どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。

神依政樹

(4)闘身術

ルナスにホットミルクを渡したヤマトは、幼い頃からの習慣となっている運動をするために、森の中で唯一更地になっている場所に行くと……レイダーが腕を組んで待っていた。


「来たか…。ほれ!」


「はい…?」


レイダーから鞘に収まった長剣を投げられ、反射的に受け取ったヤマトは目を丸くした。


「さて…久しぶりにやるぞ。ヤマト」


凶悪な笑みを浮かべて、ヤマトと同じ長剣を構えるレイダー。


「やるって何を…」


ヤマトはそう言いながら、渡された長剣を鞘から抜いた。
長剣は訓練用に刃が潰された物であり、ヤマトにとっては一番使い慣れた剣でもある。レイダーは困惑するヤマトの事などお構いなしに、剣を持った手を肩に回し、腰を屈める構えをとる。


(おいおい卒業って言ってなかったけ…?)


なぜならばその構えは一年ほど前に「卒業試験だっ!」などとヤマトの一応義父と言うことになっているウィルドとレイダーの2人が、有無を言わせずに向かって来た時にレイダーが見せた、本気の構えであった。
レイダーの剣は日本の剣術に例えるならば、示現流という流派が近いだろう。
一撃必殺。先手必殺の威力を持つ剛剣。それだけでも厄介だと言うのに、レイダーは必殺に昇華させている全身全霊で放つ初撃を防ぐなり、外したところで、威力は初撃より落ちるものの、人間離れした優れた反射神経を無意識で使い、間を置かずに次の技を繰り出すてくるので、常人では手が付けられない化け物であった。


ヤマトが聞いた話によれば、レイダーは60歳近いはずなのだが、衰えを見せない大きな体躯は闘気を纏い、ただでさえ大きな肉体はさらに尋常ではない威圧感で膨れ上がって見える。
通常は知性の輝きを宿した少年のような瞳に、今は戦意が漲らせてヤマトを見据えている。


ヤマトは口から深いため息を吐き出したくなった。


「模擬戦、試合、訓練、何でもいいがとにかくやるぞ」


ヤマトは何を言っても無駄だと悟り、仕方なく剣を構える。


「ふん。闘身術は身体能力強化だけな…じぁいくぞ!」


(闘身術有りか…!面倒なっ)


ヤマトは内心罵倒し、そのイラつきを向かって来る暴威の塊と化したレイダーにぶつけるべく、剣を握り締めた。


【闘身術】それは魔術と並び、この世界に存在するものである。


一定以上の鍛錬を積んだ者が使える技で、冒険者や傭兵、戦士、騎士などの基本的な身体能力が人を上回る魔物と直接戦う為に彼らが生み出した技。


闘気という生命力を使った【闘身術】の力は多岐に渡る。


身体能力、五感などは言うに及ばず、闘気を纏わせる事で武器や防具を強化する事が出来、剣に闘気を纏わせれば錆びた剣ですら、鉄を容易に切り裂き、剣圧で衝撃波を発生させる事も出来る。
盾などの防具に纏わせれば、オーガやトロールなどの重い一撃すら防ぎ、ある流派には相手の攻撃をそのまま返す事が出来る技も存在する。


身体に闘気巡らせて、強化すれば人間では出来ない動きが可能となり、視覚や嗅覚、聴覚という五感も強化する事も出来る。


だが、残念ながら何でも出来る万能の力という訳ではない。


闘気の量には個人差がある上、闘気で上昇する能力はあくまでも元々の能力に依存するため、人にしろ、武具にしろ、小さな器に水を入れてもすぐに零れ落ちるように限界がある。
逆に言えば元々の能力が高ければ、闘気により普段の何十倍もの力を発揮出きるのだ。


だが、とある致命的な欠点がある。闘気と魔力は致命的に相性が悪いのだ。闘気と魔力は反発する性質があるので【闘身術】を使いながら、魔術を使おうとすると反作用が起き、魔術が発動せずに暴走して、使用者に牙を剥くこともあれば、身体に纏わせた闘気が反発し、身体を内部から破壊する事もあるのだ。


もちろん魔術にも身体強化術が存在するのだが…【闘身術】に比べると半分以下の身体強化しか出来ず、効率が悪いので基本的には近接戦闘が得意な者は闘気を、魔術に才ある者は魔術しか使わない。


最も両方使う一部の例外や、闘気と同時に使っても問題がない、固有魔術と呼ばれる特殊な魔術も存在するのだが。


ヤマトが身構えた時には、レイダーは脱力していた全身の筋肉を瞬時に駆動させ、同時に闘気を身体に巡らせると、地面にひびが入る程の踏み出しで前に出た。


ドンッ!


