フェイト・マグナリア~乙ゲー世界に悪役転生しました。……男なのに~

神依政樹

悪役令嬢を餌付けして調きょ……教育する



さて、エスコートと言っても何しようと迷った挙げ句。


女の子と言えば甘いものだろうと、絶望的な女性経験しか持たない俺は、単純極まりない思考で甘いものでも作ろうと厨房に向かう途中で……ふっと思い出した。


……確か、お兄様の婚約者ディアナって、最終的に俺と同じく酷い目に会う悪役令嬢じゃなかったか?


隣国の色欲魔として有名らしい王の側室に迎えられるか、焼死とかするはずの。


「えっと……ディアナ?」


「なんです?」


エミリアさんに頼んでお茶でも用意してもらい、待ってて貰うつもりだったのだが……聞いてもらえず、あとを付いて来たディアナに呼び掛ける。


ちなみに本人の要請もあり、互いに呼び捨てにしている。ま、二人だけの時は問題ないだろう。


「ディアナの正式な名前って……ディアナ・リグ・マグナリアで間違いない?」


「そうですけど……それがどうかしましたの?」


「いや、何でもない。うん……」


変なカイン……と可愛らしく小首を傾げ、呟くディアナを誤魔化しつつ、俺は背中に冷や汗をかいていた。


……この子が悲惨な最後を迎える悪役令嬢?ちょっと意地っ張りというか、強がるところがあるみたいだけど、可愛くて良い子だ。


そんな子が薄汚いおっさんに好きなように扱われたり、苦しんで死ぬ……?


なんだ…………それは、嫌だな。ああ……それは嫌だ。


ーーーきっと、この子の未来まで変えようとするのなら、自分だけの未来を変えるより、何倍もの困難を伴うかもしれない。


物語うんめいが定められているのなら、主人公ヒロイン攻略対象ヒーローが必要不可欠な悪役なのだ。世界に喧嘩を売るようなものなのかもしれない。


でも……この子が理不尽な死を迎えることになったら、自分が死ぬのを回避出来ても意味がない。そんなのは胸糞悪いにも程がある。


俺の行動はアホらしいほどの偽善なのかもしれない。


でも、俺自身が誰かに裏切られたり、嘲笑されようと、それは構わない。だけど……自分自身の心に反するのと、大切な人が苦しむのだけは嫌なのだ。絶対に。


……ああ、そうか。……まだ会って一時間も経ってないはずなのに、この子が苦しんだりするのが俺は嫌なのだ。


ま、男だしな。可愛い子はやっぱり笑顔が一番良い。


正直な話、原作の知識も殆んどなく、自分のことすら儘ならないが状態だが……この子を助けよう。この決意がどれほどの困難を伴おうと。絶対に。


★★★★★


決意を固めたものの、まだ何をすればいいのか具体的に何も思い付かないのでそのまま厨房に向かう。


厨房に着くと、夕食の仕込みをしているシェフに頼み込み、いつものように端の方を貸してもらう。


……自分が連れてきてなんだが、公爵令嬢を厨房に入れるとか大丈夫なのだろうか?


いや、いざって時は俺が責任とるけどさ……王妃様が出てこない限り。だって逆効果になるのは目に見えてるじゃないですかぁ。


「何をしますの?」


「ふふふっ……クレープを作る」


首をかしげるディアナにちょっと胸を張って言ってみた。


いや、クレープは形だけなら難しい物じゃないんだけどね。極論を言えば薄く伸ばしたホットケーキだ。


と言っても、なんの粉を使うか、バターを入れるか、パリパリにするか、もちもちにするか、とかシンプルだからこそ、アレンジが利くので、こだわり出したらきりがないのだけど。


パイ生地、シュー、マカロン等は火加減や、生地の混ぜ方と形を作るだけでも技術が必要だったりするけどね。


先ずはご都合主義万歳の魔力を動力に動く冷蔵庫から薄力粉、牛乳、玉子、砂糖を取り出す。
ボウルで材料を混ぜ合わせ、熱したフライパンに流し焼けばクレープが出来上がる。 


