どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

魔王眼とか、世界観に合ってませんよ。

 四方八方を、青い光が包み込んでいた。まるで渡り鳥のように移動する光は、次第に俺の形を形成し、全てが俺の体になったところで光は消えた。
 窓から、朱色の光が差し込んできた。闇と光を分かち、俺の居場所を照らし出すように強く差し込んでくる朱色の光は優しく、生温かい。どこか、口内に満ちる血に似ている。さらりと肌を撫でる太陽の使いに礼を心の中で言って、俺は部屋に戻ることにした。
 スマホを取り出して確認すると、時間的にはさっき部屋を出てから数分しか経っていない。随分と長い間、あそこにいたはずなのでおそらく、あの女神が調整してくれたんだろう。流石は神様だ。その辺はしっかりしている。
 あの神は、最後になんて言ったのか、すごく気になるところではあるけれどそれよりも先にやらなければならないことがある。仕入れた情報を使って、また新たな情報を得る。それが情報を持たないものの、やり方だ。
 普通に文学研究に励めれば、と思っていたが正直、もうそんな余裕はなくなってしまった。文学研究も重要ではあるが、それ以上にやらなければならないことがある。そのために、今はひとまず高難易度ラブコメに発生したヤバめのバグをどうにかしなければならない。さしあたっては、日常エンドに着地することを目指さなければ。
「ま、まずは魔王眼だな」
 日常エンドに着地するには、魔王眼なんつう物騒なものは浜だ。即急に情報収集をして、場合によっては排除する必要がある。排除の仕方とか分からないんだけど。でも、魔王眼はとりあえずいらない。なので情報収集する。
『今、帰った。ちょっと、いいか?』
 ラインで話す、と言ったので言葉ではなくラインにする。送信ボタンを押してから、俺は文月の方に歩み寄った。
「…………」
 メッセージを確認した文月は、無言でこちらを見つめてきた。その表情は、先週見た表情と酷似している。ほとんど無感情で、灰色の雪がよく似合う。
 おそらく、これはサブヒロインの一人の性格なのだろう。あの三名の内の一人。あの女神が丹精込めて創りあげた人物の性格が今、文月に宿っている。ごった煮になっている、と言っていたか。確かにそうだ。吸収なんて綺麗なものではない。本人が意識しないところで変わっている。潜在意識に刷り込まれているようだ。
「眼帯、外してくれ」
 時間が無い。一秒でも早く情報を収拾して、いい方法を考えなければならないのだ。俺が作ってしまった歪みを直すために、出来ることをする。彼女の魔王眼とやらは、少なくとも確実に俺の責任なのだから、しょうがない。
「…………」
 文月はほとんど感情を表現せず、僅かに首を横に振った。見逃してしまいそうなくらい僅かな動きだったが、その拒絶の意思が強いことを悟る。目に力がこもっているわけでもないので、何となく、だが。
「嫌か。でも外せ。お前の眼が見たい」
 強い口調で、逃げ場を失くすように言う。力強く睨み、暗に拒否権は無いのだと悟らせる。この状態の文月はきっと無感情だ。恐怖でさえ知らない。怒りも敵意も、恐怖もほとんど、彼女は知らない・
 僅かな意思を、感情とは呼ばない。それは、ロボットと一緒だ。即ち、俺の目の前にはロボット文月がいると考えていい。おお、なんかこれいいな。使おう。
「いいから、早く。もう分かってる」
 言いながら手を伸ばす。眼帯を差し出せ、と視線で合図をするとロボット文月は拳を一瞬強く握ってから、眼帯を外した。
 紫色。毒々しい紫色の瞳だった。なるほど、確かにこれは魔王だな、と心の中で思う。アニメが結構好きな男子高校生(小学生だけど)の俺からすれば、その眼は実に中二心がそそられるものだった。
「ちょっと、色々訊きたい。駄目か?」
「…………」
 ロボット文月は、冷酷に〝その眼〟でこちらを見てきた。酷く冷たいその視線は、直視するのが辛い。拒絶の意を示していることは確実なのだ。
 まあ、文月に好かれたいわけではない。ただ、日常エンドに着地したいだけなのだ。だから、拒絶の意を取り払うために一歩近づき口を開く。
「その眼、いつからだ?」
「…………」
「ラインで答えろ」
 言うと、ロボット文月は一瞬躊躇してからスマホを操作し始めた。これ、もし文月が俺にキレたら魔王眼で殺されるんじゃないのかなぁとか思うが、魔王眼とやらがそんな力を持っているのかは分からないので、別にいいだろう。
『生まれつき』
 生まれつきか。それだと、原因が特定できない。ある日突然、とかだったらその“ある日”が怪しくなるが、生まれつきだと、影響する出来事が起こった時点で全てを歪めてしまうからな。どうしようもない。
「じゃあ、次。その眼には力があるよな? どんな力だ」
 ラインで言おうか一瞬迷ったが、おそらくロボット文月はラインで言おうと口で言おうと無感情なので、構わない。
