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フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~

神依政樹

幕間・孤高の王太子

アベル・マグナリアにとって世界は簡単で退屈な、つまらないものだった。


彼は余りにも恵まれていたのだ。老若男女問わず魅了する容貌と、人を惹き付け従わせるカリスマ性を持って生まれ、第一王子という将来を約束された立場。


さらには明晰な頭脳に、優れた身体能力。三つの魔法適性と高い魔力。


やろうと思って出来なかった事など一つもなかった。


まず物心ついた時には教えられずとも、魔法が使えた。鳥が空を翔ぶように、魚が大海を泳ぐように当たり前に使えたのだ。


八歳の頃には教師に教える事はないと言われ、今では精鋭である近衛騎士にすら剣で勝てるようになった。もちろん、あくまで試合、訓練の中であって命の奪い合いである実戦ではまた違うだろう。


それでも、アベルの相手が出来る者が時期に居なくなるのは明白だった。


このまま行けば王となり、唯一の友と認めるアズマと共に間違いなくマグナリア国を発展させるだろう。


そこに問題は無く、本来ならむしろ喜ぶべき事だろう。だが……


「……つまらんな」


それがどうしようもなくアベルには退屈だった。何をしても一定以上の結果が出てしまう。その才能と立場故にアベルは孤独だった。いや、孤高と言った方がいいだろう。


だから、アベルは心から欲していた。自分と同等である存在を……友でも、敵でも良い。競える相手が、好敵手が欲しかったのだ。


親友であるアズマは、頭脳はアベルを上回る程に優秀であったし、魔法も一流の腕前だが、残念ながら武才には恵まれていない。それにアズマは親友であると同時にアベルの臣下であろうしているので、好敵手にはなり得ない。


そのため最近は訓練所で、気分転換に素振りをするのがアベルの日課になっていた。目標も何もない以上、身など入るはずがなく、苛立ちのあまりアベル自身が自分を見たら、無様だと嘲笑するような素人以下の出鱈目な振りをすることもあった。


ある時、10分以上息継ぎ無しで剣を振るっていたアベルが、さすがに息を上げて、一休みしようと素振りを止めると……見計らったように声が掛けられた。


「あ、アベル様!お疲れさまですわ」


アベルに声を掛けたのは婚約者であり四大公爵の一角たるリグ家の一人娘、ディアナ・リグ・マグナリアであった。


アベルの父親である国王とその親友であるリグ家当主クロード・リグ・マグナリアによって様々な理由・・から纏められた縁談である。


一部のメイドや、たまに公儀で出席するパーティーでアベルが頼んでもいないのに、色々と令嬢達が『白病』『母親殺し』などと噂を囁いていく相手であったが……アベルとしてはどうでもよかった。


将来的には異性に興味を持つのかも知れないが、今のところは一切無く、そもそもアベルの立場や、容貌に惹かれて望んでもいないのに着飾った令嬢達が色目を使い、寄って来るのだ。むしろ女を煩わしいとすら思っていた。


なので婚約者など誰でも良かったし、ディアナという少女に対して嫌悪を抱いていない以上、断る理由もなかった。……だからと言って好意があるわけではないのだか。


「……ふん、何のようだ?」


最初こそ持ち得る最大の外面を発揮してディアナに気を使っていたアベルだったが、相手をしろと押し付けた腹違いの弟と仲良くなったからか、王城によく顔を見せるため、面倒になったアベルは何時からか素で接するようになっていた。


