NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

N 楽しくない2

「まあ、いいんじゃねぇの? 俺はどうせ、ワーカーズなんて集めない。俺一人でやれるからな」
 この言葉は事実だ。俺はずっと一人でやれると思っている。確かにワーカーズの存在は大きい。でも、俺一人でもやれることだったはずだ。そのはずだ。数が増えるほどに指示に手間を取られるし、効率も悪い。
 だから、俺一人でやれる。そう自信満々に言った。
「そうかもしれないですけど……それは、あなたが犠牲になるだけですよ。なんで、一度は信じたのに、信じようとしないんですか?」
 なのに、そんな自信満々な俺を砕くように三九楽さんは言った。
 それで、いつか言われたことを思い出す。ああ、そうだ。あれは確か、俺が〝彼女〟に近づいていいのか悩んでいたときだ。そのときに、部活中に届いた手紙(あちらの部員配達)に書かれていたのだ。
 信じるのが怖いの? と。
 俺と三九楽さんの距離はあの頃も今もそこまで変わっていないはずだ。あの頃も今も知人の仲のいい人。それくらいの認識でしかない。だから二人で話すこともあまりない。精々、金本の暴走を止めるようにお願いしてたくらいだ。
 それなのに、どこか的を射た発言をする。だから、苦手だ。
「さて、と。なぁんのことかな。ほら、時間」
 これまでも色んな奴を騙してきたような笑顔で俺ははぐらかした。
「……逃げるんですね。ま、いいですけど」
 いい、と言ってる割によくなさそうだが、別に構うことはない。
 俺に踏み込むなど許さない。お前らに踏み込ませてたまるか。俺の心は俺のものだ。
 もう裏切られたくなんてない。もう二度と、裏切られるわけにはいかない。
 チャイムが鳴り、それにあわせるように担任教師が来た。
 ちょうど目が合い、俺は無意識に目を逸らした。当然だ。学校で、教師をしているのが自分の父親となれば、気恥ずかしくなるし、目も逸らしたくなる。何も知らなくせに、俺の親を気取る父親が苦手なのだ。そういう意味では、ただの反抗期なのかもしれないが。
 そういえば、今日は初っ端からLHRだった。そう思い出すしてしまい、俺は頭を抱えて誰にも聞こえないようにため息を吐いた。
 こん、こんという聞きなれた音と共に黒板には白いチョークで濃く、太く、とある言葉が書かれた。
 ――運動会実行委員、と。
 そう。今日のLHRでは、運動会実行委員を決定することになっている。
「えー、まあ、今年は創立十周年だからある程度規模はでかくなるんだが。まあ、それで仕事が増える事はないだろう、と理事長も仰ってる。だから負担もそこまでないはずだ。誰かやる奴はいないか?」
 そう言った父親の言葉に、俺は内心、毒づく。
 分かってはいたが、やっぱりそうなんだ。あの人は、実行委員には仕事をやらせず、増える分の仕事を全部俺にやらせるつもりなんだ。去年でさえそうだった。上辺の軽い仕事だけ実行委員にやらせて、後は全部、俺がやった。金本にも三九楽さんにも助けを求められないと分かっているくせに手加減などしないのだ、あの人は。
 まあ、別にいい。そんなの分かりきったことだ。
 結局俺のような奴はつまらない人生を送って、苦しんで生きなければいけない。そうなるように世界は出来ている。
「俺、やりますよ」
 と明快に言ったのは赤木原だった。
 赤木原はトップカーストだ。俺とは違い、周囲と馴染む為に仮面を使いこなしている。アイドルらしいが、正直、それはあまり興味のないところだ。今、俺が興味があるのは赤木原が手を挙げた時、父親が計算通りだ、と言わんばかりの顔をしたのだ。
 あんな風な顔をするときには、絶対に理由がある。父親の頭の回転の速さを引き継いでいる俺だから分かる。父親は尋常じゃないほどに策士だ。ねちっこい作戦を、使いこなしやがる。
 とりあえず分析しよう、と思い教室を見渡す。父親が何か細工をしているとは思えない。と、なれば今起こったこと、即ち赤木原が挙手したことがトリガーになっているはずだ。
 教室の空気は、言うなれば死んでいる。赤木原が挙手したことにより、トップカーストである彼を邪魔してはならないという無言の圧力から立候補しようとしていた者たちも挙手できずにいるらしい。――と思ったが、クラスの女王がなんかやたらとぴりぴりしているので気付いた。
