どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

俺が悪い? ①

 ――あの日は、校長室に行った。職員室を挟まず、校長室だった時には流石に軽くびびった。
 校長室に行くと、そこには校長先生と副校長先生、それから仕草早と同じクラスの女子数名、スクールカウンセラーの計7名がいた。俺と言霊先生で、計9名になったところで、カウンセラーの先生が口を開いた。


「仕草早さんに相談されたんだ。君が仕草早さんに性的暴行をしたせいで、彼女は酷く心を痛めているんだよ」
「は?」
 突然放たれた言葉に、俺は驚いた。まさか、先生がそんなことを真に受けるとは思ってもいなかったのだ。そりゃ、中には睨んでくる先生もいたが、それは愚かで生徒に目を向けていない先生だけだと思っていたのだ。
 教室にいる先生全員を見る。校長先生、副校長先生、はほとんど面識が無い。校長先生とは、入学前に飛び級関連で話す破目になったが、面接みたいなものだったのでほとんど相手のことは分からなかった。


 だが、言霊先生なら分かる。言霊先生は、正しいものを見れるはずだ。まさか、こんな高校生の遊戯じみたことを信用するはずがない。別にいじめられるのとか、そういうのは構わない。だからその分、言霊先生が正しいものを見て、正しくないものを許さない人であるという印象は保ちたかった。
 が、それは叶うことはなかった。言霊先生は、静かに壁に寄りかかり目を伏せていた。その表情を見て、言霊先生が正しいものを見ていることに気付くと同時に、正しくないものを許してしまっていることに気付いた。そして、枯れた笑いが出た。


「もちろん、これは警察に通報すべき案件だ。でも、彼女としては小学生のやることだから許してもいい、と言っている。もちろん、君が謝罪すればだけどね」
 小学生じゃない、と言おうとしてやめた。この場で、俺に意見をする権利などない、と気付いたからだ。
「国としても、初のS級児童が犯罪を犯したとなれば飛び級制度自体に問題があったのではないかと疑われてしまうだろうからな。公務員の私達としても、君には謝罪してほしいんだ」
 校長先生の薄っぺらい声が虚しく響いた。校長室のカーテンの隙間から入ってくる鬱陶しいくらいの日光は一直線に俺の心臓に向かってきていた。


 重苦しい空気の中、俺は仕草早の方を見た。こんなことまでして楽しいのか、と目で訴えようとすると彼女は小さく悲鳴を上げた。取り巻きの女子が彼女を守るように抱きしめこちらを睨みつけてくる。
「逆恨みはやめてくれないかな。どう考えても君が悪い。それは紛れもない事実だ。小学生だから、では言い訳にならないんだよ。まったく、こんな成熟していない子供を飛び級させるなんて、国も何を考えているんだか。国は、真実を見れていないんだよ。でも、僕も公務員だ。だから立場上、専門家のプライドを捨てて、君に謝罪させて許すしかないんだよ」
 真実を見れていないのはどっちの方だ。そんなんで専門家だと、ふざけるな。そう言うのを、唇を噛んで我慢した。


 女神は言った場合、デットエンドだと言っていたのだから何も言わない分には危機はないはずだ。そう思って、おかしくなるくらい唇を噛んだ。それでも絶対に泣かないのは、俺が正しいことを俺が一番理解しているからだ。
 だから、謝罪だけは絶対にしない。そう決意していると副校長先生が俺の目の前に立った。その顔は怒りで満ちている。謝罪をしろ、と目が訴えていた。それでも俺は無言を貫く。決して謝罪はしない。
「ったく、これだから小学生は。きっと誰も彼も、お前を誉めそやしてきたんだろうな。だからお前は謝罪一つ出来ないんだ。だからこの機会に俺が教えてやるよ」
 言いながら副校長先生が俺の後頭部に腕を振り下ろした。圧倒的な身長差だったので、手を抑えるのは難しいと瞬時に判断し、俺は後ろに一歩下がって回避する。素材のよさげなじゅうたんに足跡がつき、そして消えていくのをよそに、副校長先生の憤怒の表情を真っ直ぐ見る。
「お前……生意気だな。まったく、これだから俺は嫌だったんだ。飛び級制度なんて無理があるんだよ。こんなことばっかりやってるから謝罪一つ出来ない、駄目人間になる。こういう奴に限って友達一人作れない駄目人間なんだ」
 その言葉と一緒に、彼のパンチが俺に向かってきた。仕草早の攻撃よりずっと速く、無駄のないパンチだが、回避するのは容易いもののはずだった。問題は、右に避けると置いてあるトロフィー、左に避けると飾ってある表彰状にぶつかってしまうことだった。かといって、いなしたりジャンプして避けたりすると勢い余って後ろのドアにぶつかり、ドアを壊してしまいそうなパンチだった。
 考えているうちに俺はそのパンチをもろにくらった。腹筋に酷い痛みが走る。が、いつかの包丁よりもずっと痛くない。腹部から離れていこうとする副校長先生の手を掴んで、強く握り締めた。


