暁の守護者

神依政樹

(4)日溜まりの中の苛立ち

脳がフリーズし、未だにリアンさんに言われた言葉に理解が追い付かない。


アリソンと友達に成ってくれ……?


娘と同世代の男というだけで、僕に殺意を向けて来るほどの親バカが……大事な大事な娘に男が近づく事を自分から許すなんて、どういう事かと唖然としながらリアンさんを見つめる。


思うことは一緒なのか、レイダーさんとウィルドの2人も驚いた様子でリアンさんを見る。


「……3人とも何ですか?その目は。まぁ、はっきり言って僕としても、娘とヤマトくんが友達とは言え一緒に過ごすなど、父親としては許せません!断じてです!」


リアンさんはそこで言葉を区切り、ぎりぎりと歯を食いしばり、自分の手を強く握って続けた。


「……ですが、初めて会った同世代の子とアリソンは友達になりたいようで、どうすれば仲良くなれるか?と僕やカルラに事ある事に尋ねて来るのですよ。この前なんか……男なんかと仲良くなんてならなくて良い!と僕が言うとアリソンは「そんな事を言うお父さんなんて嫌いッ!」って!愛する娘に嫌いって言われたのです……ですからヤマトくん!」


かばっ!と肩が千切れそうなほど強い力で両肩を握られ、血走った目を向けられる。……怖いよ!美形がしちゃいけない顔だよ!


「親としてお願いです!娘と仲良くしてください。ですが、父親としては仮に……もし仮にです。君が娘と友達以上の関係になろうとするならば……僕は自分を止められないでしょう。その時は自分がどうなるか分かりますね?ヤマトくん」


リアンさんの恐ろしい形相に呑まれ、条件反射で僕は壊れたように首を縦に振っていた。


だっておっかないんだもん。


「そうですか、そうですか。ありがとうございます。ではよろしくお願いしますね?」


そう言ってリアンさんは笑顔で去って行った。


「……どうしましょう?」


僕はまともに思考も出来ず、呆然としながら2人に顔を向けた。


「ああ……まぁ、なんだ、可愛い女の子と仲良く出来るんだ。嬉しい事じゃねぇか」


「問題は仲良くなりすぎた場合、あの親バカは本当に何かしそうだからなぁ……」


……要するに諦めて上手いことやれって事か。
役に立たない親父共である




その後、適当に朝食を作り食べ、いつも通りエドさんのもとで勉強している際に相談してみると


「……まぁ、リアンさんは大概ですが、アリソン自身はヤマトくんと友達になりたいのでしょう。リアンさんが暴走した時はどうにか止めますから、ヤマトくんからアリソンに歩み寄ってあげてくれませんか?」


苦笑気味にそう言われたのだった。


カウンターに座り、頬杖をついて考える。自分から娘と友達になれと言っておいて、必要以上に仲良くなれば……とか理不尽過ぎる。どっかの大国が島国に要求する内容みたいだ。


そして、一番の問題は友達ってどうすれば友達に成れるのかだ。そもそも友達って何をすれば友達なんだよ……?他の10歳に比べれば色んな経験を積んでると思うけど……同世代とのコミュニケーションなんて僕には絶望的だ。


ほんとどうしよう……?


そんな事を憂鬱な気分で考えていると、また窓の外で元凶である赤毛の少女が抜群の存在感を出しながら、こちらをこそこそと伺っていた。


「……………」


どうせ考えても経験がない以上答えは出ないのだ。なら、行動するだけだ。


僕はアリソンを驚かせないように、ゆっくりと近づいて窓からなるだけ優しく声をかけた。


「こんにちは」


「ひゃ…ッ!?こ、こんにゃんはっ!」


……そこまで驚かなくても、かみかみだし……。


「えっと……良ければ中に入って何か飲まない?君とお話したいんだけど……」


そこまで言って思う、下手なナンパみたいな誘い方だ……。


「う、うん!」


しかしアリソン的に大丈夫だったようで、どこか嬉しそうに頷いた。


アリソンを椅子に座らせ、カウンターの中に入り、電化製品ならぬ魔道製品である冷蔵庫(中に入れると食材の劣化が非常に遅くなる)と言って良いのか迷うほどの便利道具から、リラックス効果がある成分が入っているという曖昧な知識から、瓶に入った牛乳を取り出し、焜炉こんろに牛乳を注いだ小鍋を乗せると、弱火で牛乳を温めながら、棚から蜂蜜を取り出して少し多めに入れる。


