どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

歪みとは、正しくないもの。

 廊下の窓から、朱色の光が漏れている。なんだか久しぶりに天然の光を見た気がする。放課後になって部屋にこもっただけだというのに、数日間引きこもっていたように感じられる。
 柔らかな朱色の光は、俺の心拍を表現しているかのように波打ち、一点に集った。朱色の光が集まった一点は、紫色の光を発していた。風が吹き、紫色のその光は俺の身を優しく包み込んだ。
 体の芯から温かくなり、眠くなり、意識が遠のいていく。それでようやく理解した。どうやら、話はここではなく、あのよく分からない空間でするつもりらしい。死んでない俺が行っていいのか疑問ではあるが、なんでもアリなんだろう。
 素直に、光に意識を預け俺は目を瞑った。


「やあ」
「……どうも。まさかこうくるとは思ってませんでしたよ」
 目を開けると、視界には書類に何かを書き込んでいる社畜女神エロスが映った。なんかあの神の呼び方、どんどん変わっていくよな。今更だけど。
 前回とは違う場所だ。今回はオフィスのようなところだ。相変わらず床はないが、机や書類が嫌気が差すほどたくさんある。
「忙しかったんだ。悪いね」
「まあ、別にいいですよ」
 文句を言ったところで、何かが返ってくるわけでもなさそうだしな、と心中で呟きながら、俺は笑う。笑うといっても苦笑いなんだけど。
 目の前の社畜女神エロスがこなしている仕事量を見たら、誰だって苦笑いすると思う。なんかよく分からないんだけど、すごい量の書類を一気にやっつけてるのだ。明らかに異常だ。
「それで? 急用ってなんですか?」
「ああ、それなんだけどね。ちょっと、まずいことが起きてね。君の行動は、私が思っていたよりもずっと、大きな歪みを世界に作っているようだよ」
 彼女の言葉に驚きはしない。俺自身、何となく分かっていた。まあ、彼女の推測さえ超えていたというのはちょっと驚いたかもしれないが。いや、でもそれは驚いたと言うよりは畏怖したと言った方が正しいだろう。
「それは、なんとなく感じてました。一つ訊いてもいいですか?」
「ん? なにかな。答えられることなら答えるよ。もちろん、その答えによってこれ以上世界を変える歪めるつもりなら、権限を使って消すけど」
 当然のように消すとか言っちゃう神様ってどうなんだろうなぁと思いながらも、大人しく話を進めることにした。別に、世界を歪めるつもりはないのでセーフだと思うし、そもそも今、俺が世界を歪めたって何の得も無い。
「どこまでが歪みによって発生したものですか?」
 言うと、社畜女神エロスは口角を高く上げてにやりと分かった。その質問を待っていたと言わんばかりの表情だ。さっきまで疲弊しきっていた顔が明るくなる。
「やっぱりそのことが気になるんだね。うん、それに関しては教えてあげるよ」
 本当に楽しそうに言うと彼女は立ち上がり、どこからかホワイトボードを出してきた。いや本当にどこから出してきたんだよ、それ。そして必要ないだろ、それ。と、思っていても口に出さないのは、あんまりここに長居したくないからである、
「じゃあ、まず君が見つけたおかしな点を挙げてみよう」
「え、えっと……」
 突然、授業形式で始まった説明に戸惑いながらも俺は答えることにする。
「まず、文月が喋れなくなっています。そして、四肢と頭に包帯を巻き、目に眼帯をつけています。包帯をつけてるってことは怪我があるんでしょう。肌も血色が悪かったです。髪も白くなってますね。……これくらいですかね、外見的な変化は」
「うーん、後一つ、気付いていないことがあるね」
「えっ」
 気付いていないこと、だと……。流石にもう無いと思っていたので驚いてしまう。外見的な問題で、他に気付いていないことなどあっただろうか。10年ちょっと前に見た文月と、さっき見た文月を比較する。どこか違うところ、どこか違うところ……駄目だ、見つからない。
「すみません、ギブアップです」
「はあ、全く君は駄目だね。と、言いたいところだけど気付けないのもしょうがない部分があるからね。じゃあ、ヒント。どうして、彼女は眼帯をつけてる?」
