暁の守護者
(5)森の中の戦い
逃げるようにあの場を去って、ずっと部屋に閉じこもっていたら、いつの間にか日付が変わっていた。
……僕は何をやっているんだろう。アリソンの言葉に勝手に苛立って、それを感情のままに叫んでアリソンに八つ当たりして、僕は……本当に、本当に最低だ。
……出よう、この村を。アリソンをこれ以上傷つけないように、誰かを傷付けないように、あんなのは二度と嫌だから……。
横たわっていたベッドから降りようと身体を動かすと、いつもに比べて身体は鉛になったように重たかった。寝不足の為か、どこか頭も靄がかかったようにぼんやりとしているが……どうでもいい。
本来なら、出て行くのにも様々な準備が必要だけど、衣食住を与えて貰っておいて、勝手に黙って出て行くのだ。お世話になりましたと挨拶もしないのに、荷物など持って行っては恥知らずにも程があると言うものだろう。
部屋を出る途中で紙とペンを見つけたので、せめてでもと思い、覚えたての下手くそな字で今までの感謝と突然居なくなる事、着ている服を貸して貰うという謝罪の言葉を綴り、僕は部屋を出て……宛てもなく森に踏み入れた。
早く村から離れたいと言う気持ちとは裏腹に、まるで海の中でも歩いているように足取りは重かった。
…………そういえば森を抜ければ大きな城塞都市と港町があるとエドさん聞いたけど、方角は聞いてなかったな。まぁ、とりあえず山の反対側に来たから大丈夫だろう。
野垂れ死ぬのなら、それはそれで良い。望む所だ。
重い足取りで、ふらふらと酔っ払いのように歩いていると、いつの間にか日が高くなっていた。そろそろお昼になるらしい。……そう言えば昨日の朝からずっと引きこもっていたので何も食べていない。どうりで腹が空いている訳だ。
俯いた視線に都合良く落ちている木の実を見つけたので、身体が食べろと催促するが……心がそれを拒む。なので木の実を無視して先む。
「~~~~っ!」
そのまま進んでいると、ついにはアリソンの声に似た幻聴が聞こえて来た。いい感じに身体が壊れて来たらしい。
「ヤマトってばっ!」
背中に柔らかくて、暖かい何かがぶつかって来た。逃がさないとでも言うように手がまとわりつくので、仕方なく首だけ動かし振り向くと……そこには正真正銘の本物のアリソンが居た。どうやら先程聞こえたのは幻聴じゃなかったらしい。
アリソンは今にも泣き出しそうなのを耐えるように唇を噛み、涙で潤んでいる、射抜くような強い瞳と目が合い……僕は知らず知らずの内に目を逸らした。
「ヤマト、あのね!私はーーーっ!?」
何かを言おうとした途中で言葉を止めたアリソンに、僕はどうしたんだと目を向けると、アリソンは僕の後ろを見て、驚いたように目を見開き、口を半開きにしていた。
そこで僕は違和感に気づいた。なんで地面に影が出来る?山側の反対は生えてる木々の間に隙間があるから、十分な太陽の光が差し込んでいたはずだ。
視線をアリソンが見ている方に向けると、その理由はすぐに分かった。
それはフィクションに登場する化物がいたからだ。
二本の角に、凶悪な形相、錆びた鉄のような茶褐色に、四メートルを超えるだろう身の丈。強靭な骨格を巌のようなゴツゴツとした筋肉が覆っており、腰に一枚の布と片手に木をそのまま引き抜いたような巨大な棍棒を手にした。地球上では伝説や物語にしか聞いた事のないような鬼がそこにはいた。
突然の状況に混乱して固まる僕を化物は嘲るように笑うと、枝を振るうように軽々と巨大な棍棒を振りかぶった。
ああ……あれが当たれば死ぬな、とどこか他人事のような感想が鈍い頭に湧き上がる。
…………………おい、今、僕の後ろには誰がいる……?
