どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

救済イベントが一話で終わるってやばいと思うんだけど、分割するのは面倒だった。

 オサレな感じの雑貨や家具が置かれており、なんだか居心地が悪い。俺までオサレに振舞わないといけないような気がしてしまうのだ。そんなはずないはずなのに。部室くらい簡素なら、綺麗でも居心地がいいはずなのに、と思うがそんなこと思ったって何の役にも立たないのでさっさと、やるべきことを終わらせよう。
「あの、早速なんですけど九重さんの部屋ってどこですか? 会いたいんですけど」
「え? 随分早いわね。お茶でも飲んでいっ――」
「――いや、そんな時間無いんで。さっさと終わらせたいんですよ」
 不登校児の親に言うのはどうか、とも思ったがさっさと終わらせたいのは事実だ。事実を言わないのは罪だからな。時間が無いわけじゃないが、こんなことに取る時間が無いのは事実だ。主人公稼業なんてさっさと終わらせる。神のいざこざに巻き込まれてるのは確実な、高難易度のクソみたいなラブコメの主人公なんて、適当にやっちまえばいいんだ。
「さっさと終わらせたい……それって、何のこと?」
「九重を学校に引きずり出すんですよ。そのための説得ですかね」
 主人公稼業、とは言えず適当なことを言う。説得する気なんてさらさらないが、説得と言っていた方が見栄えはいい。それに、説得に見えないこともない。完全に嘘と言い切れないのが肝だ。
 俺が言うと、九重母の顔が穏やかなものではなくなった。まるで敵を見るような目に変わったのを見て、ちょっと面倒だなぁと思ってしまう。
「やめて。あの子はもういいのよ。学校なんて行かなくて。学校に行ったら、あの子は絶対に傷つくことになるわ。そんなの、私我慢できないわよ」
 ガンッという机を叩く音がやたらと大きく響いた。ビクッと反応している文月を視界の端から排除し、俺は九重母の優しげな敵意の目を睨みつける。
 確かに、彼女の言っていることは正しいだろう。俺達が通ってるあの学校はゴミみたいな学校だ。明らかな仕草早の嘘に気付けないし、俺がいじめられているのに気付く奴もほとんど少ない。そんでもって、堂々と体罰をするクズみたいな副校長がいる。本当に、行く価値がない。
 でもそれだと俺は困る。主人公としての行動をしなければ正規ルートから外れるので危険なことになる。ヒロインの一人との関わりが途切れてしまうと困るのだ。
「知りませんよそんなの。俺が学校に来させたいんです。あなたに頼まれてやってるわけじゃないですし、あなたにやめろと言われたってやめません」
 今は機嫌が悪い。あんまり逆らわれると、キレてしまう可能性があるのでやめてほしかった。が、まだ九重母は退こうとしていない。目を見るだけで、それが分かった。その目は優しい母親の目だ。獅子が子を守るときのような強く優しい瞳。
「そもそも、あなたがいけないんでしょ? あなたのせいであの子は……」
 その瞳は、子供に危害を与えようとする狼を睨んだ。低い声は、狼を威嚇する唸り声ように聞こえないこともない。獅子って威嚇するんだっけか。いまいち分からない。まあ別にそんなのどうでもいいだろう。
 彼女の言っていることが、強ち間違いではないから反応に困る。確かに、俺がいけないのだ。俺がいなければ、九重はいじめられることもなかった。それは、どんなに俺が嫌がろうと、紛れもない事実なのだ。
 自分を責め続けると悔しくなり、それによって思考が加速した。 
 ――ちょっと待てよ。どうして俺が自責しないといけねぇんだ。九重がいじめられてんのは紛れもなく、俺のことを庇おうとした九重自身の責任だろうが。っつうそもそも、俺がいじめられてんのは俺じゃなくて仕草早のせいじゃねぇか。こっちは、冤罪かけられてんだぞ? 酷い目に遭ってんのに、更に性犯罪者扱いされてる俺が悪いってのか?
