どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

小学生が高校入学したらどうなるか実験してみた。①

「よし、全員座ったな。じゃあ、今日は一人ずつ自己紹介をしてもらって解散だ。詳しいことは明日やるからな。とりあえず、名前と出身校を必ず言うように。他は自由でいい」


 言われて、すぐに俺は言霊先生を睨みつけた。ほとんど反射的だった。一幡山の狼のような目で睨みつければダメージは大きいはずなのだが、言霊先生は一切こっちを見ていなかった。心の中で舌打ちでJ-POPを演奏した。何か、それはそれで愉快だな、おい。


「じゃあ、出席番号順で行こう。出席番号一番」
「……はい」


 目が合ったのをいいことに「ギュルルル」という効果音が出そうなくらい睨んでみたのだがびくともしなかった。やはり、この先生は恐るべき存在だ。言われてみれば、なんか元ヤンキーっぽい気がするし、ちょっと気をつけないと危険だ。
 いや、そんなことはどうでもいい。返事をしたからには立たなければならないので席を立ち、教室中を見渡す。


「はぁぁ」


 ため息が漏れた。流石にこの場でため息を吐くのはまずいと思っていたのだが、ついつい抑えきれなかった。ひとまず、口を手で覆い、天を仰いだ。室内だったので天が見えなかった。残念。
「……一幡山 観音です。仲良くしたいと思ってます」
 ひとまず恍けてみようと思い、出身校を口にせずに座ろうとする。やる気の無さに注目してくれれば、見事出身校を言わずに済――
「出身校は?」
 ――まなかった。残酷な言霊先生の言葉により、俺は出身校を言わなければならなくなってしまったのだ。何故だ、と思い先生を再度睨むが、先生はニヤニヤと笑っていた。この人、完全に楽しんでる。趣味が悪い人だ。


「あー、そうでした。それを言わないといけないんですね。アハハ」
 笑って誤魔化そうとするが。それは言霊先生の視線によって封じられた。教室中の注目が俺に集まる。確か、嫌われやすいようになっているはずなので誰か、俺にぶちギレてくれないかなぁと思うが、誰も彼も優しい顔で俺の言葉を待っていた。


「はぁぁ。あぁぁ」
 わざとらしくため息をしてみる。が、これでも、誰もキレてくれなかった。どんだけこいつらお人好しなんだよ、まったく。一人でいい。俺にキレて殴りかかってくる奴がいればこの状況を脱することが出来るのだ。だが、いくらため息を吐いても、全員大人しく座っていた。
 まあ、突然殴りかかってくる方がおかしいか。しょうがない。渋々だが、逃れることは出来なさそうなので、さっさと済ませてしまう。
「私立金子小学校から来ました」
 言ってから座ろうとすると、教室がクエスチョンマークでいっぱいになっているのに気付いた。これでも空気は読めると自負しているので、何となく、この状況をどうにかしなければいけないと思った。
「……なんか質問があるんですか?」
 何故クエスチョンマークでいっぱいになってるのか分からないので、単刀直入に訊くことにした。別にQ&Aコーナーをやっちゃ駄目だとは言われているわけじゃないので問題ないだろう。


 ある男子生徒が真っ先に挙手をした。チャラチャラとしたデリカシーが無さそうな男子生徒だった。このクラスのムードメーカーになると思われる奴だった。
「はい、なんでしょうか」
「えっと、中学校はどこに行ってたんすか?」
「あ、ああ」
 一瞬何を言っているのか分からなかったが、少し考えて理解した。
 彼ら彼女らにとって、飛び級制度やS級児童は別世界のことなのだ。だから、俺がS級児童だなんて思ってすらいないのだろう。自己紹介なんて無ければ絶対、俺は普通のチビだと思われただけでよかっただろうに。


 拳をぎゅっと握りながら全てを吐いてしまう事にした。
「中学には行ってないです。あ、別にこれは不登校だったとかじゃなくて、義務教育はもう終えたんで、高校に来てるんですけど……意味分かりますかね」
 言うと、数名の生徒が頷いた。だが、その8倍以上の生徒が首をかしげている。ここまで言って分からないとなると、飛び級制度を利用したとか言っても分かってもらえないかもしれない。まあ、制度が制定されたのは去年で、去年は受験勉強で忙しかったんだろうししょうがないことではある。
「端的に言うと、俺はまだ11歳なんですよ。あ、今年12歳ですけどね」
「彼は去年制定された飛び級制度でS級児童に認定されたんだ。入試問題にも出ていたはずだぞ」
 言霊先生の言葉で、多くの生徒が思い出していた。俺もすっかり忘れていたが思い出した。そういえば、入試で出てきていた。初のS級児童に認定された受験者の受験番号を答えよって問題が。あの時は本当に噴出しそうだった。


「ああ、だからちっちゃかったんだ。納得した」
「っていうかすごい頭いいってことじゃない? やばいでしょ」
 教室のあちこちで雑談が始まる。ちっちゃいとか言うんじゃねぇ、と言いそうになったがここで言っても無駄な気がするので口を閉ざし座った。ブレザーが少しずれてしまったので、直していると出席番号二番の自己紹介が始まった。


 そこから、なし崩し的にQ&Aをやっていく空気になり、一人の自己紹介につき二、三問の質問が出てきた。流石にプライベートに踏み込んだ質問がなかったのは、一応弁えている証拠ということだろう。
 自己紹介の進行の中心は、いつの間にか言霊先生ではなくなっていた。爽やかでオサレな感じのイケメンがクラスを取り纏め、スムーズに司会をしていた。ああいうのを潤滑油って言うんだろう。既にあのチャラチャラした男子生徒を味方につけていることから考えて、彼がクラスの中心人物、平たく言えばトップカーストになるのだろう。


「じゃあ、次……絵美、よろしく」
「あ、うん。分かった」
 絵美? なんだそのファーストネーム呼び。流石リア充だな、こいつら同中なのだろうか。違うんだったら引くぞ。そんな風に思いながらも、立ち上がった女子の方を向いた。お団子になっているオレンジっぽい茶髪が印象的な彼女に何故か違和感を感じた。
「こんにちは。栗原中学校出身の九重 絵美です。皆とたくさん仲良くなりたいので是非是非、声をかけてください。いっぱい思い出を作りましょう!」


 豊かな胸を揺らしながら、彼女はクラス全員に言った。男子生徒も女子生徒も、瞬く間に彼女の味方になっていく。溢れ出るリア充オーラには、この俺であっても惹かれてしまいそうだった。
 それでも俺が惹かれなかったのは、彼女への違和感が消えていないからだろう。違和感の正体を探るため、俺は彼女を凝視する。
 見覚えのある顔ではない……はずだ。いや、自信が持てない。見覚えがある気がしてならない。でも、どこで見た? こんなキャピキャピっとした感じの奴、見たことないぞ。
「よし、じゃあ次は俺。栗原中学校出身、城山しろやま 浪漫ろまんです。短い一年だけど、クラス全員と協力して充実したものにしたいと思ってるから、よろしく」




 違和感を拭う事が出来ないまま、俺は次々と進む自己紹介タイムを過ごした。九重 絵美。その名前だけが、胸の中に残った。

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