親父様とまじかる☆すとーん

秋原かざや

正義 第2回 山賊とそして……



『ウツワガ、ウツワガヒツヨウダ』
 暗闇の中、声が響く。
『ボクヲウケイレルホドノ、ウツワ』
 木々がざわめく。
『ウツワガナケレバ、チカラヲエラレナイ』
 闇が木々に紛れて動き始めた。




 昔々。
 まだストレシア大陸が出来て間もない頃。
 一人の女神様が天から降りてきました。
 女神様は何もないこの大陸を見て、とても悲しみました。
 本来ならば、もう草花やさまざまな生き物が住んでいる大陸になる予定だったのです。
 女神様はすぐに暖かく澄んだ風を送りました。冷たく涼しげな水を流しました。光あふれる太陽の光を注ぎました。こうした女神様の力であっという間に何もないストレシア大陸にさまざまな草花や動物たちがもたらされたのです。そして最後に、女神様は自分に似せて『人』を作りました。女神様と同じ力を授けることは出来ませんでしたが、その代わり、生きるための知恵を授けました。
 女神様は最後に作られた『人』たちを集め、こういいました。
「私はもう天へ戻らなくてはなりません。ですが私の力のかけらをこの大地に授けましょう。力のかけらは四つあります。それを全て集めたとき、あなた方の前に現れ、願いを一つだけ叶えてあげましょう」
 女神様は手のひらから赤、青、緑、黄の四つの光を大陸に飛ばし、天へと戻っていきました。
 たくさんの人がその力のかけらを求めて探しに行きました。ですが、未だそれを得たものはいないのです。


「ねえ、母上。女神様の力のかけらって、なあに?」
 おとぎ話が終わったとき、幼い子供がそう、母親に尋ねた。
「今は、そう。『まじかるすとーん』と呼ばれている四つの石よ」
「ぼくにも探せるかな?」
「さあ? 一生懸命、勉強したら探せるかもしれないわ」
 母親はほほえみ、子供を寝かした。
 そう、これがおとぎ話の全貌。
 誰もが恋いこがれる伝説の女神の石。
 『まじかるすとーん』であった。




 そろそろと夜の帳が降りる頃。リルティーシャ・クレメンスは木々のざわめきに肩を震わせながら、帰路を急いでいた。
「ああ、薬屋さんよりも先に薬草取りに行けば良かったわ……」
 涙目になりながら、両手に抱えるほどの野草を持って駆けてゆく。抱えるほどある野草だが、薬とできるのはこの十分の一ぐらいの量だろう。
 がさがさがさっ!
「きゃあああああああ!」
 突然リルティーシャの目の前にある草むらが動き出し……。
「あれ? リッティ、ここにいたのかい?」
 出てきたのはカマラ・アンダーソニア。長い髪を器用にふりほどきながら、手足に付いた草を払う。
「そそそそそそそ、それより、カマラ……さんは、どうして?」
「ん? 散歩だよ……といいたいところだったんだけど、山賊のアジトに行こうとしてたんだ。でも、途中でアジトのある場所聞くのを忘れたのに気づいてね。仕方ないので森を歩いてたって訳さ」
 カマラはそう苦笑した。腰を抜かしたリルティーシャに手を貸すカマラ。
「ところでリッティは? あ。薬草を採っていたんだ」
 リルティーシャの手元にある薬草を見て、カマラは指さした。
「あ、そうなんです。本当は……もう少したくさん取りたかったんですけど、途中で暗くなってしまって……」
「なるほどね。あ、それ持つの手伝おうか? かさばるだろ?」
 そう申し出るカマラの手を避ける術をリルティーシャは持ち合わせていなかった。