 ここで退けるかよ。こっちは二度目の人生なんだ。こんな下らないことで退いて、正規ルートから外れた挙句、デッドエンドとか嫌に決まってんだろ。文学研究だって、思うように出来ていない。主人公稼業やってやってんだから、それで満足しろって話だ。
「ざけんなっ」
 全力で叫んでいた。もうなんか、色んなストレスが爆発しかけている。この理不尽な世界への、これまで封じ込めていた文句があふれ出してきた。
「俺が悪いとかふざけてんじゃねぇ。俺は悪くないだろうが。この理不尽な世界が何もかも悪いんだよ。なんで俺が全責任を負わないといけねぇんだよ。誰も彼も俺を責めやがって。自分を責めるってことが考えられないのかよ、ゴミが」
 ダムが決壊したかのように、ブレーキがぶっ壊れてしまったせいで、もう何が言っていいことで何が言っちゃ駄目なのことなのか分からなくなっていた。ただただ、怒りに任せて言ってしまいたくなった。
「九重の不登校が俺のせい? ふっざけんな。そもそも、どんな理由があったって、不登校になる時点でクズなんだよ。消えればいいんだよ、そんな豆腐メンタルなやつ。それでも、来てるんだったら、無難に過ごせばよかっただろうが。下手な正義感働かせたあいつが悪いんだよ」
 喉が死にそうなほど怒鳴る。きっと、部屋にいる九重にも聞こえていることだろう。こんなの聞かせたら、きっと、不登校が悪化する。そうなったら面倒だとは思うが、だからと言って心からの言葉の中で、適した言葉が見つからない。
「でも、俺はそんな悪いあいつに来てもらわないと困んだよ。あんだけお人好しでよく分かんねぇ奴だけど、諸事情で来てもらわないと困るんだ」
 どうすればいい、どうすればいいと思っていたら自然に口が動いた。当然のように口に出来た言葉。それが本心かどうか、自分では分からないけれど少なくとも違和感がなかった。
「…………」
 文月も俺と同じ考えなのか(多分最後の部分だけだけど)、一生懸命頷いていた。こういうのは、ドッグ文月が一番向いているようだ。仕草がやかましいおかげで、喋らなくても不自然じゃない。
「……そう。それならいいわよ。そこの階段を上がってすぐのところにあるわ」
「ありがとうございます」
 深くお辞儀をしたのは、彼女の母としての強さを称えるためだ。これでも、俺の魂は高校三年生。親の気持ちを理解できるくらいには、大人に近づいてきてるし、なんなら親になれる歳だった。だから、何となく彼女のことは称えるべきだと心底感じたのである。
「ううん、いいのよ。私が間違ってたの」
 その言葉を聞いて、胸が痛んだ。本当にこの人は間違っているのだろうか。間違っているのは俺の方なのではないだろうか。まあ、俺が間違っていたとしても、俺は決して認めないが。
 部屋に向かって歩いていると、ポケットに入れていたスマホが振動した。ラインであることはすぐに分かったので、7月から届いたメッセージを確認した。
『あんな本気な一幡山君、初めて見た』
 見て、俺は本気だっただろうかと思う。ただイライラをぶつけてしまっただけのように思えるけれど、全力で叫んでいたのも事実だ。だから、分からない。俺はあの瞬間、本気を出していたのか否か。
『そうか?』
『うん、そうだよ』
 自分では分からなかったから文月に訊いてみると、すぐさま肯定された。だがまあ、ドッグ文月の言葉だから、信用なら無いだろう。真実は、真実の人間にしか見抜けないのだから。 
 それだというのに、何となく本気を出したことに嬉しくなっている馬鹿みたいな自分がいた。本当に端的で、愚かな奴だ。
 部屋にたどり着き、俺はノックをした。その力が心なしか強かったのは、きっと自分の愚かさに嫌気が差していたからだ。本気を出せたことに嬉しくなってたからじゃない。
「入れろ。話がしたい」
「……嫌って言ったらどうなりますか?」
 学校ではタメ口だったはずの九重が敬語を使ってきて、ちょっと驚いたものの声は確かに九重なので答える。
