怪我をした肩を握った。


「…ッ!?」


さすがにいきなり傷口を触られるとは思わなかったようで、起きてからあまり表情を動かさないルナスも声を漏らし、顔をしかめた。


「…ん?なんだ。やっぱり痛いんじゃない」


アリソンはそう言うと、両手を銀髪の少女の傷に当てて瞳を閉じると、詠唱でイメージの固定化をして呪文キーワードを唱えた。
「我が両手は汝の苦痛を取り除き、その傷を癒やす【初級治癒ファーストヒール】」


アリソンの手から暖かな光が溢れ、傷口を包むと、ゆっくりと傷が塞がって行く。その光景を見ながら魔術は便利だな……と改めて僕は思った。
【魔術】魔力を源に事象を変化させる術の総称だ。今、アリソンが使ったのは攻撃魔術、治癒魔術、特殊魔術の三種類に分類される中の一つである治癒魔術。


この世界の魔術に必要なのは言うまでもなく魔力なのだけど、それに魔力操作と明確なイメージの固定化の2つが重要になる。例えばの話として、一番最初に覚える初歩魔術の一つに魔弾ガンドがある。


その名の通り魔力を球体状にして、敵にぶつける初歩の攻撃魔術。
だが…魔弾ガンドと言っても魔力操作でどれだけ魔力を込めるかで威力が全く違うし、イメージ次第で姿を変える。


普通の魔弾の威力が人にぶつけると気絶させる程度で、消費魔力が2だとする。これに魔力操作で倍の魔力4を注ぐと、人にぶつけると怪我を負い…最悪当たり所が悪ければ死ぬ威力に上げる事が出来るらしい。
もっともこれは魔術に耐性が低い一般人の場合で、一定量の闘気を持っていれば跳ね返せるし、魔力の場合は魔障壁で防ぐなり、同じ魔術で相殺出来るので、あくまでも例えと僕はカルラさんに教えられた。


この魔力操作に対して明確なイメージの固定化は、イメージ次第で魔術そのものを変質させる事が出来る。


例えば初級攻撃魔術である魔弾ガンズは「我が敵を打って【魔弾ガンズ】」と詠唱で自分の中でイメージを固めて、呪文キーワードである魔弾ガンズと唱える事で発動する。


この魔弾ガンドを基本に様々な属性や特性を加える場合は「炎よ。我が敵を焼け【炎弾フレイム】」や「炸裂し、我が敵を打って【散魔弾スプレットガンズ】」と言うように詠唱で己のイメージを変質させ、固定化させる事で魔術自体に変化させるのだ。


ま、詠唱はあくまで補助らしく、己の中に強固で明確なイメージさえ出来ていれば、呪文キーワードのみでも魔術は発動するので、詠唱はあくまでも己のイメージ安定させる為に必要なのだ。
そのため人によって同じような魔術でも詠唱に違いがあるし、大抵の魔術師は簡単な魔術は詠唱無しが基本らしい。


要約すると魔力操作で威力の調整などが出来、明確なイメージさえ出来れば、発想力次第でいくらでも魔術そのものを作り出せるのが、この世界の魔術なのだ。そのため発想力と戦術次第で、魔力が少なくても戦闘能力の高い魔術師も多く居るらしい。


ただし…もちろん一定のリスクは存在する。肉体的な能力では闘身術の使い手には絶対的に劣るし、魔力操作やイメージが安定しなければ魔力が暴走し、使用者自体に魔力が跳ね返ってしまう。






最後に魔術分類について、攻撃魔術は読んで字が如く、攻撃に関する魔術。治癒魔術も同じようなもの。
特殊魔術は攻撃と治癒のどちらにも属さないものを指し、明確な体系が出来上がっていない考えた人のオリジナル魔術が大半らしい。