本来なら生地をフライパンに流し入れ、フライパンを動かして薄く伸ばす……のだが、今回はキャラメリゼするので厚めのもちもちの生地に焼き上げた。


皿に焼き上げたクレープを四角に畳んで盛り、砂糖を満遍なく掛けて振りかける。そして……土属性を生かし、錬金で作った焼きごてをゆっくり押し当ててやると、煙と共に焦げ臭くも甘い匂いが周囲に広がる。


そして、最後に冷凍庫から自家製アングレースソースから作ったアイスクリームを乗っけて完成だ。


「ふぁ……!」


ディアナから声にならない声と、キラキラとした目がクレープに注がれる。


……何か、厨房のコック達からも視線が注がれてるような気がする。いや、味見させたことあるじゃん。レシピ教えたじゃん。






部屋に戻り、エミリアに頼んでお茶を用意してもらった。


「失礼します」


「ありがとう」


テーブルにエミリアが用意してくれた紅茶が運ばれて来たのでお礼を言うと、ディアナが不思議そうに首をかしげた。


「……なんでカインは使用人ごときにお礼を言うのです?」


……あー。確かに身分的には言う必要はないんだが、仕事だろうとなんだろうと、礼を言われたり、労らわれた方が気持ち良く働けるんだよな。……ふむ。


ディアナが食べようとしていたクレープを取り上げる。


「あっ!」


「……もちもちとした食感の熱々クレープに、パリパリのキャメル層。さらに濃厚でクリーミーな冷たいアイスクリームが口の中で渾然一体となった時の旨さと言ったら……」


「うぅ……!な、なんで意地悪しますの!」


「……ディアナは公爵令嬢だ。だから、一部の人間を除いて下手に出る必要も、畏まる必要もないし、むしろやっちゃダメだ。けど……使用人だろうと、敬意は払わないとダメだ。エミリアは俺達のために紅茶を用意くれたからお礼を言ったんだよ」


「そ、そうなんですの……?エミリア。その……、あ……く、苦しゅうないですわっ!」


「いえ、恐縮でございます」


顔を赤くして礼を言うディアナにエミリアは薄く微笑み頭を下げた。凄いな……エミリアは薄くだろうと滅多に笑わないんだが。


……もしかして俺が嫌われてるだけとか?やだ、否定できない!個人的に雇うとしたら……って聞いたら、かなりの高額報酬提示されたし。


「良く出来ました。はいどうぞ」


お礼をちゃんと言えたのでクレープをディアナの前に戻す。


「い、いただきますわ!」


そう言ってディアナはさすがは公爵令嬢と言った優雅な動作で、クレープを幸せそうに食べだした。その姿は十歳の少女らしく、無邪気で可愛らしい。


可愛いなぁ……。しかし、ディアナを助けるためにはどうしようと思ってたが、今みたいに餌付けして調きょ……もとい教育していけばいいでは?


悪役令嬢って傲慢、高慢、高飛車、意地悪、嫉妬深いが基本で主人公に嫌がらせしたりするキャラのはずだし。出来るだけそれらの要素をディアナが持たないように矯正していくとしよう。あとは臨機応変に対応だ!


やだ、不思議。打つ手がないだけなのに、臨機応変って言葉を使うと何となく纏まる素敵な言葉。






それからしばらくはディアナにクレープの作り方を教える約束をしたり、女の子が好きそうなこの世界の昔話を聞かせたり、どこぞのチート宮廷土魔術師を参考に作成したミニゴーレムを作って遊んでいると、エミリアが来客を知らせてくれた。


「来客……?」


「はい。来客です」


……ここ数年俺の部屋に来るのなんてエミリアと、お父様が一度訪ねてきたくらいだぞ?


いや、数年というか生まれてからエミリア以外が側にいた記憶があんまりないけどさ……。


「……どうしようか?エミリアさん」


始めてのことなので本当にどうしよう?


