親父様とまじかる☆すとーん

秋原かざや

暗躍 第1回 シルム町に潜む闇

 ここはサンユーロ城。窓から零れる陽の光りが程良く心地よい。それは白く細工の施した廊下柱や天井など、サンユーロ城の廊下に彩りを添えていた。
「ふう、普段使い慣れない言葉を使うと、余計な力が入ってしまうわね」
 肩がこってしまうわと呟くのはオルフィス。そして、彼の隣にいるのは……。
「そう思わない? ユレイア?」
「……私としてはあなたの側にずっと陛下を置いておきたい気分です」
 同じく装飾の施した鎧に身を纏わせる女性、ユレイアーナ・リバーがいた。普段は軽装なのだが、王の前に出るため特別製の鎧を着ているのだ。
「それは困るわね」
 そう言ってオルフィスが苦笑した。
「それよりも先程、陛下と二人っきりで話をしていたようだけど……何だったのかしら?」
「残念ですが、それはお答えしかねます」
「あら、そういう話なの?」
 驚くように目を丸くするオルフィス。
「それよりも……まじかるすとーんを本気でお探しするつもりですか? あのダズ様もお探ししているようですが……」
「もちろんよ。私、知りたいことがあるの」
「知りたい……こと?」
「ふふ、これ以上は内緒☆」
「………」
 オルフィスがそうウインクし、ユレイアーナの背中に悪寒が走った頃、彼等はようやく城門まで辿り着いた。
「そ、それよりも……我々だけではいささか人手不足ではありませんか?」
「それは心配しなくて良いわよ」
 そう言ってオルフィスは城門の前にいる一人の男性に視線を移した。
「終わったのか?」
 男性は低く冷たい響きのする声でオルフィスに尋ねた。彼の名は孤我蒼雲こが・そううん。古びた着物を着流し、長く伸ばした黒髪を一つに纏めていた。その手にはキセルがあり、腰には二本の刀が差してある。そう、彼はジャパネの侍であった。
「ちょっと待たせたわね」
「いや、それほどでは……」
 と、側で一台の自動車が現れた。
「むっ! また新手の物の怪かっ! 人を喰らうなど言語道断!」
 そういって自動車に飛びかかろうとする蒼雲を……。
「ちょ、ちょっと待ちなさいってっ! 前にも教えたじゃないのよ! あれは自動車! 乗り物よ、乗り物っ!」
 急いで捕まえるオルフィス。
「だが、先日見た車とは別の物だったぞ?」
「車にもいろいろな種類があるの!」
 やっと分かったらしい、蒼雲は二本の刀を鞘に納めた。
「……頭痛の種がまた一つ……」
 ユレイアーナがため息をついたのは、言うまでもない。
「あっれ~、奇遇ですね~オルフィス様。これからオルフィス様の所へ行こうとしていたんですよ~」
 そう言って現れたるは茶髪に近い金髪の持ち主。ふわりとした緑のスカートの下には、パンチラ同好会も真っ青な黒いスパッツが見えていた。
「あら、リアじゃない。あっと、こちらはリア・エルル・アスティア。ワタシの幼なじみよ。リアも今回の旅に同行してもらう予定よ」
「……オルフィス殿も隅には置けない方であったか……」
「意外でした」
 二人がなにやら納得している?
「あら、何?」
「ボクにも分からないよ~。あ、今日はオルフィス様の大好きな~、ビーフシチューにするから楽しみにしてね~☆」
「まあ、いいの? ふふ、夕食が楽しみね」
 嬉しそうに笑みを浮かべるオルフィス。
「なるほど。オルフィスの許嫁なんだね?」
 音もなく現れたのは皇琥玖おう・こきゅう。額にあるはちがねが、零れる濃い灰色の髪の間から覗かせていた。動きやすい服装から察するにどうやら彼は忍びのようだ。
「ち、ち、ちっがーうっ! そりゃ、こんないい子が許嫁ならどんなにいいかと思ったことはあるわよ? でもね! ワタシ、男には興味はないの! お分かり?」
 その言葉に、今度は三人が驚く。
『お、男~?』
 見事なハーモニーで三人は叫ぶ。
「うん、そうだよ~。気づかなかった?」
 のんびり口調でリアが応えた。
「それに誰が許嫁だって言ったかしら?」
 オルフィスの目がちょっとマジだ。
「そういえば、以前にご飯をいただいたときにいたような気がするわね」
 いつの間にか琥玖は女性になっていた。変化の術を使ったのだ。しかし女性になったとたん、魅力度がUPするのは気のせいだろうか? 露出度も上がっているのは気のせいだろうか? それをさしおいても美しいのはこのストレシア大陸の七不思議に相当するのではなかろうか。
「まあ、いいわ。まずはワタシの家で美味しい夕食を食べながら旅の準備をしましょ」
 その意見にそこにいる皆は即座に賛成した。




