NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

 戻って、赤木原サイド。


 昼休み。
 俺は、楽しみという感情が体の痛みを忘れさせてくれたおかげで、一人で黙々と資料を読み込むことができた。
 キラキラと目を輝かせて資料を読み込む様子は、周囲からすれば大事件だったのだろう。
「ねぇ、どうしたのかな? なんか、様子が変じゃない?」
「疲れすぎた、とか? ほら、練習頑張ってるんじゃないかな」
「あー、それかも。それに、担任、なんか怖かったし? 気疲れもしてるかもよ」
 と、朝とはまた違う井戸端会議が行われていた。
 本当に、トップカーストとやらは自由がないらしい。こうやって視界の隅で俺の話をされると非常に気分が悪い。はっきり言って腹が立つ。トップカーストという武器を使う想定がなければ、今すぐにでも嫌われにいくところだ。
 まあ、ここで気分を害されてもこの後、楽しいことが待っているかと思うと少しだけ気が楽になる。
 それにしても驚いたものだ。
 そう思い、見るのは省木の席の方だ。瞳の奥の常闇。三九楽と話しているときの仮面の使い方。それを見ると、何故だろう。むしろ、これまで気づかなかったのがおかしく思える。
 あの担任は確実に省木の父親だ。省木なんて名前、そうそうあるものではないし、よくよく考えてみると、顔つきが似ている。省木が他武器先生のことをどこか敬遠していたのも、親子だから、という理由なら合点がつく。
「狂った親子だよなぁ」
 無意識の内に呟いた言葉は、誰の耳に入るでもなく霧散していた。いつも、俺がいることによって騒がしさを増している教室は、今日は俺の話題で持ちきりでいつもより会話の数自体は多いはずなのに、どこのグループも俺を保有していないから、ほかのグループより大声で話すことが出来ず、どこか静かになっている。
 きっと、トップカーストとは、そういう役目なのだ。存在により、大声で話し、教室を広く使う権利を得る。
 大声で話し、大声で笑い、教室を広く使う。そのことによりトップカーストの権力は更に高まる。俺のように色んなグループを行ったり来たりしていなければ、トップカーストは取り巻きを作り、侍らせ、従わせるのだ。
 その中には決して存在せず、常に離れたところで群れる者を嘲笑うこともなく、ただ当たり前のポジションであるかのように目立たないところにいる。それが省木と三九楽だ。そして、ワーカーズ自体もそういう奴らの集まりなのだ。
 ああ、面白い。
 今の俺はそう思える。
 そんな、変わり者達を集めるだなんて、そんな楽しそうなことができる俺はラッキーだ。俺よりすごい奴に出会えるなんて最高すぎるだろ。しかもそんな奴らを集めるんだ。俺は、そいつらと一緒にいればきっと、今以上に強くなれる。
「ふふっ」
 つい、笑みがこぼれる。
 ああ、本当に楽しい。心の中で呟くと、心臓が何回も飛び跳ねて喜んでいるような気がした。それだけじゃない。目から見える世界も、なんだか鮮やかになって、まるで世界が変わったかのような気分にさせられた。
 そうだろう。俺の世界は変わった。あの先生の一言で。いや正確には変わろうとしているのだろう。だからか、視界はどこかピントが合っていない。ただ鮮やかになっているだけでどこか風景画のようだ。
 きっと、もうすぐ変わる。そんな予感を本能的に感じ取っているのだ。
「ねぇ、なんか笑ったよ」
「えー、やばい。なんか可愛い」
「なんか楽しいことあったのかな?」
「写真! 一枚くらいならいいよね?」
 笑うだけで写真撮影会が始まりそうになっているのは、ちょっと腑に落ちないというか俺が折角いい感じの雰囲気になっているところで完全に水を差されたって感じで腹が立つんだが、まあいい。これくらいは許してやろう。
「あ、すみません。今日はちょっと行ってきます」
 俺が寛容に、ファンの無断撮影を許していると三九楽の声が聞こえた。昨日の昼には聞かなかった言葉に、俺は驚く。
 これまで、彼女をあまり見てきたわけではないが、それでも彼女が省木から離れているのは、新鮮だった。
「え? ああ、あいつのところか」
 省木の納得したような顔を見て、彼女が金本のところに行くであろうことは推測できた。分からない話ではない。時間的にもまだ昼休みが始まったばかりだ。今から、ここから一番遠い教室に行っても、かなりの時間は滞在できるであろう。
 これまで、そういった昼休みでもあまり教室を出ていなかった記憶があるわけだが、今日は何か特別なのだろうか。締め切りが落ち着いた、というんだったら昨日や今日も対して変わらないはずだ。
「ま、まあ。今日はゆっくりできるらしいんで」
「さいで。仲がよくて結構」
 少しだけ嬉しそうな顔で、三九楽が言うと省木は僅かだが羨ましそうな顔で呟いて三九楽見送った。その手には、二つ・・のお弁当がある。きっと片方は金本の分なのだろう。なかなかにラブラブのカップルなようだ。見ていて面白い。
 だが、それ以上に俺は省木の羨ましそうな顔の方が気になった。
 忘れていたが、省木だって年頃の健全な男子なのだ。彼女の一人くらい欲しいと思ってもいいはずである。俺だって一応はそう思っている。いつの間にか、三九楽への恋心は消え、ただ可愛い人だ、という認識でしかなくなったが。
 省木の羨ましそうな顔はおそらく、それを示しているはずだ。なら、彼にも好きな人はいるのだろうか……
 それを考えたとき、それ以上考えたら悪魔に嬲り殺されるような気がした。生物的本能がこれ以上踏み込むのはマジでヤバイ、とそう告げている。何故そう判断したのかは説明できない。本能なのだ。
「はぁぁ」
 というため息は俺のものなのか、それとも省木のものなのか。
 とにかく、ため息は誰かの耳に行くわけでもなく、ただ無意味に空気となって、消えていった。
 省木の過去を探ることが危険だというのなら、一体誰が、彼に寄り添えるのだろうか。いつも仮面をつけているくせに。あの、活動日誌の通りならば、彼はワーカーズのほぼ全員の心に寄り添って、悩みを解決してきたというのに。
 それなのに誰も彼には寄り添わないというのなら、俺は神様に言いたい。
 ――そりゃないだろ、と。




 TTTTTTTT




 ――本当に羨ましい。
 昼休みに彼氏彼女で会う。彼女が彼氏の分のお弁当を作ってくる。それでもって、楽しく日々を過ごす。そんな〝薔薇色〟は本当に羨ましい。
 俺はそんな〝薔薇色〟なんて望んでいないはずだったけれど、大切なものを手に入れて、その上で失ってみると〝薔薇色〟に染まりたくなってしまう。染まった方がずっと楽しくてずっと有意義な高校生活を送れる気がする。
 でも、それは駄目だ、と。そう、俺の中の俺が言っている。〝薔薇色〟に行こうとする俺を俺の中の俺が邪魔をする。
 お前はそっちに行くような人間じゃないだろう? と。
 お前はそっちに行く資格すらないだろう? と。
 或いは、だからこそ羨ましいのかもしれない。いつまでも、〝灰色〟から俺は出れないからこそ、同じ立場だと思っていた人間が〝薔薇色〟にいけていることが羨ましくて、妬ましいのだ。

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