「おかえりなさい、遅かったんだね」
 笑顔でカマラとリルティーシャ、途中で合流したライアを迎えるのはユーキ。ここはシルム街の宿であった。
「あれ、一緒だったの?」
「はい、先ほどカマラさんとリッティさんとお会いしたんです。人に間違えられて大変でした」
「あたしとリッティは森で会ってね。あ、早くこれを部屋に置いてこようか。苦そうな匂いはこれ以上耐えられそうにないよ」
「あ、はい。お願いします」
 リルティーシャは頭をぺこりと下げた。二人はすぐさま、部屋へと戻る。
 と、入れ替わりにやってくるのは優雅に階段を下りてくる少女、いや、王女様、アドリアーナ・エル・サンユーロ。
「探しましたのよ、ライア」
 アドリアーナはぼむんと縦ロールの髪を後ろに弾いた。
「探していた?」
 きょとんとした表情で首を傾げるライア。
「そう、ライアに聞きたいことがありましたの。そのライアの胸にある石、それはいつからどうしてあるのかしら?」
「そ、それは……その……」
 とたんに悲しそうにライアは俯いてしまった。
「どうかしたの?」
 ユーキが心配そうに尋ねた。そして、2階の部屋から降りてきたリルティーシャとカマラもやってくる。
「ただ、ライアにそのまじかるすとーんのことを聞いていただけですわ」
 ばんと胸を張って、アドリアーナはそう言った。
「何だ何だ?」
「さあ……?」
 カマラとリルティーシャは訳が分からず首を傾げた。
 ばったーーーーん!
 そんなとき、宿屋のドアが勢いよく吹っ飛んだ。
「また親父様だな……」
 ふうっといつものため息が零れるユーキ。
 そこから現れたのはユーキの言うとおり、恰幅のいい親父様。頭の磨きも一段と冴えているらしく、夜だというのに少し眩しい。
「おーい、帰ったぞっ! 喜べ、ユーキ。大猟じゃあ!」
 どっさと置いたのは、一人の女性。
「むきゅう~」
 狼の毛皮を赤毛の頭に被っていたために獣と間違われたようだ。褐色の肌を見ると、どうやらアラビスの者らしい。女性の名はリク・ワイアンド。しかし、まだここでは名無しの女性であった。
「お、お、親父様っ!?」
 驚きながらユーキは声を上げた。
「おっと、違った。本物はこっちじゃ。ほーら、立派なイノシシじゃろう?」
 満足そうに親父様はどっかと猪を部屋の床に置いた。
「今日はイノシシ鍋じゃ!!」
「じゃなくって!」
「なんじゃい、ユーキはイノシシ嫌いか? ちょっと癖はあるが、なかなかのもんじゃぞ? 腹減り時には打ってつけ……」
「そうじゃなくって、この人はどうしたのさっ!」
「お、いやあ、それがの。ちょこまかちょこまかとよく動くんで、てっきり本物と勘違いして倒してしまったのじゃ。大丈夫、気を失っているだけじゃて……」
 がはははははっと笑う親父様。それをはらはらと見守るカマラたち。
 そして、それは思いがけない展開へと発展する。
 ぷちん。
「笑い事じゃないだろっ! いつかはこんなことをするんじゃないかって心配していたんだ! それなのに、それなのに……」
「だから、怪我はしとらんと」
「今回はそれで良かったかも、また何かあったらどうするのさっ!!」
「そんなこと、二度もあったら大変じゃ。大丈夫、もう起こらん」
「起こってからじゃ遅いんだよっ!! ば、ば、馬鹿親父っ!」
 そう叫んでユーキは宿屋を飛び出していった。
「あっ! ユーキさんっ!」
 すぐさまリルティーシャが追いかけようとするのだが。
「今はやめておいた方がいいと思うよ。何、またすぐに戻ってくるさ」
 そうカマラが止めたのだった。
 しかし、カマラの予想に反して、ユーキはすぐには帰ってくる事は無かった。勿論、この時点では誰も知る事はできなかったのだが。