 と、いうわけで。
「早朝早くに出たのは良いけど~」
「本当にこの道でよろしいのですか?」
 なかなか目的地に着かないのをリアとユレイアーナが琥玖に詰め寄った。
「あ、俺の情報を信用していない? 酷いなぁ、ちゃんと調べてあるのに……」
「だが、一向にシルム町に着かぬではないか」
 しまいには蒼雲にも言われてしまった。
「まあまあ、それなら……ほら、あそこに人がいるからあの人に尋ねてみましょう。どうやらジャパネの飛脚さんだから、町の場所を知っていそうよ?」
 そう提案するオルフィス。
『賛成ー!』
 皆は即座に声を揃えた。
「うう、そんなに信用されていない?」
 琥玖は一人、いじけていた。
「で、誰が尋ねるの~?」
「やはり皆をまとめる長が尋ねるのが道理では?」
「では、私ではありませんね」
 そして皆はオルフィスを見る。
「……分かったわよ。ワタシが尋ねればいいんでしょう?」
 ぶつぶつとオルフィスは何かを言っているようだが、聞き取れなかったようだ。
 とにかくオルフィスはその飛脚に声をかけることにした。
「ちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「え? オイラに何か用かい?」
 飛脚は足を止め、くるりと振り向いた。と、同時に飛脚の持っていた飛脚箱が見事、オルフィスの頭部を直撃した。


 ごいん! どすん!


 そう、突然襲った悲劇はオルフィスを背中から道へと沈めた。オルフィスは仰向けに倒れて目を回している。
「オイラに尋ねたのはオメエ達かい?」
 その飛脚の声に四人は首を横に振った。
「ちぇ、空腹の所為で空耳がしやがる」
 後ろに倒れたオルフィスに気づかず、飛脚は先を急いでいく。
 むくりとやっと起きたオルフィスは頭をさすりながらもう一度、トライしてみた。
「もうっ! いきなり打つことないでしょ? 分かっているの? そこのアナ……」


 ごいん! どすん!


 本日二度目の……。
「ジャストミート……ですね」
「ぷくくくくく……」
「………」
「『麗しき騎士は飛脚箱に弱い』っと~」
 その光景を楽しそうに見ている四人。
「ちょっと、見ていないで何とかしようとは思わないの!?」
 完全に怒っているようだ。オルフィスの顔は今にも火が噴きそうである。
「え? やっぱり人がいるのかい?」


 ごいん! どすん!


