どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

ラスボス戦前の緊張してるのに話を引き伸ばすなよ、心臓に悪いだろ感は異常。

「雨が強いし、僕の家に来ませんか? ちょっとお話があるので」
 猟奇的にさえ見えるほどの整った笑顔が向けられる。その目は、やはり蛇のように鋭く絡み取るような恐ろしさを兼ね備えている。非常に恐ろしい。雨が頬を叩き、ブレザーから手を離してしまった。
「あっ」
 ブレザーが飛ばされていくのを見て、俺は声を漏らす。宙を、まるでじゅうたんのように飛んでいくブレザーに手を伸ばしてみるが、決して届きはしない。風が強い。濡れた制服が張り付いた肌は、酷く冷え切っていて、ブレザーを追うような気力さえ湧かない。
「いいの? 追わなくて」
「追う気力が湧かない。風が強いからな。お前だろ、この風と雨を起こしてんのは」
 俺が言うと、御告はにやりと笑ってから頷いた。その笑みが、なんだかすごく妖気的で怖い。化物。それが目の前にいるのだ、と錯覚してしまう。いいや錯覚ではないか。御告は神。エロスと同じようなものだ。
 エロスは、この世界を好き勝手出来る。俺を消すことだって容易い。それと同じように御告も、その気になればきっと俺を消せるはずなのだ。それはもう、化物以外の何者でもない。
 こんだけ強い風と、こんなに冷たい雨。それが、この季節に発生するとは思えない。まだ梅雨だって始まっていないのだ。天気予報だって、降水確率は低かった。それなのにこんな暴風雨、神の力であるとしか思えない。
「だって、こうやって方が、様になるでしょう?」
「ならねぇよ。っていうか、様になるだのならないだの、関係ないだろ」
 完全に恐れるべき相手だが、怯んではいられない。吹き飛ばされていくブレザーから目を離し、俺は真っ直ぐに御告を捉える。御告を全力で睥睨し、俺は拳をぎゅっと握り締める。ぐちょぐちょになった制服のズボンを巻き込んで握り締め、俺は深呼吸をした。
 負けるわけのはいかない。びびってるわけにもいかない。俺は主人公。そして何より、一幡山 観音だ。文武共に他を凌駕するような主人公だ。
「え? そうかな。こういうのって形式美が重要じゃないかな。だって神との対峙だよ。君からすれば、破壊神そのものだ。ラスボスってやつだよ」
「……お前みたいなラスボスは知らない」
 どこの骨とも知れない神がラスボスであってたまるか。この世界はラブコメ。あくまでラブコメだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「そっか。まあ、君が言うならそれでもいいよ。それより、僕の家に来てよ。すぐ近くにあるし、話もあるから」
「俺には話なんてないんだが」
 言った瞬間、頬が切り裂かれるような鋭い視線を感じた。実際に切れたはずはないのになんだか、頬がひりひりする。触れる雨が染みて、じりじりと痛んでいる。拒否なんてさせない、とその目が訴えていた。
 足首に蛇尾が巻きついているような感覚に囚われた。と思った瞬間、全身に蛇が巻きついているイメージが鮮明に脳に刻み込まれた。首筋を這う蛇の舌。腰を潰さんばかりの力で巻きついてくる尾。それらの全てが異様なまでの痛みを、脳裏に焼きつかせていた。
「うっ……分かった。行く」
 言ってから、俺は文月の方を見た。雨でびしょびしょになっていて、ちょっと目を凝らせば下着が、見えてしまいそうだ。早く帰らせてやりたいが、あんな格好で一人で帰らせるのもそれはそれで気が引けた。
 ぶるぶると震え、体を縮みこませている文月の方に歩みより、ブレザーでも差し出してやりたかったが、さっきブレザーを飛ばされてしまったせいで何も出来ない。風と前によって、彼女の眼帯も俺のブレザー同様に吹き飛ばされ、アメジストがはっきりと見えていた。
「でも、話の前に風呂を貸せ。それはいいだろ?」
「んー、そうだね。文月さんも一緒に、ね」
「分かってる」
 だろうとは思っていた。文月が確実に一緒にいるであろうタイミングで待っていたのだから、文月はいい、とか言う訳が無い。一瞬迷ってから文月に視線で意思確認すると、文月は静かに頷いた。
 控えめなその所作を見て、ああこれはノーマル文月だな、と思った。


 その家は、お化け屋敷のような家だった。別にぼろかった、というわけではなく、なんとなく雰囲気がお化け屋敷のようだったのだ。言うならば、悪いオーラが漂いまくっていた、というところか。
