嫌悪感マックスな青春~マジでお前ら近づくな~

黒虱十航

猫実涼

俺、猫実涼は、ちょっと特殊な境遇にいる。元々、親が二人とも人生の成功者だってところがそもそもおかしい。母親が小説家、父親が俳優。故に遺伝子的に見ても俺は物語を頭に浮かべたり演じたりするのが得意だといえる。言うなれば『期待の2世』であろう。だが、そんなことが無くても俺はきっと誰よりも優れていたと思う。むしろこんな家庭に生まれさえしなければもっと楽だったんじゃないかとすら思う。


端的に言おう。俺は目が見えない。俺の言っていたS君、というのは俺のことだ。すう、だからS、というなんのひねりも無いネーミングセンスだが俺が自分のこととして語らなかったのには理由がある。簡単な話だ。例えば俺が目が見えないとあの二人に言ったとしよう。そうしたときにあいつらの俺をみる目はそれまでと全く同じになるであろうか?答えは否であろう。だからこそ、全力で俺は隠してきた。望んでもいないのに哀れんで気を遣って一方的な思いやりをぶつけるのが日本人なのだ。やたらといじめは、駄目だ、だのと誰かの言葉をそのまま借りて堂々と言って、そのくせその正論を聞いている当事者の気持ちは一切考えていない。いじめるというのにもおそらく意味があるのだ。それは、誰が悪い、とかそういうことじゃない。単純にいじめる側といじめられる側という関係性が成立しているのだ。それなのに勝手に哀れんでも鬱陶しいし気持ち悪いだけだ。それと同じ。俺は目が見えなくても不自由なく過ごせているのに目が見えないというだけで哀れむ。俺の努力がまるで無駄だというように俺を哀れむのだ。そんな事が許せると思うか?


元々、俺は優秀な子だった。勉強も運動も大抵練習すれば出来て出来なくても人一倍練習していた。大人しくて従順な子だったし精神面でも既に並みの大人用に成熟されていた。けれどもやっぱり子供だ。かけられる期待にどこかでストレスを感じてたんだろう。中高生ならよくある飛蚊症が小一の段階で発症した。まあ、それだけなら全然よかったんだがそれについて父親に訴えたことがあったのだ。何気ない会話の一幕で『なにか困ってることはあるのか?』って聞かれたから『飛蚊症が発症してるみたいで。ストレスだと思うんだけど』って言った。前に言ったように人にはスイッチがある。その言葉を言うと一瞬で人が変わり理性を失うような言葉が必ずあるのだ。それが父さんの場合、「自分以外にストレスが溜まっているといわれる」ことがスイッチだったのだ。それで、俺は軽く殴られた。今思えば体重も掛かってないビンタだったがその頃の俺は筋肉をつけずに走ってばかりいたのでひょろひょろだった。故にかなりの衝撃に感じた。衝撃を受けて顔をたたかれたせいで俺は網膜剥離、という病気に掛かった。そして俺は失明したのだ。けれど俺は、医者以外には妹にも言わないでほしいと頼んだ。その理由は簡単だ。俺の作り上げた関係を壊されたくなかったし自信があったのだ。俺の努力する力があれば目が見えなくても何の不自由も無く過ごせると思ったのだ。


自分で持った自信を裏切らない為に俺は死ぬほど努力をした。まず聴覚。わずかな空気の流れも息の音も聞き逃さないように聴力を鍛えた。普通に考えたらありえないような特訓をして俺は、馬鹿みたいな聴力を得た。そして次に嗅覚。目で確かめられない分の情報を得るために嗅覚を鍛えた。どれほどの距離にどの匂いがあるか嗅ぎ分けることが出来る。警察犬並かもしれない。触覚もまた等しく鍛えた。少しの空気の流れにも敏感に察知できるように研ぎ澄ませて注意力を高めた。過敏に反応するほどに俺の触覚は高まった。これらが俺の、『神の能力』の根源である。因みに俺が何かにぶつかったり道を間違えずに正確に場所を移動できるかといえば確実に同じ距離で歩けるように特訓して後は空気の流れによってどれぐらいの距離があるか確認したり覚えておいたりしているのだ。


では、神の目とは何なのか。それは、端的に言ってしまえば他の感覚で得た情報を元に似非視覚を確立させるのだ。それだと勿論光が無いので色が分からない。後は耳で聞こえた情報や肌で感じた情報などを元に色がついているように感じるのだ。だから視覚があるんじゃないかと勘違いしてしまう。けれどしっかり形成されていてもそれはあくまで脳が作り上げたデータに過ぎないから他の情報が入ってきて歪むこともしばしばある。けれど実際のところ世界が歪んでいないという証拠がないし同じものをみているという証拠も無いのだ。どんなに感受性が高くても相手の感情を理解するのは不可能。嬉しさ一つとっても人によって違うし何よりどんな感情が嬉しさなのかも人によって違う。もしかしたら自分の怒りの感情と全く同じものが嬉しさの可能性もあるしどういう感情か説明したところでその感じ方が異なっていれば証拠にはなりえない。赤、という色をみていたとしても実は青をみている可能性もあるしその人間からすればそれが赤なのかもしれない。同じ色をみている確証なんか無くて俺のみている景色が嘘だとも言い切れない。


俺がいくら努力しても出来ないこともある。それが「平面」を捉えることだ。そもそも携帯だってぼんやりとしたものしか感じられない。ギリギリ文字は読み取れるがこれだって練習したから出来る。だが色を感じるのは不可能でアニメなんかでも音以外分からない。携帯でみたとしても特殊改造が適用されるのがメールと一部のソフトなので光を感じることは出来ない。動きも分からないしえっちぃシーンも見えない。まあ、みなくてもいいんだけど。俺は思うのよ。アニメはそういうものじゃない。正しく清純に楽しむものだと。それはそこはかとなくどうでもいい。とりあえずアニメは動きが分からなくてもいい。が、ラノベというのはもう正直言って無理なのだ。小説もラノベも漫画も図鑑でさえ読むことはできない。キャブラリーを増やす為に辞書を読むことさえ出来ないのだ。かといって点字の本を買う気は無い。だって覚えてないし。けれどラノベはアニメ化されていなくてもある程度分かってはいる。それは、母さんに朗読させているのだ。たまに春にも勉強だといってやらせる。テストの時は周りのペンの動きを振動で感じて問題が何なのかだけ確かめる。答えは勿論自分を信じているのでカンニングする気もない。だが、これだと問題が発生する。あまり母さんに頼むとラノベを読む過ぎだのといわれるし仕事があるんだといわれてしまう。だから沢山読めない。春だってあまり頼みすぎると目が見えないとばれてしまう。春にだけは知られたくない。そしてもう一つ。自分で書いた小説の誤字が分からないのだ。変換ミスがあっても分からないから何となく感覚でのみやっているけれどそれでもミスる部分はあるはずだ。かといって俺がラノベを書いているだなんて母さんに知られるわけにも行かない。春に見せるのは恥ずかしい。


そんな俺こそが世界が腐りきっていると唯一断言する猫実涼ねこざねすうなのである。

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