 その頃、別の場所では。
「あれが……山賊のアジト……ね」
 木陰に隠れつつ、そっと遠くからそのアジト……いや、アジトと言うよりは洞窟と言った方がいいかもしれない。それを見ているのはこんな時でもスーツをばしっと着こなすアリアノール・ウィンダム、その人であった。
「ええ。あそこで自給自足しているようです」
 アリアノールの隣にはもう一人。軽鎧を身に纏う草薙誠がいた。
「自給自足?」
 誠はそっと指さした。その先には山賊が耕して手入れをしているらしい、畑が見えていた。洞窟の前の空き地を畑にしているようだ。
「町を襲っているにしては……豊かに暮らしているってわけではないのね」
 感慨深くアリアノールは腕を組む。
「まあ、とにかく。二人だけでは戦力にはなりません。向こうは十数人いるようですから」
 誠の言うとおり、しばらく見ていると、相手は十数人が出入りするのがわかった。
「そうね、一度戻った方が良さそう……」
 二人が頷き、来た道を戻ろうとしたが……。
「ん? あ、あれって……ミカエルさまにニーナさま!?」
 誠が見つけたのは、アジトへ向かうミカエルとニーナ・タムダットの姿だった。


「何だ、おめえらは!」
 やせっぽっちの上に背の低い山賊が、精一杯威圧している。
「あのねー、あたし達はあなた達の話を聞きに来たのよ」
 ニーナが一応、笑顔でそう言った。
「うっせーやっ! おめえらに話すことなどないぜ! 帰れ、帰れっ!」
「きゃあ!」
 やせた山賊がニーナの手を掴み、ひねる。と、山賊の手が放れた。
「うぎゃあ!」
「暴力はいけません!」
 ミカエルの持つ棒が山賊の手を打ったのだ。
「ボク達は話をしに来ただけです。どうして町の人を襲うようになったのか……何か理由があるのではないのですか? 良ければ聞かせて下さい。場合によっては協力しますから」
 そのミカエルの言葉に。
「協力? それは本当の話か?」
 洞窟の奥から一人の青年が出てきた。無精髭を生やし、腕を布で吊っている。
「お、お頭~!」
 やせた山賊が青年をそう呼んだ。どうやら、彼がこの山賊達をまとめているリーダーのようだ。
「もしそれが本当なら、おまえの持つ棒をこっちに預けろ。それが出来ないなら、話すことはない、帰れ」
 そのお頭さんの言葉にミカエルはグエッグエッと笑った。
「いいですよ。はいどうぞ」
 ミカエルはお頭さんに持っていた棒を素直に渡す。
「ちょ、ちょっといいの?」
 ニーナが不安そうに尋ねる。
「大丈夫ですよ」
 にこりと笑みを浮かべるミカエルにニーナは従うしかなかったのであった。




「やっぱり……放っておけません。その、あの、ユーキ君を捜しに行って来ますっ」
 そう言い残しリルティーシャは宿屋を後にした。
「リッティ! ……さっきはああ言ってしまったけど、やっぱり心配だな。どうする? 探しに行く?」
 カマラが困ったように皆を見回す。
「ほっとけ、すぐに帰ってくるじゃろ……」
 ダズはいつもの元気はなく、イノシシを宿屋のマスターに預けると、さっさと部屋へと戻ってしまった。
「親父様……」
 ライアがそれを心配そうに見送った。
「こうしていても仕方ありませんわ。とにかく、わたくしたちが出来ることをやりません? ね、ライア。先ほどの質問、答えてくれますわよね?」
 アドリアーナの言葉にライアは俯いてしまう。
「……わかりましたわ。言いたくなければ結構。あなたのご両親にお会いして話を聞くまでですわ」
 そういって店を出ようとするアドリアーナ。
「ま、待って下さい! その、私……両親は、いないんです……」
「両親が……いない?」
 ライアの言葉にカマラが眉を潜めた。
「いないってどういうことですの?」
「父も、母も……私をかばって死んだんです。この世には……もういないんです」
 そして、ライアは悲しそうな瞳で話を続けた。
「私のこの石のせいで……生まれたときから何故かこの石が私の胸にあったんです。これが、私の、不幸の始まり」
 そういって涙を零すライアが苦しそうに見えた。
「もういいよ。もういい……わかったから」
 カマラがそっとライアを抱きしめる。
「なんとなくはわかりましたわ。……そういえば、ミカエル達が見えないようだけど……」
 ちりんちりんとベルを鳴らす。
「何でございましょう? 姫様?」
「あなた、ミカエル達を知らない?」
「少し前にお出かけになりました」
「ありがとう」
 そそくさとセバスチャンは去ってゆく。
「うーん……あれ? ここ、何処れすか? 森じゃないれすっ! うきゅう!」
 どうやら、狼少女? リクが目覚めたようだ。ダズのアタックが効いたのか、脇腹を押さえている。
「シルムの町の宿屋ですわ」
「まだ横になっていた方がいいよ」
 アドリアーナとカマラがそう答えた。
 どうやらリクに危害を与えるようなことはしないようだ。
「……リク……おなか空いたのれす……」
 ぽつりとつぶやいた言葉にその場にいた者は笑みを浮かべたのであった。