「……そ、そのですね?アベル様は甘いものがお好きと聞いたので、クッキーを焼いてきたのです。そ、それでご一緒にお茶しながらお食べになりませんか?」


「……悪いが用事があってな。すまないがお茶は出来ん……」


「……そ、そうですか。分かりました」


ギクシャクとした空気で交わされる会話を終えて、明らかに肩を落とすディアナにアベルはさすがに無下に扱い過ぎかと声をかけた。


「……その……なんだ、良ければだが、クッキーだけ貰っても構わんか?」


「……は、はい!どうぞご賞味ください!カインに教えて貰ったのですが、とっても美味しいんです!」


花が開いたようにうれしそうな笑みを浮かべたディアナはクッキーを渡すと、それでは失礼します……と去っていった。


アベルが受け取ったクッキーは、どうやら三種類入っているようで、人の形をしたもの、ナッツが入っているもの、丸いシンプルなものが入っていた。


行儀が悪いと思いつつも、味が気になったアベルはその場でクッキーを食べ始めた。


「これは……なかなか旨いな」


人形のクッキーは硬くザクザクとした食感ながら、薄くしているため歯切れも良く、何か香辛料が入っているのか独特の辛味と香りがあった。


続いて食べたナッツ入りのクッキーはサクホロとした食感と、ナッツの香ばしさが合わさり、食べると止まらなくなりそうな中毒性が。


そして、シンプルな丸いクッキーを食べるとしっとりとしたなんとも言えない食感と、豊潤なバターの香りが口に広がる。


「……これをディアナ嬢が作ったのか。そして、教えたのがあの弟か。今まで食べたクッキーとは全て違う食感でこちらの方が旨いな……」


今まで食べた事のある硬く、飲み物に浸けなければ食べるだけで苦労するザクザクとしたクッキーとは全て違う食感に、アベルは驚き、少し感動した。


(……ふむ。特に特技らしい特技もない無能の弟と思っていたが、菓子作りの腕は認めてもいいな。まぁ、王族として役立つ特技ではないが……それにディアナ嬢に対しても、お茶位なら付き合っても良いかもしれん。このまま行けば将来の妻になるのだから……)


弟を多少は認め、ディアナに対しても少しだけ態度をアベルが軟化しようと思っていると……


【くだらない。くだらない。くだらない。何故、オレがあのような白病の君の悪い女と共にならなければならない。何故、虫以下の価値しかない腹違いの出涸らしを認める?そう、それはあってはならないことだ】


「……がっ!なん……だ?声……?」


突如として頭が割れそうな程の強烈な頭痛と共に『声』が響いた。それはアベルにとって聞き慣れた自分の声のはずであったのに……その『声』には逆らう事すら許されないような力があった。


「……やめ……ろ」


【さぁ……アベル・マグナリア。元に戻れ、世界に退屈しろ。孤高であり続けろ……そうすればお前は少女ヒロインに救われ、幸福になるのだから】


「あ……お…れは……っ!」


それでも『声』に抵抗しようとしたアベルだったが……頭を抑えながら気を失った。






「……なんだ……?いつの間にか眠っていたのか?俺は?……知らない内に疲れでも溜まっていたか。ふん、今は人払いしているからいいが……普段なら大騒ぎだな。……ん?これはクッキー……か?」


数分後……何事・・もなかったように、起きたアベルは、自らの横に置いてあったクッキーを見て首を傾げた。


「……誰かの忘れ物か?それとも侍女が寝てる間に置いて行ったか。ま、侍女に渡して処理させれば良いだろう。……しかし、何やらクッキーを見ていると頭が重いな……」


何かを振り払うように、一度頭を降るとアベルは今日は早めに休もうと、その場を去った。


【……これでいい。全ては運命シナリオのままにこの世界は進まねばならないのだから……そうでなければ、オレがあまりにも哀れではないか……】


誰もいないはずの訓練所、そこでアベルの頭に響いていた『声』はどこか悲しげな悔恨をのせた呟きを残し……消え去った。






それから曖昧な記憶しか残っていない訓練所での一件から一週間。また眠ってしまっては情けないと、三日間ほど十分に休息し、四日間程は父の代行で隣国で行われた即位式に出席していたアベルは一週間ぶりに訓練所に足を運んでいた。


「……何やら頭が重いな……」


刃が潰された剣を構えるが、いつも以上に集中出来なかった。


アベルに思い当たる原因と言えば、隣国の新帝だろう。父によく観察して来なさいと言われ、即位式に赴いたので出来るだけアベルは観察してきたが……そのうち隣国と戦になることを覚悟しなければならないだろう。


整った容姿なのにも関わらず、人に嫌悪感を与える醜悪な雰囲気を纏った王。あの王はこの世の全てを手に入れても、満足しない強欲さと飢餓を持っている。王にはその特徴から様々な名前が付けられるが、後の世で強欲王とでも呼ばれるだろう。


……何よりアベルに向けられた視線は敵意や、嫌悪等と言う生易しいものでなく、今から狩る獲物に目を向けているようだったのが何よりの証拠だろう。普段から不敵な態度を崩さないアベルでも、強大な軍事力を誇る隣国と戦争するなど、考えるのも億劫だった。


「……それとも一週間前に石畳で寝たのが、まだ響いているか?」


それは遠からず真実に最も近い予測だったが、バカらしい……と苦笑してアベルは剣を降り始めた。


縦、横、斜めと型の反復練習でも、剣の訓練でもなく、ただ頭を空っぽにする為だけにアベルは剣を振るう。


「ご、ごきげんようですわっ!アベル様」


アベルが振り回していた剣を止め、息を整えているのを見計らったようにディアナに声をかけられた。


「ああ……お前か」


ディアナに声を掛けられ、最近同じような事があったような強烈な既視感を感じたアベルは……ディアナに視線を移し驚いた。


今まで感じたことがないほど嫌悪をディアナに抱いたのだ。


……どう言うことだ?俺は……ここまで嫌っていたか?