 先ほどのところからそこまで距離があったわけじゃないので、濡れながら一生懸命やってきた。一人、傘を刺す御告にはちょっとイラっとしたが、仕方があるまい。風と雨を止めてくれないのはマジうざい。
「文月、まずは俺が入りたい。いいか?」
 言うと、文月は控えめに頷いた。それを見て安堵してから、俺は御告に場所を聞き、風呂に向かった。
 別に、俺が先に入るのは、俺が一番風呂を入りたいからではない。そもそも、湯船に浸かるつもりはないのでまったくないのだ。では、どういう理由かと言うと、御告と二人で話したいからだ。文月が風呂に入っている間に。じゃあ、先に文月に入らせてもいい、と思うかもしれないが、それだと問題が出てくる。
 今の状況だと、俺は御告との戦い方が思いつかない。話をしても、確実によくない方向に進んでしまう。だからシャワーを浴びる数分で考えたいのだ。
 それにしても、まずいことになった。非常によくない。文月を完全に巻き込んでしまっている。歪ませてしまっただけでもまずいのに、こうして神関連のいざこざにまで巻き込んでいる。それは非常によくない。
 でも、この状況を打破できる一手が思いつかない。さっき、九重問題の解決に頭を使ったので、もうオーバーヒート寸前なのだ。こういうとき、少年探偵団の眼鏡君の脳のキャパがうらやましい。
「ここに着替えを置いておくから」
「え、ああ。ありがと」
 突然聞こえた御告の声にも適切な対応が出来る俺、かっこいい。なんて言っていられる余裕は時間的にも精神的にもなかった。着替えを用意出来るほど、気遣い上手だったんだなと思いながらも、さっさとシャワーを浴びた。
 作戦は未だ思いつかない。結局、当たって砕けるしかない。風呂から上がり、俺は俺のサイズにぴったりの着替えを着た。流石神、俺の体のサイズなんて分かるってことか。ちょっと驚いてしまうが、それに気をとられていてもしょうがない。かぶりを振ってから、御告の元に向かった。
「あ、文月。今入ってきた。ゆっくり入ってきてくれ。こいつと話したいことがあるからな」
「…………」
 言うと、文月は不思議そうな顔をしながらも頷いた。御告に借りたのか、医療用ではあるが眼帯を装着していた。もし気が向いたら、おしゃれ眼帯的なものでも買ってやろう。医療用の眼帯、クソ似合わねぇ。
 風呂に向かう文月を見送ってから、俺は御告の目を覗き込んだ。
「何を考えてるんだ? 文月を連れてくる理由はないだろ」
「そう? 十二分にあるよ。彼女は僕の計画の鍵だからね」
「は?」
 どういうことか、と目で尋ねるが御告は答えようとしない。かぶりを振り、俺の問いに答えるのを拒んできた。
「そこまで言ったなら言えよ」
「そういうわけにはいかない。言えるわけがないでしょう? 大丈夫。直に分かるよ。全ては、今日で終わる」
 彼の笑顔はこれまで見たどんなものよりも楽しそうだった。狂った笑顔、と言ってしまうのが一番正しいであろうその笑顔が、酷く恐ろしい毒に思える。ズキン、ズキンと全身が痛んでいるのはもしかして、こいつのその笑顔のせいなんじゃないだろうか。
「終わるって、どういうことだよ」
「そのまんまの意味だよ。ジ・エンドだ」
 瞬間、世界が砕け散るような映像が、やけに鮮明に脳裏に浮かんだ。跡形も無く砕け散り、消失していく世界を見ているだけで気が狂いそうになる。恐れ、慄くことさえ出来ずに消失していく世界は、ただひたすらに醜く砕け散った。
「ジ・エンド……終わるのか」
「うん。だから、止めるなら今だよ。さあ、どうやって止める? 君が頑張れば頑張るほど、僕も引き立つ。最高傑作を、美しいやり方で壊す。そうすることで、あいつに復讐するんだ」
 止めるなら今。それは確実だ。御告の言う通りにするのが癪だのなんだのと言ってられない。止めなければならない。
 でも、止められるだろうか。止められる気がしない。今、エロスは仕事をしているんだろう。だから、こっちに手出しできない。だったら、その仕事がいつ終わってくれるか。ぶっちゃけ、神相手に戦えるとは思わないので、エロスの力を借りなければ無理だ。エロスの力を借りたってまずいかもしれないのに。
 エロスの仕事が今日中に終わらなければ詰み。仕事が終わってもエロスより御告の方が優れていれば詰み。更に、エロスがこちらの世界に来れる時間が限られているなら詰み。仕事によって疲労していても詰み。あらゆる詰みの条件がある。そんな詰み地雷平原を抜けることなんて出来るのか?