鉛のように重かった身体は自然と動いていた。
「アリソンッ!」
「きゃ……!」
咄嗟にアリソンを突き飛ばした次の瞬間、避ける間などなく棍棒で殴り飛ばされた。
「っ!」
数メートル吹き飛ばされ、吹き飛ばされた方に、たまたまあった木が軋んだ音を鳴らしながら僕を受け止める。
「が、ぐっ!」
口から血と空気を吐き出す。どうにか殴られる寸前に闘身術で身体強化したものの、肋骨は折れ、内臓にもダメージがあったのか、口の中が鉄臭い。
くそっ、化物は見た目以上に凶悪な膂力を持っているらしい。闘身術がなければ今の一撃で僕は死んでいただろう。
道理で……闘身術や魔術なんて強力な力が生み出される訳だ。こんな地球の常識が通じないような化物達がいる世界で、対抗出来る力がなければ人類なんて簡単に淘汰されただろう。
「ヤマト!」
「来るなっ!!!」
顔をクシャクシャに歪めに駆け寄ろうするアリソンを制止する。
「早く逃げろッ!今の内にお願いだから逃げろ!!!」
「でもっ!!~~~ッ!必ず、お父さん達、呼んでくるから!」
そう言ってアリソンは一瞬逡巡したものの村の方に駆け出した。
……それで良い。
大声を出した所為で痛みが増し、軋む身体を無理やり立ち上がらせる。オーガがアリソンを追うつもりなら止める為に。
「~~~●◇▲っ!!!」
だが、不思議な事にオーガはアリソンを追うつもりはないらしく、凶悪な形相を歪め、僕に向き直ると身体の芯が畏縮するような咆哮をあげた。まるで恐怖しろとでも言うように、先ずはお前を殺してすぐにあの女も追わせてやるとでも言うように。
……上等だ。
僕は笑う。この化物に勝てる可能性は充分な準備と万全の状態で五分五分だろう。不充分な体力、負傷、武器も無い今の僕じゃ勝てる可能性は一割もない。ほぼ確実に、僕は殺されるだろう。
それでも、アリソンさえ村に逃げきればそれで良い。僕にとっては強敵でも、レイダーさん達が本気を出せば、この程度なら赤子の手を捻るより簡単だろう。
……さぁ、雑賀大和。全身全霊の力で目の前の化物を足止めしろ。大して役にも立たない力を最後に役立てろ。
「来いよ?デカブツ」
なるべく意識して小馬鹿にするような笑みで挑発すると、オーガは雄叫びを上げて突進して来た。
「●□▲ーーーッ!」
避けるという概念が存在しないのか、巨体とは思えない速度で障害物である木々を薙ぎ倒し突進するオーガ。
その突進を避け、僕はオーガの後ろに回り込むと、動きを鈍らすためにアキレス腱切断を狙って足刀を放つが……全く手応えを感じない。まるで鋼鉄以上の強度を持つゴムを蹴ったような感触に、驚愕と共に舌打ちして、距離を取ろうとすぐに動くが……俊敏なオーガは身体を回転させながら、後ろにいる僕を狙って腕を凪ぎ払う。
「ッ!」
先程と違い、自ら飛ぶことで衝撃をなんとか和らげるが、それでもダメージゼロとは行かず、防御した腕は痺れ、身体にはダメージが蓄積される。
多少はダメージを与えられると思っていたけど、それすら甘い考えだったようだ。なら攻撃する事すら考えない。目的はアリソンが逃げるための時間稼ぎなのだから、せいぜい動き回って攪乱するしかない。
オーガはさほどダメージを負っていないように見えるだろう僕を見て、不快そうに口を歪めて、目を細めると腰を落とした。
……どうやら本気にさせてしまったようだ。
オーガは再度、突進しながら風を引き裂くような音と共に、進路上にある邪魔な木々を棍棒を降るって、まるで枝のようにへし折りながら僕に迫る。
「ッ!」
大きく飛び退く事で鋭くなったオーガの一撃を避けるが、オーガは動きを止めず、僕が避けたと確認した瞬間には次の行動に移っていた。避けた僕に向けて、振り切った棍棒を両手で掴み、今度は身体ごとぶつけるように棍棒を振るう。だが、その攻撃も僕は避けた。そしてまた攻撃され……と何度か繰り返していると、自分の動きが徐々に鈍くなり、息が切れ始めたのに気づいた。