 飛脚箱、侮るべからず。三度目のなんとやら。今度はオルフィス、うつぶせに倒れていった。
「なんだか可愛そうになってきたから~、あの飛脚さんにいいましょう~」
「……そうですね」
「あれじゃあ、惨めじゃん?」
「ではさっそく。そこの飛脚殿!」
 こうしてようやく、飛脚と話をすることが出来たのである。


「いやあ、悪かったな。えっと、シルム町ならこの先をずっと歩いた先だぜ。あ、なんならオイラもついていこうか? さっきのお詫びの印としてさ」
 ポニーテールをした威勢のいい女性、黒田くろだせなはそう彼等に言った。
「もちろんお願いするわよ。打たれ損はいやですもの」
 赤く腫れた頬をさすりながらオルフィスはそう告げた。
「そういえば、何でシルム町に行こうとしているんだ? 何かあるのか?」
 せながそうオルフィス達に尋ねた。
「シルム町にダズが来るのよ」
「ダズ?」
 オルフィスの言葉にせなは繰り返す。
「ダズというのは禿げた頭をしている、武闘家の方です。オルフィス様はそのダズ様にぎゃふんと言わせたいのですよ」
 オルフィスの代わりにユレイアーナが説明をする。
「まあ、そういうことよ」
「ふうん……まあ、その禿げた武闘家も見てみてぇし……オメエみたいに男のなりで女言葉を話す奴はジャパネでは珍しいからな。よし、オイラも仲間になってやるぜ! いいだろ?」
 こうして、オルフィス達に新たな仲間が加わったのであった。


「本当にこっちで当たっているのかしら?」
 琥玖……いや、今は女性になっている。女性の時は『るい』と名乗っている。彼女は心配してそう、せなに言った。
「大丈夫、大丈ー夫! この先を越えればすぐ、シルム町だぜ!」
 道ではない道をオルフィス達は進んでいた。と、やっと大きな道に出た。
「後はこの道を真っ直ぐ歩けば、到着だ」
「……本当か?」
 蒼雲も心配そうだ。
「おいおい。お前ら、ここが俺達の縄張りだって知っているんだろうな?」
 と、突然、ガラの悪い兄さん達が10人現れた。
「ど、どうしよう~? 囲まれちゃったよ?」
「逃げられませんね……」
 リアとユレイアーナはお互い顔を見合わせた。
「やるか?」
 蒼雲が刀の柄に手をかけた時だった。
 がさがさがさ……。
「む?」
 なにやら、側の草むらがゆさゆさ揺れている。
「何か……居るぞ?」
 蒼雲が告げた瞬間!


「がるるるるううう!」


 出てきたのは野生の巨大熊!
「きゃあああ!」
 側にいたユレイアーナは突然のことに驚き、立ちすくんでしまった。熊の破壊的な腕はすぐそこまで来ようとしている!
「ユレイアさん~!」
 リアが頼りない声を上げた。
「いいから下がりなさいっ!」
 そこへオルフィスが間に立ち。
「グランジェスタ流奥義……」
 背中に付けていた大剣を鞘のまま構え。
「クロスブレイド!」
  剣を十字に切った!
 どすんと大音響で倒れ崩れる巨大熊。
「大丈夫? ユレイアーナ。もう少しで危ないところだったわよ?」
 けろりとした顔でオルフィスは振り返る。
「あ、あの……どうして……?」
「あ、鞘の付いたまま剣技をふるったか、でしょ? 不必要に殺生をするなって父から言われているから」
 そう言った先に巨大熊の元に幼い子熊が駆け寄ってきていた。
「こういう場合もあるからねぇ。さて、親が起き出す前に場所を変えましょうか? それとも、ワタシと戦う?」
 にっこりと笑うオルフィスの顔はガラの悪いお兄さんにとって恐ろしいものでしかなかった……はずだった。
「あ、兄貴っ! いや、師匠! アンタに頼みたいことがあるんだ!」
「?」
 どうやらお兄さん達はもう、襲う気はないらしい。
「ここじゃあ、また危ないから俺達のアジトで話しましょう」
 お兄さん達の先導で一行は彼等のアジトへと向かったのであった。