決して好意を抱いているわけではなかったが、嫌ってもいないどうでもいい存在のはずだった。それが……どう言うことだ?


アベル自身よく分からない違和感を感じていた。


「そ、そのですね?また美味しい焼き菓子を作ったので、宜しければ今度・・こそご一緒にお茶などいかがですか?」


遠慮がちにそう言って、ディアナが差し出すようにバケットから何やら焼き菓子を取り出す。その動作にまたもや既視感を感じて、差し出された焼き菓子を手に取ると……凶悪な程の嫌悪と忌避感から地面に落とし、踏みつけた。


そして……アベルの意思とは無関係に口からディアナを抉るような言葉の刃が飛び出した。


「……はぁ……この際だから言っておくぞ。ディアナ・リグ・マグナリア。煩わしい真似は止めろ……!わざわざ媚を売らずとも、お前を婚約者から外したりはしない。目障りだから、必要な時以外は俺に近づくな」


「っ……!も、申し訳ありませんでした……」


ディアナはアベルの言葉に泣き出しそうになりながらも、目を逸らさず、それどころか逆に強くアベルを見つめて言った。


「で、ですが……その焼き菓子はこれならアベル様も喜ぶだろうと、カインが考えて、作り方を教えてくれた物なのです!私の事をどう思おうと、どう言おうと構いません。そのお菓子を無下に扱った事だけは謝ってください!」


……ドレスの裾を握って、震えながらも凛としてディアナは言った。




今までアベルが見てきたどこか遠慮がちでオドオドしたようなディアナとは違う姿に、アベルは驚きつつも胸から迫り上がる嫌悪感にまかせ口からは変わらず、ディアナを貶し、侮辱する言葉が飛び出した。


「チッ……!どいつもこいつも、無能ほどよく吠えるっ!白病の欠陥品が……」


その瞬間、剣を首元に突き付けられたようなゾッとするほどにおぞましい殺気がアベルを襲った


。それは鍛練を積んでいるからこその無意識での反射だった。……でなければ、避けれなかった可能性があっただろう。


首を動かして飛来する何かを避けたアベルは、すぐさま何かが飛んできた方向に目線を向けて……目を見開いた。


「っ!貴様っ!」


そこに居たのは出枯らしと呼ばれ、王族で王位継承権二位と言う立場にありながらも、その立場に比べ、圧倒的に低い扱いを受ける腹違いの弟だった。


「……カイン……」


現れたカインに驚きと不安が混ざったような目で見詰めるディアナに、カインは心配は要らないとで言うように、ディアナの頭に手を置き、アベルと向き合った。


死の恐怖のお陰か……自分自身の主導権を取り戻したアベルは自身がディアナに対して酷いことを言ったと言う自覚があった。


だが、それ以上にカインが兄弟とはいえ王太子である自分に手をあげようとしたと周りに知れれば、母が平民で後ろ楯がなく、本人の能力が極めて低いカインでは、アベルにその気がなくても何らかの叱責が行く可能性が高いだろう。


「……なんの真似だ?カイン。自分のしてることが分かって……「……お兄様。ちょっと訓練を付けてくださいよ。ああ……御託は抜きに一言で言いますか。とりあえず一発ぶん殴らせろよ!お兄様」


真意を問うべく、カインと目を合わせたアベルは驚き、震えた。体の芯まで凍えるような殺気と燃えたぎるような闘志を目の奥に宿したカインに、これが出枯らしと言われる男の目か……と。


「……はっ!吠えるな。だが、この俺がなぜお前程度の奴を相手にせねばならん?時折俺が剣を振るっていたのを覗いていたのだ。実力の差は歴然だと理解できんか?」


驚いたアベルだったが、言外に剣を交えるのがどういう事か分かっているのか?とカインに問いかける。それが分からないバカならば、王族の評判を落とさないよう、今のうちに潰して置いた方がいいと思ったからだ。