まるで、撃鉄により弾かれた弾丸のような勢いと空気を叩き付けるような音を出し、レイダーはヤマトに突進する。


迅雷獣突じんらいじゅうとつ
レイダーが対軍用に編み出した一点突破の技であり、レイダーの持つ魔剣に本気で闘気を纏わせたこの技は、直線上に存在する全てを跡形もなく消し去る凶悪さを持つ必殺技である。


今はレイダーが周りの影響と考え、長剣の耐久性から、本来より威力が抑えられているとは言え、平均的な体躯であるヤマトに当たればまず間違いなく、その身体を肉塊に変えるだろう。もっとも……、それはヤマトという少年が常人であればなのだが…。


(ちっ…!)


レイダーは音速に近い突進の中で舌打ちをした。
何故ならばレイダーが踏み込むのに僅かに遅れたものの、ヤマトも突進していたからだ。


それが闘気を纏っていようと単なる突進ならば、レイダーは失笑していただろう。
初めて見せる技だとは言え、この技を舐めすぎだと……が、レイダーは直感で理解した。


あれは己の技に匹敵する技であると…。


ヤマトの行った突進は、ある流派では流水と呼ばれるレイダーと同じ脱力からの爆発的な筋肉の駆動、剛体術による硬質化、それに効率的な闘気の操作術、これら三つを合わせたレイダーの【迅雷獣突じんらいじゅうとつ】にも引けを取らない【流水剛迅りゅうすいごうじん】とでも言うべき技。


レイダーは内心、全くと苦笑した。
瞬時に自分の技を見切り、避けきれないと悟る判断力、相殺させる技を編み出し、難なく繰り出す技量と才能、レイダーはヤマトに呆れと僅かな嫉妬と誇らしさを同時に抱いた。


二人は互いにぶつかる瞬間、レイダーは肩に担いだ剣を振り下ろし、ヤマトは突進を止めずに、突進の推進力をそのまま剣に乗せるように腕を鞭のようにしならせて、二人の剣はぶつかり合った。


ギンッ!と剣が鈍く、重い音を響かせて、…空中に弾かれる。


二人はそこで止まらず、互いに攻撃の流れを止めなかった。


レイダーが元々落としていた腰と、剣を持って、振り下ろした手を後ろに引き、空手の正拳突きのような突きを放つと、ヤマトは剣を握っていた腕を起点に身体を回転させ、そのまま回し蹴りを繰り出した。


突きと蹴りがぶつかる。


威力は互角。ぶつかった反動を利用して互いに後ろに飛ぶ、剣が地面に落ちる前に同時に剣を回収して2人は距離を取る。


「ったく……一度も見せて無い技を簡単に対処しやがって……」


呆れを含む言葉に、ヤマトは苦笑して答えた。


「何となく重心が前に傾いてるような気がしたので、突進技かな~と」


「……本当にお前は、信じられない野郎だなぁ」


本来レイダーが使う武器はクレイモアを凶悪に進化させたような禍々しい形状の大剣タイプの魔剣だ。
レイダーはそれを使っていたとしたら…と少し考え、それ以上考えるのを止めた。


今回のように恐らく何かしらの手段で相殺されるか、破られる可能性しかレイダーは思いつかなかったからだ。


(ったく!こっちは仮にも昔は大陸最強と呼ばれた内の一人だぞ…)


レイダーは内心愚痴りながらも、嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「ふん…。さて、仕切りなおすぞ」「なら…今度は僕から行きますよ?」


「上等っ!」


口の端を吊り上げて笑うヤマトに、レイダーの凶暴な笑みで答えると、ヤマトは足を踏み出した。






「そういえばレイダーさん」


ヤマトは何の遠慮もない拳を叩きつけながら、口を開いた。


「あん?どうした」


レイダーも何の苦もなくヤマトの拳の威力を殺すと、お返しに蹴りを放ちながら聞き返す。


激しく打ち合った2人は、互いに剣を壊して肉弾戦に移っていた。2人共、本気では無いとは言え、全くの手加減も、遠慮も、容赦もない様子で戦っている2人を知らない人間が見れば、殺し合っているように見えるかもしれない。


まぁ……2人の攻防を正しく見える存在ならば、2人が全く息を切らせていない様子に、顔をひきつらせる可能性が高いが……。


「昨日の女の子が目を覚ましましたよ。起きたばかりで精神的に憔悴してたので、何も聞いてません。名前は名乗ってくれてルナスと言うらしいです」


「そうか……とりあえずはお前の所で面倒を見てやってくれ。……色々あってな。詳しい事は二、三日内に、必ず話す」


「ま、いいですけどね」


レイダーが話すと言うのだから、話すだろうと思い、ヤマトは納得すると決着を着けるべく、攻防を続けながら一歩踏み出した。


イメージは螺旋らせん。脚から腰、腰から肩、肩から腕に螺旋が渦巻くように、力の方向を制御して、力の出口である手を貫き手とも、掌底ともつかない形にすると、そのまま目標に当たる瞬間、捻り込むように穿つ。


螺旋崩打ねじほうだ
直接的に衝撃を伝える普通の拳打と違い、力の流れを制御する事で、ドリルのような貫通力を持った技。
どんな相手だろうと、まず初見では防御出来ない。