 お兄さん達の案内された場所はとある洞窟だった。いや、よく見れば違う。その近くには小さいながらも畑があり、井戸があり、自給自足出来るようになっている。洞窟の入口はまるで先程出会ったような熊が住んでいそうな雰囲気を漂わせているが、中にはいるとそこは別世界。快適とまではいかないが、人の手で整えられたいくつもの部屋に、オルフィス達は感嘆の声を上げた。
「まあ、アジトと言うだけあるわね……」
 累がそう呟いた。
「俺らは親も兄弟もいないんや。始めは三人だったのが、どういう訳か同じ境遇の者が他にも寄ってくるんや。類が友を呼ぶっていうやつやな」
 赤毛のお兄さんがそう説明する。
「少し前までは大人しく、ここで暮らしていたんでがんすよ。だけど、アイツが来てからオラ達が頑張って作った野菜を横取りしたんでがんす!」
「アイツ?」
 不思議そうにせなが尋ねる。
「巨大な鳥さ。俺達もまだ三回しか見たことがないんだが、そいつは賢く、馬鹿でかい。何度も退治しようとしたが……逆に大怪我をしちまった」
 リーダー格であろう。無精髭を生やした青年がそう言った。彼の腕は白い布で吊していた。どうやら腕の骨を折ってしまったようだ。
「普通の網では、ヤツは捕まえられない。かかしを付けても追い返せない。そんな鳥さ。今じゃあシルム町にも出ているらしいがな」
「なるほど~。その鳥さんがいるから困っているんだね」
 リアの言葉にリーダーは頷いた。
「仕方ないからこの近くの町……シルム町を襲ったってことよ。でなきゃ、俺達やってけねえだろ?」
 そう言ってリーダーは苦笑した。
「ですが、そのようなことをすれば、サンユーロから正規軍が派遣され、あなたたちを捕まえに来ますよ? もう、準備を始めていると出発する前に聞きましたから」
 ユレイアーナがそう告げた。
「うっ……」
 言葉に詰まるお兄さん達……いや山賊達。
「町の人に全部話して、協力してもらえばいいんじゃないの?」
 累がそう言うが。
「アイツ等は人を見かけで判断しやがるからな……俺達がいったところで信用しねえよ。むしろ嘘つき呼ばわりされて追い払われるのがオチよ」
 山賊達のリーダーはそう、淋しそうな目をした。
「……そこで俺達が来たという訳か」
 蒼雲はじっとリーダーの目を見ていた。
「そういうことだ。……頼む。大熊を倒せるのなら、大きな鳥だって倒せるはずだ! 俺達の代わりに倒してはくれねーか? 礼ならたっぷりするから……」
「お断りするわ」
 オルフィスはそっけなく応えた。
「は、はや……」
 思わず累が呟く。
「な、何故? この金を出してもか?」
 そう言って子分達に金を持ってこさせるリーダー。そこに……人一人分食べて暮らせそうな位の金が運ばれてきた。要するに5人分とするなら、明らかに足りない報酬だった。
「……苦労しているんだね~」
 リアは何処からともなく白いハンケチを出してそっと瞳の端を押さえた。
「残念だけど、ワタシは大事な用があるの。……でも、この子達なら何とか出来ると思うわよ」
 そう言ってリア、ユレイアーナ、蒼雲、せな、そして累を指した。
「特に蒼雲はワタシと同等の剣術を持っているわ。それに累……本当はオウコっていうんだけど、この子は忍者だし、リアはこう見えても頭が切れるわ。ユレイアーナも剣を使えるから役立つと思うわよ。せなは足が速いし……どうかしら?」
『勝手に決めるなっ!』
 五人は声を揃えてオルフィスに叫んだ。
「あら、いいじゃない。ワタシがダズにぎゃふんと言わせている間にちゃっちゃとすませばばっちりよ? どうせ暇なんだし、受ければ?」
 オルフィス、実は勝手な男である。
 その物言いに五人は呆れていたのは言うまでもない。




