どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

強そうなラスボスに限って、あっさりと終わる。

 ――っざけんな。悪いだろうが。俺のことを子供扱いする奴は敵に決まってる。魔王、お前は敵だ。俺が好きなのは俺を頼ってくれる奴。俺を信じてくれる文月なんだ。魔王、お前はいつまでも文月の産物でいるべきだ。
 ツタを何とか切らないと、俺は眠ってしまう。どんどんエネルギーを吸われてるからこのままじゃ、死ぬ可能性だってある。文月を救うことも出来ずに救えなくなる。
 それは駄目だ。何とかして文月を救わないと。
「…………」
「静カニ。スグニ終ワル。坊ヤノ中ニ入ルカラ」
 動けない。意識が遠のく。やめてくれ。やめてくれ。何度も何度も連呼するのに、俺の唇に近づいてくるソレは、止まってはくれない。当然だろう。言葉を使えていないのだから。
「…………」
「ンムッ……ンンッ」
 流れ込んできた。最悪だ。頭が気持ち悪い舌遣いに犯される。止めろ、それ以上入ってくるな。気持ち悪い、汚らわしい。お前のキスなんて気持ち悪いだけだ。
 唾液。それは酷く甘い。あまりにも甘ったるくて気持ち悪い。今すぐ吐き出したい。歯が溶けてしまいそうな気持ちの悪い甘さに気が狂いそうになる。ああ、嫌だ。舌が絡んでくる。俺の舌に絡まってくる。
「ンンー」
 その甘さに紛れて、強烈なスパイスが紛れていた。舌に触れた瞬間、脳が貫かれるような痛みが生じる。
「んー」
 ズキン、ズキンという痛みが全身を包み込む。魂が入り込んできている。とんでもない膨大な量のデータが流れ込んできている。
 それは、どうやら文月の記憶らしい。文月の妄想。
 ヒーローに憧れ、それになれないと悟った彼女は魔王になりたいと思った。勇者になれないから、魔王でいい。魔王でいいから力を得て、守れるようになりたいと願ったのだ。悪の力であっても、人を守れるならそれでいい。だからいてほしいと願った。
 そして、魔王の力を引き継ぐからこそ、それに乗っ取られないように髪だけは白でいたいと願った。目は紫がいいと願った。全身が傷だらけでいたいと願った。普段は病弱体質の方がいいと願った。自分の中に、自分とは違う三人がいればいいと願った。言葉を失いたいと願った。
 文月の夢。それが流れ込んできて、意識がぶっ飛びそうになってる。
「言っとくけどな、お前は文月の妄想の産物なんだ。夢なんだ。流れ込んでこられたらむしろ、嬉しいっつうの」
 声が出た。そのことに喜びながら、俺の中で暴れようとする魔王に言う。いくら暴れたって俺は乗っ取られない。あんまり俺を舐めるな。何度も何度も自分にそう言って檄を飛ばさないとマジで乗っ取られそうだ。
「文月っ」
「…………」
 俺の呼名に反応した文月は、不思議そうな顔で俺を見ていた。それは、確実に真実の文月だ。真実の匂いがするし、なによりすっごい目が輝いてる。
「あのさ、全身傷だらけがいいとか、病弱体質がいいとか、言葉を失えばいいとか思うなよ。お前はお前だろ。お前ん中に、お前以外の奴がいる必要なんかねぇよ。白髪になる必要なんてねぇよ」
 その言葉は、文月の夢見ていたことを全て捨てろと言っているようなものだった。だからこそ、深呼吸をしてからもう一度はっきりと言うことにする。突然言われた言葉に、戸惑っている文月の頬に触れる。魔王を抑え付けながら、一生懸命背伸びをして、それでようやく少しだけ触れられる頬だけど、文月がしゃがんでくれたおかげではっきりと触れられた。
「夢を見るのはいい。でも、それが現実にないと満足できないって言うなら――」
 息を吸う。漆黒に混じった酸素は喉を通り、肺に向かう。暗闇の中なのに、はっきりとその顔が見えるのは、今、俺の中に魔王が宿っているおかげで、両目が魔王眼になっているからだろう。
 文月の片目も未だに紫光りしている。魔王眼が消えていない。全身の傷も、髪も、病弱体質も改善されていない。だから、言わなくてはならない。俺なんかが言っても意味がないだろうけど、それでも言わないといけない。
「魔王眼なんて、捨てちまえ」
 はっきりと、俺は言った。けれどそれは決して絶望に満ちているわけではない。もし魔王眼を捨てても、それに見合うだけのものを、俺は必ず与える。そういう希望の意思表示なのだ。
 別に中二病が悪いわけじゃない。でも、魔王眼みたいなものは、日常生活にあっちゃいけないんだ。実際にあるかどうかじゃない。普通の女の子が持ってたら危ないものだ。だから、手放してほしい。
「……どう、して?」
 か細く、可愛らしい声で囁かれた。瞳に大粒の涙を滲ませる彼女は、俺を抱きしめて、そう囁いている。
「どう、して? ねぇどうして捨てなきゃいけないの? 魔王眼は、私にとって命みたいに大切なもので……」
 初めて聞いた文月の声がこんな涙声だったとは思わなかった。もっと楽しげな時に、テンション高い文月の声を聞きたかった。でも、俺がやったことを鑑みればしょうがない。中二病患者にとって、中二病の設定を捨てろって言われるのは死ねって言われるのと同義だ。だから、泣かれて当然。恨まれたってしょうがないだろう。
「どうしてもだ。俺は、お前に傷ついてほしくない。楽しく部活がしたいんだ。本物の文月とだけ、部活したいんだ。健康な文月と、部活したいんだ。一緒に楽しく夢見て、楽しく部活したい」
 好きだから、とは言えないし言わない。別に俺は好きなわけじゃない。文月に、恋愛感情は抱いていない。ただ、憧れるのだ。ズルをせずとも普通じゃなくていられる中二病ってやつに。
「……一緒に、夢見てくれますか?」
 震えながら、文月は言ってきた、懇願するような瞳で、掠れた声で言ってきた。早く、体が大きくなってくれないだろうか。大きくなってくれれば、その体で文月を抱きしめてやれるのに。震えている体を落ち着かせてやれるのに。
 でも、それは出来ない。これは、男子小学生と女子高校生の高難易度ラブコメであって普通のラブコメじゃないのだ。俺は小学生。背伸びしたって、大きくはなれない。
 だから――
「ああ、当然だ」
 ――その分、力強く抱きしめる。力の加減をせず、全力で抱きしめても文月を苦しめなくて済むから。