少したつと鍋から蜂蜜の甘い匂いと、牛乳の優しい匂いが鍋から立ち上る。


さて……家の中に連れ込む事には成功したもののどうするべきか?とりあえず初日に会った時にベタベタと頬や頭を触った事を謝らないとダメだろうか。


牛乳が完全に煮立つ前に火を止め、用意した2つのカップに注ぐ。


「はい、どうぞ」


「う、うん。ありがとう……」


目の前のアリソンに蜂蜜牛乳を差し出すと、もじもじとしながら上目使いでお礼を言われた。隣の椅子に座ろうかと考えたけど、警戒される事を考えて止めておく。


僅かな間をおいてから、2人揃ってホットミルクに口をつける。……うん、沈黙が痛いって言葉の意味が初めて分かった。これは精神的にキツいものがあるな。と言うか自分から声を掛けた以上は話を降らないとダメだよなぁ。


「えっ……と、あの時はごめんね?頭や頬ベタベタ触って。目の前にこの世の者だと思えないくらい可愛い子が居たから、夢か、死後の世界だと思ったんだ」


アリソンは顔を真っ赤に染めながら、首をぶんぶんと振る。


「だ、大丈夫!頭撫でられたのは気持ち良かったから!ちょっとビックリしたけど……あの……あのね?本当に私可愛いかな?」


色んなな意味でなに言い出しるんだこいつ?と思い、そう言えばと思い至る。エドさんがアリソンや、リコリスは外に出たことが無いと言っていたから初めて会った子供って俺だけなのだ。


……なるほど、リアンさんやエドさん辺りは2人の容姿を褒めたりするんだろうけど、悲しい事に優劣は比較対象が居ないとつけようがないのだ。だから不安に思っての言葉か。なら……


「大丈夫。今まで見たことある女の子の中で一番可愛いよ」


ちょっと言い過ぎかと思ったけど、大丈夫だ。嘘でも何でもなく本当の事だし。


「そ、そか……や、ヤマトはさ?結婚するなら可愛い子が良いのかな?」


恥ずかしそうに真っ赤に染まった顔を隠すように俯いて、アリソンは言う。おませさんだ。


……そもそもまだ10歳だし、結婚どころか恋人すら考えた事ないしな。それに僕なんかを好きに成る物好きがいるかどうか……。ま、可愛くないよりは可愛い方が多分良いんだろう。


「うん。可愛く方が良いかな」


「そっか!うん。うん!なら良かった!」


アリソンは何が嬉しいのか、にこにこと笑う。……本当にこの年頃の女の子はよく分かんないや。ふむ……今が好機か?


「えっとさ?友達にならないかな?今まで友達なんてあんまり出来た事無いから、どうすれば友達なのか分からないけど」


少ないどころか1人も出来た事ないけどね!


いや……あの子が居たか。僕なんかに関わったせいで死んだあの子が……


「と、友達……うん、分かった!とりあえず友達からね!……ヤマトどうしたの?なんだか悲しそうだよ?」


アリソンはカウンターから身を乗り出して、心配そうに僕の顔を覗き込んで来た。


「……なんでもないよ。なんでも……」


僕がそう言うとアリソンは疑うように目を細め、


「……………てい!」


唐突に僕の頭に撫で始めた。


「えっと……なに?」


突然の行動に僕は少し首を傾げて聞くと、アリソンはちょっとだけ怯みながら言った。


「……えっとね?お母さんが目の前で泣きそうな人がいたら、頭を撫でてあげなさいって、それがす……えと、それで撫でたの。い、嫌だった?だ、抱きしめようか?ヤマトなら特別になんでもするよ?」


