どうやら最強の少年は平穏に過ごせない。
幕間、願う男と笑う少女
必要最低限の調度品と実用品のみが置かれた一室で、1人の美しい男が椅子に背を預け、閉じていた瞳を開くと物憂げに呟いた。
「さて、私に出来るのはここまで……あとは自然の流れに任すとしましょう」
物憂げに諦観と僅かな期待が込められた呟きを漏らしたのは、先程までレイダーと会話していた男……第二使徒のマーズ・ハイルランドであった。
全体的に線が細く、女が羨むほどに色白で美しい肌に美しい顔立ち、怪しい色気を感じさせる紫水晶の瞳は、艶やか金髪が長ければ女性としか思えないだろう。
第二使徒、そして創世の女神からの信託を伝える代行者である教皇を覗けば、全体的に人教やマギアソールの行動指針を決める参謀兼宰相と言う絶大な権力を持つ男の部屋で……突然、少女の声が響いた。
「あらあら?マーズ様ったらそんな物憂げな顔を為されてどうしたのです?」
「……エリーゼですか」
マーズはいつの間にか部屋に入り込み、自らを上目遣いで見つめる美しい少女を咎めるように冷たく見据えた。
少女の名はエリーゼ。10年程前に教皇によって連れて来られ、突如として空位となっていた第十使徒についた、浮き世離れした神秘的で無垢な美しさを持つ少女である。
「ふふふ……はい。エリーゼですわ。それで?教皇様の命に従い、ルナスは殺したのですか?」
エリーゼの何かを期待するような質問に、マーズは許可なく部屋に入った事を咎めようと考えたが……そんなもの気にする人物でないことを知っているため、予め用意していた答えを伝える。
「ええ、滞りなく始末しました……と言いたいのですが、邪魔が入りました」
「邪魔……ですの?」
エリーゼは小首を傾げた。エリーゼの性質を知らない人物が見れば、可憐で可愛いらしいと思える仕草にも何ら心を動かさず、マーズは淡々と情報を伝える。
「ええ、始末しようとした所を逃げられましてね。どうやらルナスは偶然にも20年も逃げ隠れていた大罪者達が潜む場所にたどり着いたようで、部下はほとんど全滅してしまいました」
「あらあら……それは大変ですわ?それじゃルナスの始末は出来なかったんですのね?」
「ええ……おまけにルナスの事を知り、眠っていた闘志に再び火が着いたようで……宣戦布告されてしまいました。一刻も早く、ルナスを殺したい所ですが、いつでも殺せる小娘1人より、かつて大陸最強と謡われた者達への対処を優先させなければならないでしょう」
「ふっ……!くっふっふっ!アハハハハハッ!!!」
淡々と言うマーズの言葉に……エリーゼは堪えきれないと言わんばかりに腹を抱え、目尻に涙を浮かべて笑う。
「……今の話に何か愉快な事がありましたか?」
無表情に淡々と言うマーズに、エリーゼは笑いを収めながら言う。
「くふっ!ふふふっ!……ええ!ええ!ありました。ありましたよ。多少の可能性については考えて居ましたが、まさかアナタがっ!あのアナタがこのような行動に出るなんて……なんて嬉しいのかしら」
そう言うエリーゼは本当に嬉しそうに、愛しそうに、まるで長年恋い焦がれた男に触れているように、マーズの頬を撫でる。
(……この少女は本当にエリーゼ……か?)
無垢でありながら妖艶という、不思議な雰囲気を纏い、自分の全てを見透かしたように見つめる少女に、マーズは言いようのない不安と……畏れを感じた。そう……まるで自分とは存在そのものが違うナニカが目の前に居るような……。
「あら……?ふふふ。ダメね。そう、ダメだわ。嬉しくて、嬉しすぎてついつい……安心してくださいね?マーズ様、今はまだ、私は単なるエリーゼ。美しく、可憐で、どこまでも無垢で……どこまでも残虐なエリーゼですわ?ね?」
可憐に笑うエリーゼに、マーズは黙って頷く。なぜなら全てが……理性も本能も経験も魂も、マーズと言う男を構成する全てが目の前の少女に逆らってはいけないと、警鐘を鳴らすのだ。
エリーゼはそんなマーズを面白そうに見つめながら笑う。
命懸けで守った民からの裏切りを受けて、一度は磐上から降り、されどまた磐上に舞い戻ろうとする英雄達、世界を変えようともがく英雄の卵たる勇者達、北の帝国、西の王国、東の公国で、いつ火が着いてもおかしくない争いと欲望の火種に、東国で起こりつつ東西戦争、そして……気まぐれでエリーゼが助けて以来、エリーゼに忠誠を誓う少年が暗躍している、それら全ての火種を一気に燃やしかねない種を仕掛けた城塞都市エネル。
エリーゼは笑う。今はただ笑う。いくつもの悲劇と喜劇を想像し、自分の想像を誰かが上回ってくれるのを願いながら……今はただ……。
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