NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

ワーカーズの証2

「そうか。じゃあ、これを渡すことにしよう」
 悪魔先生は満足げな顔で俺に封筒を渡してきた。それは、いつかに女子が下駄箱においた可愛げなものとは程遠い、極めて大人らしい封筒だった。何か、ごつごつとしているそれを開けて、中にはいっている便箋を取り出した。
『前略
 赤木原勇人君、青木翼君。君達の出会いをここに祝福させて頂く。君達の才能が合わさり、私さえ驚かせるような結末になることを切に願う。
 ワーカーズの諸君は必ず、アルファベットのコードネームがつけられている。ここで私も君達二人にコードネームをつけようと思う。そして、新生ワーカーズの一員となってほしい。
 君達は二人で〝紫〟だ。どちらかが欠ければ、君達は私にとって何ら価値のない人間だが、二人でいるときはワーカーズに匹敵するほどの価値を持つ。
 封筒に、指輪を入れておいた。それは私からのプレゼントだ。ワーカーズ諸君には必ずその人に適したプレゼントをあげているからね。君達にはそのペアリングがぴったりだと思う。その指輪に恥じぬ働きを見せてくれることを期待する』
 文章を読んでから、俺は封筒の中に入った指輪を取り出した。
 紫色の宝石のついた指輪。それを、紫色の石ころがついただけの鉄の輪として捉えてしまうのは勝手だ。でも、そう捉えることが出来ないほどに、それは重みのあるものであった。
 指輪に刻まれた文字。片方には赤。片方には青と書かれている。おそらく、これは俺と翼の名前からとったのだろう。赤と青で紫。なんとも安直なネーミングセンスな気もするがまあ、名前とは大体そんなものだろう。
「指輪。装着?」
「あー。そーだな。学校でもアクセサリーの類はそこまで禁止してないし、つけてもいいだろ。それに、あの人からの贈り物らしいからな」
 ワーカーズに匹敵する。その証だというのなら、当然、胸は高鳴るに決まっている。もちろん、いつかは自分の力だけで省木に勝つつもりだ。でも、俺達は二人で一人。今は俺だけで勝てなくとも天才つばさの力を借りて勝てるならそれでいい。
 そう思って、俺は自分の名前の色が書かれている方の指輪を指にはめようとした。が、指輪は入らなかった。
 小指にまあ入るかな? くらいのサイズの指輪だったのだ。確かに俺の名前が彫られているはずなのに……と思いながら翼の方を見ると、翼は翼で指輪が大きすぎてこ戸惑っていた。
「逆」
「らしいな。でも、名前は彫ってあるんだが……」
 まさか社長が間違えた? いやいや、そんなわけはあるまい。なら何故なのだろう? 俺は分からずに、青と彫られた指輪を、ぴったり入る人差し指にはめた。
 人差し指のペアリングは確か、行動力かなんかを意味するもののはずだ。別に結婚指輪みたいだ、とか思ってねぇし。
「赤。勇人。一緒」
 まるで天使のような顔で翼が笑ったのを見て、俺はようやく社長の意図を理解した。と同時に指輪をつけた人差し指が熱く感じる。
 青。
 つまり、翼だ。きっと、社長はこの指輪を分身として捉えろ、と言いたいのだ。そして仮に二人が離れたとしても離れていないように思え、と。
 なんだろう。あの、ロボットみたいな人がそんな洒落たことをしたと思うと驚いてしまう。
「お二人もこういうの持ってるんですか?」
 少しだけ恥ずかしくなって俺は、省木や三九楽の方に会話を移す。嬉しそうに指輪を見ている翼は、省木や三九楽には見向きもしない。それが更に恥ずかしくなる。
「あー、どーだっけな」
「ありました、ね。まあ、もう返しましたけど」
 思い出そうとして明後日の方向を向く省木と、切ない顔をする三九楽を見て気恥ずかしさは気まずさに変わった。
 考えてみればこうなるのなんて分かりきっていることだった。
 社長の贈り物はワーカーズであることの証。そして、ここにいるワーカーズ二人のうち片方は一人で全てをやろうとして、ワーカーズを集めようとしない奴だしもう一人は、ワーカーズをやめた奴だ。気まずくなるに決まっている。
「んんっ。じゃあ、すみません。今日はもう帰らせてもらいます」
 気まずさを察したのか、悪魔先生は咳払いして、帰れるような声をかけた。おそらく親御さんとの話はいない間に終わったのだろう。感謝の意を視線で伝えながら俺は、翼の頭に手を置いた。
「明日、迎えに来るから学校いこう、な?」
「承知。待機」
 そういう翼の顔はキラキラと輝いていた。そんな彼女の輝きを見て、俺は胸がドクンとなった。やっぱり翼が笑顔になるのは嬉しいらしい。
「じゃあ、な」
 そういって俺は青木宅を後にした。
 外はまだ明るい。もう六時だが、この時間はまだ、暗くないのだ。今はまだ春。これが冬なら、きっともう真っ暗なのだろう。
 桜が散って、吹雪いた。白に近しいそれを見て、ふいに数年前に降った大雪を思い出した。一面雪で、世界が真っ白になったあの日のことだ。
 俺がまだ、つまらない世界でリア充をやっていたときのこと。だから、特に思い出があるわけじゃない。ただ、あの時は大変だったなぁと、意味も無く思うだけだ。

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