 違う。これは、赤木原を邪魔してはならないという圧力ではない。女王を邪魔してはならないという圧力なのだ。
 本当に鬱陶しい。
 結局、女王は赤木原目当てなだけで、仕事なんてしないのだ。むしろ、色恋沙汰で遊ぶだけ遊んで、邪魔にしかならない。腹立たしい。
 しかも、赤木原はそんなことに気付いてもいないのだろう。まったく、頭の回らない奴である。
「そうか。お前が。他に実行委員をやりたい奴はいるか? そうなると、学級委員も赤木原になるんだが」
 父親が言う。そうだ。そこが更にネックなのだ。
 ここで実行委員になればほとんどの確率で学級委員になる。確かに、あまりにも仕事が出来ない場合は降ろすことが出来ることになっている。
 だが、そんなのはほとんど上っ面だ。女王が威圧すれば、他の奴はほとんどが言うことを聞く。男子女子合わせても、彼女に逆らえるのは俺と三九楽さん、そして赤木原くらいのものだ。
 つまり、役立たずが〝二人〟学級委員になる。まあ、役に立つ奴の方が少ないからしょうがない。
 実行委員は男女一人ずつだ。だから、おそらく女王は今は男子を決めていると思ったのだろう。
 ――それが罠であることなど知らずに。
「よし、じゃあもう一人の学級委員は俺が指名する。運動会実行委員も、な」
 父親は、女王が罠にかかったことに少し満足そうな顔をすると、そう言った。
 そうだ。もう、これでもう父親の要求が通る。どうせ不登校児を実行委員にしよう、とか思ってるんだろう。まったく、いつも自分本位で、遊びすぎな奴だ。
「え、先生、なんでですかー?」
 女王が不服そうに言う。
 が、そんなものは父親の想定内だ。つい、感嘆の声が漏れた。
 俺は、基本的にこんな風に集団に働きかけるような作戦はしない。俺がするのは、一対一で働きかけるような作戦だったり、自分が動く上でやりやすいようにするための作戦だったりする。だから、父親のやり方とは相対しているといっていい。
 だから、尊敬しないこともない。まあ、俺がああなりたいかと言えば別だが。
「いや、だってさっき言っただろ。実行委員をやりたい奴はいるか? って
「はあ? それは、男子でって意味じゃ……」
「そんなこと言ってないだろ。やりたい奴って訊いたんだ。でもって誰も手を挙げなかったんだ。二人が定員なのに」
「じゃあ、お前がやるのか? 別にそれでもいいけどな。でもそれって、つまり〝赤木原目当て〟ってことだよなぁ?」
「はあ? いや、それは……」
 聞いていて思う。やり方がえげつないな、と。
 俺もそうだが、俺たち親子はきっと興味のない人を傷つけることなど厭わないのだ。自分が興味のある人間さえ守ればどうでもいいとさえ思っている。
 ……まあ、俺はそれさえできていなかったわけだが。
「そうなのかぁ?」
 そう、どこかで見たことのあるような眼で言う父親の姿はどこか、死神のようにさえ見えた。女王は――いや、元女王は、震えて、今にも泣きそうな声を絞り出す。
「……違います。ごめんなさい」
 それは、降伏宣言だった。と、同時に女王の権威の失墜を意味していた。これだけの醜態を晒して、もうこれまでのように彼女は威張れない。
 もしも、だ。もしも、その権威の失墜さえ俺の父親は想定して、副産物としてついてくることを考えた上でこの策を打ったのだとしたら?
 そんな、馬鹿げたことが脳裏にチラついた。
 するとその言葉は少しずつ現実味という服を着る。
「おし、これでLHRのやることは終わり。あー、終わった終わった。よし、じゃあオマエラ適当に時間潰せ。赤木原だけ、ちょいと話があるから一緒に職員室な」
 模範的な教師の笑顔を見せる父親が、底の知れない化物にさえ思える。俺の仮定が真実ならば、正直、父親は俺を超える策略家ということになる。
 そんなことないだろう。そう思いながらもやっぱり腹が立った。
 息子より楽しそうにしている父親へのイライラが、積もったのだ。
「っざけんな」
 赤木原と父親が出て行ったのを見て、俺は誰にも聞こえないように呟いた。

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