どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

一瞬でハッピーエンドがひっくり返る系って燃える。だから短い方がいい。

 これにて、ハッピーエンド。そう思って俺は安堵し、九重宅を後にすることにした。
「ありがと。本当にありがとうね」
「いえ、お礼なんて言われることしてませんよ。ただ俺は、思いついたことを話しただけです。あいつのことをすげぇって思ったから、あいつを邪魔しちまったことの償いをしたんです」
 そう言っても、九重母は頑なに俺に感謝をし続けた。それが筋違いであることを知っている俺は、言っておかなければいけないことを思い出した。それを俺が言えば、きっと彼女は感謝をやめるだろう、と思った俺は頭を下げてから言う。
「それよりも、すみませんでした。やっぱり、俺が悪かったんです。俺のせいであいつは不登校になってました。俺のせいじゃないとか、責任転嫁してすみませんでした」
 どうしてもこれだけは言っておかなければならない。だから頭を出来るだけ下げて、誠心誠意謝罪をした。
「いいえ、私こそごめんなさいね。あなたのせい、なんて言ってしまって。それと、子供扱いしてしまったことも。ごめんなさい」
 言われて、俺は驚きながらも笑顔を作り、
「いえ。実際俺は子供です。まだまだ、小学生でした」
 と答えたのは嘘ではない。心からの言葉だ。俺が子供なのだ、と自覚した。九重がどうして苦悩していたのか、精神的には年上のくせに分かってやれず、怖い奴を見てすぐふてくされてた時点で子供だ。
 御告は怖い。だからって、それでキレていちいちふてくされてるんじゃ、大人なんて絶対に言えない。
「じゃあ、帰ります」
「うん、気をつけてね。えっと……ごめんなさい。名前を聞いていなかったわね。教えてくれるかしら」
 バッグを持ち、玄関から出ようとする俺と文月の背中に放たれた言葉に俺は、反射的に答えた。
「一幡山って言います。こいつは、文月。九重の、部活仲間をやってます」
 ブレザーをたなびかせたのはわざと。なんとなく、かっこつけたかったのだ。それくらいは許せ。
「じゃあ」
「…………」
 俺がお辞儀をしたのに倣い、文月も一度お辞儀をした。先ほどとは違い、仕草が鬱陶しくない。かといって大人しいわけでもない。さっきから、なんとなくぽわぽわしてるし。きっと真実の文月なんだろう。やっぱり、トリガーが分からない。
「あ」
 振り返り、帰ろうとしたとき、まるで示し合わせたかのように雨が降ってきた。ぽつぽつと降っているのではない、完全な豪雨。兆しはあったが、まさかここまでだとは思わなかった。
「傘、持っていく? ちょっとこれから使うから、一本しか貸せないけど」
「え、いいんですか?」
「もちろんよ。恩人だもの」
 恩を感じられることなんてないですよ、と言おうか迷ったが、今傘を借りれないとヤバイので言うのはやめておいた。
「じゃあ、お願いします」
「はい」
 黒く、それなりに大きな傘が渡された。再びお辞儀をしてから、俺は文月と一緒にその傘を使っていくことにする。いや、別に相合傘がしたいとかじゃないから。文月も傘持ってなかったから。そういう気遣いだから。
 なんて心の中で言い訳しながらぼんやりと歩いた。なんとかたどり着いたハッピーエンド。まあ、文月の件に関しては何一つ解決していないのでエンドできていないが、とりあえず今はこの成功を喜びたい。
「とりあえず、来てもらえるみたいでよかったよな」
「…………」
 傘を持っているせいでスマホが使えなかったため、渋々口で言うと文月は一度頷いた。その心はここにないような気がしてしまった。どこかぼんやりしている。さっきまでのぽわぽわと違って、ただ別のものに集中しているような……。
 思いながらも、とりあえず歩いていると突然強風が吹いた。全身を巻き込んでどこかに吹いていきそうな、とんでもない強風によって傘が飛ばされてしまった。黒い傘が細枝のように宙を舞い、どこかに飛ばされていく。濡れながら、その傘を追いかけていると傘が飛ばされている先に、あいつがいるのに気付いた。
 瞬間、体が動かなくなる。風によってブレザーが飛ばされ、それを手で掴むのに必死になったから体が動かなくなったのではない。恐怖によって動かなくなっちまったのだ。
「くっそ」
 どうしてだよ。どうして、ハッピーエンドで終わらせてくれないんだ。折角、成功の喜びに浸っていたっていうのに、どうしてそこで邪魔をする。どんなに文句を言ってもそいつがいなくならないことくらい知っている。
 雨が全身を叩く。その衝撃が骨の髄にまで伝わり、半ば無意識に歯を食いしばった。ヤバイ、ヤバイ。全細胞の悲鳴が、聞こえた。そして、同時に俺の心も悲鳴を上げている。怖いのは嫌だ、逃げたいと全力で鳴いている。
 でも、足が動いてくれないから逃げられない。恐怖のせいで動けなくなって、恐怖から逃れられなくなるなんて、滑稽だ。自嘲してやりたいが、生憎と頬の筋肉も声帯もまともに自由には動かない。
「「…………」」
 俺と、文月の無言がダブった。けれど、俺の無言と文月の無言では、あまりにも種類が違った。無言にも系統があるんだな、と思い知るくらい別種だった。
 やつの恐怖を知っているか否か。それが、俺達の無言の種類を大きく変えている。
「やあ、上手くいったみたいだね。流石だよ、一幡山君。ううん、工君」
 心臓が痛んだ。その名を呼ばれたことで、恐怖は更に大きくなった。
 ――ああ、神様。どうしてあんたはこんなに残酷なんだ。
 何度問うても、その問いの答えは返ってこなかった。

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