フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~

神依政樹

無茶ぶり

『アイン……この度の一件、説明してくれるのだろうな』


電話越しのような少し不明瞭な声ながら、威厳を備えた重々しい男の声が響くと、それに気品を感じさせる女性の声が続いた。


『私にも聞かせて欲しいですわね。そもそもアレは何なのです?までと違いすぎます』


二人の声に答えたのはまだ幼さを残した少年の声であった。


『やれやれ……お二人とも声だけの筈なのに、睨まれてるようで恐いですね』


『はぐらかすな!第二王子がリグ公爵領へ向かうなど、今までになかったことだぞ!』


『……第二王子がリグ公爵領へ向かうのを決めたのは宰相、国王様、アベル様です。私にも分かりませんよ。ですが、様子見で良いのでは?何かしら変化を起こした所で変わらないものは変わらない。最悪『世界食ワールドイーターい』が現れる程度です。……そして、滅んでもまたはじまるだけなのですから』


『それが問題なのです!人々が苦しみ、息絶えるのをまた見続けろと言うのですか?』


その女の声に、少年の声は抑えきれぬ激情が漏れ出たように答えた。


『なら、小数の人々は犠牲にして構わないと?そして、一時の平和を甘受して、それを何度も繰り返せと?ツヴァイ、貴女の言ってることは歪んでいます』


『っ……それは分かっています。ですが、あの化け物を倒せない以上、犠牲の少ない終わりを私は迎えたいのです』


『全く、平行線ですね……まぁ、あなた方が彼に干渉するのを私は止めませんよ。……協力もしませんが。好きにすると良いでしょう』


『ふん……アイン、何を企んでいる?』


『何も……と言うより彼がどれ程なのか見たいのですよ。あなた方二人の干渉を退けるのならば……それこそ私……いえ、僕の望みを……永劫の牢獄から抜け出すことを叶えてくれる存在かもしれないですからね』


『……よかろう、貴様が邪魔をしないのならば私は私で好きに動くまでだ。これ以上、運命フェイトを乱すのなら……な』






▽▲▽▲▽▲




さて、どうしたものか。目の前の主人公ヒロインが転生者と分かったが、どんな目的を持っているのか。


カインの行動がおかしいと感じた以上、横で姉がするのを見てただけの俺と違って、原作ゲームを直接やって、俺よりちゃんとした情報を持ってる可能性が高い。


となるとだ。もし乙女ゲームに転生するテンプレ小説みたいに、こいつが逆ハー目指すから邪魔するな!とか言い出すと少し厄介だ。


大まかとは言え、未来を知っているのだ。………………いっそのこと消すか?俺やディアナが死ぬ未来は主人公ヒロイン影響が強い。なら、ここで不慮・・の事故でこいつが死ねば未来を変えられそうだけど……博打に過ぎるか。不確定要素が強すぎる。


魔法なんて不思議パワーがある以上、世界の修正力云々とかで、何かが起こったら詰みそうだし。……さすがにこの段階で手を出すのもな。さて……どうするか。


相手も俺を計りかねているのか、二人で探り合うようにずっと睨み合っていた。


「……はぁ。ずっと睨み合うのも何だし、自己紹介しないか?お互い、このネット小説みたいな状況で敵対するにしろ、協力するにしろ、とりあえず互いの目的を知っておいたほうがいいだろう。あんまり時間もないしな」


俺はため息を吐くと睨むのをやめた。何であっさりと周りが納得したか知らんが、俺が便所に行きたがったという体で来たのだ。不毛な時間を過ごしていたら、護衛や使用人達が探しに来る可能性がある。


「……はぁ、そうね。私のこの世界での名前はアティナ。前世の名前はもちろん、どんな死に方をしたのかも悪いけど思い出せないわ。記憶も高校生までの記録しかないのよ。この世界については設定集も読んでいたから、それなりに詳しいはずよ。目的は二つ、ゲーム通りなら死んじゃう私の天使を助ける事と……攻略キャラと恋愛関係にならないことよ」


……設定集ね。それなりに有益な情報が聞き出させるかな。それに本当かどうか分からんが、攻略対象と恋愛関係になりたくないって事は逆ハーとかを目指してないようだ。


……と言うか私の天使って何だ?