 ぱたぱたと走るリルティーシャ。と、足がもつれ、べたりと転んでしまった。
「うっ……ユーキ……くーん……」
 次第にリルティーシャの瞳が潤み出す。と、目の前に突然白いハンカチが現れる。
「な、泣くなよ……怪我、大したことないから……」
 そういってそっぽを向くユーキ。
「ユーキ君! その、皆が心配しているんですよ! そのあの……戻りましょう?」
「……でも……」
 しぶるユーキの手をリルティーシャがしっかりと握った。
「戻りましょう?」
「……わかったよ。戻るよ」
 しぶしぶ立ち上がるユーキ。
「ありがとう、ユーキ君」
 にっこりと笑みを浮かべるリルティーシャに。
「大したこと、ないよ……」
 ユーキは顔を背けながらリルティーシャに手を貸す。
「お、親父様が悪事を懲らしめるため以外に人に怪我、させるの……初めてだったから、その驚いて、さ」
 その顔が次第に赤くなってゆく。
「そ、それに、さ。親父様、僕がいないと何にも出来ないから、ね。皆、困るでしょ?」
 と、側にあった草むらががさがさと揺れた。
「何?」
 きょとんとするリルティーシャ。
「殺気? ……いや、これは……」
 ユーキの声が途中で止まる。
『ミツケタ……ボクノウツワ……』
「危ないっ!」
 ユーキはリルティーシャを庇うように押し退けた。黒い影がユーキを襲う。
「きゃあ!」


 ぼむぼむん!


 煙の晴れたところに倒れているのはユーキ。
「ゆ、ユーキ君っ?」
 そっとユーキの手に触れるリルティーシャ。
「……ちょっと、計画が違ったけど、ま、いっか。この体もしっくりしているみたいだし」
 そして笑み。
「は、はい?」
「それに君、ボク好みなんだよね」
「はいっ?」
 目を白黒させながら、リルティーシャがあわてふためく。
「ボク、これからジャパネに行くよ。どうやらあっちに女神の祝福があるらしいから」
 そしてユーキはリルティーシャの耳元で囁く。
「ホントは仲間を連れて行くつもりなんてなかったけど……キミならいつでも歓迎するよ」
「え、ええ? ええ?」
 気が付けばその場にはリルティーシャがたった一人きり。
「ゆ、ユーキ……君……?」
 その手には白いハンカチが握られていた。まだ少し暖かい、そのハンカチが。




