NO LOVECOMEDY NO YOUTH

黒虱十航

勝負3

「あー、あれなんだけどさ。俺――」
「うん」
「――好きな人がいるんだ」
 言った刹那、教室の空気が凍りついた。
 俺も凍った。俺にラブレターを送ってきた子も凍った。俺たちの声はそこまで大きくなかったと思うが、何故か教室の恥のほうで喋っている女子の軍団の方まで俺の呟きが聞こえているようで、完全に凍りついていた。
 空気中の細胞的なあれが死んだんじゃないかと思うくらいには空気が凍りついた。出来れば今すぐここから出て行きたいんだが、流石にそれは許されないだろう。
 そもそも、何で俺は変なこと口走ったわけ? 俺は皆の王子なんだから、適当に理由付けときゃいいだろうが。なんで『好きな人がいる』とか言ってるの? ってか、それって三九楽のこと? 無意識に意識してるとか恥ず過ぎるんだけど。
 そんな感じで焦っていると、教室の中で唯一先ほどと変わらずに話している奴らを見つけた。
 省木と三九楽である。
 あの二人は、俺の爆弾発言を気にも留めず、楽しげに話している。三九楽はさっきと何ら変わらず、可愛いままだ。なんかそれを見ると、それはそれで複雑な気分だ。
 が、確定したのは俺が三九楽に完全に惚れたということ。可愛い女子としてではなく、好きな人として彼女を見ている自分に気付いた。
「え、えっと赤木原君……それって」
「あ、えっと違くて……俺、ファンの皆が好きだからさ、誰かの特別にはなれない」
 咄嗟に何とか誤魔化せたことにほっとすると同時に、教室の女子のほとんどがほっとした。その辺を見ても、やはり俺はモテてるのだろう。
 それなのに、三九楽は振り向いてくれない。完全に省木にゾッコンだ。
 やっぱり、ムカつく。もう、決めた。絶対にあいつを倒す。強者であることの証明なんかよりもずっと大切な目的が出来た。
「ちょっとごめん」
 俺は、一言断ってから省木の方に歩いていった。
 タイミング? いやそんなに知らねぇよ。こいつと一対一で戦って絶対勝つ。今日にでも戦いたい。そのためにゃ、待ってらんない。
「なあ、省木君」
 無視をされないように、俺は最初から肩を叩いて話しかける。これをすれば『自分に言っていると思わなかった』という言い訳も使えない。
「ん? ……お前、昨日の」
「そう、昨日の。君に話があるんだけど」
 言うと、省木は怪訝そうな顔をした。やっぱり三九楽との会話の邪魔をされたのが嫌だったのだろうか。省木の真意を探ろうと、目を見ると、彼は教室のあちこちに目を向けていた。
 それで分かった。別に三九楽との会話が邪魔されたのが嫌だったわけじゃなく(それも嫌だったかもしれないが)、俺が省木に話しかけることで省木に注目が行くのが嫌だったようだ。と、なれば話は早い。
「ちょっと場所を変えて話したい」
「まあ、次の授業までは時間あるしな。分かった。じゃあ、なんとかあの辺の奴らを追い払ってくれ。屋上に行く階段で待ってるから」
「分かった」
 言うと、省木は立ち上がり、教室を出て行った。
 屋上に行く階段は、一度俺も行ったことがあるがすごく汚い。清掃されている校舎の中で、唯一歪な世界だと言える。故に人は寄り付かない。
「ふわぁぁ」
 と空欠伸をしてから、俺は俺に告白してきた少女のところに戻る。そして、先ほどの爆弾発言と同じような声の大きさで告げる。
「ちょっと、お手洗い行ってくるからあいつに言っといて」
「え、あ、うん」
 トイレに行くといってしまえば、ついてくる奴もいないだろう。うちの学校は割と偏差値高いし、そんなストーカー紛いのことをする馬鹿はいないと信じたい。
 時間もそこまであるわけじゃないので、俺は急いで屋上へ向かう階段に向かった。


 埃が飛散し、壁は汚れている。そんなところに、省木はいた。
「先に言っとく。悪いけど、お前には頼らないからな。どのイベントも俺一人でやる。ワーカーズだって集めない」
 埃を払いながら、省木は俺に言ってきた。突然の言葉に、俺は少しだけ動揺するものの省木という人間はこういう人間なのだ、と納得することにした。というか、いちいち反応していたら話が進まない。
「いや、別に構いませんよ。俺だって協力したくないですからね」
「さいで。なら、これで終わりか」
「いえ、まだ本題にも入ってません」
「そーですか。じゃあ、早く話せ」
 俺の言葉に、ここまでイライラを露にする人も初めてだ。少しだけ、感動しながらも俺は勝負を申し込むことにする。
「単刀直入に言うと、あなたと勝負したいんです」
「は?」
「あなたも社長も、俺を過小評価してますからね。俺の力を見せてやりたいんですよ」
「はぁ」
 省木は完全に俺の正気を疑うかのような目で見てきた。別に睨んできているとかではなく、どちらかと言えばただ、面倒臭がるような目だった。
 が、まあ、それは想定内。
 面倒でも断れないようにすることくらい俺には出来る。
「社長は俺と一緒にやるようにあなたに命令してましたからね。俺に勝たないと命令に逆らうことになる」
「…………」
 無言、ということはある程度、痛いところを突かれたとは思っているはずだ。なら、あと一押しすればいい。
 それで思いついたのは、省木が話に乗るための作戦というよりも俺の中での宣言のようなものだった。
「あと、俺はこの勝負で勝ったら三九楽に告白する。君が勝負を受けてくれなくても告白する」
「チッ」
 その俺の宣言のような言葉に、省木は明らかに嫌そうな顔をした。……告白するって言って嫌がるってことは省木も三九楽のことが好きだよな? い、いやまさかな。考えるのはやめよう。どっちみち、俺は省木に勝つんだし。
「分かったよ。で、内容は?」
「そっちに任せます」
「そうか。じゃあ、鬼ごっこで」
「鬼ごっこですか?」
 鬼ごっこというと、子供のわちゃわちゃ遊びしか記憶にないんだが俺の知らないところで新しい鬼ごっこが出てきていたのだろうか。
 もし俺の知ってる鬼ごっこだと、二人じゃ超絶つまらないし、なんならゲームにならないレベルな気がするんだが……と思っていると、俺の不安を感じ取ったのか、省木は補足しだしてくれた。
「一対一の鬼ごっこだ。チェイスタグみたいな。まあ、あそこまでしっかりしたやつじゃないけど。多分、調べればでる。それを、公園でやろう。近くに階段とか色々あるところがあるだろ。あそこならちょうどいい」
「チェイスタグですか。調べておきます。じゃあ、場所は高良公園でいいですね。日時はいつがいいですか?」
 高良公園というのは、俺が短距離走とかをするのは、ちょっとな、と思っていたところである。鬼ごっこならばまあ、いいだろう。障害物なんかもあったし、なかなか適しているといえる。
「そうだな。じゃあ、二十三時ふたさんぜろぜろに開始。そこからまあ、広い場所だってことも考えて五分。どうだ?」
「分かりました」
 五分なんて短い時間でいいのだろうか、と思いながらも言われたからにはそれを飲みこむ。その上で勝って、力を証明するこそ、俺のなすべきことだと思う。
「じゃあ、そういうことで」
 言うと、完全に埃を払ってから省木は教室に戻っていった。足音のしない彼の移動は、とことん不気味で気持ち悪かった。

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