 朝から昼にかけてだけ、シルム町は賑やかになる。それは山賊が襲ってこないからだ。恐らく夜遅くまで遊び回り、昼まで寝ているのだろうと町人はそう噂していた。
 そんな賑やかな市場を見慣れぬ兄妹が通っていった。
「にーちゃ、おなかすいたにゅ……」
 きゅるるんと可愛らしい腹の音を奏でているのはプリムヴェール・ティラォン。幼い彼女の目は布で覆い隠されている。どうやら目が見えないようだ。そのため、兄の手をしっかりと握り、迷子にならぬようついてきている。
「もう少し待ってくれよ。後、一件回れば、買い物は終わるから」
 そう言ってプリムヴェールの兄、ヴォルール・ヴァレ・ティラォンが困ったようにそう答えた。
「また、わなのどおぐ?」
「な、声が大きいっ!」
 しーっと口元に指を置き、静かにするように指示を送る。
「ぷりん、おなかすいたにゅ……」
 しょぼんと俯くプリムヴェール。
「ああ、わかったわかった! 早く終わらせて美味しいご飯、食べような!」
 ちょっと投げやりに言ったヴォルールの言葉に。
「ぷりん、あっちのおみせと、むこうのおみせとあそこのおみせのごはんがたべたいにゃ☆」
「……え?」
 思わず呟くヴォルール。
「だめにょ?」
「う……そ、そんなに行けるはずないだろ?」
「じゃあ、あっちのおみせでいいにゅ」
「すまん、兄ちゃん貧乏で……」
 こうしているうちに目的地へと辿り着いたヴォルール達。
「プリム、いい子だからここで待っているんだぞ。これが終わったらご飯だからな」
「わかったにゃ☆」
 プリムヴェールはヴォルールに言われ、店の影で待つこととなった。その前をたくさんの人が通ってゆく。
「おっとごめんよ」
 とんと男性にぶつかった。プリムヴェールはころんとよろけ、待っていた店から少し離れてしまった。
「にょ?」
「ちょっと邪魔だよ、道の端に行きな」
 どんと勢い良くまた誰かにぶつかった。
「にょにょ?」
 それを五回ほど繰り返し……。
「にょ? ここ、どこにょ? にーちゃ?」
 気づけば店から遠く離れた広場に来ていた。側には涼しそうな噴水があるのが分かる。
「にーちゃ? にーちゃ?」
 うろうろと噴水の周りを歩くが、ヴォルールは一向に現れなかった。
「にょ? こういうときは……」
 ふとヴォルールの言葉を思い出していた。
『いいか、迷子になったら大声で泣いて、俺を呼ぶんだ、いいな?』
「なんかちょっとちがうきもするけど、やってみるにゃ!」
 むんとプリムヴェールの拳が力強く振り上げられた。と、思ったとたん。
「ふええええええええ!」
 プリムヴェールは大声で泣きだした。
「にーちゃ、にーちゃ! ふええええええ!」
 周りは一斉にプリムヴェールを見た。
「あらまあ、どうしたの?」
 始めに声をかけたのは優しそうなおばさんだった。
 しかし、その後の対応をプリムヴェールは知らなかった。ので。
「にーちゃ、にーちゃ、ふえええええ」
 もう一度泣いてみた。
「困ったわね、どうしちゃったのかしら」
 手に負えないと分かったとたん、おばさんはさっさと去っていった。
「まちがいだったにょ?」
 でも途中で止めるのもしゃくに障る。プリムヴェールはそのまま続行することにした。
「……おなかすいたにゅ……」
 お腹の虫をならしながら。


「プリム、待たせたな。さ、昼飯に……ってあれ?」
 いるはずのプリムが、そこにはいない。買い物を無事終えたヴォルールが待っていたのは……。
「プリムっ!?」
 プリムヴェール神隠しに遭う事件であった。
「プリムは何処へ行ったんだ~!」
 ヴォルールの苦労は始まったばかりである。


