どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

ここまで来るのに時間かけすぎじゃないですかね。①

「んんっ。うむ……ここでも構わないか。一幡山君。君は確か、文芸部に入部したい、と言っていたよな?」
「え、あ、はい」
 あまりにも突然の言葉に、動揺を隠せない。ある程度、不自然じゃないように手を加えているのだろうと思ってはいたが、まさかここまでだとは思っていなかった。まるでさっきのことが僕の妄想だったようだ。


「はっきり言おう。うちの文芸部は今年、部員がいない。だからと言って廃部、ということにはならないが、それだけ人数が多いとまず、部費は出ない」
「は? え、嘘でしょ。それじゃ入部したって意味が――」
 さっきまでのことが無かったかのように堂々と食いつけるあたり、俺は変な奴だなぁと思うが、まあいい。さっきまでのことは適当に胸に留めておけばいい。
 それよりも、文芸部のことだ。部費が出ない、なんていう最大の危機をどうにかしなければならない。
「ああ、分かっている。そこで、だ。一つ君に交渉があるんだ」
「交渉ですか。なんか、ろくな話じゃなさそうですね……」
 言霊先生だ、と分かっているけれどやはりさっきの光景が目に焼きついてしまっているせいで、強い恐怖を感じてしまう。大丈夫だ、と思ってかぶりを振り、話の続きを促す。
「まあ、聞いてくれ。私は、君の現状をどうにかしたいと思っているんだ」
「……現状、ですか」
 おそらく、現在のいじめられっ子生活のことを言っているのだろう。この人は、よく生徒を見ている。気付いていないはずがない。
 だが、俺は別に現状をどうにかしたいとは思っていない。多少鬱陶しいが、その程度でしかないのだ。
「別に今のままでもいいんですけど」
「そんなもの、教師が許すと思うか? いじめがあれば解決する。それが義務なんだ。それに、君の性格に難があるのも事実だしな」
 何も言えなかった。すっごい突然行われた性格批判に、さすがの俺も口をチャックせざるを得なかった。いや、だってほら。ほんの数十秒前くらいまで、ずっと神様相手にシステムだなんのの話をしてたんだし、しょうがないだろ。俺が悪いわけじゃない。
「性格に難ですか……特に無いと思いますが」
「いや、十分ある。だがまあ、その性格が悪いわけじゃないんだ。ただ、社会に馴染むのが難しいだろう、という話だ。だから、現状を少しだけマシにする。それくらいのことをするのに留めたい。もう少しだ。ちょっと来てくれ」


 言霊先生が歩き始めてしまったせいで、何かを言うことが出来ず、俺は渋々ついていくことにした。時間的には、まだ十二分に残っている。
 歩きながら、ポケットにしまっていた皺くちゃの紙切れを取り出して、中身を確認することにした。確か忠告、と言っていたか。


『ヒロインの内、片方に大きな歪みが発生している。私の手で修正するのはかなり面倒な歪みだ。気をつけたまえ』


 乱雑な字で書かれた文章を見て、10年以上前に聞いた名前を思い出す。この世界のヒロインの名前。記憶力には一応、自信がないわけではないのだが、流石に10年以上前のこととなると思い出すのは至難の技だ。
 が、不思議と、容易く思い出すことが出来た。
 文月 文矢、そして〝九重 絵美〟。思い出した瞬間、震えたのは言うまでも無い。見えていた世界が、一瞬で真っ白になる。違和感の正体が分かってしまった。そのせいで、何かが俺を真っ白な世界に閉じ込めようとしているように感じられる。
 九重 絵美。俺が最近見たその名前を持つ女性は、パッと見、明るいリア充だった。今日話して、瞳には慈愛の色がはっきりと見たことで人を思いやれるリア充という印象に変わったが、どちらにしても明るいというイメージだ。
 しかし、10年以上前に見た、その名を持つ女性は暗かった。オレンジっぽい茶髪を腰まで伸ばし、眼鏡をかけ、見るからに内向的な性格だった。それは決して眼鏡のせいではない。あふれでる雰囲気が内向的だったのだ。
 このズレはどこから生じたのか。仮に、それが俺の行動に起因するものならば、俺は今回のデッドエンド回避以前に、彼女に影響をもたらすようなことをしている、ということになる。入学式の日まで何もしていなかったのならば、入学式の日、彼女が眼鏡をつけていなかったのは不自然だし、仮に入学式の日から変わったならば中学校が同じだという城山が何かしら彼女に言っているはずだ。
 そのどちらもないということは少なくとも彼女が中学生のとき俺が何かをした、ということだ。それは非常に恐ろしい事だ。
 何も意識していなくても、人を性格レベルで変えてしまう可能性がある、ということなのだから。


