どういうわけかDS〈男子小学生〉の俺は、高難易度青春ラブコメに挑んでいる。

黒虱十航

親に、死ねって言われても……①

 〝普通〟には、辟易していた。
 生まれてから俺は、ずっと普通だった。家庭環境的に何一つ問題はなく、かといって恵まれすぎているわけでもない。他の家庭を知らないから分からないけれど、多分家庭環境には問題は無かった。


 才能もずば抜けてあったわけじゃなかった。かといって、劣等生かと言うとそういうわけでもなくて、それなりには才能があった。勉強も中の上から上の下くらいは出来た。天才、と言われるほどの才能はなくとも秀才もどきくらいではあったと思う。
 友達に恵まれていたわけでもなかった。所謂、ぼっちと言われるような孤独体質があったわけではないが、だからと言って周囲と馴染むのがずば抜けて得意なわけでもなく、クラスに数人友達がいる、くらいのものだった。
 善行を闇雲にやれるほどの勇気があったわけでもなく、かと言って悪行を迷いなく出来るほどの悪戯心があったわけでもなかった。多少の善行と悪行をバランスよくこなし、中途半端に生きてきた。


 あらゆる面で普通。それが俺だ。
 まあ、辟易はしていたけれどこんな自分を殺したいほど憎んでいるわけでもなかった。憎めなかった、というのが本当のところだろう。
 何故なら、そんな普通の自分にもそれなりに満足していたからだ。してしまっていた、と言う方が正しい。停滞した状況に甘んじていたのだ。


「冴えない顔してどうしたんだよ」
「あ?」
 突然話しかけられて、間抜けな声を漏らした。中途半端に間抜けで、中途半端にまともな声を漏らすのは、俺の普通たる由縁だ。こんなどうしようもないことでさえ自分の普通さを実感してしまったので、憂さ晴らしに話しかけてきた奴を睨みつけることにした。
「冴えない顔? 何だよ、それ」
「お前の顔のことだよ。まあ、いつもそんな感じだけどな」
 言いながら、そいつは俺の背中をバシバシと叩いてきた。やけに力が強いせいで、背中がひりひりする。今日は最高温度が一桁だったので、余計だ。
「寒いからな」
「寒いか? 今日は温かい方だろ」
「いやいや、超寒いから」
 さっきからずっと鳥肌を立っているし、震えているし、寒すぎてやばいなぁって思うくらいには寒い。そりゃ、近頃はもっと寒い日も多くなってきているのは否定出来ないけれど、だからといって今日の寒さの度合いが変化するわけではない。
「お前は寒がりだからそう思うんだろう?」
「……そうかもしれない」
 寒がりであることは否定出来なかった。理由は分からないけれど、昔から寒さには弱かったのだ。これが、唯一俺の個性かもしれない。なんか、自分で言って悲しくなった。
「たまには運動をして、筋肉をつけろよ。そうするだけで、全然違うと思うぞ?」
「そんなこと言われたって、時間がないんだよ、文学研究が忙しい」
 言うと、そいつはくすりと笑った。その態度に少し腹が立つ。文学研究を馬鹿にされているような気がしてならないからだ。
 文学研究は俺の唯一の趣味であり、生き甲斐だ。言ってしまえば、それは普通である俺が俺として存在できている理由である。それを馬鹿にされる、というのは簡単に許せることではない。少しだけムッとする。
「そう怒るなって。別に馬鹿にしてるわけじゃねぇよ。ただお前はすげぇなって思っただけだから」
「すごい? 絶対嘘だろ」
「いや割とマジだぞ? だってほら、お前ってブンガク研究では将来有望だろ?」
「あ……」
 言われて、俺は顔を曇らせる。ため息を吐いたら馬鹿にされそうなので、歯を食いしばって我慢する。
「別にそこまでじゃない。俺は、文学研究してるって言っても、誰にも見向きもされないようなしょぼい研究者だ」
 その言葉は自分の胸に突き刺さり、心臓がズキンズキンと痛んだ。唇を噛むと、口内に生温かい液体が流れ込んでくる。冷えた体が僅かに温まるのが、皮肉だなぁと思いながら道端に咲いている花に目を向けた。どちらかというと、隣のそいつから目を背けた、と言う方が正しいか。