 俺が言った瞬間、文月の眼が輝いたような気がした。魔王眼と、魔王眼じゃない方の眼の両方が、キラキラと輝いた気がしたのだ。と、思った瞬間、スマホが何度も何度も振動した。
『我が魔王眼は、先代魔王より受け継いだ最強にして最凶の力。たとえどんな光の者であっても、魔王眼を持つ私は負けない』
『そもそも、魔王眼の能力は私を戦闘状態にするために魔王の力を全身に循環させる力と周囲を巻きこまないように敵と共に消え去るワープの力がある』
『当然、今の魔王眼はまだ完全ではないが、それでも魔王眼に勝てる者は少ない。輪廻の輪さえ見通すこの眼があれば、敵はまず負ける』
『魔王眼を持つ私の中には三匹の魔王竜の魂が宿っている。癒し、矛、盾とそれぞれにそれぞれの役割があって、場合によって私が使役する』
 なんていう、よく分からない長文が連続で送信されてきた。しかも、すっごい送信スピードが速い。体が前後に揺れていて、すっかりロボット文月ではなくなっていた。
 が、今の文月の姿には違和感が無かった。他のサブヒロインが宿っているようには思えなかったのだ。それに、俺の記憶が正しければこんな既にサブヒロイン三名の性格は確認しているはずだ。
 ロボット文月がさっきの。ちょっと感情を見せてきて、敬語を使ってくる文月。ノーマル文月とでも呼ぶか。そんでもって部屋を出る前の、馴れ馴れしくて可愛い文月。ドッグ文月という名称でいいだろう。
 今の文月は、その三種類のどれにも当てはまらない。そして、三種類のどれよりも真実の匂いがした。
 もしかして、これがこいつの本当の姿なのではないだろうか。ふと、そんな考えが脳裏によぎった。
 キラキラ輝く紫色の瞳を見つめると、心臓の動きが加速した。ドッグ文月の上目遣いを見たときのような感じとは違う。ドキン、ドキンと高鳴る心臓は決して痛んではいない。心地よく高鳴る心臓は、全身の血を温かくしてくれている。
 体が火照った。そのキラキラした感情が、俺の文学研究に対する感情に似ているような気がする。俺と文月の本質が実はすごく似ているような気がしている。
『そもそも、私がこうして喋れなくなっているのも魔王眼を危険だと判断した光の機関の企み。私が喋ることで闇の者を我が手中に収められないように企んでいる』
『今も、どこかで奴らが私の命を狙っている。危険!』
 送られてくる幾多のメッセージを見て、僅かに口元が緩んだ。真実の匂いがするその姿を見て、嬉しくてしょうがなかったのだ。
「ハハハッ」
 つい、思い切り笑ってしまった。こんなにも思い切り笑ったのは久しぶりだなぁって思うくらいムチャクチャ笑った。紫色の眼と赤茶色の眼が、こちらをじっと見ているのが視界に入り、しまったと思ったときにはもう遅かった。
『何がおかしい? まさか、あなたは光皇の刺客? 敵だというのかっ』
 律儀に送信してきてから、文月は後ろに派手にジャンプをした。それはもう、高いジャンプだった。美しいその所作に見惚れそうになった。が、しかし着地をした彼女が顔を顰め、ふらついたことで見惚れそうになっている自分を律することができた。危なかった、危うく好きになるところだった。
「ったく、情けないな。ほれ」
 言ってから手を差し出すと、バランスを崩した文月は俺の手を掴んだ。これでひとまず怪我されなくて済む、と思ったのだがそこでようやく思い出した。俺、ちっちゃいんだなってことに。
 バランス崩してるときにチビの手を掴んだって、バランスを保てるわけがない。何せ俺は非力だ。テクニックがあったから仕草早には勝てたけど、この状態ではテクニックなんて意味がない。
「危なっ」
「……!」
 むしろ力がない俺が手を伸ばしたところでバランスを更に崩してしまう。何せこの世界はラブコメだ。ご都合主義の名の下に、俺達はバランスを崩し、倒れてしまった。
 ごてん、という音を鳴らしながら倒れこんだはずなのに、俺は全くと言っていいほど痛みを感じなかった。柔らかな感触を全身で感じられる。擬音にすると、むにゅっ、とかぐにゅっ、て感じの感触だ。分かりにくいな、おい。
 視界が真っ暗になっているので今の状態が分からなかった。どういうことか、と思い俺は顔を上げた。その瞬間、視界に大きなアメジストが映りこんだ。濁りの無いそれを見て俺は、ついごくりと喉を鳴らした。
 あまりにもそれは美しかった。濁りも曇りも一切ない、純粋なアメジストは手を伸ばせば儚く散ってしまう、紫色の華のようにさえ見える。掌でそっと包みこめば全身を心地よい温もりが撫でてくれる気がする。
「えっ」
 アメジストの隣に見えた、大きな瞳によって現状を出来てしまい、俺は情けない声を漏らした。思考が一時停止し、眼を閉ざす。思考が再稼動し始めたところで、現状を整理しよう。
 俺は倒れた。けれど、痛くない。柔らかい感触を感じている。そして、さっき確実に文月の顔が見えた。これらをまとめると……俺は今、文月の上で寝そべっているということじゃないか? 