……これが狙いか。オーガと言うのはそれなりに頭が回るらしい。僕の体力が大して残ってないのに気が付き、それを削るように攻撃して来たのか。
オーガを見ると嗜虐な笑みで僕を見て、先程の素早い動きが嘘だったように緩慢な動きで一歩踏み出した。
……あとはいたぶるだけの袋のネズミだとでも思ってるのだろう。その通りなので否定しようもないけど……さて、どうする、体力は限界が近く、これ以上逃げ回るのは無理だ。なら……最後に出来るのは一か八かでどうにか一撃を喰らわすくらいか。
関節技や柔術、合気は成功しても大して効果はないだろうし、そもそも相手が人でない以上、通じるかも分からない。そして生半可な打撃も鋼鉄のように硬く、ゴムのような弾力を持つあの筋肉には効かない。
……唯一効果があるとすれば浸透剄か、鎧通しと呼ばれる身体の内部にダメージを与える技……だけど、オーガの筋肉を今の僕では力に差がありすぎて、普通の浸透剄じゃ足りない。考えろ。今まで得た全ての知識を拾い上げろ。
……魔力、闘気、螺旋、……どうせ最後なのだ。試してみるか。
腰を深く落として、身体と右腕を捻る。丹田に闘気を練りながら、魔力を右腕に集中させてオーガを待ち構える。オーガは待ち構える僕に多少は警戒したように、一度立ち止まったものの、先程の大したダメージを与えられなかった蹴りを思い出したのか、口の端を大きくつり上げると再び僕に近づいて来た。
……………………一歩、まだだ。
………………二歩、まだ。
………三歩、間合いまであと少し。
そこでオーガは棍棒を両手で握りしめて、四歩目を踏み出すと共に棍棒を僕に向けて、棍棒を降り下ろした。
ーーーその瞬間、僕は世界に意識を拡散させ、視覚、聴覚、触覚、嗅覚が本来得ている膨大な情報全てを知覚する。
棍棒から迫る圧力、木々のざわめき、心臓の鼓動、骨の軋み、筋肉の動き、血の流れる音、土と汗の匂い、地面の感触、細胞一つ一つの役割まで理解する。時間と体感が引き伸ばされた世界。
その世界で棍棒が降り下ろされると同時に、僕も踏み込み、壊れるのを覚悟して左腕でどうにか棍棒を捌く。左腕から肉が潰れる音と、骨がへし折られた音が身体に響くが無視する。棍棒を防げればそれでいい。
棍棒が防がれ、一瞬固まったオーガの懐に飛び込み、溜め込んだ力を爆発的に解放する。間接の捻りから来る遠心力を足から腰に、腰から肩を経由して、右腕に力を通し、捻り込むようにオーガの胴体に掌打を叩きつける。それと同時に溜めた魔力を掌打に乗せるように解放、更にそれと共に練り上げた闘気を乗せて、浸透剄を放つ。
ドンッ!と大気が震えたような音と、確かな手応えを感じて見ると、オーガの腹は捻りながら抉られたような風穴が出来ていた。見上げると口から黒い血を流しながらも、血走った目で僕を見ている。
「ははッ……!ざまぁ……みろ」
窮鼠猫を噛むだ。即死じゃない以上、最後の力で僕は殺されるだろうけど、相討ちなら上等だ。霞む視界に……オーガが腕を振り上げたのが見えた。
……意識が薄くなる、血を流し過ぎた。力も欠片も残ってない。避けれない。ああ……でもいいか。守れた。ーーー今度こそ守れたから……ジブリール。……僕が死んだらあの子は……アリソンは泣くかな?泣いてくれたら……ちょっと嬉しいな……。
「●△■◇ッ~~!!!」
雄叫びと共にオーガの剛腕が僕の命を刈り執るために降り下ろされ………………なかった。
光が走ったと思ったら、オーガの腕は切り離されていた。
「●△■ッ~!!!」
苦悶の声を出すオーガ。オーガの腕を切ったのは光ではなく、黄金に輝く剣だった。そして……それを持っていたのは、
