どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

あのさぁ、どうして小さい=子供なの?

「はぁぁ。なんなんだよまったく」
 どうして俺がこんな目に遭わなきゃいけないってんだよ。俺はただ、この世界に転生しただけだろ? 別に、神様に喧嘩を売ったわけでもない。悪いことなんて一つもしてないはずだ。それなのに、どうしてこんな怖い思いをしなきゃいけないんだ。どうしてこんな痛い思いをしなきゃいけないんだ。
 考えれば考えるほどに胸の中にイライラが募る。憎しみとか、苛立ちとか、悲しみとかが胸の中で蟠る。
「…………」
 無言で走ってくる文月が見えた。俺を待たせるのが心苦しいのか、随分と急いでいる。急がなくたっていいんだぞ、と言ってやりたかったのに、どうしてか唇が動いてくれなかった。恐怖が、全身に染み付いてしまっている。
 消された右腕の根元が、ズキンズキンと痛んでいるような気がした。実際に痛みが生じているのかは分からないが、痛い、と脳が判断している。
『遅くなってごめんね?』
『別にいい』
 ドッグ文月から送られてきたメッセージに返信する。口はまだ思うように動かないけれど、スマホに文字を打ち込むくらいは出来た。辛うじて出来た程度だったから短文になってしまったが。
『じゃ、行くか』
『うんっ』
 笑顔を見せてきた文月は、俺に何ら違和感を抱いていない。そりゃそうだ。俺の右腕は最初から無かったことにされているのだから。覚えているのは俺だけで、違和感を感じるのも俺。
 不公平だな、と思った。俺も。文月と同じように最初から無かったものだと思えたら、怖くなくて済むのに、と思った。でもそんな思いを口に出すのは主人公らしくないので、おそらく正規ルートから外れてしまうだろうと思い、笑顔を一生懸命作った。
「住所は、御告が城山から聞き出してくれたからな。さっさと行くぞ」
『むぅ、ラインで話してくださいっ』
『ああ、悪い悪い』
 全て計算し尽くして会話してしまったことに、罪悪感を覚える。ドッグ文月なら指摘してくるだろう、だからこう答えよう、という計算が酷く醜く思える。けれど仕方が無い。俺は歪んだ世界の主人公で、正規ルートを逸すればデッドエンドになる世界に生きているんだから、計算していなければならないのだ。
 空を見上げる。さっきまで晴れていたはずなのに、いつの間にか雨雲が接近してきていた。暗雲立ち込める、というやつだろう。肌をじめじめとした空気が撫でる。べとべととした感覚が気持ち悪く、左腕でさすってみる。右腕を使えないことがとても悔しくて、とても苦しい。早く寝てしまいたい。この気持ち悪さから脱したい。
 さっさと救ってしまおう。作戦は出来ている。緻密に計算し尽くした作戦があるのだから、さっさと救って、さっさと文月の問題も解決していこう。俺は主人公だからその天命を真っ当するしかない。そうしないと休めない。ああ、早く休みたい。
 突然、嫌気が差した。白けてきた。すごく心が冷めてきた。転生する前は、テンションも上がってたし、最近だって何となくやる気が出てたけど、突然何もかも面倒になってきた。
「このラブコメ、つまんね」
 文月に聞こえないように呟いた。


