どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

大人っぽい魔王ってなんかいい。

 笑顔でアガペーが放った言葉の中の“力”というのが魔王眼のことであるようには思えない。魔王眼を文月に与えたところで、アガペーには何一つ利点が無いのだ。そりゃ、人に危害を与えられるかもしれないが、それだったらもっと普通の力にした方がいい。
 じゃあ、“力”とは何か。まさか、勇気だとは言うまい。そんな不確定で曖昧模糊とした言葉で片付けていい言葉ではないのだ。
「力? ……それって――」
「――質問は一つ。言ったよね」
 俺の第二の質問はあえなく遮られてしまい、渋々俺は自分で結論を出すことにする。
 そもそも、その“力”とやらはどこまでに関与している。文月の歪みの内面だけだと言うのか? 俺には決して、そう思えない。
 例えばその“力が今の性格や魔王眼に関与してはいないか? 包帯で隠している傷に関与してはいないのか? 疑うしかない。疑って、あらゆる可能性を試す。
 そう思っていたとき。風呂場の方から爆発音のようなものが聞こえた。反射的に、俺は風呂場に走る。風呂場にいるのが文月であることを考慮すれば、こんなにすぐ行くのはよくないと分かっているが、それでもその音は尋常ではなかったのだ。
「大丈夫か、文月」
 何かが燃えるような臭いがしている、と思った瞬間叫んだ。ヤバイ、ヤバイ。生物の勘が冴え渡り、叫んでいた。全細胞が俺に警告しているのを感じる。が、その程度で退けるような立場じゃない。俺が作ってしまった歪みを消すまでは、死なれたら困る。
「大、丈夫ダト思ウカ? キャハハハ、呑気ダネ人間ハ」
 返答が返ってこないと思っていたのに、帰ってきて驚いた。それも、その声は確実に文月と同じ声。聞いたことも無いのにそんな核心を持てたのは、心がぶっ壊れそうなくらい叫んだからだと思う。
 ――あいつを魔王から救え、と。
「魔王だって言うのかよっ、くそ」
「オオ、分カッタンダネ。デモ遅イ。コノ子ノ体ハモラッタ。キャハ、キャハハ」
 だだっ広い浴場の中心に、そいつはいた。黒と紫の混ざったドレスを着て、鞭のようなものを持っていた。包帯が外れ、宙に浮いている。彼女のアメジストの光によって、使い魔のようになっていた。真っ白な髪も黒と紫に変わっている。
「すげぇ」
 それを見て美しい、と思うかは千差万別だ。美的感覚なんて主観でしかない。ただ、その主観に従って言おう。美しい。そして、恐ろしい。美しく、狂っているのは、アメジストの目を持った魔王。唇には真っ赤な口紅か塗られている。或いは、あれは血かもしれない。
 端的に言ってその姿は、狂気に満ちていた。死神とは違う。魔王という表現がここまで適している姿はそうそうない。ただ、すごいとしか言う事ができなかった。
「キャハ、キャハ、ソンナ感想シカ言エナイノカ。コレダカラ、人間風情ハ」
「うるさい。どうして今更出てきやがった。その体から出てけよ」
 俺が魔王を見上げて言うと、魔王は大人びた笑みを浮かべ、俺の頭を撫でた。ああ、駄目だ。そんなんじゃ心地よくない。不快なだけだ。
「めろ。やめろ。やめろ」
 優しい手つきで俺の頭を撫でる魔王を睨み、その手首を左手で握り締める。二週間前よりも圧倒的にパワーが上がっているはずなので魔王にだって少しは効くはずだ。
「柔ワカイ手。人間ノ子供モ悪クナイカ……非力ナノニ抵抗スルナンテナ。可愛イゾ」
 そう思っていたのは過信だった。まったく魔王の表情は歪まず、俺の掌を押したり、撫でたりしてきた。頭から手にターゲットが変えることしか出来なかったのか、と思っていたら魔王はもう片方の手で俺の頭に触れた。
 こういうとき、右腕が無いことが惜しい。されるがままになっている、というのが悔しい。その悔しさを片足に込め、深呼吸をしてからキックの動作に入ろうとした。
「――なっ」
 刹那、魔王が持っていた鞭が大地を叩いた。それにより、地面からツタが生えてくる。右足、左足に巻きついてきたツタはやがて腰の高さまで伸びてくる。どこからこんなツタが生えてきたんだ。一応、部屋だぞ。そんな常識さえぶっ壊すのかよ、魔王は。
「手ガ邪魔ダナ。動ケナクシヨウ。キャハハハ」
 魔王の笑い声と共に、左腕がツタによって体に固定された。完全にされるがまま。抵抗することさえ出来ない。高音の笑い声が鼓膜を貫く。
 まずいことになった。非常にまずいことになった。これは本気で焦ってしまう。どうしよう、どうしようと思って視線を巡らせるが打開策が一向に思いつかない。ありとあらゆるところに見えるのは闇。さっき俺が入ったときにはもっと明るかったはずなのに今、浴室は真っ暗だった。絶望的な闇。ただそれだけが部屋を埋め尽くした。
 こうなったのはきっと、あの日、間違った行動を選択したからだ。心中で舌打ちをするが、それは何一つ意味をなさない。仮に九重の一件の解決を後回しにして文月の件に力を割いていても、おそらくこうなっていたのだから。何より、状況を打開出来ない限り、俺を待っているのは日常エンドではないのだ。だから打開策を考える方が優先。
 俺を待っているのはデッドエンド。或いはバッドエンド。どっちにしても俺が望むものじゃない。だから、死んででも打開策を考える必要がある。