「扉をぶっ壊す。これくらいならちょろい」
 言うと、扉の向こうから足音が聞こえた。おそらく鍵を開けてくれるのだろう。静かに待ちながら作戦を再考する。
 さっき、俺が叫んだせいで色々と計画がずれた。本当なら徹底的に突き放して、悔しい思いをさせることで学校に来させようと思っていたが、それが出来なくなった。俺が来てもらわないと困るとか叫んでるのに、今更突き放せない。
 考えていると、すぐに扉が開いてしまった。まだ、全然作戦を考え終えていない。作戦がまとまらない。この状況から打開する方法が思いつかない。折角二週間かけて緻密に練り上げた作戦を一瞬で台無しにするとか、馬鹿か俺は。
「……こんにちは」
 気まずそうに出てきた彼女は、俺にとって非常にしっくりくる姿をしていた。それを見て、僅かに抱いていた懸念が晴れる。
「とりあえず、入れろ」
「え、ああ、はい」
 その姿を見たことにより生じた驚きを隠す為に、俺は命令形で言ってから部屋に入っていった。それに倣い、文月も入っていく。今の九重と二人きりになるより、九重と文月という女子を二人の中にいた方が精神衛生上よかったので、文月を連れてくると決めた過去の俺を称えておいた。よくやったぞ、俺。
 部屋に入った瞬間、ああこれが女子の部屋なんだって実感した。鼻腔を撫でる甘い匂いと、眼球を包み込む雑貨や家具の女子っぽい色が、なんとなく俺を緊張させる。緊張すれば緊張するほど、俺は作戦を考えられなくなっていく。俺、マジでポンコツ過ぎるだろ。しっかりしろ、俺。
「そ、それで話ってなんですか?」
「話の前に、訊いてもいいか?」
 話なんてまだ思いついていないので、とりあえず引き伸ばす。出来るだけ長く時間を稼ぐしかない。
「は、はい。……なんでしょう」
「あー、いや別に大したことじゃないんだけどな」
 出来るだけ引き伸ばせるような訊き方をしなければ、と意識するとそれだけで思考がいっぱいいっぱいになってしまった。頭が混乱してきてしまい、最終的に端的に訊くしかなくなってしまった。
「いつもはそういう格好してんのか? 学校ん時以外は」
「格好……ああ、はい」
 簡素な返答で終わりそうだったところで、なんとか突破口を見つけた。話を引き伸ばす方法だけではなく、九重という人物の本質もなんとなく見えた。これなら、重要な方の話も形成できる気がする。
「どうしてだ? 学校でも眼鏡かければいいだろ」
 言いながら、俺は彼女を見る。
 彼女の姿は、紛れもなく俺がエロスに教えてもらった九重 絵美の姿そのものだった。オレンジっぽい茶色の髪を腰まで伸ばし眼鏡をかけている。完全にトップカーストではなく、真面目な女子だった。
 かと言って、今の彼女が学校での彼女に見劣りしているかと言えばそんなことはなかった。別に恋愛感情とかではないが、個人的には今の真面目な感じの方が、優しい彼女のイメージには合っていて、好きだ。
「そんなことしたら、皆と仲良くなれないですよ。眼鏡かけて地味になっちゃったら沙耶ちゃんとかと仲良く出来ません」
「へぇ、なるほどね。あんな奴とでも仲良くなりたいのかよ」
 放った言葉に、棘があったことは否定できない。俺にとって仕草早は紛れも無く害悪。消えてほしいと思うくらいには邪魔な存在だ。そんな奴と仲良くなるために眼鏡をかけている彼女が敵に見えてしまったのだ。
 俺の言葉を聞いた九重は顔を顰めた。そして、肩をぷるぷる震わせる。ぎゅっと、拳を握りしめる音も聞こえた。
「……はい。確かに沙耶ちゃんは一幡山君に酷いことをしてると思います。それは否定できません。でも、でも……」
 悔しがっている。それが、声、表情、目。あらゆるところから読み取る事ができた。その尋常じゃない悔しさ。それを他人に見たのは、九重が初めて――ではなかった。
 城山も、これくらい悔しがっていた。九重の机を俺が拭いたときに、顔には出していなかったがこれくらい悔しがっていた。目を見て分かった。それが、想い人に対しての感情なのだったら、九重の悔しさもそれに並ぶほどのもの、ということだ。
