どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

小学生が高校入学したらどうなるか実験してみた。②

 自己紹介タイムが終わり、解散となったはずなのだが俺は教室を出れずにいた。
 理由は単純。クラスの女子に囲まれていたのだ。


「超可愛いじゃん。癒される~」
「ねぇ、どうやって勉強してるの? やっぱり英才教育とかあったの?」
「好きな子とか、小学校のときいたの?」


 まさか、こんなことが起きるだなんて予想もしていなかったせいでゆったり、のんびり帰宅準備をしていたのが悔やまれる。別に、急ぎの用があるわけではないが複数の女子に囲まれるのに慣れていないので居心地が悪い。
 これまでの人生で分かったのだが、俺に与えられた〝嫌われやすい〟というボーナスは嫌悪感ブーストのようなものらしい。これじゃ、少し分かりにくいのでもう少し詳しく話すと、相手に嫌悪を抱かれた場合、それが増強されるというものだった。
 つまり、一度嫌われなければ彼女らが俺を嫌ってくれることはないわけだ。好かれたくない俺は、彼女らに少しでも嫌悪感を抱かせるために睨みつけてみることにした。


「可愛い……一幡山君って、犬みたいな目してるよね」
「あー、それ分かる。このチワワみたいな目、可愛がりたくなるよねぇ」


 言いながら、女子の内の一人が俺の頭にそっと手を伸ばした。何をするつもりなのか分からず、俺はただぼんやりと手を伸ばしてきた女子の方を見ることしか出来ない。
「よしよし……おお、髪の毛柔らかいっ」
 頭に、僅かに力が加えられたような気がして、ようやく気付いた。頭を撫でられているのだ、俺は。その手つきが優しく、俺の髪の毛の流れに沿っているせいで、迂闊にも心地よいと感じてしまいそうだった。
「何、をやってるんですか?」
 流石に初対面の人に向かっていきなり「やめろ」とか言うのは如何なものかと思ったので敬語で尋ねる。見ると、俺の頭を撫でている女子は頬を緩ませ、幸せそうな顔でただ一点を見つめていた。その一点、とは俺の頭である。


「あ、あの……」
 答えが返ってこないことにヤキモキして声を出すと同時に、誰かに手を取られていることに気付いた。完全に不覚だ。女子に囲まれ、頭を撫でられているせいで、注意が散漫になってしまっている。
「ちょ、ちょっと」
「あ~、手、柔らかい」
 数人の女子によって左手を弄られている。指先を押され、掌を押され、くすぐったいことこの上ないが、それ以上に屈辱だった。
 彼女らが俺に向けているのは紛れも無く好奇の目だ。俺の頭を撫でる手つきも、手に触れる手つきも、買ってきたばかりのペットと戯れる時のそれと似ている。或いは、動物園のふれあいコーナーか。どちらにしても、彼女らが俺を同格の人間として見ているようには思えない。
 どう考えても、俺はこいつらより頭がいい。人生経験だって俺の方が豊富だ。加えて、こいつらは誰かといなければ耐えられない愚かなリア充で、俺は一人に耐え切れているぼっちだ。リア充とは格が違う。俺の方が格上のはずなのだ。


「――めろ」
 気付くと、俺は声を漏らしていた。周囲の女子の声によって自分の声がかき消されてしまったので、再び俺は声を絞り出す。
「やめろ」
 前に、元親父が出していたようなどす黒い声を意識して出した。脳裏に、紅蓮の死神の姿がフラッシュバックした。一度目を瞑り、いまだ頭を撫でるのをやめない彼女の手首を右手で強く握る。
「やめろっつってんだろうが」
 静脈を親指の爪で掻き切れるようにしながら、彼女を睨み付ける。名前なんて知らないし興味もない。こいつは俺にとり、敵でしかないのだ。春特有の桃色の空気を鼻で吸い込みながら、幸せそうな顔をしている彼女の手首を握る力を強める。


「え、可愛い~。照れてるの? 赤くなってるじゃん。ね、里佳?」
「う、うん。手がくすぐったかったのかなぁ?」
 彼女はまだ自分の状況を理解出来ていないようだ。俺の左手を弄っていた女子に同意を求めてから、再び俺の頭に手を伸ばそうとしてくる。もう片方の手が俺の頭に伸び、髪の毛に触れた。
 周囲の女子を見ると、一瞬、今の状況を悟ったようだったが頭を撫でている彼女の声で再び、俺を可愛がり始めた。