 こうして、俺は文月の歪みは無事、消えた。


「アガペー。俺はお前に賭けで勝った。だから、潔く退け」
 文月を休ませてから、俺はアガペーに言い放った。今は俺の身にも魔王はいない。文月が放棄したのだ。魔王眼という実際にあったらいいと思えるようなものを。そして、手に入れた。魔王眼という夢物語を。
 だから、文月は戻った。全身の傷や血色の悪さはすぐに治るものじゃないが、それでも放棄してすぐに少し、よくなっていた。きっと、少し経てば治るだろう。
「ん……確かに、僕は負けた。うん、神が人に負けたなんて、最低だろうね。下手すれば僕は神権剥奪だよ」
「だから、俺を消すのか? 流石にそれはきついだろ」
 言うと、アガペーはにやっと笑った。窓から差し込む月光が蛇のような目をそっと照らしている。
「大丈夫。消しも殺しもしない。大人しく退くよ。でも、文月 文矢にあげた力は持っていかない。あれは、エロスにだって奪えないよ」
 自分は負けてない、と言わんばかりの顔でアガペーは言っていた。勝ち誇ってすらいるかもしれない。
 文月に与えられた力――それは妄想を実現させる力だ。だから、今回中二病としての妄想が実現され、魔王眼が与えられた。それに伴い、この世界の登場人物三人の人格を取り入れたり、白髪になったり、言葉が使えなくなったりした。
「大丈夫だ。夢を見るのと妄想は違う。文月は、もう妄想はしない。お前に与えられた力なんて一生使わない。俺が使わせない」
「ふぅん、随分と愚かな答えですね。ありえませんよ。いつか、必ず使うことになりますよ。あなたには何も出来ない。それだけ小さくて、非力なんですからね」
 小さいと言われてキレるほど、俺は子供じゃない。俺はもう、自分の小ささも非力さも思い知っている。転生前からずっとそうだったのだろう。普通だとか普通じゃないとかにこだわって、捻くれて、そのくせ何も出来なくて。そんな弱い俺は確かに子供だ。
 だから、それを受け入れた上で俺は言うのだ。こう言えるのだ。
「俺は一幡山 観音。そりゃ、今は小さくて非力だけどな、それでも天下の最強主人公、一幡山 観音なんだ。何でもやってみせる」
「そうか……なら、やってみればいい。上で見てるよ。神様じゃなくなるだろうけど」
 言うと、アガペーは青く光った。蛍のような光が宙を舞い、天へ向かう。光が消失していくのをうっとりと眺めながら、口の動きだけで言った。
 ――任せてください。俺は小学生で高難易度ラブコメをエンドに導きます。
 月光がお化け屋敷のようなこの家を照らした。おそらく、明日にはここは空き地か空き家になっていることだろう。この世界はそういう風に出来ている。
 すぅ、すぅという文月の寝息だけが部屋には響いていた。真実の匂いがする部屋で、神光と月光だけを見ていると、なんだかあの俺が死んだ日のことを思い出しそうだ。駄目だ駄目だ、今は今を生きろ、と自己暗示してから俺は目を瞑った。
 文月の肩に頭を預ける。
 なんだか、今日は非常に疲れた。だから、今日だけは甘えさせてくれ。それくらいは許せ、エロス。


 優しく頬を撫でられ、優しく頭を撫でられ、俺は目を開いた。優しく微笑んでくれている〝中二病〟で〝普通〟の女の子がそっと囁いてくれた。
 ――おはよう。

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