「やれやれ……無茶をします」
そこに呆れたような顔をしたリアンさんだった。終わりです……、そう言ってリアンが輝く剣をオーガに降り下ろした所で……僕は意識を失った。
……僕は何をやっているんだろう。アリソンの言葉に勝手に苛立って、それを感情のままに叫んでアリソンに八つ当たりして、僕は……本当に、本当に最低だ。
……出よう、この村を。アリソンをこれ以上傷つけないように、誰かを傷付けないように、あんなのは二度と嫌だから……。
横たわっていたベッドから降りようと身体を動かすと、いつもに比べて身体は鉛になったように重たかった。寝不足の為か、どこか頭も靄がかかったようにぼんやりとしているが……どうでもいい。
本来なら、出て行くのにも様々な準備が必要だけど、衣食住を与えて貰っておいて、勝手に黙って出て行くのだ。お世話になりましたと挨拶もしないのに、荷物など持って行っては恥知らずにも程があると言うものだろう。
部屋を出る途中で紙とペンを見つけたので、せめてでもと思い、覚えたての下手くそな字で今までの感謝と突然居なくなる事、着ている服を貸して貰うという謝罪の言葉を綴り、僕は部屋を出て……宛てもなく森に踏み入れた。
早く村から離れたいと言う気持ちとは裏腹に、まるで海の中でも歩いているように足取りは重かった。
…………そういえば森を抜ければ大きな城塞都市と港町があるとエドさん聞いたけど、方角は聞いてなかったな。まぁ、とりあえず山の反対側に来たから大丈夫だろう。
野垂れ死ぬのなら、それはそれで良い。望む所だ。
重い足取りで、ふらふらと酔っ払いのように歩いていると、いつの間にか日が高くなっていた。そろそろお昼になるらしい。……そう言えば昨日の朝からずっと引きこもっていたので何も食べていない。どうりで腹が空いている訳だ。
俯いた視線に都合良く落ちている木の実を見つけたので、身体が食べろと催促するが……心がそれを拒む。なので木の実を無視して先む。
「~~~~っ!」
そのまま進んでいると、ついにはアリソンの声に似た幻聴が聞こえて来た。いい感じに身体が壊れて来たらしい。
「ヤマトってばっ!」
背中に柔らかくて、暖かい何かがぶつかって来た。逃がさないとでも言うように手がまとわりつくので、仕方なく首だけ動かし振り向くと……そこには正真正銘の本物のアリソンが居た。どうやら先程聞こえたのは幻聴じゃなかったらしい。
アリソンは今にも泣き出しそうなのを耐えるように唇を噛み、涙で潤んでいる、射抜くような強い瞳と目が合い……僕は知らず知らずの内に目を逸らした。
「ヤマト、あのね!私はーーーっ!?」
何かを言おうとした途中で言葉を止めたアリソンに、僕はどうしたんだと目を向けると、アリソンは僕の後ろを見て、驚いたように目を見開き、口を半開きにしていた。
そこで僕は違和感に気づいた。なんで地面に影が出来る?山側の反対は生えてる木々の間に隙間があるから、十分な太陽の光が差し込んでいたはずだ。
視線をアリソンが見ている方に向けると、その理由はすぐに分かった。
それはフィクションに登場する化物がいたからだ。
二本の角に、凶悪な形相、錆びた鉄のような茶褐色に、四メートルを超えるだろう身の丈。強靭な骨格を巌のようなゴツゴツとした筋肉が覆っており、腰に一枚の布と片手に木をそのまま引き抜いたような巨大な棍棒を手にした。地球上では伝説や物語にしか聞いた事のないような鬼がそこにはいた。
突然の状況に混乱して固まる僕を化物は嘲るように笑うと、枝を振るうように軽々と巨大な棍棒を振りかぶった。
ああ……あれが当たれば死ぬな、とどこか他人事のような感想が鈍い頭に湧き上がる。
…………………おい、今、僕の後ろには誰がいる……?