「俺の名前は……まぁ、言わなくても分かるだろうけど、カイン・マグナリア。記憶も似たようなもんかな。目的は死ぬ運命を変えること。それで?私の天使って誰の事だ?」


するとアティナはなぜか堂々と胸を張り、幸悦とした表情で語り始めた。


「そんなの決まってるじゃない!悪役令嬢のディアナよ。ディアナ!私の天使……はぁーっ!考えただけで堪らないわっ!手触りのよさそうな煌めく白銀の髪に、スベスベだろう肌!あんな可愛い娘にお姉ちゃんと呼ばれたら……私はっ!」


うわぁ……ないわぁ。


「ちょっ……な、何よその反応はっ!?」


ドン引きの余り無言でいると、トリップから帰ってきた残ティナが、いちゃもん付けて来た。ちなみに残ティナは残念女アティナの略である。


「いや……偏見がある訳じゃないけど、どや顔で同性愛者宣言されて、俺にどんな反応をしろと?」


「なっ!レズじゃないわよ!可憐な百合よ!百合!一緒に寝たり、お風呂に入ったりして、私は天使を愛でたいだけよ!性的欲求はないわ!」


アティナが必死に否定して来たが、違いが大して分からん。あー、目的は同じらしいけど、この変態……あんまりディアナに近づけたくないな。


この態度や、不用意に俺がこの世界の人間か尋ねて来る行動からして、勉強は出来るがどこか残念な子ぽいし……いや、ディアナに同性の友人を作るチャンスか?


でもなぁ……変態だぞ?ま、ちょっと考えて置くか。……これが演技の可能性も……ないと思うがあるしな。と言っても狙いがゲーム通りに攻略キャラ達と恋愛になることなら、他にいくらでもやりようはある。


信頼はしないが、一応信用していいだろう。


「はいはい。百合ね。百合。分かったよ。それは分かったから、とりあえず戻るぞ」


「くっ……!本当に分かったのかしら……。まぁ、いいわ」


アティナは納得してないようだったが、とりあえず話を終えて、二人で男爵達の所に戻った。






戻ると何人かが小馬鹿にしたような目で見てきた。まぁ、長いことトイレに行ってたら俺の立場上そうなるな。


……護衛の気の良いおっちゃんと主人公ヒロインツンツン赤毛、それに男爵は少なくとも表面上は何とも思ってないようだ。風評程度で人を判断しないか。ふーん。なるほどね……。この男爵、くたびれた見た目とオドオドした態度は演技か?


しかし、今までは舐められても実害はなかったが……これからはそうも行かないな。


これからここで何をさせられるか分からんが、舐められていたら周りが俺の指示に従わない可能性がある。……何か考えて置くか。


そんなことを考えて進むと、応接室に通されたので勧められたソファーに身分的に上の俺が座るのを待ってから、その次に男爵が座った。


……この男爵。人生に疲れた中年サラリーマンみたいな見た目なのに、俺に一定の敬意を示している。やっぱりやるな。


まぁ、リグ公爵が流通の始点である町を任せてるのだから、無能なはずがないのだけど。


席に着き、侍女が淹れた紅茶を一口飲むと、男爵は口を開いた。


「……本来ならカイン様にはこの街や、近隣の村などを見学していただき、見識を広めていただくのですが……」


そこまで言うと、男爵は俺を気の毒そうに見つめて、息を吐くと話を続けた。


「……リグ公爵様より、この領が抱える問題をカイン様に解決していただけとの事ですので、それをまずは話させて貰います」


男爵が語るのは資料通り、リグ公爵領を含めたここら辺一帯の主要な産業が農作物等の食料生産との事だった。そして、この街オリオンは護衛のおっちゃんが説明してくれた通り、流通の一元化、それと村で仕事がない三男坊などが、職に就けるようにするための受け皿との事だった。


「ですので、この街は流通や、領の人口減少の抑止、公平な売買、雇用増加と良いことづくめだったのですが……ここ数年で、南のラーガイ領を経由して『南諸島連合コアトル』より安価な農作物や、家畜が出回るようになり、それに比例して我が領の農作物や、家畜も値段が下がり、大きな打撃を受つつあるのです」


……おいおい、それって立派な経済侵略じゃねぇか。そのまま市場にコアトルの安い農作物が出回り続けて、自国の農作物が売れなくなったら、どれだけの人が生活出来なくなり、経済の停滞して、更に税収が減るぞ……。しかもだ。農業をする人が居なくなれば、食料自給率が下がる。


食料を得るにはコアトルを頼るしか無くなると、コアトルが急に値段を上げても、コアトル産の食料を買うしか無くなる。更に戦争を仕掛けられたら、食料の供給を止められ、それでおしまい。戦うのが人である以上、食料が無ければどうしようもない。


……俺なんかじゃなく、宰相や国王が全力で対策しないとダメだろう!何やってんの!?関税かけろよ!関税!同じか、ちょっと安いくらいの値段に関税で調整して、自国の産業守らないとダメだろ!