「……はぁ、普通に部屋に招けばよろしいかと」


聞き慣れたどこか呆れたようにエミリアさんが言うので許可を出す。


「それじゃ通して」


「かしこまりました」


そうしてエミリアが見知らぬナイスミドルを部屋に招き入れた。


えっ……なんだこの美中年?深い見識と知識を秘めてそうな理知的な瞳とか、真っ直ぐに伸びた背筋とか……女子高生とかマダムがキャーキャー騒ぐレベルだぞ。


ぽかーんとして見ていると、にっこりと微笑まれた。やだ、女だったら惚れてるわ。


……何者だよ、この人。俺に何の用だ。……いや、なんか目元がディアナに似てるか?


「カイン様……クロード・リグ・マグナリア公爵様です」


こそっとエミリアが耳打ちして、教えてくれた。……公爵様かよ。下手な対応が出来ない相手じゃん。と言うか……それは通す前に教えて欲しいです。エミリアさん。


「お父様っ!」


ディアナが弾んだ声を出す。目元が似てると感じた通りディアナの親父さんだったようだ。そりゃそうだ。同じ『リグ』だもん。ディアナを迎えに来たのか。


「やぁ、ディアナ。アベル様に場所を伺ったら、弟に任せたと言われたのでね。迎えに来たよ」


「あら……?もうそんな時間なのですか……」


残念そうにそう呟いたディアナは俺の方に振り向いた。


「カイン!今日は……今日はとっても楽しかったですわ!……その、未来の旦那様にも会わなければならないですし……そのっ……ですね?また私にお菓子の作り方や色んな話を教えていただけます?」


もじもじと顔を赤らめて言うディアナは大変可愛かった。断る理由などないので俺は頷いた。


「もちろん。クレープの作り方を教える約束もしたからね」


それに助ける為にもある程度の間隔で会った方が良いし。原作の知識が有ればまだ楽なんだがな……。


「ふむ……どうやら娘がお世話になったようですな。感謝します。カイン様」


ディアナの父親はそう言って軽く頭を下げた。なんか王子になって始めて敬われた気がする。


「いえ、礼には及びません。未来の姉上と友好を深めていただけです。弟として王になる兄上と国母たる姉上を支えるのが私の目標ですから、こんな可愛い方を妃に迎える兄上が少し羨ましく思いますが……」


とりあえず、兄には劣るがそれなりの能力はあるよー?といった感じで最後に冗談を交えて言った。信長さんみたいにうつけを演じて、実は……みたいな事をやりたいのはやまやまなのだが、そうするとゲーム通りになりそうだし、いっそのこと周りの評価を変える事に俺はしたのだ。


まだ、何もしてないけどね。そもそもぼっちなので、何の属性持ちなのか誰にも聞かれないし……。


ま、闇属性ばくだん持ちな事を考えると人との接触が無い分バレる心配は大してないので、楽なのは楽なのだけど……。


……それと余りに阿呆と思われてしまうと、ディアナに俺を近づけないようにとか、ディアナの陰口を言うのが出てきそうなので、それを防ぐ為でもある。


「……カイン様は気にしないのですかな?」
 

公爵は優しげな表情から一転して、俺の真意を見極めるように鋭い眼で見つめて来た。


「……何か気にすることがありますか?」


なので目を合わせ、公爵の質問の意味を理解したうえで、気にするものなどないと言いきった。ディアナはディアナだ。


会って数時間も経ってないが、将来が楽しみな。とっても素敵な女の子だ。


すると公爵は表情を和らげた。


「……ふむ、噂などあてになるものではないか。己の目で、耳で確かめなければ意味などないと肝に命じたはずだが、私もまだまだのようだ。カイン様……娘はなかなか同世代の子と仲良くなれませんでな。宜しければこれからも娘と仲良くしていただけますかな?」


「リグ公爵様。お願いされるような事ではありません。ただ、私が自ら望んでディアナ様と友になったのです」


「……ふふっ、それは失礼しましたか。感謝しますぞ。カイン様。こほっ……」


「大丈夫ですか!?お父様!」


急に咳き込んだ公爵をディアナが心配そうに支えた。


……体調が思わしくないのか?


