誑かした世界に終わりを告げて

山永

10



神子を泣かせてから数日。初めてのお世話が失敗に終わったことから、私は神子の世話を断られている。
それは良い。私も行きたくないので。
しかし、今日神子を泣かしたということで我が家に神官長が訪れてきた。


「神官長様も大変ね」


「そう思うならあまり面倒ごとを増やしてくれるな、ヴィーラ嬢」


屋敷の応接間に案内された神官長、ルッポ・ノルティアはソファーに腰掛けると、メイドに入れられた紅茶に口付け、溜息混じりに苦言を吐いてくる。
神官長とは魔力測定のときからの知り合いなので、あまり遠慮が無い。


「そうは言っても、今回のことは複数人の男性に口で負かしたことしか反省する点はないわよ」


「なんだ、殿下かレイノ坊にでも灸を据えられたか」


「…どうでも良いでしょう」


少し不貞腐れると神官長は楽しそうな顔をする。
この爺も国王陛下と同じタイプの人間だ。歳を食っているだけあって、たまに国王陛下より面倒な時がある。


なぜかレイノにも事の顛末がいってしまい、帰宅してからレイノにまで灸を据えられてしまったことは忘れたいのだ。


尚もニヤニヤしている爺を睨む。


「そう睨むな。神子の件は我々からも注意しておいた」


「ご苦労様なことね」


「全くだ。こちらも結界張り直しの前準備で忙しいというのに」


「神官長がそのようなこと言ってしまっていいのかしら」


神子の扱いがぞんざいなことに少し驚いていると、神官長はまたも溜息をついた。


「あの神子様は少々天狗になりすぎているようでな。苦言も言いたくなる」


「あら、化けの皮が剥がれるのが随分早かったのね」


「お前さん、神子様の性格を知っていたのか」


「正確には知らないわ」


神官長の苦い顔に同情しながらも、神子の化けの皮の剥がれる速さに驚く。
もう少し上手くやる子だと思っていたのだが。


「ヴィーラ嬢との顔合わせが終わった後、人が変わったようになったとは御付きの侍女の話だったかな」


「まぁ、そんなに分かりやすく」


「それからは美しくなるためや、あの人のためと美容にドレスと買い漁っているらしい」


リアンとの出会いが随分と彼女を変えてしまったらしい。
神子の資金源はあの場にいた彼らや協会の資金だろう。


「ヴィーラ嬢が来てからということは、お前さん何か知っているだろう?」


核心を持った神官長の言葉に、今応接間にいるリアンとメイドに目配せをする。
私の目配せで意味の分かったメイドはリアンの腕を引き部屋を退室した。


メイドとリアンの気配が遠くなったのを確認してから、私は口を開く。


「恐らく、リアンじゃないかしら」


「リアン?」


予想もしてなかった人物の名前に神官長は怪訝そうな顔をする。


「えぇ、神子様のお目あわせのときに連れて行ったリアンに一目惚れなさったようなの」


「…はぁ。まさかリアンとは。神子様も面倒な人間に惚れたもんだ」


「私もそう思うわ」


お互いに溜息をつく。


神子の変貌に納得した神官長はもう一度だけ形ばかりの苦言を漏らし、屋敷を後にした。










***


私は今針の筵に晒されている。


それもこれも神子様の取り巻きを泣かせたことから出た噂のせいだ。


神子を泣かせた公爵令嬢とはなんと外聞の悪いことか。


噂が出回っている中の賓客を招いた神子の祝典。
当然刺さる視線は痛い。


特に、夜会デビューから私に言い負かされてきた貴族たちの視線は最早、凶器に近い。
その中で楽しそうな視線を向けてくるのは私が遊び相手にしている狸や狐共だ。
彼らはこの状況を楽しんでいる。


そういう性格の人間としか遊んでこなかったので助けはないだろう。
危なくなったら助けてくれる人間との関係が一番いいのだ。


私が針の筵だからだろう。先ほどからレイノが怖い顔をして、私から離れない。


「そんなに気にしなくていいと思うわよ」


「姉上が気にし無すぎだと思うのですが」


「確かに居心地は悪いけど、手を出してくるわけではないのだから」


「分からないじゃないですか」


私の言葉に不安と怒りを滲ませた顔を向けてくるレイノ。
どうやらへそを曲げてしまったようだ。


「怖い顔しないの。男前が台無しよ?」


「…姉上。騙されませんよ」


「ふふっ、それは残念」


騙されてくれなかった弟に一笑するとレイノは肩の力を抜く。
そう、レイノは気にしなくていいのだ。
いくら凶器とはいえ、実際に刺さっているわけではない。だから痛くも痒くも無い。
そう言い聞かせる。


「こんばんは、ロズベルク嬢。今夜は随分と人気者ですな」


「あら、エリオ伯爵。ごきげんよう。えぇ、なにやら噂が広まっているようでして」


「あの噂をお聞きしているのに神子の祝典にご出席なさるとは、流石ですな」


「いやだわ、噂は噂。私は後ろ暗いことなんてありませんもの」


そう返すと豚基エリオ伯爵は苦々しい顔をして、それではと去っていった。


「姉上…」


「駄目よ。放っておきなさい」


今は見えない筈のオーラが黒そうなレイノに待ったを掛ける。
その後、エリオ伯爵を見た他の小物たちが数人私に話しかけてきたが、撃退する。


神子が入場してきても、神子は私と話したくないようなので簡単な挨拶だけを済ませ、早々に夜会見学に徹した。
レイノが少し離れると、私に泣かされた3人が私に近づいてくる。


「あのような噂が出回っているのに祝典に出席なさるとは…流石ロズベルク家のご令嬢ですね」


「我々とは出来が違うというわけですか」


「早々に帰られたほうがよろしいのでは?」


侯爵家の長男を筆頭に口々に低レベルな言葉を吐いてくる。
正直溜息しかでない言葉だが、おくびにも出さず青の総レースの手袋を口元に持っていく。


「貴方方とても上手なのね、少し見縊っていたわ。ご自分が泣かされたことは言わず、神子様のみ泣いたことになさるんだもの」


そう言えば伯爵家と子爵家の二人は顔を赤くする。
嫌味を言うならポーカーフェイスを極めなくては。表情が真実です。と言っているようなものだ。


「そんな事実はないが」


「あら、随分と都合のいい頭ですこと。証人が必要かしら?」


「そういって自分の従者を使うのですか?」


「いやだわ、侍女が居りましたでしょう。そのことも忘れてしまっているの?」


「随分と口が回ることで。口だけのくせに」


最初より交戦は出来ている侯爵家の長男に少しだけ関心していると、彼は見事に私の地雷を踏み抜く。


ふふっ、楽しくなりそう。



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