鉛のように重かった身体は自然と動いていた。
「アリソンッ!」
「きゃ……!」
咄嗟にアリソンを突き飛ばした次の瞬間、避ける間などなく棍棒で殴り飛ばされた。
「っ!」
数メートル吹き飛ばされ、吹き飛ばされた方に、たまたまあった木が軋んだ音を鳴らしながら僕を受け止める。
「が、ぐっ!」
口から血と空気を吐き出す。どうにか殴られる寸前に闘身術で身体強化したものの、肋骨は折れ、内臓にもダメージがあったのか、口の中が鉄臭い。
くそっ、化物は見た目以上に凶悪な膂力を持っているらしい。闘身術がなければ今の一撃で僕は死んでいただろう。
道理で……闘身術や魔術なんて強力な力が生み出される訳だ。こんな地球の常識が通じないような化物達がいる世界で、対抗出来る力がなければ人類なんて簡単に淘汰されただろう。
「ヤマト!」
「来るなっ!!!」
顔をクシャクシャに歪めに駆け寄ろうするアリソンを制止する。
「早く逃げろッ!今の内にお願いだから逃げろ!!!」
「でもっ!!~~~ッ!必ず、お父さん達、呼んでくるから!」
そう言ってアリソンは一瞬逡巡したものの村の方に駆け出した。
……それで良い。
大声を出した所為で痛みが増し、軋む身体を無理やり立ち上がらせる。オーガがアリソンを追うつもりなら止める為に。
「~~~●◇▲っ!!!」
だが、不思議な事にオーガはアリソンを追うつもりはないらしく、凶悪な形相を歪め、僕に向き直ると身体の芯が畏縮するような咆哮をあげた。まるで恐怖しろとでも言うように、先ずはお前を殺してすぐにあの女も追わせてやるとでも言うように。
……上等だ。
僕は笑う。この化物に勝てる可能性は充分な準備と万全の状態で五分五分だろう。不充分な体力、負傷、武器も無い今の僕じゃ勝てる可能性は一割もない。ほぼ確実に、僕は殺されるだろう。
それでも、アリソンさえ村に逃げきればそれで良い。僕にとっては強敵でも、レイダーさん達が本気を出せば、この程度なら赤子の手を捻るより簡単だろう。
……さぁ、雑賀大和。全身全霊の力で目の前の化物を足止めしろ。大して役にも立たない力を最後に役立てろ。
「来いよ?デカブツ」
なるべく意識して小馬鹿にするような笑みで挑発すると、オーガは雄叫びを上げて突進して来た。
「●□▲ーーーッ!」
避けるという概念が存在しないのか、巨体とは思えない速度で障害物である木々を薙ぎ倒し突進するオーガ。
その突進を避け、僕はオーガの後ろに回り込むと、動きを鈍らすためにアキレス腱切断を狙って足刀を放つが……全く手応えを感じない。まるで鋼鉄以上の強度を持つゴムを蹴ったような感触に、驚愕と共に舌打ちして、距離を取ろうとすぐに動くが……俊敏なオーガは身体を回転させながら、後ろにいる僕を狙って腕を凪ぎ払う。
「ッ!」
先程と違い、自ら飛ぶことで衝撃をなんとか和らげるが、それでもダメージゼロとは行かず、防御した腕は痺れ、身体にはダメージが蓄積される。
多少はダメージを与えられると思っていたけど、それすら甘い考えだったようだ。なら攻撃する事すら考えない。目的はアリソンが逃げるための時間稼ぎなのだから、せいぜい動き回って攪乱するしかない。
オーガはさほどダメージを負っていないように見えるだろう僕を見て、不快そうに口を歪めて、目を細めると腰を落とした。
……どうやら本気にさせてしまったようだ。
オーガは再度、突進しながら風を引き裂くような音と共に、進路上にある邪魔な木々を棍棒を降るって、まるで枝のようにへし折りながら僕に迫る。
「ッ!」
大きく飛び退く事で鋭くなったオーガの一撃を避けるが、オーガは動きを止めず、僕が避けたと確認した瞬間には次の行動に移っていた。避けた僕に向けて、振り切った棍棒を両手で掴み、今度は身体ごとぶつけるように棍棒を振るう。だが、その攻撃も僕は避けた。そしてまた攻撃され……と何度か繰り返していると、自分の動きが徐々に鈍くなり、息が切れ始めたのに気づいた。