「全く、まだダズは来ていないの? 道草でもしているのかしら?」
 一足先にシルム町を訪れたオルフィスは賑やかな市場を通り、広場へと差し掛かっていた。
「びえええええええん!」
 どうやら幼い女の子が泣いているようだ。
「あら? どうかしたのかしら?」
 何人か少女の側に寄ってゆくが、泣きやむことはなかった。
「うんもう、下手ね~」
 ずかずかとオルフィスは少女の所で止まった。
「どうかしたの? お嬢ちゃん?」
 優しくオルフィスは問いかけた。
「びええええええ! にーちゃ、にーちゃ!」
 その問いかけを無視して大音響で泣く、プリムヴェール。
「んーと、どこか怪我をしたのかしら?」
「びえええええ!」
「それともお腹が痛いの?」
「びえええええええ!」
「頭が痛いとか?」
「びえええええええええ!」
「………ちょっと一回黙りなさいよ!」
「………」
 ぴたりと泣きやんだ。
「あら、言葉は分かるようね?」
 と、オルフィスが言ったとたん。
「びええええええええええ!」
「な、なに? さっきは静かになったのにっ!」
「びええええええええ、だって、いっかいだまりなさいっていったにゃ~」
 と、とたんに泣き声に負けない音が響き渡った。
 ぐきゅるるるるる~!
「何だ、お腹が空いていたのね。しょうがないわね、いいわ。ワタシがおごってあげる。だから静かにしなさいよ」
 そしてプリムヴェールは念願のご飯にありつけたのであった。


「ぷ、プリム~」
 涙しながら探すのはプリムヴェールを探す青年、ヴォルール。いつの間にか彼は広場まで来ていた。
「一体何処に……ん?」
 ヴォルールの目に留まったもの。
「はい、あーん☆」
「あーんだにゃ☆」
 周りにハートを振りまきながらお昼の弁当を食べる怪しいカップルが一組。
「どう? 美味しい? このお弁当ってシルム町で一番美味しいんですって☆」
「うん、おいしいにゃ☆」
 見るからに怪しい騎士風の男性ともう一人は。
「プーリームーっ!」
 ヴォルールは取り出したナイフを片手に騎士に向かっていった。
「あ、にーちゃ☆」
 が、その前にプリムヴェールが抱きついてきたから大変だ。急いでナイフをしまうヴォルール。
「おるふぃすにいが、おべんとかってくれたにゃ☆」
「へ? そうなのか?」
「そういうこと。その子、迷子になっていたようよ? 今度は気を付けるのね」
 それじゃあと立ち去ろうとするオルフィスに。
「いっちゃうにゅ? もういっしょにおべんとたべれないにゅ? そんなのやだにゅ!」
 ばたばたとだだをこねるプリムヴェール。
「それに……どうやらオマエに借りが出来たようだしな。何か困っているなら手伝うぜ?」
「……そうね。じゃあ、手伝って貰おうかしら?」
 笑みを浮かべながら、オルフィスは頷いた。こうしてまた、二人を仲間にしたのであった。


「あれ? また増えたの?」
 シルム町を回っていた琥玖がオルフィス達と合流を果たす。
「まあね。この子達、罠仕掛けに関してはプロ級だって聞いたし」
 楽しそうにオルフィスは笑った。
「なあ、こいつは?」
 ヴォルールが尋ねた。
「オウコよ。ワタシの仲間の一人よ」
「一人ってことは……他にもいるのか?」
「ええ、そうよ」
「………」
「にーちゃ、ひとがいっぱいにょ?」
「……そうらしい」
「多ければ多いほどいいのよ。その分、ダズとサシでケリを付けられるから。それはさておき。オウコ、あなた何をしていたのかしら?」
「情報収集だよ。一応、町の様子は知っておかないとね。あ、オルフィス。さっき、あの山賊さんが変な団体に掴まっていたよ。まあ、山賊さんからちょっかい出していたから自業自得だけど」
「変な団体? ……オウコ、そこを案内して。もしかしたらダズに会えるかもしれないわ」
「俺達はどうすればいい?」
 ヴォルールがオルフィスに言う。
「あなたはそこで待っていて。後で迎えに行くから」
 そして、オルフィスと琥玖の二人は一路、争い事が行われている場所へと向かったのであった。


