誑かした世界に終わりを告げて
04
「ヴィーラ、お前に婚約の話がきてる」
新しく読んだ宗教史の本を抱え、書斎に入った私に父の第一声がこれだった。
「こんやく、ですか?」
「そうだ。先日お前が退室した後ライが提案してきてな」
「はぁ…」
「婚約とはいかなくても会うだけ会ってみないか?」
なんて会話したのがついこの間。
そして今日私は王城の王族居住区の客室に訪れている。
客室に入ってから結構な時間が経過しているが、一向現れない。
一人で待っているのもいい加減飽きてくる。
父か国王でもいれば暇になどならなかっただろうが、生憎二人は国の要。それに加え現在問題が生じたとかで今日の顔合わせに同席できないほど忙しいらしい。
こんなに待たせられるのなら読み途中の本を持ち込みたかった。
本は昔から好きだ。特に学問の本は勉強にもなるし、独特な言い回しや専門用語の勉強になり好んで読んでいた。
得意なのは心理学だったが、趣味として読むなら歴史や社会現象の因果関係を探求する社会学が読んでいて面白い。
自然科学や形式科学…簡単に言えば理科と数学は得意ではなかった。まぁ、この世界は科学ではなく魔法学だし、なんでもかんでも数式化しないので問題はなさそうだ。
大学で本格的に学べれば、将来は変わっていただろうか…と考えて首を振る。所詮ないもの強請りでしかない。
―――――コンコン
前世に思いを馳せているとノックの音が聞こえ、現実に戻された。
「失礼致します。殿下が参られました」
扉に目を向けると、王宮遣えの侍女と侍女の腰ほどの位置にレイノとは別種の金糸の美少年。
金糸の緩やかに付いた癖も、優しげな目元も、醸し出す6歳に似合わない威厳も父親に似ているが、似ていない。
若緑の瞳の奥にある懐疑、怪訝、猜疑、狐疑。この瞳が父親と似ているようで似ていない原因だろう。
あの国王は疑惑を上手く隠すだろう。
なにをそんなに警戒しているのか。
取り合えず思考を一度停止させ、座っていたソファーから立ち上がり礼をとる。
「おはつにおめにかかります、でんか。ロズベルク家長女ヴィーラ・ロズベルクともうします」
「セス・ベレミア・アールトラハティだ」
高圧的な態度と物言い。既に頂点に立つべくして教育されているからなのだろうそれは違和感を感じさせない。
この歳で身につけるには相当な努力をしたのだろう。素直に感心する。
「今日はおじかんをつくっていただきありがとうございます」
私の上辺だけの感謝の言葉を鼻で笑い、侍女に退室するよう促す。
侍女がでていくと殿下は私から2メートル程の距離まで来たがそれ以上進む気はないらしい。
眉間に皺を寄せ私を上から下、下から上と観察してくる。
「父上が会うだけでもと仰っていたから会いにきてみれば…びけいで有名のロズベルク家長女はこんなものか」
「ごきたいにそえず申し訳ありません。何分りえんした母親似なもので」
瞳の奥の警戒心をむき出しのまま、私より少し高い位置にある目で見下してくる。
随分可愛らしい嫌味だ。いや、私からしたら嫌味でもない。前世も平凡な容姿をしていたし、容姿は平凡の方が警戒心を抱かれなくていい。
微笑みを浮かべていると、殿下は更に眉間に皺を寄せこちらを睨んできた。
「頭はわるくない様だが、それだけで父上にこびるとはな。口がまわるだけの人間など信用できん」
どういう会話をしたのか知らないが、殿下の中で私は国王陛下のに媚びたことになっているらしい。
警戒だけではなく、嫌悪感すら露わにしてきた。
しかし、なるほど。私の一等嫌いな言葉を的確に発言するとは。すばらしいとしか言いようがない。
今までの外面の微笑みから満面の笑みにシフトチェンジする。
頭のどこかでゴングの鳴る音がした。