「なあ、お前はどうして喋れるんだ? 文月は、喋れないんじゃないのか?」
「キャハハ、童ヲオ前呼バワリカ。怖イモノ知ラズナ坊ヤ。イイワ教エテアゲル。簡単ダヨ。コノ体ノ持チ主デアルアノ子ハ、喋ルコトヲヤメタダケ。体ニハ問題ガナイカラ」
 少しでも多く情報を、と思って問うと魔王は親切に教えてくれた。けれど、その代償と言わんばかりの顔で、俺の唇を指でなぞってきた。最悪だ。ムチャクチャ不快。殺意さえ湧く。
 いや、こんな奴のことは考えなくていい。今は文月だ。文月に発生している歪みを全て取り除く。そして、真実の文月に手を伸ばす。そして、この世界を守る。
 俺の脳、働く時だ。さっさと動け。全身全霊をかけて思い出せ。文月のことを、全て思い出すんだ。一つ残らず。
 初めて俺が見たあいつは黒髪だった。包帯だってつけてなくて、普通の女の子だった。でも、俺の行動によって歪みが発生した。外面に関する歪みは俺のせいだという。
 待て、ここはエロスの考えだ。エロスがここに居ない以上、エロスの考えより俺の考えを採用した方がいい。あいつだって、この世界を完全に熟知している訳ではないのだ。
 外面、内面共に俺のせいではないと仮定しよう。だとすれば、全ての歪みの根源が一つにまとまる。そこを叩く、と考えればいい。なんだ? 文月の歪みを発生させたもの。全ての歪みを発生させたのはなんだ?
 そもそも、どこが歪みで、どこが合ってる場所だ? 真実はなんだ、思い出せ。真実はいつも一つなんだろ? だったら考えろ、さっさと。
「ドウシタンダイ、坊ヤ。ソンナニ怯エテ。ホラ、抱キシメテアゲヨウ」
 魔王は言いながら、ツタに捕まった俺を抱きしめた。確実に文月の匂いがする。文月の肌の感触がする。それなのに、こいつは文月じゃない、と確かに分かる。真実の文月は、もっとなんかすんごいフワフワして、むずむずして、悪い気がしない。やめろ、なんて決して言えない精神状態になるんだ。そうしてもらえて、嬉しいって心ん底から思うんだ。
 真実の文月のことを思い出してきた。トリガーは分かんないけど、急にすっげぇ活き活きした感じで出てくる。魔王眼について語るときは目がキラキラ輝いてて、大量のメールを送ってくる。んでもって、すごい優しくて母性があって、俺を撫でてくれる。そして、九重を救うときは、俺の手を掴んでくれた。
 文月は、中二病なのに普通な部分もある女の子。だから、分かる。どうやったら俺は文月を救えるのか。
「文月、聞け」
「キャハハハ、ソンナ子ハモウイナイヨ。アノ子ナラ、モウ永遠ノ眠リニ――」
「――黙れ、うっせぇんだよ。文月の妄想の分際でごたごたと」
 叫んだ瞬間、魔王の顔が歪んだ。大きな音をたてて大地を鞭が叩いた刹那、全身の力が抜けていく。筋肉に力が入らない。視界が揺らぐ。絶望的な闇が揺れ、白んでくる。思考が停止しかけている。
 吸収されているのだ、と感覚的に分かる。今、俺は吸われてる。きっとこのツタだ。根こそぎエネルギーが奪われているのだ、こいつに。魔王のくせにしょっぱい攻撃をしてくる奴だ。
「キャハハハ、美味シイ。美味シイ。イイヨ、イイヨ。ヤッパリ、若イ子ノエネルギーハスゴイ」
「……おい、魔王。やり口が汚いだろ、それ」
「汚イ? ソンナワケナイ。私ハ、最高ノエネルギーヲ食ベタイダケ」
 食べたいとか吸血鬼設定まであるのかよ、とぶつぶつ文句を言う事でなんとか正気を保とうとする。けれど、なかなか保ててない。ぶっちゃけ、意識がぶっ飛びかけてる。拳を握りしめて、舌を噛んで、なんとか意識を保つ。子犬と言われた目で、魔王を睨む。
「文月、聞――」
 ――ヤバイ、口が動かなくなった。あれ、駄目だ。あ、あ、声が出せない。口を封じこめられたような、この感覚。RPGで言えば沈黙状態だ。
「…………」
 どんなに必死になっても、これが出ない。口が開かない。声帯が機能しない。どうしてだよ、動けよ。なんで、どうしてなんだよ。言葉を使いたいのに。それで、ようやく気付いた。これが言葉を使えないってことなんだって。
 ――これが、文月の苦しみなんだってことを。
「…………」
「ウン。静カニナレルジャナイ。イイ子イイ子。キャハハハ」
 しょうがないのかもしれない。これが選択肢を間違った俺への報復なんだろう。文月を優先できなかった俺への罰だ。償いだ。罪を犯した俺が、運命に、苦しんできた文月の気持ちを理解できていなかったことが苦しい。
 純黒の魔王を見て頷く。
 文月、悪かった。気付けなかった俺が悪い。だから、お前が望むなら死ぬ。それが償いになるのならそれでいい。
「キャハハハ、可愛イ。ドレ、坊ヤノ体ニ移ロウカシラ」
「…………」
 顎クイをされた。血塗られた唇が目の前に来て、今すぐにでも触れそうになる。彼女の息遣いが耳にこびりつく。魔王の吐息はどこか色っぽくて、艶っぽくて、つい赤くなってしまう。
 どんなに魔王でも、こいつの体は文月だ。あの、可愛い文月だ。ん? おいおい、いつから俺は文月のことを可愛いとか……いや、でも可愛いのは事実だし。だから何? 文月にキスされるなら別に悪くも――

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