どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

小学生で高校入学出来たってそれマジ? ②

「実験的に行った今回の飛び級試験ですが試験に合格し、S級児童に認定されたのは一名だけでした。本日は、その受験者の受験番号を発表したいと思います。S級児童への配慮として、個人情報の発表は一切致しません。仮に突き止めたマスメディアがいても、S級児童の許可なしに報道した場合、個人情報流出となります」


 そんな前置きを、家族で揃って聞いていた。親父と母さんと兄さんと俺。ああ、言い忘れていたが、今世の俺には大学生の兄さんがいる。俺ほどじゃないのは当然なのだが、かなり優秀で大人びている。既に大人っぽくて、俺を甘やかしてくれるので結構好きだ。


「では番号を発表します。S級児童に認定されたのは受験番号00245番の児童です」


 言わなくても察してもらえるだろう。00245番は俺だった。母さんを見ると、ぼろぼろと涙を流していた。美しい顔が涙でぐちゃぐちゃになっているのがよく見えた。銃弾に落ちる大粒の涙から、親父の方に視線をスライドさせる。親父は、状況を理解していたのか口を開けてぽかんとしていた。その間抜けな顔は、普段母さんに甘えている情けない顔に似ていて噴出しそうになった。


「よかったじゃんか」
 そう言いながら乱暴に頭を撫でてきたのは兄さんだった。自分の弟が認められたことを全力で喜んでいた。その中で、唯一喜んでいないのが俺だった。
 いや、ちょっと考えてくれ。そんな手放しで喜べることじゃないんだってすぐに分かってもらえるはずだ。高校生の中に小学生だぞ? その第一号だぞ? 絶対、面倒臭いことになるじゃんか。せめて、外国みたいに飛び級が十二分にある状況なら救いがあるだろうよ。でも、第一号だ。ぶっちゃけ、実験体みたいな部分だってある。


 そんなの嫌だ。拒否権だってあるはずだ……なんて思っていたのだが、そんな俺の前にとある餌が吊るされたことで変化した。


「もったいねぇな、どうして嫌がるんだよ。そりゃ、居心地は悪いかもしれないけどな。でも、普通に高校に入るより絶対いいって。英雄扱いだぜ、多分」
「んー、仮にそうだとしても面倒臭いって。前例があるならまだしも」
 俺が飛び級したくない、との旨を伝えると母さんも親父も受け入れてくれた。まだ最終決定は先だが、今の流れだと俺は来年も同じ小学校で同じように過ごす。他の人には受験番号も言っていないので、ぎくしゃくすることもないだろうし。


 けれど、兄さんはそれに納得していないようで、パソコンで何かのページを開きながら僕に言ってきた。
「ほら、俺が行ってた学校は文学資料がたくさんあるぞ。図書館が大きいってさ。研究する部活もあるらしい。知らなかったけどな」
「文学資料があるって言ったってたかが知れてるでしょ」
 と、言いながらも兄さんが開いていた学校のホームページを興味津々で見ている俺は本当に、文学に目が無いなぁと思う。そんな俺の様子を見て、兄さんはニヤニヤしていた。
「いや、なんか卒業生に文学研究をやってる人がいるみたいで、随分専門的な資料が揃ってる」
 言われて高校の名前を確認した。


 ――都立太宰高校。


 その名前には聞き覚えがある。多くの文学研究者を輩出している学校だ。スマホで調べていた時代に、研究者にも興味を持って、調べたらよく出てきた名前だ。それに、兄さんが行っていた学校だ。兄さんは、俺の憧れの対象だ。頭もいいし、優しい。それらの情報が俺の喉を鳴らす。行きたい、という欲望を呼び出してくる。
「兄さん、ここに俺、行く。制服くれよ。餞別として」
「あ? いや、それくらい買えばいいだろうが」
「……そんなことしたら、俺がチビなのがばれるじゃんか」
 小声で言うと、兄さんは笑い出した。なんだかすごく馬鹿にされているようで不快だ。兄さんを睨み付けると、いきなり兄さんは立ちあがった。
「そりゃそうだな。お前、チビだもんな。小学生だからって、俺とこんだけ差があるのはおかしいだろ」
「うぅ」


 涙目になりながらも、現実を実感してしまう。確かに俺はチビだ。学年の中じゃ一番チビだったし、決して背が高いわけじゃない兄さんの胸くらいの高さまでしか身長が無い。これは差が出来すぎた。
「じゃあ、ちょっとあれに手を加えないとな。うちの学校、校則ゆるいし制服に手を加えるくらい大丈夫だろ」


 そんなこんなで、俺は弱い11歳にして高校に入学した。


 ――ああ、どうしてこうなったも何も俺の自業自得だった。文学研究の専門資料に惹かれて入学とか、小学校で無双とか、全部俺が悪かった。何も文句を言えない。


 びゅう、という風と共にピンク色の花弁が舞った。上手く手を加えられず、手を通すのを断念したブレザーが飛ばされそうになった。バッグを持っていない左手でそれを抑え、足を前に動かす。
 ピンクの妖精達の舞踏会を突っ切って、校舎に入っていく。太陽の光によってキラキラと輝く桜吹雪にうっとりしていたかったがそんな時間はない。入学式まで後五分も無い。クラスを確認して、教室に行かなければ行かなければいけないとなると急がないとまずい時間だ。
 何より、こんなところで立ち止まると面倒なことになる。