『ここだな。随分遠かった』
『そうだね。でも、楽しかったよ? 一幡山君と一緒だったから』
 赤くなりながら送信してきた文月が、全く可愛く見えない。もう偽物の姿だから、と分かってしまっているのに可愛いなんて思うはずがない。
「はぁぁ」
 聞こえないようなため息を吐いてから、主人公らしい態度を演じることにした。俺は主人公、俺は主人公。演じきるしかないのだ。わざと顔を真っ赤にして照れて見せ、文月から目を逸らしながらメッセージを送信する。
『ど、どういう意味だよそれ』
 馬鹿みたいだ。つまんない。こんなことをやっている自分が、気持ち悪くてしょうがない。死ね死ね、と心の中で連呼しながら、まるで心からの言葉であるかのように振舞う。口にしてるわけじゃないんだから、別に大丈夫だろう。
『どういう意味って……分からない?』
 ああ、可愛い可愛いすごいねぇ、ヒロイン。分かってるに決まってるだろ、偽物が。そんなのつまんねぇんだよ。俺はそんなの求めてねぇんだよ。俺はただ、一幡山になりたくて、文学研究をしたかった。それだけだったんだよ。
「なっ、なっ……」
 上目遣いで俺を見てくるドッグ文月に対して変な声を漏らす。あたかも動揺しているかのように見せてから、んんっと咳払いをしてメッセージを打ち込む。
『何、変なこと言ってるんだよ。さっさと入るぞ』
 手に取るように、どうすればいいのか分かってしまう自分が憎い。正規ルートのたどり方を意識せずとも理解できてしまっている自分が嫌だ。唇をぎゅっと噛んでから、俺は九重の家の扉をノックした。
 こんこん、という音が悲しげに響く。悲しげに聞こえているのは、きっと完全に俺のせいだ。俺の耳が腐っているのだ、多分。
「あれ? えっとすみません、どちら様でしょうか」
 扉が開き、若いお母さんらしき人が出てきた。おそらく九重の姉ではないだろう。それにしては歳が上すぎる。お母さんの視線は、確実に俺ではなく文月の方を向いていた。ノックしたの俺なんだけどなぁ。まあ、この人、身長高いし俺のことなんて見えてないんだろう。マジで許さねぇ。
「んんっ、あの、ノックしたの俺なんですけど」
「え? ああ、ぼくだったの。どうした? うちになんかお用事?」
 ムカッとした。こいつ、ぶん殴ってやりたい。俺のことを、ここまで馬鹿にするとか、万死に値する。ちょうど、さっきからイライラしてたし、こいつをぶん殴ってすっきりしよう、そうしよう。
「てめぇ、マジ許さねぇかんな」
「…………」
 殴りかかろうとした瞬間、俺の小さな体は文月によって押さえられてしまった。ひょいっと俺を持ち上げ、殴りかかれないようにしてくる文月を睨み付ける。
「おい、何してんだ。こいつは俺を馬鹿にしたんだ。一発。せめてだけ一発殴らせろ」
「…………」
「あら、どうしたの? 急に怒りだして」
 頑なに俺を離そうとしない文月に叫んでいると、若い女性が尋ねてきた。それを聞いて更にぶん殴りたくなる。が、文月の力は強い。ぶん殴れそうにないので、渋々諦めることにした。ふぅ、と息を吐いて落ち着いてから言葉で対抗することにした。
「俺は九重さんの同級生です。こいつは、同じクラスじゃないですけど、同じ学年ではありますね。言っておきますが、俺は子供じゃないですから」
「子供じゃない……? えっと、じゃあもしかしてあなたが、絵美の言っていた飛び級の子?」
 俺の顔を見て、何度か瞬きしてから言ってくる女性の所作はなんとなく、九重に似ている気がする。一度くらいしか話したことがないのだが、それでも感覚的に分かる。この人はやっぱり九重の母親だ。
「まあ。一応、S児認定はされてます」
「ああ、そうなの。さあ、入って入って。あなたのことを待っていたのよ。絵美がずっと心配してたわよ」
 心配、という言葉を聞いてやはりかと思う。やはり俺のせいで九重は不登校児になっている。俺の行動が由来し、俺の行動により救済される。なんともヒロインらしい、という気がする。主人公は罪を償っていく最中、ヒロインに恋心を抱く、みたいな感じの。
「じゃあ、失礼します」
「…………」
 俺に倣って、文月も声を出せないなりに一緒懸命「失礼します」と伝えてから(なんかお辞儀をたくさんしてた)、家に入っていった。真っ先に九重の部屋に行きたいところだったが、場所が分からないのでリビングに向かう。

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