 いやいや、それはヤバイ。何がヤバイって、小学生の形をしているけど、俺の魂は高校生なわけだ。しかも普通だったんだぞ? 煩悩だって平均レベルにはあるんだ。そんな状態の奴が、結構可愛い女子の上で寝そべる。どう考えてもヤバイ。変に意識すると、やかましいほどに心臓が動く。
「あっ、いや悪い。すぐどこか――」
「――……」
 何も言っていないのに、言葉を遮られた。頭に触れた柔らかな手が自然と唇を停止させてしまったのだ。
 ヤバイ。なんか、仕草早にやられたときとは違う。なんかすんごいフワフワして、むずむずして、悪い気がしない。やめろ、なんて決して言えない精神状態になっていた。端的に言うと、そういう風にしてもらってるのが嬉しかった。
「…………」
 顔を恐る恐る見ると、優しく微笑んでいる文月がいた。その顔を見て、どこかで見た首を思い出す。
 母さん。鬱病の母さんの笑顔だ。安らかなあの顔を思い出した瞬間、今ここにいれることがすごく奇跡的なものなのだと実感させられた。何故だか、全身で感じている柔らかな体に甘えたくなってしまった俺はやっぱり子供なのだろうか。いや、もちろん理性で抑圧したからな。それをしなかったらただの変態じゃねぇか。
 体が子供だと、心も少し子供っぽくなっちまうんだろう。きっとせいだ。そうじゃなきゃ俺がこんなことを考えるはずがない。
「こ、子供扱いすんなよ」
 しばらくして、ようやく俺は彼女の体から離れた。頬を掻きながら注意したのは、流石に恥ずかしかったからだ。文月の顔を見れずにいると、文月はいつの間にか眼帯を手に取り、つけていた。
「そ、それ、どうして隠してるんだ?」
 ただ質問するだけで動揺してしまったが勘弁してくれ。しょうがないだろ、なんかいい匂いしたなぁとか思い出したら緊張しちまったんだから。
『この眼は戦いのとき以外、隠さなければならない。光の者が一般人に危害を加えてしまうかもしれないから』
 それっぽい理由が書かれたメッセージを読んで、こいつは、ほぼ確実に中二病の部類に入る奴なんだろうな、と考える。いや、今更なんだけど。
 でも、実際こいつは中二病だけど、それに値するようなものも持ってるんだよな。魔王眼っつう。それに、明らかに血色悪いし。もしかしたら包帯は中二病が由来するものなのかもしれないが、そうではなく単純に怪我をしている可能性もゼロもある。中二病だが、それを妄想だと断じることが出来ない状況で生きているのだ、彼女は。
 むしろ、中二病の妄想を体現したようだ、とさえ思う。まるで、俺の行動により生じた歪みが彼女の妄想を現実にしたかのようだ……いや、流石にそれはないだろう。
「そんなもんか。まあ、見られたら困るわな」
「…………」
 言うと、彼女は無言で首を力強く縦に振った。それを見て、なんとなくだが、別人に変わったなと思った。きっと、それは目に真実の色が消えたからだろう。
『そういうことだよ。あ、それより掃除』
『ああ、そうだったな』
 相手がドッグ文月であることを悟った俺は、面倒だがラインでメッセージを送った。口で会話するのは真実の文月だけだ。
『よし、じゃあやるか』
 そのメッセージを見たドッグ文月は持ち場に戻っていった。それを見て、俺は安堵しながら掃除を再開する。
 箒で掃いた埃は、次第に一箇所に集まり、確かに〝ゴミ〟になる。灰色の雪であっても今はもう、汚いだけだ。頭に触れた、灰色の雪は彼女の手の温もりを脳裏にチラつかせてくる。思い出した瞬間、顔が熱くなってくる。
 どういうわけか、もっと真実の文月の姿を見たい。そんな感情を抱き、俺は掃除をしている彼女の方に目を向けた。
 ――なあ、文月。どうしたら俺の前に現れてくれるんだ?
 心の中でそう呟いてから、埃をゴミ箱に捨てにいった。

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