どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

変化とは、変わって化けるものなのよ。

「ここ、埃多いな」
「…………」
「掃除、しないとな」
「…………」
「明日にでもするか?」
「…………」
「まあ、そんなに焦る必要もないか」
「…………」
 一方的な会話ばかりになってるせいで、自分がコミュ障なんじゃないかと思い始めてるどうも、俺です。
 いやはや、本当にコミュニケーションって難しいよな。なんだか、俺、自分に自信が持てなくなってきた。俺って、本当に人との会話が苦手なんだな。言霊先生が言ってた、人と関わる能力の欠如って、強ち間違いじゃなかったかもしれない。
 そう思い始めているのは、何も今日、会話が上手く成り立っていないからってだけではない。俺は、その程度でくじける男じゃないのだ。
 一週間以上、このやり取りをしているのだ。俺が文月に、一方的に話しかける。辛うじて、頷かれる時もあるが基本的には無視されてしまう。ほとんどまともなコミュニケーションをせずに、一週間以上、俺は文芸部の活動をこなしている。
 現状、まだ部費が支給されていないのだが、だからといって研究が滞ってしまうかと言えばそんなことはなかった。当然だ。図書室にある膨大な資料や本。奥にしまわれている資料や本も含めてしまえば、それだけで研究を格段に進歩させることができるのだ。
 中には、他では決してお目にかかれないような資料もあったのでかなりテンション高く部活動が出来ていた。
 が、文月の存在感はそんな興奮でさえ呆気なく冷ましてしまった。これは、別に白けるとかそういう意味じゃない。文月の存在が悪いわけじゃないのだ。ただ、何となくテンション上げて研究していることに、罪悪感を感じてしまうのだ。そして、火照った体が冷め切ってしまう。
 それはきっと、文月が言葉を使えないことの責任を感じているからだろう。当然だ。責任を感じなければならない。自責じなければならない。それほどまでに、俺は彼女に影響を与えてしまったのだから。
「っていうかさ、どうする? 部費貰うには、言霊先生に更生したように見せなきゃいけないんだろう? 何かいい作戦無いか? 部長さんよ」
 別に同情しているわけじゃない。ただ罪の意識に苛まれて、声をかけているのだ。声をかけることが、どれだけ酷であるか、薄々気付いているくせに。


 パチン、という音と共に蛍光灯の光が消えた。必然、部室には闇が落ちる。灰色の雪が音も無くしんしんと積もり、同時に文月との間に気まずさも積もっていく。真っ暗な中で文月の包帯だけが鮮明に瞳に映り込んでくる。
 窓一つない部屋にいると、何故だか自分が消えてしまいそうに思って、恐ろしくなる。暗いのが苦手ではなかったはずなのに、そう思えてしまうのはきっと、文月の虚ろな瞳のせいだ。
 俺がここに初めて来たとき、文月は攻撃的な視線を向けてきた。けれど、今はそんな視線さえ向けてはくれない。何の感情もこもっていない無機質な視線が肌に触れ、心臓に毒を注いでくる。
「…………」
「お前さ、ちょっとは意思疎通してくれよ。別に話せなんて言わない。でも、文字で会話出来るんだから、それぐらいやるべきだろ」
 口調が荒立ってしまい、半ば文月にキレるような形になってしまった。苛立っている自分の心を静めようとするが、全然静まってくれない。唇を噛み、舌を噛み、それでも落ちつかない自分の心に腹が立つ。
「…………」
 どんなに俺がキレても、どんなに俺が理不尽なことを言っても、文月は俺に言い返すことが出来ない。交わされない言葉ほど悲しく、辛いものはないと分かってしまい、俺は文月から目を逸らした。
 ポケットからスマホを取り出し、光を出させた。僅かな光でも嫌気が差すほどに明るく見えるのは、この部屋が窓の無い、外との繋がりのない灰被り姫のための小さな灰色の世界だからだろう。
 音の鳴らない空間で、さーさーという鉛筆の走る音が響いた。驚いて、文月の方を見ると紙切れに何かを書いていた。暗い中でも、よく見えるものだなぁと感心してしまう。
 やがて書き終わったのか、文月は紙切れを差し出してきた。スマホの光で場所を確かめながら、差し出された紙切れを取った瞬間、部屋に光が戻ってきた。


