どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

違和感は違って、和むものなのよ。

 本当の文月は一体どこにいるんだろうか。なあ、メロス。社畜女神メロス。あんたは、どこに連れていったんだよ。どうして文月の性格を変えちまうんだよ。
 真実。それはこの世界にはないのだと分かっていたはずなのに、真実の姿が失われてしまっていることに悲しんでいる。そんな自分が憎い。
「大丈夫だ。それより考えようぜ。どうやったら部費を増額してもらえるのか」
「…………」
 二度頷いた文月の表情は嫌に明るくて、偽物臭かった。きっと、文月はそれに気付いてさえいないのだろう。文月からすれば、ただ俺と接しているだけなのだから。
 灰色の雪がスマホの画面に落ちた。黒い画面に落ちたそれは、グラデーションを作りあげていく。この雪は、文月のためのもの。無感情の文月のために降る、寂しげな雪だ。
 だったら――
「つっても、このままじゃ思いつかないしな。掃除でもしながら考えるか」
「…………」
 ――三度、四度と頷くような明るい文月には必要がないものだ。
 仮に、無感情な文月が真実の姿であろうとも、神によって捻じ曲げられてしまった以上意味はない。
 抗えば死ぬ。打ち勝とうとすれば死ぬ。それだけが真理だ。
「っし、じゃあ掃除始めるぞ」
 スマホに落ちた灰色の雪を払ってスマホをポケットにしまうと、俺は部屋の後ろの方にあった掃除ロッカーから箒を二つ取り出した。随分とおんぼろな箒だ。すぐにでも壊れてしまいそうなのは、この部屋と同様だろう。
 壊れないように、片方の箒をそっと文月に渡してから端の方に向かって、掃除を開始する。別に掃除が好きなわけではないが、どっち道やらねばならないことなのでやる気を出して掃除する。
 端の方に溜まっているのは、灰色の雪ではなく埃だ。穢れていて、美しくない。さっさと集めて、捨ててしまった方がいい。部屋のいたるところに発見できる、何かの傷痕のようなものが気がかりではあったが、ひとまず掃除を優先してしまうことにした。
 ちょんちょん、と背中を何かで突かれたような気がした。こんなところに幽霊が出るとは思えないので、躊躇なく振り返る。いや、幽霊が出たとしても怖くないし、別に素直に振り返るんだけどね。
「あ、文月か。どうした?」
「…………」
 言うと、彼女は唇を震わせ上目遣いで俺を見てきた。潤んだ片目が愛らしく、庇護欲を駆られる。
 おかしい。文月が変わってるのは、紛れも無くあのニート女神野郎だって分かってんだけど、頭で分かってるはずなのに胸がどきどきしてしまう。
 どうしてこいつ、どんどん可愛くなっていくんだよ。俺の方が圧倒的にちっちゃいのに上目遣いするとか、絶対確信犯じゃねぇか。いやいや、文月はそんなあざとい奴じゃないだろうから、天然で威力抜群のアクションをしてるんだ。
「……?」
「だから、どうしたんだって」
 あんまりそんな目で見られると、惚れてしまいそうになる。だから、やめろと目で訴えるが文月は上目遣いをやめようとしない。ああ、駄目だ駄目。落ち着け俺、きっちり文月の用件を聞き出して掃除に戻れ。
「あー、分かった分かった。じゃあ、スマホで言いたいことを送ってくれ。ラインで話そう」
「…………」
 言うと、真剣な面持ちで文月はスマホを操作し始めた。なんとか危機的状況を脱せたことに安堵しながら、ポケットにしまったスマホを取る為にブレザーをまさぐる。
「えっ」
 情けない声を漏らしてしまったのはポケットにスマホ以外のものが入っていたからだ。さっきまでスマホをしまったときには、入っていなかったはずの紙切れが入っていた。文月が使っているメモ帳みたいな薄い紙とは違い、やや厚いしっかりとした紙だった。
 これはおそらく……ニート女神(社畜)の仕業だろう。そうでなければ入れられる奴はいない。というか、あの神、力使って何やってんだって感じだ。スマホが震動したので、とりあえずこれは後にしておこう。
『掃除、私はどうすればいい?』
「ああ、そういうことか」
 メッセージを見て、反射的に声を出した。突然大きな声を出してしまったからなのか分からないが、文月はびくってした。これまたチート級に可愛い。
 さて、どうしたものかと思い教室中に視線を巡らせる。綺麗な部分が一切ないこの部屋
なので、どこから手をつけても構わないのだか、本格的に掃除をするなら何となく、端の方からやっていった方がいい気がする。今、俺がやっているところは俺がやるとして後の三箇所の内、どこについてもらうか。
「んじゃ、あそこでやってくれ。箒で埃を掃いてくれればいいから」
「…………」
 少し考えて、俺と対角線の位置をやってもらうことにした。説明すると、文月は無言で頷き、スマホを操作しだした。おそらくメッセージを送信してくるのだろうと予測し、俺はスマホを見た。
『ラインで話すのやめたんですか?』
 文月を見るとチワワのような目が、不安げに俺を見つめていた。ラインで話してほしいと、その目が訴えていた。
『ああ、悪かった。急だったからな。今後はラインで話す』
 送信すると、文月の顔は明るくなり、目をキラキラと輝かせていた。もう、喋らなく手も感情が分かるようになっている。それが仮に文月の真実の姿ならば、「喋らなくても、元気で明るい女の子」だと思えただろう。
 けれど、真実の姿ではなく神によって作られた虚偽の姿だと分かっているから、ただただ虚しい。
『じゃあ、掃除開始してくれ』
『分かった』
 ラインでやり取りをしてから、俺達は掃除を開始した。文月が掃除に夢中になっているのを確認してから、さっきの紙切れを取り出した。このタイミングであいつが、力を作ってまで渡してきた紙切れということは、随分な急用だということだ。
 急用でなければ、部活終わりに待ち伏せしておけばいい。もしかしたら、こっちに来れる回数が限られてるのかもしれないが、その可能性は薄いだろう。だから、急いで確認した。
 皺がついた紙切れには、乱雑な赤字で
『至急、その部屋を出よ。話がある』
 と書かれていた。字の荒れ具合を見るに、本気で急いでいるのだろうということはすぐ分かった。
 掃除をしている文月に目を向ける。覚束ない手つきで掃除をしているのでちょっとだけ危なっかしいが、部屋に一人で残すくらいのことは大丈夫だろう。俺の年上であることは間違いないんだし。
 しょうがない。本当ならさっさと掃除を終わらせて作戦を考えたいところだったが、一旦離脱するしかないだろう。
『ちょっと、急用が出来たんで、外出てくる。掃除やっててくれ』
 メッセージを送ると、すぐに了解、と書かれたスタンプが送られてきた。それを見て、なんとなく危機感を感じた。どんどん、明るくなっていく。スタンプを使ってくるだなんて、一週間前の彼女だったら決して考えられないものだ。
 その話を女神に訊いておかねばならない。俺は、急いで部屋を出た。

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