どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

蛇の目、それは危険な目。①

 埃一つない、綺麗な部室にたどりついた。蛍光灯の光しか照らすものが無い、というのは変わっていないのでそこまでイメージが変わることはないと思っていたんだけど、やっぱり埃がないというだけで随分イメージは変わった。
「こんにちは、一幡山君」
 その部室にいたのは、完全な美少年。イケメンではなく美少年なのは、カッコイイというよりもクールで美しいといった印象を受けたからだ。何より、彼の長く艶やかな髪は蛇のように長く伸びていて、見る人が見れば美少女のようにも見えてしまう。
 その目は、どこか妖しく、俺に巻きつき、吸い込んでしまいそうな目だった。魔力がこもっていそう、というのが一番正しい。
「……あんた、誰だ?」
 なんとなく、危険な奴な気がして、俺は握手の為に差し出された手を掴む前に尋ねた。こいつは危険だ、と生物の勘が訴えてきたのだ。
「ああ、ごめん。自己紹介をしてなかったね。僕は一年B組、御告おつげ 蛙河陛あがぺです。一幡山君のことは、噂で聞いています」
「そうか。よろしく」
 伸ばされた手を握りながらも注意する気持ちは忘れないようにする。こんな目をしてる奴が、安全なわけがない。それに、生物としての勘が間違っているようには思えない。何せ俺は一度死んだ身だ。
「ちなみに、今日から僕はここに入部することになっています」
「え?」
 突然の入部報告に、俺は混乱する。危険警報が鳴りまくっている。ヤバイ、マジでヤバイ。危険すぎる。突然の入部、この目。それだけでも明らかに危険なのに、さっき文月が言っていた話、即ち俺がリンチされそう(不本意)を伝えたのがこいつだ、という話を聞くと、ヤバさが増すのは必然。
「いや、えっと……文月は許可出したのか?」
「…………」
 文月に訊くと、彼女は控えめに頷いた。さっきの敬語状態を加味すると、ノーマル文月状態なのだろう。コロコロ変わる性格だから、いつ変わるか分からないが、まあ文月がこんなことで嘘を吐くはずがないので、本当なのだろう。
 マジか……嫌だ。何か裏がある気がする。口角や頬の筋肉、顎の筋肉などを全て意のままに扱っている。恐ろしく分厚い仮面だ。違和感さえ感じさせないほどの完璧な笑顔に、俺は違和感を感じている。
「よろしくおねがいしますね、一幡山君」
 普通の言葉なのに、まるで首筋にナイフをつきつけられているように感じる。命ごと抉り取ってくるようなその目と、その言葉と、その口調に息を呑んだ。
 蛇に睨まれた蛙のようだ、なんていう比喩表現がある。今の俺はそんな感じだった。動けない。恐怖で、動けない。御告が恐ろしい大蛇に見えてしまう。
「よろ、しく」
「うん。ねぇ、一幡山君、僕と友達になってよ」
 言う彼の目は、更に鋭いものになった。頬を切り裂き、首筋に食らいつくような目を直視することが出来ない。握っている手が、酷く冷たい。まるで死体のような低温度の肌が俺の肌を次第に腐らせてきている気がする。
 彼の意図が読めない。
 どうしてこいつは、友達になって、なんて言ってくる? こいつが突然、俺にそんなこと言うのに、どんなメリットがあるというのだろう。何らメリットはないはずだ。そもそも、どうしてこのタイミングで文芸部に入ってくる。既に入部可能になった日から一週間以上経っている。迷っていた、というのなら体験入部でもしてからということになるはずだし、うちの部は勧誘なんてしていない。というか出来ていないのだ。それなのに、こんな地味な部に突然入部なんておかしい。
「「…………」」
 俺の沈黙と、文月の沈黙が重なった。部室の空気が重くなる。文月も気付いているだろうか。もしかしたら気付いているかもしれない。真実の文月ならば、その紫色の目で、こいつの内に潜む恐ろしい何かを見抜くことができるだろう。
 でも、今のノーマル文月ではそれは不可能だ。真実でないものに、真実を見抜くことなど出来ない。
「友達か。よく分かんない言葉だな」
「うーん、確かに定義が曖昧だね。じゃあ、仲間でどう? お互いがお互いの応援要請に応えるとか」
「……別にそれぐらいならいい」
 逃げさせない、とその目が語っていた。全身に傷をつけられたような感覚になる。ズキンズキンと痛む全身の傷が、こいつはやっぱりヤバイと教えてくれている。
 仲間。そんな言葉を普通の高校生が使うようには思えない。つまり、こいつは普通じゃないってことだ。俺もこの世界じゃ十分普通じゃないと思っていたが、こいつの場合はそんなもんじゃない。もっと、ムチャクチャなほどに普通じゃない。
「やった。じゃあさ、突然なんだけど文芸部の二人にお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」
「は? 突然すぎんだろ。今度に――」
「――仲間、だよね?」
 拒絶は許さない、とその目はやはり物語っていた。握っている手に力が込められている気がする。仲間意識の強要。それはリア充の十八番だと思っていたが、そうではなかったようだ。いや、その認識は違うな。こいつは、紛れもなリア充なのだ。こいつの事なんてこれっぽっちも知らないがこんなに自らの顔を細かく扱える奴がリア充じゃないはずがない。
「分かった」
「うん、ありがと」
 ぼっちとリア充だったら、そりゃぼっちが強いに決まってるんだがどういうわけかこいつにはそんな常識は通用しないらしい。
「早くしろよ。部活が終わっちまう」
「了解。じゃあ話すから座って」
 そんな風にして俺達を座らせると、御告は自分の頼みについて話し始めた。