「……確かに実力差は歴然かも知れないですが……油断してると足元を掬われるかもしれないですよ?……おや、それともお兄様は訓練とは言え、負けるのが怖い腰抜けなんですか?」


カインは自分を落ち着かせるように息を吐き、身に纏う空気を和らげると訓練と言う言葉を強調するように言った。


(……なるほど、対外的には訓練で押し通すつもりか。そして、熱くなっても冷静さを一応は取り戻す……か)


一応は納得したアベルだったが、自分が話に乗らなかったらどうするつもりだと思い、そのまま話に乗ることにした。自分が感じた予感を確かめたかったからだ。


「……ふん。いいだろう。その安い挑発に乗ってやる。その代わりと言ってはなんだが、少しばかり痛みを教えてやろう」


「……それはおっかないですね。ああ……それとですが訓練ですので、直接的な魔法の使用は禁止。三回勝負で……余興と言ってはなんですが、勝った方は相手にできる事に限り、お願いを聞いてもらえると言うのはどうですか?」


(………ほぅ、なるほど。その三回勝負で一度だけ俺に勝ち、俺に要求を飲ませるつもりか。だが……俺が話に乗らなければそれまで。そもそも俺に一度は勝たなければならない。浅知恵の……随分危ない賭けではないか。が、いいだろう。俺に一度でも勝てると思える力を見せて貰おう。あんな目を出来る者が単なる能無しと言うことはあるまい)


「……ふん。なるほど、良いだろう。大口を叩いたんだ……多少は楽しませろよ?」


逆に言えばあまりにも不様を晒すなら容赦はしないと言外に告げ、了承したアベルはカインに向けて刃が潰された訓練用の剣を放り投げた。


そして、剣を受け取ったカインが剣を構えた姿に、アベルは笑った。それはまるで鏡を見ているようにアベルにそっくりだったからだ。


どうやら俺の訓練を見てたのには意味があったらしいと……いつの間にかアベルはカインがどれ程戦えるかと想像し、久方ぶりに心が沸き立つのを感じていた。


「ふ、二人ともお止めください!ご兄弟で争うことになんの意味があるのです!カインは下がって下さい。アベル様!私が全て悪いのです。私がどうなろうと構いません。ですからここはお引きください」


そこに、このままではダメだと思ったのか、アベルとカインの間をディアナが体を張って入って来た。


「……下がっていろ。これは争いではなく、弟が訓練をしてくれと頼んできた事なのだ。……お前が下がらなければ訓練ではなく決闘になるぞ?」


ディアナに対して言った暴言に申し訳ないと言う気持ちはあったが、それ以上に今のアベルはカインと剣を交わしてみたかった。


「……ですが……」


「お兄様の言う通りディアナ嬢は下がっていてください。……こう見えてそれなりには剣を扱えますのでお兄様を多少は楽しませますよ」


「……分かり……ました」


カインからの言葉もあり、ディアナは渋々ながら二人から距離を取った。


「……ふん。では小手調べだ。行くぞ?弟」


ディアナが離れるのを確認したアベルは、これくらいは受けてみろと、瞬時に魔法で身体能力を強化して、踏み込みと同時に数メートルの距離を一気に詰めると剣をカインに叩き込むように振り下ろす。


「……っ!」


「……ほぅ?口だけではないか」


剣が降り下ろされる寸前、剣の横っ腹を叩くようにして、力を流してから剣を受け止めたカインの技巧にアベルは感心した。少なくても並の兵士などよりは間違いなく上だろうと……。


もし仮にアベルの感想を誰かが聞いたらこう言うだろう……魔法と言うモノがあっても十歳にも満たない少年が並の兵士以上なら、それは異常だと。


「よし、では……次は少し本気だ」


「ぐっ!」


カインがどこまで付いて来れるか確かめるように、徐々に速度ギアを上げ、縦、横、斜め、といくつもの斬撃をアベルは連続で放つ。


その全てをカインはギリギリで弾き、反らし、受けきる。体捌き、防御技術に関しては近衛にも勝るとも劣らない動きを見せるカインにアベルは笑みを深くしていく。


(これほどまで出来るか!ははっ……いいぞ!やるではないか!)