 そこはまさに麗しき女性達が山賊達と対峙していた。
「宴もたけなわってカンジだね~」
 人ごとのように琥玖は見つめる。
「そのようね。まあ、これであの子達も懲りたでしょう……ん? あれは……」
 オルフィスが見つめる先に。
「ダズ……やはりここに来ていたわね……」
 腕を振り現れたのはダズ。
 琥玖が止めるよりも先にオルフィスが飛び出した。
「はっ!」
 ダズがそう言って山賊に向かって飛び込んだのだ。
 がっきーん!
 鈍い衝突音。
「あーん、せっかく磨いた鎧に傷がついちゃったじゃないのよ~」
 オルフィスはダズを受け止めた小手をさすりながら煙の中から現れた。
「オルフィスのおじさんだ!」
「ちょっと~ワタシのどこがおじさんなのよ~」
 むっとしながらオルフィスがユーキに睨みをきかせる。
「なんじゃい、またお前か……」
 不機嫌そうにダズはそう言った。どうやらダズとオルフィスは知り合いのようだ。
「そうよ。悪い? どうやら今回はワタクシ達の方が悪かったようだし。ほら、アンタ達、まずはご婦人方に頭を下げる!」
「すみませんでしたー」
「ごめんなさいー」
「ごめんよ~」
 三人の山賊は一斉に頭を下げた。
「それからワタシに報告してくれたオウコにも!」
 そう言ってオルフィスの隣にいる琥玖を指差した。
『ごめんなさいー』
 三人の息はぴったりだ。しかも素晴らしくハーモニーになっている。
「はい、これでこの騒動は終わりね。いいかしら?」
「良くないわっ! ごめんで済むならワシらは来ないわ! 町を荒らすのはその山賊たちだろう? 何故お主は味方するっ!」
「そうね……町を襲っていたことはワタクシも許せないと思うわね。で・も」
 そう言ってオルフィスはその指をダズの鼻に突きつけた。
「襲うからと言ってすぐさま成敗してしまうのはどうかと思うわ」
「なんじゃとっ! お主、気は確かか!?」
「人を襲うからと熊や狼を撃つのと同じ事よ。鍛えるのも良いけど、たまにはその頭で考えてみたらどうなの。……それともワタシと戦うって言うのかしら?」
 オルフィスはにやりと笑みを浮かべた。
「上等じゃ! ワシが勝ったら山賊は役場に突き出す、いいなっ!」
「相変わらず強引ね。分かったわ。もしワタシが勝ったら……アナタの代わりにまじかるすとーんを探すわ。いいわね?」
 自分のことは棚に上げて、オルフィスはそんなことを言い出した。
「望むところじゃ!」
 ダズも大ノリのようだ。
「それじゃあ、場所は……そうね、この子達のアジトで、ならどう?」
「うむ、よかろうて」
「商談成立。じゃあ、明日のこの時間にアジトで。待っているわよ、ダズ……」
 そう言ってオルフィス率いる山賊達はさっさとアジトのある方へと去っていった。