「っ……!?」


それを腹に喰らったレイダーは、短く息を漏らし無意識に一歩下がった。


一瞬の間、だがヤマトにしてみれば十分過ぎるほどの隙。


ヤマトは蹴り放ち……レイダーの顎先で、ピタリと静止させる。




「……はぁ。俺の負けだな。なんつうエグい技を使いやがる」


レイダーはため息を吐くと、非難するような目をヤマトに向ける。


「あはは……レイダーさんなら大丈夫かな~と」


ヤマトは無理やり笑って誤魔化したが、レイダーだからこそ、とっさに威力を殺せたものの……普通の人間ならば腹を破り、背中まで手が貫通するし、実力者でも内臓に致命的なダメージを負うだろう必殺技である。


「ま、いいけどよ。じゃ色男!ルナスの面倒は頼んだぞ」


レイダーはそう言うと、長剣を拾い、何事もなかったように去って行った。
……人外の耐久力である。ヤマトがやりすぎるのも、多少は仕方のない事なのかも知れない。


「やれやれ、いつものように唐突だよなぁ。レイダーさんは……女の子が心配だったんだろうけど」


ヤマトは何かを諦めるように息を吐き出して、全身の力を抜くと静かに目を閉じた。


普段ならば身体を動かすのだが、レイダーとの組み手を行ったので身体は動かさない。
ヤマトが行おうとしているのは、イメージトレーニングである。ただ想像する。今、出来る己の動きを想像し、時に上回るように、剣を振るい、拳を打ち、槍をしならせ、弓を引き絞る。
己が知る動作を一通り身体の細胞全てに染み込みさせるようしながら、闘気を制御して身体に循環させるのも、同時に行う。


額に僅かな汗がにじむ頃、身体を循環する闘気を鎮めると、今度は闘気とは別の己の魂の奥底にある魔力を意識した。そして、一度意識した魔力を使おうとした所で…音もなく、人を丸呑みに出来る程の大きさを持った巨狼が現れた。


村のあるこの森に、一切魔物や人間が近寄らない理由になっている存在。


日の光を浴びて、キラキラと光り輝くような銀色の体毛を持ち、太陽を受けて七色に光る水晶の角は神々しく、この世に生きる全ての生物が、見た瞬間に己より上位の存在だと悟り、畏怖を抱く圧倒的な存在感があった。


神が如き獣【神獣】と言う名が相応しい存在。


角を揺らしながら、大きな狼は金眼を細める。


『お主は毎日、毎日飽きもせずにやるのぅ』


さも自然に言葉を話す巨狼。普通ならば驚いて、言葉も出さずに、畏怖抱いて腰を抜かすか、逃げる所だが……。


「習慣だからね。体が鈍らないようにしないと落ち着かないんだよ」


ヤマトは何の疑問も差し込まずに、自然と返した。
そもそもこの狼とヤマトの付き合いは長い。ヤマトがまだ村に馴染みきっていない頃にまで遡るのである。だから自然と接せられるのもおかしくはない。


……もっとも出会った当初からヤマトの態度は大して変わらず、気軽なものなのだが……。


『ふむ。そうか……。やれやれ身体を動かさないと強さを維持できぬとは、人は不便よな。ところで昨日は随分暴れたのぅ?』


巨狼はクックッ…と口の端を吊り上げて笑う。


「気づいてて放置したんだ……」


ヤマトは少し責めるような目を向ける。


『そんな目で見られてもな…。私はこの村の守り神でもなければ、森の守り神でもない。ただこの森に居着いているだけだぞ?』


巨狼は苦笑したように言う。


『それにだ…私が何かをしていたら、お前の家で寝ている少女が行き倒れていたぞ。そもそもあやつらは程度ならば、お前や村に住む人間達の実力であれば……問題無かったろうて?』


「確かに問題なかったけど……そもそも昨日の奴らって弱いの?強いの?」
異世界に来てから、村の中でしか過ごした事のないヤマトは、この世界の強さの基準が分からず、心底不思議そうに首を傾げた。


『ふむ。人の強さに当てはめれば……まぁ、弱くはないのぅ。やれやれ……村から出たことがないのは問題だな。お前がその気ならば、人の世では富も名声も思いのままだぞ?』


「いや、別に食い扶持に困らなければいいよ。富も名声も興味ないし……でもそうなるとウィルドやレイダーさんって…」


それに被せるように巨狼は言う。


『人の規格からは外れているな。お前はさらに論外だが』


狼の論外と言う言葉にヤマトは酷い言われようだと苦笑する。


「って、そろそろ良い時間だな……。じゃまた明日ウルド」


『ふん……。ではの』


ヤマトは太陽の位置から大体の時間を把握すると、そう言って去って行った。


ウルドはその後ろ姿を見ながら、笑みを浮かべながらぼそりと1人呟いた。


「さてさて……ヤマト、お前はこの世界にどんな影響を与えるかのぅ?」



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