顔を赤らめて少しだけ不安そうに僕を見るアリソンに、思わず笑いそうになった。


何で頭を撫でるから抱きしめるに変わるのか。何が特別なんだと、不安に思うならやらなければ良いのに、そんな皮肉げな事を思っても口から自然と出たのはただ一言。


「ありがとう」


感謝の言葉だった。僕の言葉は聞いたアリソンは、驚いてように目を見開くと、花が咲いたような笑顔で言った。


「どういたしまして!」










アリソンとそのようなやり取りしてから、また一週間程の月日が経った。


朝は何に備えてなのか戦闘訓練に、昼はエドさんの下で勉強や、家の掃除などの家事、夜はオッサン達が2日に1度くらい飲みに集まるのでその準備をしたり、気まぐれな双子エルフやカルラさんに時たま魔術について色々教えて貰っていたのだが、それにアリソンと話したり、アリソンの妹であるリコリスと遊んだりするのが加わった。


アリソンは日常の些細な事を話すので、僕が基本的には聞き手になり、アリソンの話が尽きると地球の様々文化やこの世界と違う技術形態の科学技術について話したりした。


そして、それにリコリスが加わるとうろ覚えな童話を話したり、リコリスは女の子なのにチャンバラをしたがるので、適当な気の枝を削ってリコリスの身体に合わせた木剣を作り、木剣を打ち合わせて遊んだりしていた。


ちなみにそんな時アリソンは、僕とリコリスのチャンバラを何が楽しいのか、にこにこと笑いながら見ている。


それと最初の頃は遠慮していたのかどうなのかは分からないけど、最近は気の強さと言うべきか、意思の強さとも言うべき頑固さを見せる事がある。間違った事は言わないので基本的にアリソンに従っていると、2人のおっさん……レイダーさんとウィルドに「もう尻に敷かれてやがる」とにやにやと嫌な笑みで言われて大変ウザかった。


僕とアリソンが将来的にそう言う関係になることは有り得ないだろうに。


まぁ、意外な思慮深さを持っているし、基本的には優しいので将来的には良い奥さんや母親になるだろう……アリソンは素敵な女の子だ。


今でも同世代の男がいればさぞやもてるだろう。


ただ……まぁ、鉄壁の守護者リアンさんがいるので簡単に近づけないだろうけどね。この前も「ふ…ふふふ……!どうやらヤマトくん?君は死を恐れないようですね?ならば望み通り死の世界に送ってあげましょう!」って襲いかかってきたし……レイダーさん、ウィルド、カルラさんの3人が止めてくれなかったら、本当に死の世界にこんにちはしていただろう。


……あの人には精神安定剤が心底必要だと思う。ま、双子エルフに聞いたら「アレがそんなので大人しくなるわけ無いじゃない?バカなの?」「やまと…ばか?」とアルディスさんからはバカにされ、ディニエルさんからは首を傾げられた。


そして薬学とかに精通してそうなハーストさんに相談しても「……あそこまで美しい方と仲良くしているのです。その料金代わりと諦めるのが賢明と言うものですよ」と笑顔でバッサリ切られてしまったので諦めるしかないのだろう。


ーーーそんな事を考えて、窓をふっと見ると、自分がどこか楽しそうに笑っているのに気がついた。


……笑ってる。楽しいと僕は思っているのか……?あの子を巻き込んだのに……?感情のままに力を振るって、殺して壊して、誰かを不幸しか出来ない僕が?


……そんなの許されるはずがないじゃないか。許されて良い訳がない。絶対に。


……ここは自分で思っているより、余程居心地が良いのだろう。なら……












翌朝。どこか重く感じる体で、いつものように訓練に向かうと、開口一番顔をしかめたレイダーさんに「なに辛気臭い面してんだ?」と言われた。


「別に何でもないないですよ……。ただ思い出しただけです。忘れちゃいけない事を……」


そう言うと2人は顔を見合わせ、ウィルドがどこか気遣うように言った。


「……何なら今日は休むか?」


僕は首を振る。


「いえ……やらせてください。身体を動かしてたいんです」
「ふん……そうか。じゃ今日も俺からだ。来いよ」
そう言って放り投げられた剣を受け取ると同時に全力で踏み込み、自分の中にあるもやもやを叩き付けるように剣を僕は振るった。