「あれ~、オルフィス様は~?」
 アジトに帰ってきた琥玖達を見て、リアは思わず声に出した。
「もう少し町を歩きたいんですって。だから先に新しいメンバーを連れて来たって訳よ」
 そう言って女性琥玖、累は言った。
「へえ、新しいメンバーねえ」
 じろじろとヴォルールとプリムヴェールを眺めるせな。
「ボクはリア~。よろしく~」
 リアは行儀良く頭を下げた。
「ほう、オルフィス達はここに住んでいるんだな」
「違うわ、タダの仮宿よ」
 ヴォルールの質問に、累がめんどくさそうにそう答えた。
「にーちゃ、わなしかけるにょ?」
「そうだな……。後でやっておこう」
「あの、誰……ですか?」
 アジトからまた一人。ユレイアーナだ。いや、その後ろにもまだ一人。
「全く、うるさくて眠れぬわ……」
 山賊達がうるさいのか、蒼雲も外へ出てきた。
「む? 新しい仲間か?」
「ああ、そんなところだ」
「よろしくにゃ☆」
 プリムヴェールが元気良く挨拶する。
「子供? それに……目が見えないようじゃないか。大丈夫なのか?」
「それには心配ない。プリムは悪運が強いから」
「にーちゃ、まえまえ~」
「ん?」
 そう言ってヴォルールが前に進む、と。
 ずる、ぼて。
 何かに引っかかり転んでしまった。どうやら以前に誰かが草を結び、転ばせようと仕掛けた罠があったようだ。
「あぶないにゃ」
「遅いっ!」
 ぶつけた腕をさすりながらヴォルールはプリムにそう言う。
「なるほど。これなら心配ないな」
「すっご~い! さっそくメモメモ~☆ 『盲目の少女は見えない罠をも感じることが出来るのである』っと~」
 そんな和気藹々(?)とした中で。
「あら、皆、何をしているの?」
 オルフィスが帰宅してきた。しかも一人だけではない。
「また……増えたのですね……」
 ユレイアーナは大きなため息をついた。
「あ、この子はメムっていうのよ。占い師ですって。可愛いでしょ?」
「お初にお目に掛かります。私はメム・ソルティアと申します。お見知り置きを」
 口元をヴェールで覆い、頭をターバンでまとめていた、不思議な雰囲気を持つ少女。その肩には大きな白い蛇が乗っていた。蛇の頭には星のようなあざがあり、丁寧にも首にリボンが付いている。
「これからのことを占ってもらおうと思って連れてきたのよ。ね、メム」
「はい。オルフィス様」
 それに頷くメム。
「食事の後で占いを頼むわ。……これからのワタシ達の未来について」
「かしこまりました」
 夜は始まったばかり……。




 その後……。
「よし、出来た! これでばっちりだぜ!」
 ヴォルールは額に汗を浮かべながら二つ、罠を仕掛けた。
「後はエモノが掛かるのを待つばかりさ」
 そう言ってヴォルールの瞳が怪しく光る。 と、その時。
「にーちゃ、にーちゃ~どこにょ~?」
 プリムヴェールがもうすぐ罠にかかりそうであった。
「バカ! 来るなプリム!」
「にょ?」
 ばたたたたーっとヴォルールが飛びかかり。
「ぎゃあああああああ!」
 切なげに響く叫び声が聞こえた。


「何やら切ない叫びですね……」
 遠い目で夜空を見上げるのはユレイアーナ。その手には何故か可愛いく大きなテディベア。
「はあ、オルフィス様……オルフィス様のばかばかばかばかっ!」
 突然、狂ったかのようにテディベアに向かって強烈なアタックをかますユレイアーナ。可愛そうにぽーんとテディベアの腕が弾け飛んだ。そう、このテディベアはユレイアーナのストレス発散先でもあった。
「あ、テディ……ごめんなさい……」
 何だかストレス発散になっているのか、なっていないのか。
 複雑な心境の中、彼等の夜は更けるのであった。




■次回予告
ユレイアーナ「ああ、何で私、こんなところにいるんでしょう……」
ヴォルール「何だか苦労しているんだな。オマエも……」
オルフィス「ちょっと、どういうことなのよ?」
ユレイアーナ「それはさておき、山賊を襲い困らせる大鳥との対戦!」
ヴォルール「変な親父との対戦!」
ユレイアーナ「次回、『混戦乱戦、困った戦い?』にこうご期待!」
ヴォルール「ところで、変な石があるって本当か?」
オルフィス「知らないわよ。それよりもユレイアーナ、ワタシの台詞、取ったでしょ?」
ユレイアーナ「私は台本通り読んだだけです」





コメント

  • ノベルバユーザー602339

    すごくストーリー性もありいい作品です。
    仲間の大切さを語る主人公が大好きです。
    ありがとうございました。

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