 なるほど、どうやら彼女が女子のトップカーストらしい。確かに彼女の笑顔にはトップカースト特有の気持ちの悪い色が見える。どう考えても俺の敵だ。唾棄すべき、排除すべき悪だ。
「やめろっつってるだろうが。日本語も分かんねぇのかよ」
 言うと同時に右手に込める力を倍増させた。ぎゅうっという音と共に、彼女の顔が歪んだ。可愛いペットを見る目は、一瞬の内に敵を睨み付ける目になる。が、それでも彼女は作り笑顔を俺に見せてきた。
「もうまったくやんちゃなんだから。この手を離して? そしたら怒らないから。ね?」
 彼女の言い方はまるで子供を嗜めるかのようなものだった。懇願ではなく、警告。離さなかったら酷い目に遭わせるぞ、という脅しだ。事実、彼女の手は頭から少しずつ俺の首の方に降りていっていた。
「は・や・く」
「やめんのはお前だろうが」
 まあ、それくらいのことは怖くない。今の俺の体は一幡山 観音なのだ。以前の、普通だった俺とは何もかもが違う。
 本来の彼の運動能力はすごかった。その瞬発力は、彼に秀でる者がいないほどだったのだ。確かあれは、第一巻だったか。柔道をしたときの彼の動きに周囲が圧倒されたのだ。異次元的な動きに憧れ、俺も一時期、真似した。


 刹那、俺の首に手が触れた。俺の手よりはるかに大きな手は、俺の首を包み込み、絞めた。途端、呼吸が拙くなる。
「大丈夫だよ。手加減は出来るから。一応、これでも中学の時、柔道やってたから」
「チッ」
 柔道か。なるほど、それじゃこんだけ力を持ってるのも納得だ。状況のやばさを理解したのか、さっきまでいた女子は一人、また一人とどこかに消えていく。元より助けを求めるつもりはなかったので構わないが、なんかその態度を見るとむかつくものがある。友達のつもりなら、友達に加勢しろよ。俺を一緒に攻撃しろよ。それさえ出来ないのに、友達名乗るんじゃねぇ。そう、叫んでやりたかったが生憎と首が絞められているせいで声が出ない。
 足が床から離れる。俺が彼女の手を離してしまったせいで、彼女の両手が首に行ってしまったのだ。そのせいで力が強まり、俺の体を持ち上げるまでになった。とんでもない奴だ。柔道やってた奴はこんなに強いんだろうか。


 教室中を見渡すと、すっかり寂しくなっていた。言霊先生はすぐに職員室に戻ったし、九重や城山の一団も解散の合図が出るなりすぐに帰っていった。あの人数だからゲーセンかカラオケに行くんだろう。
 助けを乞える相手はいない。大人が付近に誰もいない、というのは痛かった。せめて叫べば大人が来てくれるというのなら何とかして叫ぶのだが。いや、もしかしたら付近にいなくとも、叫べば来てもらえるかもしれないし、やってみるか。あ、駄目だ。何とか出来そうにない。デットエンド確実だ。


「ちょ、死ぬだろこれ」
「大丈夫だって。殺さない。まあ、ちょっと上手く動けなくなるかもしんないけどね」
 彼女は笑っていた。自分は悪くないのだ、と主張するかのように。
 まあ、そうだろう。おそらく、俺が今大人に訴えても様々な人の証言から彼女が正義で俺が悪いみたいな結論になるだろう。一幡山も言っていた。トップカーストは何もやっても許される。ぼっちはどんな善行であっても咎められる。それが社会の定法。
 このまま死ぬのかもしれない。ぼっちがトップカーストに逆らった、或いは男子小学生が女子高校生に抗った罰なのかもしれない。そう考えたとき、さっきの自己紹介タイムの自分の発言を思い出した。
『仲良くしたいと思ってます』
 頭の中でリピートされる俺の声。それが、辛うじて俺の意識を保ってくれた。自らへの怒りが腕に力を込めてくれる。
 ――『心からの言葉ではないもの。それをジョーク以外で吐いたらデットエンドだ』
 ニートっぽい社畜の女神の言葉が、先ほどの俺の言葉を砕く。遠のく意識を何とか掴んで、俺はぶら下がった右手を首に持っていった。