「おことばですがでんか。口とは人にとってもっともじゅうような器官だと、わたくしはおもっております。別の個体同士が理解するのに一番有効な手段は対話です。いかなる種類の生き物も意思疎通をする手段は持っております。人は口、言葉、行動がございますでしょう?口が回らなければ人に支持はもらえません。不言実行もあるかもしれませんが、有言実行と不言実行では注目される度合いが違います。特に大事となれば、最初に注目を集めておくことが重要な手段です。共感もまず言葉から。字は読めなくとも人は言葉を覚えられます。それ程言葉とは重要なものなのです」
「自分をせいとうかか?」
「いやですわ、殿下。殿下が言葉の素晴らしさをお分かりになってらっしゃらなかったので、つい熱弁してしまっただけですわ。でなければ、言葉で様々な方の支持を得た国王陛下を蔑ろにする発言など出来ませんものね」
「っ!父上は言葉だけではない!!行動もされている!!」
「えぇ、その通りでございます。国王陛下は行動もなさって今の支持を得てらっしゃる。ですが、古参の方々の支持まで行動のみで得ていると?あの方々が行動だけで満足なさると?」
「……」
「殿下もわかってらっしゃるのでしょう?あの方々が行動だけで満足なさるはずが無いと。それだけの言葉が必要だと」
「ち、父上とお前を一緒にするな!!」
「一緒にするなどそんな恐れ多い。こんな小娘と国王陛下を同列になど…。口だけが取り得の小娘など国王陛下は歯牙にもかけないでしょう」
「…お前はそれが言いたかったのか?」
意思が伝わったことにゆるりと口角を上げる。
「性格がわるい」
「じかく済みでございます」
前世のなにかが乗り移ったかのよう喋っていたが、自覚したとたんいつもの拙い喋り方に戻ってしまった。
しかし、泣かせるつもりはなかったのに、殿下を涙目にしてしまった。これは不敬罪だろうか…
指摘したら本当に不敬罪にされそうだから言わないが。
そもそも私の嫌いな言葉ワースト1位の「口だけ、口ばかり」と言った罪は重いからお相子にしてしまおう。
「父上がおもしろいといっていた理由はなんとなくわかった」
「こうえいです」
「おまえ…ほんとうにいい性格いているな」
苦笑を浮かべてしみじみ言うその瞳にはもう警戒も嫌悪もない。
その代わりに好奇心らしきものが見え隠れしている。
ガチャと音が聞こえ、音の聞こえたほうに二人して目を向けると父と国王陛下が入り口に立っていた。
「二人きりにして悪かったね。ようやくひと段落したよ。…おや?セス、ヴィーラに泣かされたのかい?」
「な、泣かされてなどいません!!」
扉から近い位置にいた殿下に近づいた国王陛下は殿下の顔を見るなり愉快そうな顔をする。
国王陛下の言葉にムキになって反論する殿下の横で私は近づいてきた父に軽く頭を小突かれた。
問答無用とはひどい。
「それでどうだった?中々に面白いお嬢さんだろう?」
「…口がとても達者なのは分かりました」
「そうか」
俯き加減に答える殿下を微笑ましく見守る国王陛下。この二人にはそれで通じるらしい。
捻くれた物言いといい、殿下にはツンデレ属性がありそうだ。
「さて、今日の会合はここまでにしようか。ヴィーラ、リクはまだ仕事があるんだが、馬車で一人で帰れるかい?」
「はい、もんだいありません」
「侍女に馬車まで送らせる」
入り口に待機していた侍女と共に退室しようとすると後ろから声がかけられた。
「ヴィーラ!次に会える日を楽しみにしている」
最後が少し掠れているのに微笑ましさを感じながら後ろを振り返り、会釈をして部屋を後にした。
泣かされて又会えるのを楽しみにしているとは、殿下はどうやらツンデレM属性らしい。
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