 停電が復旧するにしてはやけに時間がかかったな、と思いながらもそれも女神が作ったストーリーなのだろうと思って納得し、紙切れに書かれている文字を見た。
 今回の紙切れに書かれていたものはは、それまでの紙切れに書かれていたものよりもずっと分かりにくいものだった。一度目は単語が並んでいるもの、二度目は辛うじて文章になっているものだったから、三度目はマシになっているだろうと思った俺が馬鹿だったのかもしれない。
 その紙切れにはたった一つの単語のみが書かれていた。
『ライン』
 それ以外、何一つ書かれていなかったので、当然意味が分からない。ライン……線? 何の線だろう。それ以上、自分に踏み込んでくるなってことなのだろうか。いや、でもそれだったらこんな風に分かりにくく言わないだろう。じゃあ、どういう意味だ?
 意味が分からず文月の方を見てみると、彼女はスマホを取り出していじっていた。彼女がスマホをいじっているというのは、なんだか初めて見た気がする。新鮮な気持ちになりながらも、そこに意味があることを理解し、考えた。
 スマホ、ライン、スマホ、ライン……ああ、あのアプリのことか。つまりあれだ、ラインを登録するからラインを立ち上げろってことを言いたいのだろう。
「ああ、そういうことな」
 と言って、伝わったことを伝達すると彼女はスマホの画面を見せてきた。そこにはQRコードが映っている。何か考えるのを一旦やめて、とりあえずそのコードを読み取る。ラインを立ち上げ、QRコードを読み取った。
『7月』
 そんな名前の人を友だちに追加する。ライン上で友だちに追加したのであって、リアルで友達になったわけではない。それがこのラインというツールの肝だ。
 ライン上で友だちになっても、赤の他人でしかない。アドレス帳のアドレスの数や、ライン上の友だちの数は、決してその人間の友達の人数とイコールで繋がるものではない。むしろ、メールやラインで会話をするだけの関係なんて赤の他人よりも遠い関係だろう。それは決して真実の関係ではない。
「これでいいのか?」
「…………」
 こくり、と頷いたのかただ下を向いただけなのか分からなかったが、流石にそんなことでキレるのはよくないので、〝7月とのライン〟の方に目を向けることにした。
『よろしく』
 一応言っておくべきだろうと思ったので、送信しておく。伊達に二度目の人生を送っているわけではないので、スマホの操作には慣れている。
『こちらこそ』
 7月から届いた文章を見て、少しだけ安心した。たとえ社交辞令であっても、友好的な態度を示してくれたので、ひとまず俺は敵視されているわけではないと実感できた。無論敵意を隠されている可能性はあるけれど。
『それで、なんかないか? 部費増額のための作戦』
 可能性を考えていてもしょうがないので、とりあえず大丈夫だと仮定して話を進めることにした。一週間経ってようやく得たチャンスをふいにするわけにはいかない。
『……?』
『なんだ? 変か?』
 普段と何一つ変わらないような文章が来たことに軽く動揺しながらも、打ち込んだ文章では平静を装っておく。いや、俺が動揺したのもしょうがないと思うぞ。だって、それまでほとんど感情が見えてなかった奴がクエスチョンマーク使うと、すっごい破壊力なんだから。こればっかりは体験した奴しか分かんないだろうけど。
『どうして君までラインで話すの? 普通に話していいんだよ』
 打ち込まれた文章を見て、納得した。俺の小さな気遣いだったんだが、どうやら伝わらなかったようだ。別にいいんだけどね。
『いや、文月だけラインで話すの、嫌だろ? 同じ立場でいたい』
 送信してから、ふと俺が子供扱いされているような気がした。さっきから、7月から送られてくる文章が、子供相手の文章のように思えてならなかった。気のせいだって分かってても馬鹿にされてる気がしたので、連続で送信することにした。
『あと、子供扱いすんな。俺はお前と同学年だ。年下だとしてもな』
 送信してからドヤ顔をしていると、僅かに、本当に僅かに文月の口角が動いたのが視界に入ってきた。声は出ていなかったけれど、確かに笑っていた。突如、心臓が激しく動いた。
 どきん、どきんという心臓の律動が身の内に食い込んでくる。胸の音が文月に聞こえてしまわないか不安になる。
 どうしてだ。どうして俺の心臓は、こんなに激しく動いている。分からない。嫌に息苦しいこと以外は、分からない。顔を顰め、かぶりを振って、俺は文月から届いた文章を確認した。
『ありがとうございます』
『子供じゃないんですか?』
 少しだけ楽しそうな顔でこちらを見ている文月を見て、確実に俺を挑発しているんだと理解した。文月も随分とやるじゃねぇか。
『子供じゃねぇよ。舐めてんのか』
『舐めてはいませんけど……小さいですし』
『小さくない。すぐ成長する』
『成長していないってことは子供なんじゃないですか?』
『違うっつうの』
 お互い、ほとんど間を空けずにメッセージをやり取りしていた。喋っているのと同じくらい、活き活きとしたやり取りだ、と思うのは間違っているのだろうか。間違っていても俺はこの時間を否定する気にはなれない。
『……ふう、まあいいですが』
『なんだ、それ。なんか意味ありげじゃんか』
『いえ、いえ別に』
 文月の方を見ると、手を胸の前でヒラヒラさせていた。少しずつ、感情表現が豊かになってきている気がする。心を開いている証拠なのだろうか。もしそうならば、きっとそれは喜ぶべきことなのだろう。
 けれど、どうしてか、心が痛んだ。自分が作ってしまった歪みを見せつけらているような気がしてしまったのだ。
「……あのさ」
「…………」
 真剣な口調で言うと、文月は俺をじっと見て首を傾げた。俺がここに来た日には、首を傾げることすら滅多になかったはずなのにこうして今は首を傾げ、感情表現をしてくれている。黙しているときの目も、空虚なものではなくなっていた。