 ばんと大きな音が洞窟中に響き渡る。ニーナが座っていた席の前にあるテーブルを強く叩き、立ち上がったのだ。
「なによそれっ! 食べるものに困っていたから町を襲ったのもしょうがないって言うのっ!? そんなのおかしいじゃない! 悪いことは悪いに決まっているんだから! 町の人に信用されないって言っているけど、信用されるようになろうって努力したことある? 自分たちも困っているんだって話したことある? 町の人たちのせいにして、逃げているだけじゃないの!? それじゃ、ただの弱虫よ! あたしは……弱い男は嫌いなんだからっ!!」
 まくし立てるようにニーナはそう言い放つ。
「な、何だとーっ!」
「ヤス、待て。この女の言うとおりだ」
 やせた山賊……いや、ヤスはお頭さんの言葉に不満そうだった。
「でも、お頭~。俺達はアイツのせいでこんなことに……」
「わかっている。だからこそ、この女の言う通りだって言っているんだ。俺達は町の者に巨大鳥に食い物を取られ、困っていることを一度も言ったことがない。自分たちで対処出来ないことだとわかっていても、だ。俺達は……心のどこかで逃げていたのかもしれない……」
 そう俯くお頭さんにミカエルは尋ねた。
「巨大鳥というのは……なんですか?」
「最近、俺達の畑を荒らすようになった巨大な鳥のことだよ。あの素早さには俺達もお手上げだし、力も強い。だから、ほら、この通りさ」
 そういってお頭さんは怪我をした腕を見せた。
「だから……町を襲ったのですね」
「その方がリスクは低いからな。でもまあ、予想以上に稼ぎにならなかったよ。結局、ゼロさ。いつもこう。俺達は無駄足ばかり踏んでいる」
「山賊さん……」
 何だか話を聞いているうちにニーナは山賊達が可哀想に見えてきた。
「だからといって略奪はいけません。もうしないで下さいね」
 そのミカエルの言葉にお頭さんは頷いた。
 と、そのとき。


 どっかーん!


 何かがぶつかる音がした。
「な、何だ?」
 お頭さんが急いで手下の山賊達を呼び寄せ、音のした洞窟の入口へ向かう。
「あれあれ? 道間違えちゃった?」
 ばたたたたーと素早い足で駆け回るのは御子柴康介。それを何とか捕まえようとする山賊達。
「きっさまー! 待ちやがれっ!」
 それでも追いつくことは出来ず。
 山賊達は武力行使に踏み切った。


「ちょ、ちょっとあれ、康介君じゃないの?」
「これは……非常にやばいですっ!」
 遠くで見守っていたアリアノールと誠が康介の助太刀に入る。
「小さい子に何をするのっ?」
 アリアノールの鞭が山賊をなぎ倒し。
「とおおおおお!」
 誠のタバスコ入り水鉄砲が火を噴いた!
「とどめですっ!」
 誠は懐から団子状の『何か』をぶん投げた。
「うぎゃああ!」
 哀れ、山賊は錆びた鉄粉と香辛料の入ったその『何か』を見事にくらい、涙を流していた。
「あれあれ? どうなっているのー?」
 周りの状況に驚いた康介がぴたりと足を止めた。そこをすかさずニーナが捕まえる。
「あなたがつっこんだから、よ。もう」
「あら? 違ったの?」
 アリアノールが最後の山賊を鞭でしとめて振り向いた。
「あのー大丈夫……ですか?」
 ミカエルが倒れた山賊にそっと尋ねた。なんだかんだといいつつ、山賊は康介、アリアノール、誠の手によって退治されたのであった。


「なんじゃい、もう終わったのか?」
 悠々と現れたのはダズ。山賊の倒れている状況を見て、なにやら不服そうであった。
「いえ、まだよ。ダズ」
 そこへいつの間にか現れたのはあの、オルフィス。その隣には一人の青年侍が立っていた。
「ほう、一人では無理だと思ったのか?」
「馬鹿を言わないで。蒼雲はアンタとの戦いに邪魔が入らないよう見届けてもらう為に呼んだだけよ。勘違いしないで欲しいわね」
 ばちばちと二人は火花を散らした視線で威嚇していた。
「ワシは素手で戦う。お主はどうするのじゃ?」
「そうね……アンタが素手ならワタシも素手で戦うわ」
 そういってオルフィスは背中の剣を蒼雲に投げ渡した。
「あら、いけない。アンタは軽装なのに、ワタシが鎧着ているなんて、フェアじゃないわね。これも脱ぐわ」
 がちゃがちゃと付けていた鎧を地面に落としてゆく。
「これで、やっと互角の戦いが出来るわね?」
「上等。手加減はせぬぞ」
「そんなもの、いらないわっ!」
 二人の拳が交差する!
 飛ばされたのは……オルフィス!
「ぐあっ!」
 強く地面にたたきつけられた。
「まだまだじゃのう?」
「ま、まだよ……まだ……終わっていない」
 そういって立ち上がるオルフィス。その唇の端からつうっと赤い血が伝う。


 ばりばりばりっ!
 ばさばさばさばさっ!