「ここだ」
 言霊先生の言葉で、俺の意識は思考の湖から現実に引き戻された。確かにこの事実は非常に恐ろしいことではあるが、今怯えたところで何も変わらない。今後は決してデッドエンドにならないようにする。システムに逆らわない。それを意識するしかないのだ。
 たどり着いたのは職員室ではなかった。職員室の真下、端的に言えば地下に、その部屋はあった。部屋の名前は、外から見ても分からない。普通、○○室と書かれているところに何も書かれていなかったのだ。ドアが薄汚れているせいなのか、或いはドアの向こう側から漏れ出る空気感のせいなのか、その部屋が墓場のように思えた。
「一応、今朝から部活動を始めている。正式には今日の放課後からだが、彼女は昼、居場所が無いのでな」
「彼女?」
 誰のことか分からず聞き返した。突然代名詞を言われたって誰のことを指し示しているのか分からないに決まっているだろう。
 ただ、どういうわけかこのドアの向こうにいるその“彼女”という人物が、その部屋を墓場のように思わせていることは確実だった。俺の問いに対して、言霊先生が無言を貫いているのはおそらく、“彼女”に何かしらの問題があるからであろう。
 仕草早なのかもしれない、とも思ったがよく考えてみれば仕草早は教室にいた。九重と同じグループで駄弁りながら昼をのったりゆったりのんびり食っていたはずだ。じゃあ誰なのだろう。その、問いの答えはドアを開いても得ることができなかった。
 舞う灰色の雪の中心に、“彼女”はいた。


「…………」
 何も言わず、彼女はドアを開いた言霊先生を見ていた。睨んでいる、というほどの眼力を感じないが、だからといって友好的な目を向けているかと言えばそうではなかった。その瞳には敵意と言うほどのものではないものの、攻撃的な意思が見られた。
 いや、これはおそらく言霊先生ではなく俺に向けられているものだろう。何せ、今の俺は性犯罪者呼ばわりを全校からされている身だ。ジョークでも認めてしまった俺がいけないと言えばいけないのだが。
 まあ、そんな噂を鵜呑みにする奴に友好的な視線を注がれたって何の得もない。俺は、言霊先生に倣ってその部屋に入りながら、灰色の雪の中の彼女を睨んでおいた。
「文月。彼は、先日話していた男子生徒だ。ほら、自己紹介をしろ」
 言霊先生にギロリと睨まれてしまった。拒んだら死ぬ、とどういうわけか反射的に思ったのはあの女神の姿が脳裏にチラついたからではなく、その眼力が恐ろしいものだったからだ。この人、実際のパワーはそこまでじゃないのに眼力がすごいんだよなぁ。タイガーとか楽勝に殺せるレベルだ。
 べ、別に自己紹介を拒絶するつもりとかなかったんだからね。睨まれるのが怖くて自己紹介を渋々するわけじゃないんだからね、と心の中でボケをかましながら自己紹介をすることにした。
「一年F組、一幡山 観音です。どうも」
 以前のような心からの言葉ではないものは決して口にせず、必要な情報のみを適切に伝えておいた。相手の学年が分からない以上、敬語を使わざるを得なかったのがマイナスポイントではあったが、仕方あるまい。
「…………」
 自己紹介をしたはずなのに、彼女は黙していた。何も言おうとしない以上、俺は外見的特徴から彼女を知るしかない。
 幸いと言うべきか、彼女は特徴的な外見をしていた。


 制服越しに薄っすらと見える包帯。確実に見えているわけではないので、推測の部分もあるが、手首から脇の辺りまで隙間なく、包帯は巻かれている。手首から指先までの間にも隙間はあるものの、包帯が巻かれていた。
 脚にも包帯が隙間なく巻かれている。そのせいで、彼女の肌はほとんど見えないが僅かに見える肌は血色が悪く、白っぽい。
 それだけでも随分と特徴的だが、彼女の存在をより異質なものにしているのはそこではないだろう。
 頭に巻かれた包帯。そして片目に付けられている眼帯。それが、彼女を異質な存在にしている由縁だ。四肢の大部分と額付近を包帯で巻き、片目を隠している彼女は舞う灰色の雪の中で凛々しくイスに座っていた。


「文月。自己紹介を」
「…………」
 言われて、何かを無言で書き始める彼女の姿を見て、この部屋が彼女のために存在しているかのような錯覚を起こした。いや、きっとそれは錯覚ではないだろう。
 灰色の雪が、彼女にあまりにも似合っていた。世界が真っ黒になろうとも、きっと彼女は黒くは染まらない。何故だか確信できたのは、包帯と同化しそうな髪が穢れない純白だったからだろう。
 地下だから日光が入ってこないのだと分かっているのに、彼女がいるせいで太陽がこちらを照らしてくれないのだ、と思えてしまう。 
 しばらくそこで立ち尽くしていると、彼女は紙切れを差し出してきた。まだ確実に距離があるのに、渡しに来ず、そっと差し出している辺り、俺は歓迎されていないらしい。少なくとも、客人には思われていない。別にだからと言ってキレるほど俺は単細胞じゃないので、大人しく彼女との距離を詰め、その紙切れを受け取った。

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