 嬉しいし、心が痛むけれど、それ以上に違和感がある。
 急すぎる。こんな突然、文月が変わるなんて、あるはずがない。俺は彼女に心を開いてもらえるようなこと、何一つしていないのだ。
 言うなれば理由も無く主人公に惚れるヒロイン。そこまでのものではないが、でも何の脈路も無く変わった、という点では類似している。違和感が増幅し、胃液と共に口から溢れ出てしまいそうだ。
 ――どうして? 
 その問いが自分へのものなのか、文月へのものなのか、俺自身分からなかった。けれどその答えだけは確信を持つことが出来た。
「あんたかよ」
 ほぼ毎日休まずに働いているという、いつも眠そうな女神の顔が脳裏にチラつく。その表情は欠伸をしながらも、俺を嘲笑うようなものだった。
「……?」
「あ、いやなんでもない」
 違和感がある、なんて言えるはずもない。その違和感がおそらく、この世界を統治している女神の仕業だ、なんて決して言えない。言葉には、用いていいものと、用いてはいけないものがあるのだ。
 持っていたスマホが震動したのに気付き、届いたメッセージを確認する。
『大丈夫? もし体調が悪いようだったら今日はここで解散でも』
 吐き気がした。突如、拭いがたい吐き気が身を蝕み、頭をそれでいっぱいにした。
 違和感。それがこれほどまでに恐ろしいものだとは思ってもみなかった。人を疑心暗鬼にさせ、不安にさせ、無力にするだなんて、思うはずがない。それほどまでの違和感を、感じたことなどなかったのだから。


 文月。本当に、ごめん。そんな風に心の底から謝罪したって謝りきれない。

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