NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

悪魔

 チェイスタグみたいなもの、と言われたからにはチェイスタグとやらについて一定の知識を持つべきだろう。
 そう思って、俺は暇な休み時間を活かし、調べてみた。
 チェイスタグ。
 パルクール鬼ごっこのようなものだそうだ。ようは、障害物を避けながらエリアを走って制限時間内逃げ回る、という競技。制限時間は短く、瞬発的な競技らしい。ただ、走るだけではなく相手の動きを読むため頭脳戦でもある。
 なかなかいい競技だ。運動能力も思考能力も優劣を競うことが出来る。それに、場所が決まっていれば作戦も立てようがある。
 俺と省木。どちらが鬼になるかはまだ決めていないが、鬼であっても追われる側(子というらしい)でも、勝てるような作戦を立てておけばいいだけなのである。
 それはとても楽なことに思えた。が、省木は俺に障害物競走で勝った過去がある。高良公園も割と障害物は多かったと思うので、一応注意はしておこう。
 そして、さっき口から出任せで言ってしまった告白宣言を宣言から実行に変えて、リア充になってやろう。可愛い彼女を持つ、というのも強者の象徴みたいなものだ。
 こうして、俺は自分の名誉と欲のために戦うことを決心した。


 辺りはもう暗い。
 騒がしい町から少し離れた住宅街であるここは、ただ静寂の時を刻み続けていた。時間は十時五十分。普段ならアイドルの活動なんかで帰りが遅くなって、今からやっと帰れるぞ、というところなのだが、今日は社長の力で仕事もセーブされているので、久しぶりに自分のことに時間を使えていた。
 まあ、自分のことと言いながらも社長に半ば誘導されているんだけど。
 ともあれ、こんな時間に公園に来るのは初めてだ。少しだけわくわくする。
 補導されないか、とか犯罪者が出ないか、とか考えたらなんだか楽しい。こういう世界も案外ありなのかもしれない。
 公園の中にある小さな池は、月の光を反射している。それで俺は知った。
 闇も輝くのだ、と。光ではなく、光を吸収した闇が輝くことで見える美しさに俺は圧倒される。これが自然なのだ。こんな景色、騒がしい町の方では見られない。
 風が吹く。
 さわさわ、という木の囁きとざわめきが池に出来た小さな波が共鳴し、その静寂に飲まれて、俺の耳の下に届いた。
「早いな」
 どこからか、省木の声が聞こえて俺は驚いた。
 こう静かだと、足音や息遣いの音なんかも分かるものだと思っていたのだが、省木の足音や息遣いは一切聞こえなかった。まるで、声だけがどこからかやってきたような感覚だった。
 その不気味さにぞっとしながらも、俺は声のした方を向きなおした。
「まあ、ここにきたことがあんまなかったんで」
 省木の方を向いてから、俺は言葉を返す。そして、彼の後ろに立っているパーカー姿の少女の存在に気付いた。
 二人の足音がしていたはずなのに、一切聞こえていなかった。省木だけじゃなく、彼の後ろの少女――三九楽だ――も足音がしないらしい。
「……えっと、どうして三九楽さんを連れてきたんですか?」
 彼女がここにいることは、どうしても違和感MAXだったので、俺はつい尋ねてしまった。それでもし、ここに来る前に省木と如何わしいことをしていたとか聞いたら絶対に動揺するはずなのに、聞いてしまうなんて僕も馬鹿極まりない。
「審判だ、一応な。ずるしないように」
 省木が言うと、フードを被っている三九楽が俺に近づいてきた。
 接近されて、シャンプーの匂いが鼻腔をくすぐるせいで少しだけ頬が火照る。その白肌はすごくきめ細やかで、接近されるとつい、触れたくなってしまう。
 瞳がやけに大きく、すごく綺麗な茶色している。吸い込まれてしまいそうな美しさに、つい俺は目を背けた。すると、三九楽は小首を傾げ、『ん?』と声を漏らした。なんでもない、とかぶりを振って意思表示すると、三九楽はその綺麗な形の唇を動かした。
「なんか、力に勝負を挑んだんですよね?」
「ま、まあ。ちょっとやらなきゃいけないことがあって」
「そうですか。何がやりたいのか分からないですけど、あの人、勝負事ってなるとすぐにズルするんでしっかり見てますから」
「あ、ああはい」
 この暗闇にはそぐわないほどの眩しい笑顔を、俺は直視することが出来ず、一歩後退した。すると、またしても三九楽は首を傾げる。
 やはりそれは彼女の癖らしい。こんの、何度も何度もされたらたまったものではないので、さっさと勝負を始めることにした。
「んんっ。どっちが鬼になりますか?」
「そうだな……じゃあ、三勝制にしよう。交互に鬼と子を交代して、さきに三勝した方の勝ち」
「そうですね。分かりました。じゃあ、先に鬼やらしてもらいます」
「はいよ」
 二人で話して、俺たちは少しだけ距離をとった。フードつきのパーカーを着た彼は、少しだけ足を開き、僅かに体を倒した。
 そういえば、去年の運動会でもこんな風な構え方をしていた気がする。あの時、その構え方からは予想もできないような異次元の動きを見せた。表情は、ここからでは読むことができないが、おそらく笑っている。そんな感じの立ち姿だ。
「ふぅ」
 息を吐く。すると、その息は仄かに白んだ。まだ、少し寒いようだ。
 今日は本気で動けるようにいつもダンスの練習のときに着ているような感じの運動用の服装だ。薄着なので多少寒さを感じるものの、動けばすぐ温かくなるだろうと思うと、むしろ厚着にすら思える。
 そんなことを考えてリラックスしながら、俺は足に力を込め始める。
「じゃあ、はじめます。制限時間は五分。私が声をかけたら停止してください」
「はいよ」
「はい」
 返事をして、俺も構える。足を開き、どの方向にでも走れる姿勢だ。
 この公園には木や遊具、階段にベンチなど色んなものがある。それらを生かして戦うことこそ、この勝負の鍵だ。
 だが、俺はこういうのに慣れているわけではない。早く来て、下見の意味もこめて少し練習したのである程度は動き方が分かるものの、パルクール系統の経験は豊富ではないのであまり期待できないだろう。
「よーい、スタート」
 三九楽の声によって、試合がスタートする。

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