……これが狙いか。オーガと言うのはそれなりに頭が回るらしい。僕の体力が大して残ってないのに気が付き、それを削るように攻撃して来たのか。
オーガを見ると嗜虐な笑みで僕を見て、先程の素早い動きが嘘だったように緩慢な動きで一歩踏み出した。
……あとはいたぶるだけの袋のネズミだとでも思ってるのだろう。その通りなので否定しようもないけど……さて、どうする、体力は限界が近く、これ以上逃げ回るのは無理だ。なら……最後に出来るのは一か八かでどうにか一撃を喰らわすくらいか。
関節技や柔術、合気は成功しても大して効果はないだろうし、そもそも相手が人でない以上、通じるかも分からない。そして生半可な打撃も鋼鉄のように硬く、ゴムのような弾力を持つあの筋肉には効かない。
……唯一効果があるとすれば浸透剄か、鎧通しと呼ばれる身体の内部にダメージを与える技……だけど、オーガの筋肉を今の僕では力に差がありすぎて、普通の浸透剄じゃ足りない。考えろ。今まで得た全ての知識を拾い上げろ。
……魔力、闘気、螺旋、……どうせ最後なのだ。試してみるか。
腰を深く落として、身体と右腕を捻る。丹田に闘気を練りながら、魔力を右腕に集中させてオーガを待ち構える。オーガは待ち構える僕に多少は警戒したように、一度立ち止まったものの、先程の大したダメージを与えられなかった蹴りを思い出したのか、口の端を大きくつり上げると再び僕に近づいて来た。
……………………一歩、まだだ。
………………二歩、まだ。
………三歩、間合いまであと少し。
そこでオーガは棍棒を両手で握りしめて、四歩目を踏み出すと共に棍棒を僕に向けて、棍棒を降り下ろした。
ーーーその瞬間、僕は世界に意識を拡散させ、視覚、聴覚、触覚、嗅覚が本来得ている膨大な情報全てを知覚する。
棍棒から迫る圧力、木々のざわめき、心臓の鼓動、骨の軋み、筋肉の動き、血の流れる音、土と汗の匂い、地面の感触、細胞一つ一つの役割まで理解する。時間と体感が引き伸ばされた世界。
その世界で棍棒が降り下ろされると同時に、僕も踏み込み、壊れるのを覚悟して左腕でどうにか棍棒を捌く。左腕から肉が潰れる音と、骨がへし折られた音が身体に響くが無視する。棍棒を防げればそれでいい。
棍棒が防がれ、一瞬固まったオーガの懐に飛び込み、溜め込んだ力を爆発的に解放する。間接の捻りから来る遠心力を足から腰に、腰から肩を経由して、右腕に力を通し、捻り込むようにオーガの胴体に掌打を叩きつける。それと同時に溜めた魔力を掌打に乗せるように解放、更にそれと共に練り上げた闘気を乗せて、浸透剄を放つ。
ドンッ!と大気が震えたような音と、確かな手応えを感じて見ると、オーガの腹は捻りながら抉られたような風穴が出来ていた。見上げると口から黒い血を流しながらも、血走った目で僕を見ている。
「ははッ……!ざまぁ……みろ」
窮鼠猫を噛むだ。即死じゃない以上、最後の力で僕は殺されるだろうけど、相討ちなら上等だ。霞む視界に……オーガが腕を振り上げたのが見えた。
……意識が薄くなる、血を流し過ぎた。力も欠片も残ってない。避けれない。ああ……でもいいか。守れた。ーーー今度こそ守れたから……ジブリール。……僕が死んだらあの子は……アリソンは泣くかな?泣いてくれたら……ちょっと嬉しいな……。
「●△■◇ッ~~!!!」
雄叫びと共にオーガの剛腕が僕の命を刈り執るために降り下ろされ………………なかった。
光が走ったと思ったら、オーガの腕は切り離されていた。
「●△■ッ~!!!」
苦悶の声を出すオーガ。オーガの腕を切ったのは光ではなく、黄金に輝く剣だった。そして……それを持っていたのは、
「やれやれ……無茶をします」
そこに呆れたような顔をしたリアンさんだった。終わりです……、そう言ってリアンが輝く剣をオーガに降り下ろした所で……僕は意識を失った。
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