 冬にこうしてぼんやりと道端を見つめたときに目に入る花が好きだ。冬の花だとは思うが、その名前はさっぱり分からない。でも、他の季節に見る花よりも好きなのだ。この辺は草原もどきも多いおかげで、道端の花も鮮やかだ。純白とレモンイエローの花に目を取られていると、隣から声が聞こえた。
「お前がそんな弱気になってるの珍しいな? やっぱ、今日なんかあっただろ?」
 不思議がり、心配するような顔で放たれた問いの答えを探す。今日、何かあっただろうか。


 何も無い、というほど退屈な人生を歩んでいない。しかし、特筆すべきことがあったかと言うと否である。何も無いわけじゃないのに、特筆すべきことはないのが普通たる由縁なので仕方が無いと言えば仕方が無いのだが。
「別に、何もなかった。何かあったら、冴えない顔なんかしてない」
「それもそうか。じゃ。俺こっちだから」
 分岐点で一度立ち止まり、俺達は歩む方向を別々にした。当然だ。どちらかの家までわざわざ一緒に行くような面倒な真似をする趣味は俺にはない。それに俺達は、お互いの家の位置も知らない、親友とは決して呼べないような関係なのだ。
「了解。じゃあ、俺はあっちだから
「おう。また明日な」
「ああ」
 片手を少しだけ挙げて、「またな」と表現する。それを口にしないのは、少し照れくさいからだ。


 背中を見送ってから、俺も自分の家の方向に歩いていく。メラメラと燃える夕日が目を焼いた。その熱によって全身を包み込んでいた寒気は消えうせていく。
 恵まれているわけでも、恵まれていないわけでもいない家に帰ると思うと、改めて普通を実感させられる。複雑な気分になりながらも寄り道をするような場所はないので、家に直帰する。






 紅蓮に染まった死神がそこには立っていた。それを見て、この惨状を理解できないほど俺は馬鹿ではなかった。心臓が高鳴り、全身が冷え切る。


「…………」
 完全に言葉を失い、体が震え始めた。思考が停止しなかったことだけが唯一の救いであろうが、それで助かったなどと思うのは時期尚早だ。紅の死神を前にして、軽いパニック状態に陥る。


 状況を打破しよう、などと考えて目を見開くと余計に現状の惨さを理解してしまった。打破するような手立てが一切見つからない。体の震えが一層激しくなり、鳥肌が立ち始めた。
 後ずさりをしようと思い、足に力を込めるが全く動かなかった。駄目だ。それで、ようやく体に力が入っていないことに気付いた。気付いた瞬間、俺は体勢を崩し、紅く染まった床に尻餅をついた。
 どうして、と尋ねようとして口を開いたが声が出なかった。体に力が入らないのだから声帯に声が出る道理がないだろう。心の中で舌打ちをしながらも、まだ抵抗する手立てを考えるのを諦めない。
「っっ」
 視線をスライドさせていると、床を染める赤の源を発見した。蛍光灯の光を反射し、真っ赤な鏡のようにテカテカしている床の奥に、彼女はいた。……いや、ソレがあった、と言うべきだろう。
 人間として見るにはあまりにも美しすぎて、惨すぎた。体の前に置かれた、美形の頭が見えた。顔を覗き見ると、その顔はとても幸せそうに笑っている。そんな笑顔を彼女から見た事はなかった。


 彼女――俺の母さんは、鬱病だった。精神科に通院していて、ろくに家事を出来る状況ではなかったが、まあそれくらい普通だ。よくあることであって俺だけの不幸じゃない。だから、悲しまず、研究の合間に俺と親父で家事をこなしていた。親父なんかは、母さんを笑わせるために毎日、色々やっていたはずだ。それでも見る事が出来なかったような微笑みを、今、母さんは浮かべていた。
 頭の後ろにあるのは体だ。食事をあまり食べなかったせいで痩せ細っている体は、天に向かって真っ直ぐに伸びていた。壁に寄りかかっている。首の根っこの部分からは赤黒い川が流れていた。真っ白なワイシャツを染めて流れているのを、ここからでもはっきりと捉えることが出来る。


 頭と胴体が分離している母さんの死体を見て美しいと思っている自分に違和感を抱く。吐き気にも似た気持ち悪さを、深呼吸によってどうにか克服する。昼間に食べた焼きそばパンを吐き出さないように、とだけ意識する。
「めん、ごめん、ごめん」

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