どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

小学生が高校入学したらどうなるか実験してみた。③

 ばたん、という音と共に俺の大切な文学資料が落ちた。
「おい、何やってんだよ。貴重な資料だぞ」
「あ、ごめんごめん。ほら、狭いんだよこの教室」
「チッ、またそれかよ」


 下手に争って文学資料を傷つけたくはないので、それ以上咎めることはせず、落ちてしまった文学資料を拾い上げた。それを抱きしめながら机に座りなおすと、ここと対極の位置、窓際後方から笑い声、もとい哂い声が聞こえた。
「面倒だな、まったく」
 呟きながら、俺は文学資料を撫でた。昨日、図書館で見つけた文学資料だ。それなのにあいつらはわざと、それを落としやがった。本当ならば許せないところではあるが、それでキレることよりも、研究に勤しむことの方が重要なので食ってかかることはない。
 これは、決して嘘ではない。効率を考えれば、あいつらを相手にするなんて無駄だ。食ってかかっても意味が無い。それでもちょっとむかつくから一度は注意する。それだけなのだ。
 他者との距離を適切にする。それは何より重要なぼっちのスキルだ。


「大丈夫? 一幡山君」
 後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこには曇った表情の九重がいた。既にトップカーストのグループに君臨した彼女は、俺にとっては敵でしかない。あの時感じた違和感は、おそらくトップカースト特有の気持ちの悪さからくるものだったのだろう。


 振り返ったことを後悔し、俺は元の体勢に戻った。トップカーストとの会話なんて無駄だ。
「一幡山君、振り向いたんだから無視しないでよ」
 言いながら、九重は俺の肩を揺さぶった。流石トップカーストだ。強引さに於いて、彼ら彼女らの右に出るものはない。こうなると、追い払う方が難しいので適当に会話をした方が楽だろう。
「はぁぁ、だるい。何だよ、まったく」
「何だよって……心配に思ったから」
 心配? 俺がトップカーストの奴に心配されるようなことなんてあっただろうか。学力で心配されるはずもないし、運動能力だって健康状態だって、奴らに心配される必要はないはずだ。
「何が?」
「何がって……」
 訊くと曇っていた顔が更に曇った。これは非常によろしくない。既にやらかしているので、これ以上失態を犯すのは避けたい。トップカーストに媚を売るつもりはないが、だからと言って積極的に喧嘩を売りたいとも思わない。……いや、結構喧嘩売りたいと思ってるな。だってあいつらムカつくし。


 が、九重は俺が思っているほどトップカースト色に染まりきっているわけではないらしい。彼女の瞳に満ちている慈愛の色を見ればすぐに分かった。
「ほら、一幡山君、いじ――」
 だからこそ、言わせてはいけない。慈愛に溢れた人間ならば、尚更俺に近づいてはいけない。トップカーストが傷つくのは大歓迎だが、優しい人間が傷つくのはあまり好ましくない。
「――え? 悪い。急性難聴にかかった。何て言ってるか分からん。また今度、出直してくれ」
 仮に、真実だとしても言って良いことと悪いことがある。明確に定義されていなくとも暗黙のルールが作られ、言ってしまえば村八分にされる真実があるのだ。それを、優しい人間は知らない。