 新しい学び舎への期待に胸を膨らませ、ベチャクチャと喋りながら歩いている奴らの横を突っ切り、俺はクラスを確認した。
 F組までの6クラスがあった。1クラス三十人程度だったので、学年合計で百八十人くらいということだろう。小学校はもっと多かったのに狭い校舎だったので、なんだかとても呼吸がしやすいような気がした。


「F組か」
 F組、出席番号一番。それだけ確認してすぐに教室に走る。兄さんがここに通ってたとき、文化祭なんかでよく来ていたので場所は分かった。下駄箱に靴を入れて、急ぐ。
 少しして、教室にたどり着くと目立たないように足音を消しながら指定された席に座った。普通でいることが嫌いな僕ではあるが、変な目立ち方をしたいわけじゃない。普通じゃなければ目立たなくたって構わないのだ。
 それに、S級児童がどこに入学したかまでは公表されていない。俺を見ても、背が小さい奴、くらいにしか思わないはずだ。


 足音を消せば、誰も俺に注目してこなかった。いや、背の小ささじゃ注目されてたかもしれないが、一瞬見られて、触れてはいけないことだと思われて目を逸らされるから問題なかった。
 とりあえず、俺が小学生だってばれることは無い。内心ガッツポーズをしながら、入学式を待った。




「今日の初々しい気持ちを忘れずに、三年間、研鑽を積んでほしいと思います」


 校長先生のそんな式辞が退屈で、欠伸を漏らしそうになった。随分と年老いた校長先生で、何を言っているのか分からないくらいもごもごと喋っていて全く心に響かなかった。あなたこそ、今日のことを忘れずに、スピーチの練習をしてくださいね? とか小声でツッコんでいると、ようやく式辞が終わった。


 言われた通りにお辞儀をする。精神年齢は立派な高校生なのでそれくらいのことは簡単に出来る。退屈な時間でも、プレゼントしてくれたことへのお礼くらいはする。それに彼の式辞が終わったということは、入学式も終わりだ。そう思うと、ついテンションが上がってしまう。これもまた、立派な高校生の象徴だろう。現にニヤリと口角を上げているのは俺だけではなった。
 覚えてもいない校歌を斉唱してから、俺達は教室に戻っていった。戻る時にもグループが形成され、ベチャクチャと駄弁りながらのろのろと歩いていた。もちろん、というのはちょっとアレだが、俺には駄弁る相手などいるはずもなく、のろのろ歩くのが嫌いなこともあり、また列の一番前にいたのでさっさと歩いていった。
 ……おい、今、列の一番前にいるのは背が小さいからだと思った奴、出てこい。出席番号が一番なだけだって、長々とお説教してやる。まあ、実際俺が一番小さいのも事実なんだが。


 俺がさっさと教室に戻り席に座っていると、俺の前を歩いていた担任教師がじっと俺の方を見ていた。さっき自己紹介したから覚えている。言霊ことだま こと先生と言ったはずだ。一瞬迷ってから、話しかけてみることにする。
「言霊先生、どうかしたんですか?」
「あ、いやなんでもない」
 突然声をかけられたことに驚いたのか、言霊先生はびくっと震えて、右手を胸の前でひらひらさせた。かぶりを振っているせいで一つにまとめられた髪が旗の如く振られた。立ち姿は堂々としていて、一見すると熱血教師のように見える。女性、という印象を受けないのは男らしい顔をしているからだろう。
 髪をまとめてるゴムに魂という字の飾りがついているのもその理由かもしれない。高校生の入学式だから保護者は来ないだろうが、だからといってそんなセンスの欠片も無いアクセサリーをつけてくるのだから、肝が据わった先生であることは確かだろう。


「あぁ、だるい」
「だよな。高校生になって入学式とかいらないわ」
「マジそれだわ」


 教室の入り口からべちゃくちゃ駄弁りながら入ってくる生徒達に目を向けた。誰も、座っている俺を見て急ごうとはしなかった。なんだか、ちょっとイラっとする。お前ら、それでも高校生かよと言ってやろうと思い、俺が口を開こうとするより先に彼らを咎める声が響いた。
「さっさと座れ。遅いぞ」
 言霊先生の声は、男らしかった。低く強い声に反応して生徒達は自分の席に座る。ここで素直に従うのも序盤だけだと思うと、感心して、声を漏らしてしまう。なんだかすごく懐かしい。小学校時代だと、先生に絶対服従みたいになってて気持ち悪かったから、高校生のノリが心地いい。


 全員が座った。総勢31人が座ると何となく圧迫感がある。俺より数回り体の大きい連中ばかりで少し憂鬱な気分になりながら、険しい顔をしている言霊先生の言葉を待った。

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