 突如、大きな音を立てながら巨大な鳥がその場に姿を現した。
「こらあっ! 待てっ!」
 ポニーテールのジャパネ女性が巨大な鳥を追ってここへくる。よく見ると鳥の背には、目隠しをしている小さな少女の姿も見えた。
 巨大な鳥はオルフィス達の前で降り立つ。
「もう逃げられねえぜ?」
 ポニーテールの女性がばしっと指を巨大鳥に突きつけた。
「……しゅくふく……」
 と、鳥の背中から降りた少女が呟く。その手には何故か青い色をした短剣が握られていた。
「はあ? と、とにかく、プリム、こっちに来るんだ」
 女性は少女を捕まえようとしたときだった。


 ぱああああああああああああ!


 青い閃光が辺りを突き刺すように照らす。
「女神から祝福されし力のかけら、『女神の短剣』。これが、マジカルストーン」
 少女はしっかりとした口調でそう告げた。
「プリムーーーー!」
 遠くで少女に駆け寄ろうとする顔に傷跡のある少年が力の限り叫ぶ。
「力は呼び合い、一つになる」
 そう少女は言い残すと巨大な鳥に銜えられ、空へと飛び出していった。


「こりゃいかん! 今すぐ助けねばっ!」
「ちょっと待ちなさいよっ!!」
 鳥の後を追おうとするダズを止めたのはオルフィス。
「あの子はワタシ達の仲間よ。アンタは関係ないわ!」
「じゃが、ここで見捨てることなどワシには出来ん!」
「そんな大きなお世話が、気に入らないのよ……」
 ぽつりと呟くようにオルフィスは言う。
「アンタ、そんなことだと命がいくつあっても足りないわよ? それに……アンタはやるべきことがあるんじゃなくて? あの子は……プリムはワタシが責任もって救うわ。だから、アンタはアンタのしなきゃいけないことをしなさい、いいわね!?」
 オルフィスはそういいながら、投げ捨てた鎧を身に纏った。
「それじゃあ、ワタシ、急ぐから! 行くわよ皆!」
 そういって彼らはその場を去ってゆく。


「いいのですか?」
 側にいた誠がそうダズに尋ねた。
「あやつの言う通りじゃ……ワシらも行くぞ」
「行くってどこに?」
「……宿屋じゃ! もうユーキが帰っているじゃろ?」
 ニーナの言葉に乱暴にそう言った。
「親父様……」
「すまん、ちょっとキツイ言い回しになったの」
 その、山賊のアジトを後にする親父様の背が何故か寂しげに感じるニーナだった。




 ことこととジャパネ風鍋が湯気を出していた。ここは宿屋のキッチン。宿屋のマスターに頼んで借りたのだ。
「あ、あの……立三さん、味見……いいですか?」
 舞姫が給仕姿でそっと料理の乗った小皿を後仁立三に手渡す。ちなみにこの給仕服もマスターから借りたものである。
「も、もしやこれは……?」
 額に汗を浮かばせながら、恐る恐る立三が尋ねた。
「まずくはありませんよ。ダズ様にまずいものは食べさせられません。いやなら……いいです」
 ぷーっと膨れながら舞姫は立三に渡した小皿を奪おうとした。
「あ、そんなことないっスよ! 舞姫ちゃんの料理は天下一品でヤンス!」
 その立三の台詞には間違いはない。一度食べたらほっぺたが零れそうなほど、おいしい料理を作るのが得意なのだ、舞姫は。
「う、うまいでヤンス~☆」
 立三は小皿に盛られ料理をじゅるんと飲み込み、ご満悦であった。
 と、宿屋のカウンター付近が騒がしい。どうやらダズ達が帰ってきたようだ。
「『スイトンの術』実行します」
「了解でヤンス」
 二人は力強く頷いた。