「どうした!防ぐだけでは勝てぬぞ!貴様も口だけの男かっ!」


「言われなくてもっ!」


アベルが挑発するとカインに剣を強く弾かれた。同時に、カインは剣を両手持ちから、片手持ちに変える。右手は何も持たず、左手には武器を持つ。マグナリア流剣術とは違う思想に基づき作られた形。その形を見てアベルは直感で剣を片手持ちに変えた。


カインの踏み込みに合わせ、動きを真似るようにアベルはほぼ同時に体を時計回りに捻って斬撃を放った。そして……幸運に恵まれたアベルは辛うじでカインの技を相殺出来た。


本能的に普通に受けては良くて剣が折れるか、吹き飛ばされると判断し、同じ動作を真似したのが結果的に功を制した。出なければ……アベルは今の一撃で負けていただろう。


「ふ……ふははっ!面白い!面白いぞ。さぁ、カイン!俺をもっと楽しませろ!この俺を震えさせた実力が、この程度とは言わせぬぞ!」


アベルは笑った。愉快だと、今感じた恐怖も危機感も高揚も全てが愉快だった。近くに居たのだ。ここに自分と同等に剣を交わせる存在が、それも弟と言う気兼ねなく競える最高の立場でだ。


アベルはもっと剣を交えたいと、感情のままに踏み出し、斬りかかろうとして……剣を投げつけられた。


「なにっ!貴様ふざけ……」


勝負を投げるようなカインの行為に、怒りのまま剣を弾き飛ばしたアベルは苦痛で顔を歪めた。いつの間にかカインに密着され、首元と腕を万力のような力で捕まれ、足を踏みつけられたのだ。


「ぐっ!」


ーーーその後は一瞬だった。世界が反転したと思ったら、地面に叩き付けられていた。


そして、衝撃で苦悶の表情をするアベルの首に剣が突きつけられた。アベルは剣の勝負なのにも関わらず、剣を投げたことや、知らない組技を使った事に、卑怯だとカインを罵ろうとして……それが狙いかとカインを睨んだ。


恐らく、純粋に剣の勝負で勝っては自分の名誉に傷がつくと考えて、敢えてカインは卑怯と言われかねない勝ち方をしたのではないか?……それに、卑怯だとも思ったがこれが実戦なら死んでいたのだ。


「俺の勝ち……で良いですよね?お兄様」


「っ……はっ!ははっ!確かに負け……だな。はははっ……!」


全くバカらしい……何が退屈でつまらないだ。俺などまだまだではないか、と、アベルは笑った。出涸らしと呼ばれた弟に負けた事は悔しかったし、次こそ勝ってやると言う気持ちもある。そして、それ以上に……心の何処かで世界を侮っていた自分自身が可笑しくなったのだ。


(……ああ、そうか。世界は退屈でつまらないものではなかったな。簡単なことだったのだ。自分の殻に閉じ籠らず、ただ、そう……良く見て、知ろうとするだけでいいのだ。そうすれば……気にも止めなかった弟に負けるなどと言う愉快な事もある)


「と言っても……三回勝負、あと二回やるのだろう?カイン」


アベルは起き上がると、不敵に笑った。


「……ええ……そうですね。お手合わせお願いします」


「ふん、とりあえず本気・・を出せとは言わんが、手は抜くなよ?では……行くぞ」










「二勝一敗で俺の勝ちだな。カイン」


予想通りの己に華を持たせる結果にアベルはつまらなそうに言った。剣を交える前は勝つチャンスを増やす為だとも思っていたアベルだが、恐らく周りへの言い訳の方が強かったらしい、と。


(全く……考えなしのバカかと思えば、変に慎重な所がある。いや、逆か。それだけディアナ嬢を好いていると言うことか)


「ええ……お兄様の言う通り俺の負けです。それで一勝・・したのでお願いを聞いて欲しいのですが……」


「……ふん。言ってみろ」


やはり予想通りかと、カインのお願いとやらを促す。


「では……ディアナ嬢を罵った事、菓子を踏みつけた事を謝ってください」


「……それだけ……か?」


……もっと何かしらの要求をされると思っていたアベルは呆けたように再確認した。


「はい」


(……本当にディアナ嬢の為だけに、この弟は、味方など皆無に等しいのにも関わらず、王太子である俺に挑んだのか?……全く……阿呆にも程がある)


アベルはカインに呆れながらも、ディアナに体を向けて頭を下げた。


「貴女を貶し、罵った事、更に私の為にと用意してもらった菓子を踏みつけた事を謝罪しよう。すまなかった」


「い、いえ!私がアベル様のお気持ち考えずに行動したのが悪かったのです!ですので、頭を上げてください!王太子ともあろうお方が私などに軽々しく頭を下げないで下さいませ!」


アベルが頭を下げると、ディアナは頭を上げるように懇願した。ディアナの言葉はどこまでも真摯で、今まで寄ってきた令嬢達とは違うのだと、今のアベルには理解できた。


(きっと……俺が知ろうとしなかっただけで、弟が体を張るほどに魅力的な少女なのだろうな……まぁ、今更だか、少し惜しいかったか?)