ーーーそして、剣が曲がる程に荒々しく力任せに剣を打ち合わせ、剣が使えなくなると拳を合わせて、身体の力を使い切った僕は地面に仰向けに寝転がった。


「ったく、荒々しい動きをしやがって……」


「本当にな……。ヤマトがあそこまで攻撃的なのは初めてみたな」


「ふん……で?少しはすっきりしたか?」


2人とも何かを察しつつも何も言わず、八つ当たりのような組み手に付き合ってくれた事に申し訳なさと、感謝の気持ちが湧き上がる。


やはりこの2人は……いや、この村の人達は僕なんかには過分に過ぎる。
だから、出て行こう。出て行かないと……ダメだ。


僕は息を整え終えて、立ち上がり、尻に付いた土を払うと姿勢を正して2人に向き直った。


「八つ当たりじみた組み手に付き合ってくれてありがとうございます」


僕はそう言ってお辞儀してから続きを言おうとして……横から襲って来た衝撃に中断させられる。


「ッ!」


疲労と昨日からどこか重い頭の所為で気配に全く気付かなかった。驚きながら衝撃を受けた方を見ると……僕に抱き付く、燃えるような赤毛にきらきらと輝く目をしたアリソンと目が合った。


「すごいすごいすごいっ!!やっぱりヤマトって強いんだね!実際に見るのは初めてだから私ビックリしちゃった!」


興奮状態でまくし立てるアリソンに僕は苦笑する。この様子だと抱きついたのも特に意識してないのだろう。
落ち着いたら顔を赤くして慌てるに違いないと想像して……そんな姿をもう見れなくなるのかと思い、それをどこか名残惜しいと思っている自分に気がついた。


バカか……僕は。


「すごくないよ。ただ剣も拳も振り回してただけで、2人が手加減して尚且つ受けに回ってくれたから、それなりに見えただけだよ」


そう言ってアリソンを離そうとすると、それを拒むように強い力で腕を抱きしめられて、僕の目を見る。


「ううん!ヤマトは強いよ!今でも強いし、その内おとーさんやおじさんの何倍も強くなるよ!」


確信しているように断言するアリソンに、僕はまた苦笑する。


「もしかしたらそうかもね。でも何の役にも立たないよ」


アリソンは首を振って続けた。


「ううん!ヤマトは色々な人を助けるよ!ヤマトの力は戦う力の無い人達を守って、幸せにするような……そんなちかーーー」


「うるさいッ!!!」


抑えようのない激情のままに気がつけば叫んでいた。


幸せにする?守る?何を言ってるんだ……あの子に守られたのは僕の方だ!あの子の親を殺したのは僕だ!子供から親を奪ったのは僕だ!そんな人を不幸にしか出来ない僕が?笑わせるな!


心の底に沈んでいた出してはいけない暗いモノが、僕の全身に駆け巡る。自分でも分からない苛立ちのまま、アリソンを見て……泣き出しそうなアリソンの顔を見てーーー気づいた。


……何をやってるんだ?僕は。


僕は緩んだアリソンの手を解き、レイダーさんに歩み寄る。


「レイダーさん」


僕が名前を呼ぶと静かに僕の目を見て、「おぅ」といつものように返してくれる。


「ちょっとぶん殴ってくれませんか?」


「ふん……!踏ん張れよ」


「ッ!」


殴られた瞬間、視界が一瞬暗くなる。沈みそうな意識を無理やりつなぎ止め、倒れそうな身体をどうにか足を踏ん張って支える。


「ありがとうございます」
「ひでぇ面だ。とりあえず顔でも洗って今は休め」
「はい……」


改めて頭下げると、そこに躊躇いがちな声がかけられる。


「や、ヤマト……」


振り向くと泣き出しそうなアリソンが、僕をどこか不安そうに見ていた。


「ごめん。今は……ごめん」


アリソンの顔をまともに見るのが苦しくて、視線を会わせないように顔を伏せながら、僕は逃げるようにその場を去った。


………何をやっているんだろう。僕は。









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