ちなみに僕は普通の魔術は一切使えない。ま、固有魔術と呼ばれる特殊な魔術だけは使えるけど……戦闘以外には役に立たない。


「治癒魔術…」


銀髪の少女は、ほとんど傷跡もなく治った自分の肩を見ながら驚いたように呟いた。


…そんなに驚く事だろうか?確かに治癒魔術は攻撃魔術に比べてイメージの構築が難しく、初級程度でも習得は難しいらしいけど。


「はい。おしまい。具合はどう?」


治癒魔術を使ったアリソンがそう言うと、銀髪の少女は迷うように視線をさまよわせてから口を開いた。


「その…大丈夫です。……ありがとうございます」


「どう致しまして!ルナス」


ルナスの名前を呟いて、笑顔を浮かべるアリソン。


ルナスはアリソンとその後ろに立つ僕に眉根を寄せ、泣き出すのを我慢しているように顔を歪め「なんで……?」と。


「……どうしてこんなに2人とも優しくするんですか……?なんで私に治癒魔術を使うんですか?なんで…侮蔑や嫌悪感ではなく、2人共そんな笑顔を向けるんですか?こんなっ!こんなに優しくされたら私は……」


悲痛な叫び。ああ……と、僕は思う。人を信じるのがルナスは怖いのか。


僕1人なら特別な存在で済んだのだろう。
でも、2人の人間に優しくされたら自分の中に作った壁が、線引きが壊れる気がして……信じたいと思ってしまうから、一度信じて裏切られたら耐えられないと分かっているから。


「大丈夫だよ」


そう言ってアリソンは、ルナスを抱きしめた。
何が大丈夫なのか。そんな明確な理由もないのに、それでもその声を聞いたら大丈夫だと思ってしまう。そんな優しい声で。


「……っ!~~私はっ!」


それでも何かを言おうとするルナスをアリソンは強く抱きしめた。


「大丈夫。私が居るし、何よりヤマトがいるよ。ヤマトはね?世界で一番強くて優しくて、カッコいいんだよ?だから大丈夫」


子供をあやすように言いながら、何故か僕の名前を出して聞き覚えのある言葉を言うアリソン。


「っ……っ……~~っ!」


ルナスはアリソンの胸に顔をうずめて、せきを切ったように泣き出した。




子供のようにしばらく泣いた後、ルナスは安心したように安らかな顔で眠りについた。まだ疲れがぬけ切れていないのだろう。


「寝ちゃったね」


ルナスの頭を撫でて、僕を見るアリソン。


「そうだね」


僕は昔の事を思い出し、どことなく気恥ずかしくて目を逸らした。


「む……?なんで目を逸らすのかな?」


「いや……気のせいだよ。気のせい」


仕方なく視線をアリソンに戻せば、昔を思い出すように目を閉じていた。


……頼むから僕が思い出して欲しくない事を、思い出さないで欲しい。


「なんだか懐かしいね〜?昔、ヤマトも……」


「アリソンさん!いえ、アリソン様。お願いですから、その事は思い出さないでください」


案の定、アリソンはあの事を思い出したらしく、話を振って来たので僕は頭を下げて、勘弁してくれとお願いした。


「むぅ……なんでよ?」


「……恥ずかしいんだよ」


僕は顔を逸らしながら答えた。


「ふ〜ん。ま、いいけど。それより、何とかルナスさんの力になってあげたいね」


「そうだね。でも良かった。アリソンに心を開いたみたいだし、これで多少は気を落ち着かせられる」


内心、話が逸れた事に安堵しながら、僕はそう言った。
誰にも信頼出来る人がいないのと、誰か1人でも信頼出来る人が居るのとでは、全然居心地は違うだろう。


「ううん……!それは違うよ。ヤマトが最初にルナスさんの心を開いたから、ヤマトと一緒に来た私にも開いたくれたのよ」


「………」


僕は否定の言葉を言おうとしたけれど、僕を信頼しきった目で、眩いばかりの笑顔でそう言われたら何も言えなかった。


ああ……全く。


僕はこの先アリソンに一生適わない気がするのは、気のせいではなく、確かな事なのだろう。そして、そんな気持ちを抱く自分を僕は悪くないな……と思った。







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