「寛大な心に感謝しよう。ディアナ嬢。それとカイン、お前が菓子作りを教えたと聞いたぞ。すまなかったな」


「……いえ、俺の事はお気になさらないでください」


何やら驚いたようにこちらを見るカインに、アベルはニヤリと笑った。


「……そういえばカイン、俺は二回勝ったのだから、二回ほどお前に命令することが出来るのだよな?」


「……そうですね……。そうなりますね」


引き吊った笑みを浮かべるカインに、どことなくスッキリとした気分でアベルは言った。


「……では明日の朝またここに来い。その時に一度目の命令を聞いて貰おう。後の一つは……まぁ、楽しみにしておけ。では俺は用が出来たので行くぞ」


(全く、俺がどんな要求をすると思っているのだか、勝者には褒美があって然るべきだろう?カイン。ま……一つは自分の為に使わせてもらうがな)


そうしてアベルはその場を去っていった。










壁の陰に隠れて、見たいたカインとディアナの様子は愛し合っているとまで行かなくても、互いを思い合っていると一目で分かる仲睦まじい光景だった。


「……ふん、まったく……」


あれでは王太子から婚約者を奪う不届きものではないか……と見ていたアベルは苦笑する。


「はて……?王太子とも在ろう方が覗き見とは趣味が悪いかと思いますが……」


急に声を掛けられ、振り向くと可愛いらしい顔立ちをしたメイドが無表情で立っていた。


「お前は確か、……弟の専属か」


「これはこれは……王太子とも在ろう方に覚えていただけるとは光栄です」


動きだけは優雅に一礼して、全く光栄そうではない口調で言うエミリアにアベルは苦笑した。


「全く光栄そうではないではないか……まぁ、構わんがな。弟が心配で様子でも見に来たか?」


「……無礼を承知で申し上げますが、アベル様はお変わりになられた様子。でしたら心配など無用でしょう」


「……ふむ。そうだな。気にも止めなかった弟に投げられれば、腑抜けいた頭も多少は変わったのかも知れん。お前から見て、今の俺をどう思う?」


「個人的にですが……大変好ましいかと」


口元に笑みを浮かべるエミリアにアベルは笑った。そうか……と、そしてちょっとだけ沸き上がった悪戯心で試しに聞いて見たいことがあった。


「ふむ、どうだ?今の給金の倍支払おう。俺の専属にならぬか?」


「お戯れを……魅力的ではありますが、お断りさせていただきます」


間髪入れずに、キッパリと断ったエミリアに、アベルは少し面食らった。断る可能性の方が高いとは思ったが、これほど即決するとはと、


「理由を聞いてもいいか?」


「そうですね……カイン様にアベル様からいただけるお金以上の価値があると判断したからです。色々ありまして好いてはいない父ですが、唯一好きな言葉がありまして……『金は重い。命などよりよっぽどだ。だが、金では買えないそれ以上に価値が高いものは必ずある。そして、そういうモノで金だけでは得られない利益が必ず得られる』のだと、私は結構強欲なので将来の利益へ賭けようかと思ったまでです」


「なるほど、中々面白いな」


「ええ、何せ王太子である方に気に入られた方です。なら、未だに味方が少ないその方の信頼を得ておかない手はないでしょう?」


「ほぅ……中々恐ろしい女だな。確かに……そうだな。ならば、弟の事を頼んだぞ。あれは中々面白いのでな」


「ええ、お任せくださいませ。アベル様の為、カイン様の為、何より自分の為に頑張らせて貰います」


エミリアは今度は心からの敬意を込めて、アベルに頭を下げたのだった。






訓練所からアベルが父である国王に会うために執務室を訪れると、そこには父の他にリグ公爵とオイゲン宰相が居た。


「ちょうどいい……父上!リグ公爵!オイゲン宰相!弟カインと婚約者であるディアナ嬢について相談がある!」


ふん、弟よ。この俺にわざと二回も勝たせたことを後悔させてやるから、楽しみにしていろ!


カインが慌てる顔を思い浮かべたアベルは、何処までも不敵に笑って、弟と将来のになる少女の為にと、父達を説得するために思考を巡らすのだった。

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