「えっと、嘘だよね? 聞こえてるよね」
「あ~、何か言ってるんだけどなぁ。何を言ってるかは分からないなぁ。口惜しいなぁ」
 トップカーストに嫌われようと問題ない。幼稚だと思われるのも、嫌ではあるが我慢できる。人は腐る破目になるくらいなら我慢する。
 困惑する九重の瞳の奥の感情は同情なのか、悲しみなのか、嫌悪なのか俺には分からない。だが、少なくとも彼女が傷つくべきではない。拭えない違和感が、彼女を守らねばならぬと言っている気がした。
「絵美、何やってんの?」
「え? え、えっと……」
 俺と声をかけてきた女子とを見比べ、九重は迷っているようだ。本当にお人好しのリア充だ。皆が皆、あんなだったらどれだけ学校が過ごしやすいだろう。そんな風に思ってしまうのは、きっとまだ俺が慣れていないからだ。
「はぁぁ」
 自分の弱さにため息を吐いてから、無言でメモを一枚メモ帳から切り取り、机の上の鉛筆で文字を書き始めた。あんまり時間を空けてしまうと九重の立場が危うくなってしまうので出来るだけ早く用件を伝える文を書いた。
「ほれ」
 書き終えたメモを九重に渡すと、彼女は不思議そうな顔をしてから呼ばれた方に向かっていった。九重には九重のグループがある。俺のことなんて気にしない方がいい。あいつのグループには化物――入学式の日以来、俺の評判を下げに下げた、例の柔道少女、仕草早しぐさばや 沙耶はやがいるのだから。
 彼女を見送っていて気付いた。俺が使ったペンはさっき落とされて折られたものだったのだ。つまりさっきの紙切れには何も書けていない。


 入学式の日、俺は彼女に反感を買ったらしい。まあ、あれだけやれば嫌悪を抱くのは当然だろう。それでも、恐怖によって抑圧したはずだったのだが、僅かに残ってしまったらしい。僅かに残った嫌悪は俺に与えられたボーナスによって増幅し、彼女に〝その行動〟を起こさせた。
 俺は当然、リア充とラインをしていないのでこれは小耳に挟んだことなのだが、入学式の日に、突然ラインが送られてきたという。一斉送信だったらしい。その内容は
『今日、放課後あの小学生に襲われた』
 というものだったという。これを様々な意味で捉えたクラスメイト達は、翌日から俺をこれまた様々な目で見るようになった。
 ある者は俺を性犯罪者予備軍として見るようになり、またある者は俺を狂気に満ちた危険人物として見るようになった。初めは種として蒔かれただけだった嫌悪は、俺に与えられた嫌悪感ブーストにより、芽吹き、二日後には大きな木となった。


 初めは、足をかけられる程度のものだった。廊下で歩いていると、しょっちゅう足をかけられるので不便ではあったが、その度に文句を言うのも面倒臭いので無視するようになった。
 すると、今度は机の中や下駄箱にゴミが入れられるようになった。流石に弁えているのか生ゴミが入れられるようなことはなかったので、悠長に喜んでいられた。一幡山もこんなことをやられていたなぁと思ったらどうしようもなく嬉しかったのだ。


 ゴミ攻撃は効果が無い、と悟った彼ら彼女らは机への盛大な落書きを始めた。この頃には既に、学校中に嫌悪感の種が蒔かれており、体育の時なんかは、サッカーをやっていたのだが、意味も無くボールをぶつけられたり、体当たりされたりした。確か、学年合同で
やったときにA組の奴にやられたはずだ。
 先輩も敵に回し、そろそろヤバイかなぁと思っていたとき俺は教師に呼ばれた。目を瞑ると、そのときのことが脳裏に浮かぶ。


「一幡山。少し来てくれ」
 そう、あの日もこんな感じで言霊先生に呼ばれた。見ると、真剣な顔をしている。あの時はもう少し苦しそうな顔をしていたような気がするが、別にそこは着目すべき点ではないだろう。
「分かりました」
 大人しく立ち上がり、俺は言霊先生についていく。今もあの日も、ちょうど呼び出されたのは昼休みであった。あえてその時間を狙っているのはこの時間くらいしか、話せる時間がないからだ。放課後は、まだ部活に入れていないので直帰するしな。


 あの日、廊下を先生に倣って歩いていると俺は多くの生徒から哂われた。ざまぁみろと言ってくる男子や、罵倒してくる女子、中には本気で睨みつけてくる教師もいた。流石に今日はいなかったが。


 どうやら今回は、あの日と違うところに向かうようだ。この方角は職員室だろう。職員室までの距離は長い。あの日のことでも、思い出しながら行くとしよう。

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