 言われて、ハッとした。
 確かに、俺は彼女の眼帯の奥にある瞳を見ていない。変化に気付けていないとしたから確実に、あの隠された片目にある。
 でも、目に発生する変化って何がある? まさか、片目が無いのか? えぐすぎる変化だとは思うが、十二分にあり得てしまうだろう。それ以上に恐ろしいことだって、たくさん起きているのだから。
 いや、でも片目がない人って眼帯をつけるんだろうか。よく分からない。今、思い出してみると文月がつけてたのって、一応眼帯だったけどおしゃれ重視っぽい感じだった気がする。いや、よく分からないんだけどな。でも、片目が無いにしては軽々しい感じだったっていうか、そこまで無理して隠そう、という気概が感じられなかった。
「……分かんないです」
「ん、まあしょうがないか」
 言いながら、エロスはホワイトボートに書くためのペンを手に取った。そして、乱雑な字で何かを書いていく。
「オッドアイって知ってる?」
「オッドアイ、ですか……まあ、何となく知ってますけど」
 オッドアイ。端的に言ってしまえば、右と左の目の色が違う、というやつのはずだ。本当に、にわか知識でしかないのだがラノベなんかによく出てきていたので分かる。中二病患者は、大抵カラコンをつけるらしいし。
 ホワイトボードに書かれた『オッドアイ』という字の下に目のような図が描かれた。うち、片方は四角いもので囲まれている。おそらく眼帯なのだろう。
「彼女――文月 文矢はそれなんだよ。実際、人間にもオッドアイは普通に存在する。もちろん、珍しいがね」
「はあ。じゃあ、つまり文月には右と左の目の色が違うという変化が起きてるってことですか?」
「ん……まあ、ちょっと違う」
 四角いもので囲まれている方の目から線が引かれ、線の先に何かが書かれた。いつの間にか赤ペンを持っていたエロスは、赤字で書かれたそれを叩きながら俺に説明し始めた。
「ちょっと信じられないんだけどさ、あの子は『魔王眼』ってのをゲットしちゃってるんだよね。あの世界に異能要素を組み込んだはずないのにね」
「は?」
 理解不可能、と心が叫んでいた。意味が分からん。この神は何を言ってるんだ。魔王眼ってなんだよ。中二病患者のそれじゃないのか?
「理解出来ないでしょ? 私も理解出来ないんだよ。どうして特殊な力なんてものが出現したのか分からない。でも、あの目は本物だ。それだけは真実」
「……そうなんですか。まあ、分かりました。それも、俺が起こしたことですもんね」
 俺の言葉を、彼女は首肯した。否定はしてもらえない。分かってはいても、胸に突き刺さるものがある。
「外見に関しては君の行動が由来するものだ。魔王眼もね。けれど、内面の事に関しては君の行動が由来するものではない。それだけは言っておこう」
「内面のこと、ですか」
 それだ。俺が訊きたいのは、内面のことについてだ。そりゃ、魔王眼のことを気になるがそれ以上に文月のメンタルについて知りたい。
「詳しく聞いていいですか?」
「ああ、もちろんだ。今日はそのことを話したいからね」
 快く笑った彼女は、黒ペンを手に取り、ホワイトボードに何かをかき始めた。中心に小さな楕円が描かれ、その中に『文月 文矢』と書かれた。そこから幾本も線が引かれ、その先に楕円が描かれる。
「と、言ってもあまり時間がないからね。さっさと説明するからちょっと雑になるかもしれない。許してくれ」
「それは構いません。理解できるようにします」
 言った瞬間、右手が発光した。青光りし、蛍が飛んでいくように光の塊が宙に浮かんでいく。時間が無い、というのはこういうことだろう。早くしないと、俺はあっちに戻ってしまう。こっちにいられる時間は限られている、ということだ。
「じゃあ、まず現状確認。文月 文矢は今、どうなってる?」
「どうなってる……性格がころころ変わっていますね。真実の姿と、虚偽の姿の違いが本人にさえ分からないようになってます」
 思い出しながら言うと、エロスはホワイトボートの楕円の中に色々な文字を書いていった。『佐倉崎 咲』『米澤 鏡』『幽霊ヶ丘 優花』という文字を見て、それが人名なのであろうと推測する。