 それで理解した。
 九重にとって〝仲良くなる〟ということは、とても重要なことなのだ。城山が九重と仲良くなりたいと思うのと同じくらい、〝皆と仲良くなりたい〟という欲望が強い。理解してみて、九重はやっぱりとんだお人好しなのだと思った。
「でも、私は皆と仲良くなりたいんです。お祖母ちゃんにお願いされたから」
 言った九重の瞳から零れたダイアモンドが、美しいものに思えた。一瞬の内に主人公として、とか世界の住人として、とかそういう考えが溶解されていった。カーペットに水玉を作ったダイアモンドは、絶えず零れ続けている。
「一幡山君とも、沙耶ちゃんとも仲良くなりたいんです。でも、沙耶ちゃんは一幡山君を嫌ってて……」
 彼女の本音と、彼女の涙。どちらも砕けないダイアモンドのように思える。確固たる、〝皆と仲良くしたい〟という意思が、俺の腐った心にも突き刺さる。
 彼女の今の苦悩。それは全て俺のせいで生まれたものだ。これは言い訳できるものじゃない。確実に、俺の嫌悪感ボーナスが由来しているものだ。俺が嫌われてしまったから彼女はこうも苦悩している。そして、苦悩しすぎてどうすればいいか分からなくなったから学校に来なくなった。
 ――なら、主人公稼業とか抜きでその苦悩から救ってやらなきゃそれは、男じゃないだろ。心は高校生で体が小学生の男は、必ず人を救う。古くより、そう定まっているのだ。何十年も続いていることが、その証拠だ。
「九重、教えてやる。お前は俺と仕草早の両方と等しく仲良くできる――はずがない。どうしても相性が悪いって言うのはあるんだ。俺と仕草早がそれだ。そして、俺と仕草早の相性が悪い以上、同じようには仲良く出来ない」
「じゃあ……じゃあ選ばなきゃいけないんですか? そんなの、そんなの嫌です。嫌なんです。皆と仲良くできなきゃ意味が無いんです」
 九重が言っている最中、文月が俺の手を握った。強く握ってきたその小さな手は、真実の匂いがした。信じてる、という文月の心の声が聞こえているような気がして、俺はその手を握り返した。任せておけ、大丈夫だ。全て上手くいく。だから、信じろ。
「選ぶ。そうだな、人生選ばなきゃいけない。俺は、見ての通り小さい。高校生だけど、年はまだ11歳だ。でも、選んできた。飛び級することを選んだのにも覚悟がいた。それ以外にも、たくさん選んできた。言っちゃ悪いけど俺は、お前以上に選択をしてきた。だからな――」
 だから。だから選べなんてことは言わない。選ぶのは主人公だけでいい。ヒロインは贅沢をするべきだ。あらゆる希望も叶えられるように、主人公に要求すべきだ。なんでもかんでも背負うのは、ヒロインがやんなきゃいけないことじゃない。それをやるのは俺の仕事だ。それに、俺は知っているのだ。この、クソみたいな理不尽な高難易度ラブコメに転生する、なんつう選択をしたから。
「――選ぶことの辛さはお前以上に知ってる。だから、俺はお前には選んでほしくない。選ばないための道を教えてやろうと思う」
「え?」
 そんなものあるんですか、と目が訊いてきていた。俺の目を子犬みたいだって言った、なんとかって奴に教えてやりたい。こういうのを、子犬みたいな目って言うんだって。
「簡単だ。お前は、文芸部に入れ。それで全部解決だ。教室では仕草早と、放課後は俺と仲良くすればいい。なんなら、文月とも仲良く出来る」
 そして、子犬みたいな目をした奴に対して言うべき言葉が「可愛い」ではないんだってことを。
「……そっか。そうすれば」
「ああ、そうすればいい。だから学校に来い」
「はい。行きます。学校に。皆と仲良くしたいですから」
 その言葉は、ダイアモンドよりも美しい、未知なる宝石であるように思えた。

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