くそっ!道理でエミリアさんに物価を調べて貰った時、上げ幅と下げ幅が大きかった訳だよ!


日本と違って誰も産地なんか気にしないのは分かってるが、国産か、外国産かくらい書けと言いたい。


「……その為、何人かの領主が今まで売れていた値段で売れないのなら、生産数を増やせば良いと、森を開発し始めまして……それはまだ良いのですが……」


全然良くないわっ!需要が増えてないのに、供給が増えたら売値がまた下がるっての!だから、日本の農家さんは懸命に育てたキャベツとか出来すぎると、値段が下がらないように処理してんだぞ!


「その開拓しようとした森が問題でして……そこは古来よりエルフ達が住んでいた森なのです。リグ公爵様が止めに入ったので最悪の状況にはなっていないものの……現在も睨み合いを続けてる状況で……唯一救いがあるとすれば、人死にがまだ出ていないのが救いでしょうな」


なに……下手すれば種族対立になりかねないことをしてんだよ……。バカなの?死にたいの?


「それと……他の森に住んでいたエルフの集落は争いたくないからと、他の森に移ると言って森を出ていったのですが……そこの領主、開拓する事にかけてだけは非常に有能で、エルフが住めるような周りの森を全て開拓してしまい……その為そこのエルフ達は生きるために盗賊になっているのです」


なんて働き者の無能っ!その才能は他に回せや!新大陸見つけて開拓しろっ!バカ!


「…………その盗賊になったエルフ達に対して攻撃等は行っているのですか?」


「いえ……リグ公爵が直ちに通達を出しましたし、さすがにこちらの事情で追い出したのに攻撃を加えようとする恥知らずは居ません。更にエルフの盗賊も食料や、僅かな生活必需品以外は盗みませんし」


なら良かった。でもそれって……


「……もしかしてエルフを装った盗賊とか出始めてます?」


「……ご明察です。最近はエルフを装った盗賊が出るようになり、下手に攻撃出来ないので積み荷を奪われた商人等から苦情が来ています。今はある程度失った財産を補助しているので何とかなってますが……盗賊が積み荷だけじゃなく、人にも狙いを定めたら……」


こちらも報復や、救質に動かざる得ないと、そうじゃないと治安がボロボロになって荒れるだろうな。泥沼じゃねぇか……。


「……それと聞いておきたいんですが、最近通商を結んだムラクモ連合国は獣人やエルフやドワーフなどが住む多複数の国が、纏まって出来たと本で読んだのですが……もし、エルフと何かあれば……」


「……ええ、ムラクモ連合から抗議が来るでしょうね。それだけで済めばまだいいですが……下手すると同胞の報復だと、エルフの国が動く可能性もあるでしょう」


おいおい、十歳になったばかりのガキに……ムラクモ連合国、ラーガイ公爵領の利権と更には南諸島連合コアトルとの外交、経済の両方が絡んだ件を解決させるつもりかよ。スパルタ過ぎるし、過大評価も過大評価だぞ。リグ公爵……。


と言うか……俺に任せるなよ。リグ公爵本人が動く問題だろ。この街の問題じゃなく!


やだ……今すぐ帰りたい。ディアナに癒されたい。ソーマの料理が食べたい。エミリアの淹れたお茶が飲みたい。


……ああ、くそがっ!何で乙女ゲームぽい世界に転生して、内政で頭を抱えないといけないんだよ!


それに異世界転生するなら、チート貰って面倒事に関わりたくないとかのたまって、異世界を旅するとか、引きこもるとかしながら、何だかんだで世界を救ってハーレム作るのがテンプレだろ!


………………まぁ、やっぱりそんなの自分がやるのを考えたらヘドが出るけどな。


ああ、もう良いよ!やってやるさ!ディアナを助ける!俺も死なない!この街を富ませるついでにリグ公爵領の危機も解決してやるさ!







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