 仮に人名だとして、それが何を示しているのか。文月 文矢と書かれた楕円と線で繋がる楕円の中に人名が書かれている。現状と照らし合わせてみるとなんとなく予想できた。
「もしかして、文月は多重人格なんですか?」
「いや、ちょっと違う。ちょっとここの説明が難しいから、一度遠回りをした方がいいだろうね。時間が無いけど、しょうがない」
 置いていた赤ペンを手に取ったエロスは、書かれた三つの人名らしき文字を赤い四角で囲んだ。そして、そこから線を引っ張り、一点に集める。
「この三つの名前は、私が予め設定していた、君の住む世界のサブヒロイン的ポジションだった子の名前だ。一応、二人のメインヒロインほどではないにしても、丹精込めて創りあげたんだよ」
「なるほど。サブヒロイン……」
 確かに、ラブコメの世界だというのならメインヒロイン以外のサブヒロインも設定するに決まっているだろう。言われて見れば、何ら不思議はない。問題は、何故この状況でその三名の名前が出てきたのか、ということだ。
 そこで、気になるのは先ほどのエロスの発言。『サブヒロイン的ポジションだった子』と言っていた。そう、〝だった〟だ。その過去形が誤用であるとは思えないので、おそらく過去のことなのだろう。
「その人達は、サブヒロインじゃなくなったんですか?」
「うん、そうだよ。サブヒロインじゃなくなった。ついでに、あの世界の住人でもなくなった」
「それって……」
 世界の住人でもなくなった。つまり、死んだのだ。その人物を創りあげた張本人(神だけど)からすれば、酷く辛いことであろう。丹精込めて創りあげた、と言っていたのだから尚更だ。
 だからその先の言葉を言うのが躊躇われた。どうして死んだのか。どういう意味で死んだのか。色んなことを訊きたいけれど、訊けなかった。
 女神の瞳を覗いた。吸い込まれそうな程に澄んだ瞳には、寂しさや悲しさを感じない。奥に宿っている、確かな青い炎が危機感と怒りを示していた。指の先から、髪の先まで燃やし尽くされてしまいそうな錯覚を受ける。
 気付くと、右手は全て星光に変わってしまっていた。左手も少しずつ光に変わっていっている。時間が無いのだ、と再認識させられる。躊躇している暇はない。早く訊かないといけない。そう思っているのに、口は動かなかった。
「その顔はすごく子供らしいな。年相応って感じだ。でも、気にする必要はない。死んだわけじゃないから。ただ、歪みに巻き込まれただけだ」
「歪みに巻き込まれた?」
 歪みに巻き込まれた、というのがよく分からない。歪みというのはきっと、俺がデッドエンドを回避したことによって発生した例のアレだ。でも、それがサブヒロイン三名に繋がるのが分からない。
「端的に言うと、今の文月 文矢はこの三人のサブヒロインの性格を吸収している。いやこの言い方は少し間違ってるな、吸収なんて綺麗なものじゃない。彼女の中で、三人のサブヒロインの性格がごった煮になってるんだ」
 全然端的に言えてないじゃん、という悪態をつこうとしたのだがそれは叶わなかった。全身が星光に変わり、天の川に変わり、俺の住む世界に戻る。オフィスに光る、俺の体から零れた星屑は、俺の魂ごと、ラブコメの世界に連れていく。
「もうか。しょうがない。君に言っておこう。文月の、内面的な部分に関しては君の行動によって起きたことではない。そして、私が操作したものでもない。私以外の――」
 ――女神の言葉が終わる前に、俺の意識は途切れてしまった。何を言おうとしていたのだろうか。彼女の言葉に続くのが、一体どんな言葉なのか、俺には知ることができない。言葉はいつだって口にされて、やっと形になる。口にされない限り、俺には決して分からない。
 分からないものを考えても仕方が無い。ひとまず、戻ったときのことを考えよう。その方が、よっぽど有意義だ。
 まず、文月の眼を見る必要がある。魔王眼、とやらが一体どんなものなのか知らなければならない。情報を入手するのが一番大切だ。
 それが終わったら……とりあえず文月との距離を縮めよう。彼女の真実の姿を見るために、一歩でも近づかなければならない。
 闇の中でそんなことを考えていると、意識が戻ってきた。

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