「離、せ……」
 女子の手だ、なんて意識はしない。敵の手を使えなくするためだけに力を入れる。右手と左手の手首を片手で握り締め、全力を出す。
 が、彼女はびくともしなかった。慣れているのかもしれない。そりゃ、ほとんど文学研究命のもやっしっこの全力なんて、柔道を習っている彼女にとっては大したことじゃないんだろう。
 パワーじゃ勝ち目が無い。でも、ここで諦めるなんてありえない。目の前にいるのは俺の敵。自分の気に入らないことがあれば、相手を殺そうとするぶっ飛んだ奴だ。勝ち目が薄くとも、勝たなければならない。勝って、逃げなければならない。
 日光が彼女の顔に当たり、彼女の本性を曝け出している気がした。彼女、なんて思うからいけない。こいつは化物だ。紅蓮の死神と同じだ。
 なら、手段を選んではいられないか。


 大きく体を捻り、足に力を込める。きっちりと力が入るように、姿勢を崩さないようにして蹴りの動作をする。ブレザーが肩から滑って、床に落下した。そのおかげで、より蹴りの緻密さが増す。
「痛っ」
 蹴りがヒットし、そいつは俺の首から手を離し、少し吹っ飛んだ。まあ、これくらいの距離を吹っ飛ぶくらい、問題ないはずだ。柔道をやってれば顔面に蹴りが入る事だって珍しくないだろうし。
 現に、そいつは見事に受身を取っていた。もう、ほとんど痛みなんて感じていないような顔だ。渾身、というほどのパワーを込めたわけではないのだから当然だ。
「ねぇ、何やってんの?」
「何やってるもないもないだろ。人を殺そうとしておいて」
「殺す? いや、殺そうとなんてしてないって。四肢が使えなくなることはあるかもしんないけど、大丈夫だよって言ったじゃん。まあ、小学生には分かんない、かっ」
 言いながら、そいつはこちらに攻撃をしてきた。スカートをヒラヒラさせながら回し蹴りをしてくるが、それくらいのことで動きが鈍るわけはない。それに、柔道部の回し蹴りくらいなら、冷静にやれば回避できる。
 パワーをつけるような特訓はしてきていない。が、スピードをつける特訓なら前世でしているし、今世でも小学校で柔道だったか武道だったかを毎年授業でやっていたので立ち回りは覚えている。アニメで一幡山がやっていた回避行動は体に染み付いているので、それをすれば負けない。


「ちょっと落ち着け。頭撫でんなって言っただけだろ」
「生意気なんだよ、小学生のくせに。だから、私が現実を教えてやってんの」
 現実、ね。そいつの言葉に噴出しそうになるのを我慢して、日光により曝け出された化物の顔を見る。
 さっき蹴った右頬が少しだけ赤らんでいるか、それが気にならないほどに怒りに満ちていた。これは、早く鎮めないと何をされるか分かったものじゃない。
 頭を撫でられたお礼なんかでは決してないがこいつには一度、〝現実〟というものを教えてやった方がいいだろう。落ちたブレザーを拾って、羽織ってからまだ机の上に置いたままだった鞄を手に取った。


「現実を教えてもらう必要があるのは俺じゃないだろ?」
 放たれた俺へのパンチをいなしてから、そいつの首元に人差し指を押し当てる。少しずれたブレザーを、鞄を持っている方の手で直しながらそっと囁く。
「小学生の俺より、高校生のお前の方が弱い。言っておくけど、俺は授業でちょっとやって、独学でかじっただけだからな? それなのにお前が負けた。それが〝現実〟だ」
 化物は彼女に戻った。彼女の体温が低くなり、震えているのが分かった。今すぐ喉を掻き切れるように、長い爪を立てているのだからしょうがないか。


「じゃあ帰るんで。じゃあな――」
 あえて僅かな間を置き、深呼吸をしてから言い放つことにした。
「――クラスメイトさん」


 そう、俺はお前のクラスメイトだ。ペットじゃない。それを覚えておけ、クズが。チワワのようだと揶揄された目で睨みつけ、俺は教室を後にした。

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