誑かした世界に終わりを告げて

山永

10

昨夜からの雨は翌日になっても上がらず今日も大粒の水玉が空から降り注いでいる。
まるで町民の悲しみを表すように。


リアンの葬儀は貧困街の住民がすべて集まったのではないかというほど大勢がリアンの住処に集い挙げられた。
皆彼の幼すぎる死に涙を流し、けれど嗚咽は雨にかき消され。


リアンの遺体は設備がされ始めた共同墓地に埋葬することになった。


この世界にはまだ火葬という概念がないので、土葬が主流だ。
それに、この地の改革者を他のところに眠らせたくないというのが住民の総意だった。


小高い丘になっている墓地の中央。一等見晴らしがいいこの場所に眠ることになった彼。
供え物は墓標の周りに溢れるほど捧げられる。


一人、一人と涙を流しながら立ち去る。リアンを看取った組織の初期メンバー以外がいなくなった墓地。
建ったばかりの墓標を見つめ空のリアンにも聞こえるように願いを込め、声を絞り出す。


「私はここの住人じゃない。それでもこの地の改革には全力を尽くす。だから…貴方たちにお願いしたいの」


雨に濡れてぽたぽたと毛先から雫が落ちる。


初期メンバーは何も言わずこちら見ている気配がする。


「これが私の生まれてはじめてのお願いよ。なにがあっても、この地をより、今よりずっと、他の町に負けないくらい良い場所に…」


しようとも、してとも言えなかった。それでもいい。確実にしてみせるから。
そう決意してメンバーの居る後ろを振り向くと、濡れ鼠になっているメンバーが笑っていた。


当たり前だと笑っていた。


なにを今更と笑っていた。


お前に言われるまでもないと笑っていた。


勿論だと笑っていた。


分かっていると笑っていた。


その笑顔に私も笑みが零れていた。
このメンバーなら大丈夫だ。そう思って笑みが零れた。




***


リアンが居なくなったことで支障をきたすかと思った改革は初期メンバーを筆頭に前より活気付くようになった。
リアンの築いた礎を壊さないようにというのが心情らしい。


その様子を見ていると私が居なくても大丈夫そうだ。心配は杞憂だったようだ。


一人頷きながらの雨の中を歩く。


リアンの葬儀から丁度今日で半年。
月命日の墓参りをメンバーと済ませ、その帰路。ぽつぽつと降り始め、今ではざあざあ降りになっている。


あの日以来どうにも雨は嫌いだ。私の殺された雪のほうがまだ好ましいかもしれない。
それもどうなんだと一人自嘲しながら町を歩く。
ふと、なんとなしにリアンの住処の壁を見ると人影があった。


今リアンの住処は私を含めた初期メンバーの集会所となっている。
今日もリアンの住処に集合した後墓地に向かったので、メンバーが忘れ物でもしたのかと思い、人影に近づいた。


しかし、物陰の人物はこの雨の中壁に寄りかかり、蹲っているようだ。
蹲っている人影までの距離が後一歩というところでビタリと足が止まった。
この雨の中ですらこの距離で血の匂いがしたのだ。


後一歩を駆け出すように近づくと、荒いながらも呼吸音がした。


どうやら生きているようだ。よかった。
リアンの月命日にリアンの住処の前で死人を見つけるのは流石に嫌だった。


「ねぇ、あなた、意識ある?」


変な質問かもしれない。けれど呼吸は確認した。
今にも死にそうな呼吸音ではない。なら確かめるのは意識だろう。


「………」


返事はない。
しかし、微かに瞼が動いた気がする。
意識はありそうだ。


そこで今目の前に居る人物をまじまじと観察する。
体躯から年齢は私とそれ程変わらないのだが、顔立ちから男なのだろう。
目を瞑っていても分かる。確実にレイノや殿下並のイケメンだ。
さっぱりと切りそろえられているが、今は雨で濡れてしまっている暗い色青紫の髪。高さのある鼻に少し厚めの唇。
リアンや殿下が綺麗系だとしたら彼は将来ワイルドに部類されそうだ。


そして血の臭いの大元は二の腕だろう。なんとも物騒に二の腕にダガーナイフが刺さっている。
他にも切り傷が大小。いかにも訳ありだ。
面倒なモノを見つけてしまったと思う。


はぁ、とため息を吐いたところで目の前の人物がゆっくり目を開けた。
彼の瞳の色を観とめた瞬間息が止まった。




深緑の瞳




「りあ、ん…」




止まった息を吐き出すように名前が零れた。


死んでしまった彼と今の彼が重なる。
先ほどまで気にならなかった濡れた青紫の髪が、開かれた暗い淀んだ深緑の瞳が、彼とは違うというのに、重なる。


「…………」


「………………」


お互いの沈黙。
こちらを警戒しながら伺うリアンに似た誰か。


…警戒、それが私を現実に戻した。
生きていた彼は一度だってその目を私に向けたことはない。
私が公爵家の令嬢とばらしたときですら向けられなかった。


彼とは違う。


それでも、心の空洞が悲鳴を上げる。
なら…


「…私と一緒にこない?」


随分自分勝手な台詞だと思う。
それでも私はその時心の空洞をどうにかしたかったのだ。


「……」


返事はない。
流石に無理だよね。
仕方ない、誰か人を呼びに行こう。そう思い立ち上がると、くんっと何かに服を引っ張られた。


こけそうになるのをなんとか踏ん張りながらその場に踏みとどまる。
引かれたほうに目を向けると、ナイフの刺さっていないほうの手で私の服を掴む手があった。


「あんた、は…おれをすてない?」


警戒を滲ませた瞳の中に微かな希望が垣間見える。
あぁ、彼はきっと絶望を知っているのだろう。前世の私と同じ瞳だ。


「捨てないわ。私が貴方の存在意義も見出すまで」


「なら…まほうけいや、く」


言い切ると同時に彼は意識を手放した。


ふぅ、と知らず詰まらせていた息を吐き出す。


「エーリク、彼を屋敷まで連れて行くわ」


「よろしいので?」


「かまわないわ。彼は彼、リアンはリアン。ここで置き去りは目覚めが悪いわ」


「了解しました」


近くにいるであろうエーリクを呼び、彼を連れてくように指示を出す。
案の定住処付近にいたのだろうエーリクはすぐに姿を現した。


意識がないのをいいことにリアンの住処から救急箱を持ってきてナイフを抜き、軽く応急手当をする。
ナイフを抜いたとき苦しそうに呻いたが、目覚める気配はない。
応急手当を済ませ、エーリクに抱えさせる。


ついでに発熱し始めた彼を風雨にさらすのも躊躇われるので、住処から傘を拝借し、エーリクに差した。



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