 宿屋に戻ってきたダズ達。途中で呆然としていたリルティーシャとも合流して大所帯となっていた。
「遅かったわね。で、どうでしたの?」
 出迎えるのはアドリアーナ。
「どうしたもこうしたも大変だったんだから!」
 ニーナがすぐさま反応する。
「わたくしはあなたの隣にいるミカエルに聞いたつもり……だったんですのよ」
「あ、そうだったんですか? 気づかなくて申し訳ありません」
 と、ミカエルにぺこりと頭を下げられ、アドリアーナはあたふたとその場を取り繕う。
「あ、あ、あなたのせいではありませんわ。頭を下げられても、こ、こ、困りますわ」
 そんなムードを。
「リクーおなか空いたれす~☆」
 という言葉と共に。
 ぐきゅるるるる~。
 崩したのはリクだった。
「じゃ、じゃあ食事にしましょう。私も疲れたので早く食べて休みたいです。あ、紅茶、忘れずにお願いしますね!」
 誠がすぐさま食堂のカウンターに座り、注文を取り始める。
「今夜は特別メニューでヤンス!」
 と、出てきたのは立三。その後ろには……。
「ああ、あなたはっ!」
「あ、あのときのお姉ちゃんだっ!」
 ミカエルと康介が同時に声を上げた。と、思ったが、もう姿が見えない。気のせいだったのだろうか?
「ま、舞姫ちゃん……隠れなくても……」
 立三が汗マークを浮かべながらちらりと天井を見た。そこには張り付くように舞姫が天井を移動している。
 こうして、ダズご一行の目の前に湯気の溢れるスイトンが並べられたのであった。
「いっただきますれす~☆ ……あちっ!」
 涙目で舌を出すのはリク。どうやら火傷をしたようだ。
「スイトンとは珍しいのう。どーれ?」
 ダズは見かけに寄らず優しくふーふーとスイトンの乗った匙を冷ますと、ひとくち口に含んだ。
「む、この味……美味いっ!」
 口の中から黄金の光が溢れる。
「もしや……この味……ま」
 何かを言おうとしたダズ。しかしそれは阻まれる。
 むぎゅう☆
「ああ、ダズ様! 分かって下さったのですね!」
 舞姫の胸に顔を押しつけられたダズ。息が出来なくてもがいている。
「ちょっと、親父様。紹介してくれる?」
 皆を代表してアリアノールがダズに尋ねた。
「もがががが!」
 言葉になっていない。
 やっと舞姫の胸から逃れられたダズは本当のことを話し始める。
「なあに、舞姫はワシの妻じゃよ」
『えええええええええええっ!?』
 宿屋に叫び声が響き渡った。




「おや、ぼうず、一人かい?」
 ちょび髭の男性が馬車に乗るユーキに声をかけた。
「うん」
「迷子になったのかい?」
「違うよ、これからジャパネに行くんだ」
「じゃあ、わしと同じだな。ジャパネの何処へ行くんだい?」
「んーと……ヒサク、かな?」
「お、ヒサクかい? あそこにはまじかるすとーんを狙う義賊がいるらしいじゃないか。ぼうずも気をつけるといい」
「ありがとう、おじさん」
 ユーキは冷めた目で微笑んだ。




■次回予告
ミカエル「やっと山賊の件が落ち着いたと思いましたら……」
カマラ「いやあ、参ったね。親父様とユーキがケンカをするなんて、驚いちゃったよ。しかも親父様、ちゃんと妻、いたんだね」
立三「舞姫ちゃんも親父様と合流しちゃったでヤンス」
ミカエル「でも……ユーキ君の様子が気になりますね……」
立三「たぶん、大丈夫でヤンスよ。なんせ、舞姫ちゃんの息子でヤンスから」
カマラ「さて、気になる次回は『天井を駆ける闇ねずみ』。舞台は変わってジャパネのヒサクになるよ」
ミカエル「次回も熱血しながら、がんばりましょう!」
立三「ところで、オイラの巻物、何処へ行ったでヤンスか~?」







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