公爵が倒れたら、ディアナを周りから守れる人がいなくなるぞ。俺じゃ逆にその手の輩を増長させそうだし、そんなのなくてもこういう格好いい大人には長生きして欲しいものだ。


「体調がよろしくないのですか?」


「これはお見苦しい所をお見せしましたな……。お恥ずかしいお話ですが、高名な治癒者が言うには直接的な病魔が悪さをしてる訳ではなく。ただ疲労が溜まっているので、休むように言われたのですが……中々に時間が取れず、たまに体調を崩して、咳き込むのです」


……なるほど、見るからに有能そうな公爵だ。仕事も色々ある所にディアナを周りの悪意から守るために気を使い、心労が溜まってるんだろう。でも、病気じゃないなら俺にもやれる事があるな。気休めだけど……アレをするか。


「公爵様。お手をよろしいですか?気休めにしかならぬかも、知れませんが……」


困惑するリグ公爵の手を取り、魔力を流す。頭から心臓、各臓器、手足、細胞一つ一つの流れが滞りなく進むように助け、循環させるイメージ。


この世界は例によって骨折などの外傷は治癒者の腕によるけど、ほぼ一瞬で治す事が出来る。それに病気も薬草と治癒術を併用すれば、前世と同じ病気や、魔力欠乏症とかのこの世界独特の病気もほとんどは治るらしい。


ただ……この世界でも癌だけは手の施しがないようだけど。それと筋肉痛は細胞を治してしまうので、筋力をつけたければ逆効果になる。筋肉痛って、筋肉が同じ負荷をまた受けても耐えられるように強くしようしてなるもんだから、治したら強くなる以前の状態に戻るのですよ。


そこで編み出したのが厨二丸出しのネーミングセンスから名付けた『活水術』である。


東洋医学的には血、気、水の流れが人間には存在して、その流れが正常なのが健康で、その流れが乱れると病気なるという考えが根本にあると昔聞いたので、水魔法の応用でやってみたのだが……倒れる寸前まで体を動かした後にやると結構効くのだ。


まぁ、漢方学とか世界的に注目されてて一部の漢方薬とか、投機の対象になってるとか知り合いの研修医や、薬学部の奴が言ってたくらいなので、東洋医学も中々凄いのだ。


「……これは凄いな。体の奥底から力が沸き上がって来るようだ」


リグ公爵が目を見開き、驚いたように言うので水魔法に適性があるか聞くと、あると言うのでやり方を教えてみると一発で覚えた。


もう……これだからチートは。しかし、今更だが水属性が使えると教えちゃったな。
別に土と風も適性があると言ってないので、トリプルとは思われないだろうが……まぁ、別にトリプルなのはバレてもいいのだ。


切れる手札をなるべく持ちたいのと、馬鹿共に担ぎ出されたくないから、なるべく人前で水属性を使わなかっただけだし……。


となく公爵には活水術これを教えておかないといけない気がしたのだ。ただ闇属性だけはバレたら、確実に病死するはめになるから、気を付けないと駄目だけど。


「重ね重ね、ありがとうございます。カイン様」


「いえ、ただ……活水術を使えば体調を調えられると思いますが、あくまで調えるだけです。どうかご自愛下さい。リグ公爵が倒れれば悲しむ方が沢山います」


「そうですわ!お父様が倒れたら、心配で、心配で夜も寝れなくなってしまいます」


「僭越ながらお二人の仰る通り、公爵様が倒れればその影響は大きいものになるかと……」


「……どうにも耳に痛いですな。分かりました。努力するとしましょう」


俺達三人に揃って、体を大切にしろと言われたリグ公爵はそう言って苦笑するのだった。



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