「不安なんだね。その青ざめた顔。面白いよ、まったく」
「フン、悪趣味な野郎が。そう言ってられるのも今のうちだ」
 言いながらも、俺は恐怖に震えていた。そりゃ、怖いに決まってる。下手すれば即死確定の状況で、最善手を打ち続けても負けるかもしれない。それでも最善手を打たなければならない。そんな絶望的な状況に恐怖を感じる。
 こんな理不尽な勝負あるのか? ぶっ飛びすぎている。最善手を打ち続けても負けるだなんて狂ってる。最初からそれだけの戦力差があるなんて、おかしい。
「なあ、神様はチャンスとかくれないのか? 蛙河陛。アガペーって名前の神なんじゃないか? エロスとアガペーっつったら上昇の愛と下降の愛だろ?」
 確か下降の愛は力においても、善性においても限りなく上位にある存在である神から、下位にある存在の人間に対する無償の愛って意味のはずだ。所謂慈悲。それが俺に与えられないものだろうか、と思って蛇のような目を見つめる。その瞳は若干下を向き、少しだけ考えていた。
「そうだな……うん、チャンスを与えよう。それがあった上で、エロスの最高傑作を破壊してみせる。じゃあ、決めた。ゲームをしよう。それに僕が負けたら、大人しく退く」
 心の中でガッツポーズ……が出来なかった。別に与えられたチャンスが不満なわけではない。純粋にそんな余裕がないのだ。ゲームというのが何を示すのか分からないが、神に勝てるなんて思えない。気を抜けない状況が続くのは必然だ。
「分かった。ゲームって?」
「単純な賭けだよ。君が、文月 文矢に起きている歪みを取り除くことが出来たなら君の勝ち。それが出来なければ僕の勝ちだ」
「…………」
 どう? と視線で尋ねてくる御告を見て一度、目を瞑る。
 文月に起きている歪み。その原因は俺だ。俺のデッドエンドを回避したせいで、発生したもののはずだ。少なくとも外面のことに関しては俺のせいだとエロスが言っていた。けれど内面は分からない。エロス以外の何かが関係している、とは言っていたが途中までしか聞き取れなかった。
「賭けには、同じ条件で挑むべきだよな。インサイダー取引とかは駄目だろ? だからお前の知っていることを吐け」
 もしかしたら、エロスはアガペーがやっている、と言いたかったのかもしれない。それなら辻褄が合うだろうと思い、俺は尋ねてみる、何かそれっぽい理由を考えるのは得意分野だ。
「んー、いいよ。最後の慈悲だ。でも、一つだけ。全部吐いたらつまらない」
「チッ」
「あからさまに舌打ちをするんだね。僕は神だよ?」
「ああ、でも敵だろ?」
「違いない」
 明らかに不快そうな顔をしている御告改めアガペーを見ながら俺は考える。風呂場の方から、水が零れるような音が聞こえる。おそらく、湯船に浸かっているのだろう。ゆっくり、と言ったので気を遣ってくれてるのかもしれない。ぶっちゃけ今帰ってこられると厄介なので非常にありがたい。
 じゃあ、さっさと決めよう。俺はアガペーに何を問う? 一つだけ、訊くのであれば何を訊く? 何を訊くのが最も効率がいい? 自問して、再考を繰り返す。流石にノープランで動くのはリスキーすぎる。
「分かった。じゃあ、一つだけ訊く。文月の内面を弄ったのはお前か?」
 練りに練った質問を口にした瞬間、アガペーの顔が僅かに歪んだ。非常に僅かな時間だったかがそれでも、確かに仮面が一瞬崩れた。が、その分を補うかのうようなアガペーの満面の笑みが視界に映る。どんな意図なのか、まったく掴めない。ただの虚勢には、どうしても見えないのだ。
「僕じゃない。僕はただ、力を与えただけだ」

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