「そんなパンチしか出来ないくせに、何を教えようとしてたんだよ。怒りに任せたパンチなんて、何も教えられるわけがないだろうが。友達一人作れない人間より、お前みたいに怒りに任せて、何も考えずに格上を殴る奴の方が駄目人間だろうが」


 そう言ってやりたくて仕方がなかった。でも、唇を噛んで我慢した。ここで怒らせて問題を起こすのは、俺の本意じゃない。俺のせいで飛び級制度がなくなったなんてことになったら面倒だ。
 副校長先生の手を離し、俺は部屋をぐるっと見回した。大人はたくさんいて、人を導くべき教師がいるのに、誰一人として副校長先生の体罰を咎めようとする者はいなかった。仕草早は、俺がここまでやられてもまったく心が痛まないようだった。
 仕草早を見た瞬間、後頭部に痛みが走ったと思ったら、今度は額に痛みが走った。それで、ぶっ倒れたのだと気付く。視界が、一面じゅうたんで覆いつくされた。立ち上がろうとすると、腹に何者かの手が触れ、持ち上げられてしまう。副校長先生であることは確実だった。


 仕草早の前で降ろされ、立ち上がったところ、後頭部を強く押される。謝罪の強要だ。上司と部下の行為ならば、美しく映るかもしれないがそれが理不尽すぎる状況だと、まったく美しくなかった。ただただ、醜かった。
 何とか意地で、頭を上げていると、仕草早と目が合い、彼女はたちまち悲鳴を上げた。そして、演技じみた怯え方をする。
「里佳、怖い怖いよ。息できない……」
「ああ、可愛そうに。沙耶、おいで。私たちがついててあげるから」
「私もいるんだから大丈夫だよ」
 二人の取り巻きが彼女を抱きしめ、俺と仕草早の間に真っ赤な顔のカウンセラーが立った。怒りに満ちた瞳は、既に彼が正義に酔っていることを象徴していた。そこに真実というものはない。解釈も存在しない。
「こんなに怯えているのを見て、君は心が痛まないのか?」
 酷いジョークだと思った。あんな馬鹿げた演技を見て心が痛む、なんてありえないことだと思ったのだ。そんなことを真顔で言うなんて、この人はおかしいのだろうか、と思ったが口にはしない。きっとこの人はジョークを言っているのだ、と思うことにした。
 そして、心の中で笑う。それなら、もっといいジョークを俺が言ってやるよ。誰にも聞こえないように呟いて、自分を納得させてから俺は頭を下げた。


 なあ、女神。女神なのにエロスなんて男神の名前を持ってる社畜の女神さんよ。ジョークならセーフなんだよな? 許してくれるよな?
 何度も何度も問いながら、俺は唇を噛むのをやめ、口を開いた。


「申し訳、ありませんでした。仕草早さんにやってしまった愚行を無かったことには出来ません。その代わりには決してなりませんが、心よりお詫び申し上げます。誠に申し訳ありませんでした」


 涙は出ない。だってジョークだ。ジョークっていうのは笑ってするものだろう? ああでもこのジョークは酷かったな。全然笑えない。一切笑えない。
 無機質なじゅうたんの淡白な模様が、目に焼きついたころ、仕草早は俺に近づいてきて囁いた。
「ざまぁみろ」
 と。ほんっと酷いジョークだ。酷い、酷いジョークだ。何度も心の中で連呼しながらその日、俺は事なきを得た。

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