 このとき気付くべきだったんだな。既に俺は蛇に追い詰められていたんだってことを。それに気付けなかったからこんな状況になった。まずすぎる状況に。


 まずいことになった。その自覚はあったのだが、これまで別に何かアクションを起こすことはなかった。その理由は単純。俺は悪くないからだ。
 そりゃ、慈愛に満ちた奴がいなくなるのはちと心が痛んだ。でも別に死ぬわけじゃないし、一応警告はした。だから何かをする謂れはないだろうと思っていたのだ。
 しかし、御告が俺に仲間意識を強要し、協力を強要してきた。逆らうな、と目で訴えてきた。だから、渋々やるしかなかったのだ。
「でも、どうするんだ? 不登校児に下手なこと言うと、死者が出るだろ。俺にも文月にも、何も出来ない気がするぞ」
 言いながら、俺は不登校児、即ちこの場合は〝九重 絵美〟の死体を想像した。恐ろしい。母さんの死体を見たんだから、もうこれ以上死体を見たくはない。想像した自分を馬鹿、消えろと罵りながら御告の言葉を待つ。
「うーん、そこは考えてなかった。一幡山君にお願いすればなんとかなるかと思っていたんだけど」
「そう意味無く信頼されてもな」
 正直俺は、文月に作った歪みをどうにかするのでいっぱいいっぱいの状況なのだ。精神面が歪んだ理由についての調査もしなければいけない。警告を聞かずに、いじめられっ子の俺を助けようとしちまうお人よしの九重に割く時間も労力も無い。
 だが、だからと言って自己責任だと断じることも出来ない。九重にももしかしたら俺の何らかの行動によって歪みを作ってしまっているかもしれないからだ。文月が生まれつきの唖人になってしまっていることを考慮すると、俺の見た九重から変わっているのも生まれつきなのかもしれない。ならば、俺は二人の人生を変えてしまっていることになる。
 前のような地味キャラっぽい感じなら、もしかしたらこうなっていなかったかもしれない。俺を庇った結果孤立し、不登校になるなんてことになっていなかった可能性は高いだろう。
 そう思うと、行動しないわけにもいかない。俺が起こしたことである、と少しでも考えられることの責任は取っておかないと夢見が悪い。
 ということで、まずは今後の行動について考えてみる。
 不登校児を学校に来させるために必要不可欠なことは何か。それは即ち、不登校になった動機を知ることである。
 世の中にはなんとなく行きたくなくなったから、なんて理由で不登校になる奴もいる。俺からすれば、そんな理由で休むくらいならやめちまえよ、と思うのだがそういう奴らからすれば、なんとなくだって十分な理由なのだろう。まあ、今回の場合はおそらくそんな理由じゃないはずだ。
 端的な理由はおそらく、教室に居場所がなくなったからだ。俺を庇おうとしたせいで敵と見なされた彼女は敵扱いされ、たちまちいじめの対象になった。いや、いじめと言う程のものですらない。ただ無視されたり、嫌がらせをされたりする程度だ。
 それでもきっと、それまでトップカーストに君臨していた人間からすれば辛いものだったのだろう。それまでずっと仲間だと思っていた人間に敵視される。それほど辛いこともないだろう。
 だから、おそらくそれが動機。随分と簡単なものだ。分かってみても、俺からすれば理解できない。どんなに仲間だったとしても、敵になったら敵。それが真理だろうに。
 まあ、これで動機は分かった。それにより、対策を考える事も可能になってくる。集団から孤立し、敵視されたことを辛いと思った人間が学校に来るにはどうしたらいいか。それを考え始めようとしていたところ、スマホが震えた。

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