親父様とまじかる☆すとーん

秋原かざや

第0回 すとーんは天下の回りもの

 サンユーロには、とある一つの話が伝えられていた。


 昔、この地に神が降りてきたとき。
 神はその力を四つの欠片にしてサンユーロに送った。
 その力は一つだけでも世界を揺るがすものだった。
 次に、神は大地に住む人々にこう言った。
「四つの欠片を全て集めし者の願いを叶えよう」と。
 それを聞いた人々はすぐに集めようとしたが、四つの欠片の在処の手掛かりは少なく、結局全てを集めることは出来なかった。
 今では、この話は一種のおとぎ話として語られている。


 そんな、神の力でもある四つの欠片のことを人は『まじかるすとーん』と呼ぶ。






 そよぐ風が暖かさを増していく春の陽気。数ヶ月後に控える大会やら、世界を回って観光している者達で、サンユーロ城の城下町は一層、賑やかになっていた。
「うおおおおおっ!」
 とある宿屋の2階で図太い叫び声が響き渡った。
「お、どうやら親父さんが起きたらしいな」
 宿屋の主人がカウンターに座って朝食を食べ終えた少年に声を掛けた。少年はふと、短いシルバーブロンドを揺らしながら、その澄んだ青い瞳で店内にある時計を見る。
「はい。どうやら今日は1時間寝坊したようです。……全く、親父様は朝が弱いんだから」
 ため息混じりに少年は呟いた。少年は先程食べた朝食の食器をカウンターの中にいる主人に渡すと、隣の椅子に置いていた自分の帽子を被り、親父様が来るのを待っていた。
「ユーキっ! おるかっ!!」
 凄まじい勢いで降りてくる逞しい大男。それが帽子を被った少年、ユーキの……。
「親父様、おはよ」
 にっこりと笑顔で迎えるユーキ。そう、この背が高く、がっちりとした身体に柔道着のような服を着たスキンヘッドが眩しい男性が、ユーキの父親だった。
「これで親子なんだよなぁ」
 ふと宿屋の主人が呟いた。無理もない。ユーキは小柄で少し痩せた可愛らしい感じがあり、凛々しく逞しい父親とは似ていないようにみえる。しかし、その2人の瞳の色は同じ青色。やはり、親子なのである。
「よく、お袋に似ているって言われてますから」
 それを聞いたのか、ユーキはそう苦笑した。
「あああああっ! ユーキ、急いで城へ行くぞっ! 一時間も遅刻じゃあああっ!」
 そう言って親父様は宿屋の扉を勢い良く蹴り飛ばした。
 ばきょっ!
「…………ふう」
 蹴り飛ばした扉はものの見事に蝶番が外れ、店の外に倒れた。つまり、壊れたのだ。それを見たユーキは、またため息をつく。
「宿屋のおじさん、お城から帰ったら直すね」
「ああ、頼むよ」
 宿屋の主人はいつものことに驚いていない。
「あ、仮止めしときますねっ!」
 駆け出そうとするユーキが振り返り、扉を手で浮き上がらせたとたん。
 かつん、かつん!
 何かが蝶番に突き刺さった。
「ああ、気をつけてな」
 宿屋の主人は扉の蝶番を見た。そこには2本のくないが蝶番の釘の替わりを果たすかのように見事命中していた。
 どうやら町は賑やか……ではなく、騒がしいの間違いだったようだ。




「陛下、ダース・レンシート様とユーキ・レンシート様がお付きになりました」
 ここは偉大なサンユーロの王が住むサンユーロ城。その玉座には髭を蓄えた、気品溢れる王が座っていた。その傍で恭しく頭を垂れる老人、いや、王の相談役でもある司祭もいた。その司祭は大きく、様々な細工の施され、その中心には大きな蒼い石がはめ込まれている立派な杖も持っていた。
「待ちかねたぞ、ダズ」
 王は兵士に案内されて入ってきた2人を迎えた。それは先程の親父様とユーキだった。どうやら、ダズというのは親父様の愛称のようだ。
「いやあ、遅れてすまんかった。目が覚めてみたらこんな時間でな。最近、目覚ましも聞かなくてのう」
 そういってダズは豪快に笑った。
「も、申し訳ありません、陛下。……その、ふがいない親父様……いや、父で……」
 あたふたとフォローを始めるユーキ。
「よいよい。気にしてはおらんよ。いつものことだと熟知しておる」
 そう言って王は兵士に控えるよう指示を出した。兵士はすぐさま部屋を出る。
「で、何の用なのじゃ? グラード……いや、陛下だったな」
「グラードで構わんよ。……昨日、戻ってきたばかりだというのに来て貰ったのは、ダズ。お前に頼みたいことがあるのだ」
「何じゃい?」
 いつになく神妙な王、グラードの雰囲気にダズは眉を潜めた。
「ダズ、前にまじかるすとーんという不思議な欠片の話はしたな。どうやらあれは本当に存在するのだ」
「ええっ? ただのおとぎ話じゃないの?」
 ユーキはそれを聞いて驚く。
「こらこら、ワシの驚く間を持ってゆくな……で、それがどうしたんじゃ?」
 落ちついた表情でダズは王の言葉を待った。
「私は心配なのだよ。もし、まじかるすとーんを手にした者が、それを悪事に使えば、世界を巻き込む大事件になりかねん。私はそれを阻止したい」
「グラード……」
「私が出向こうにも、この玉座を空席にすることは出来んのでな……そこでダズ、お前が集めてみないか? 何、一つ目の在処は既に分かっている。それは……」
 そう、王が告げようとしたときだった。
「お願いします、通して! 通して下さい! 王様に話さなきゃ行けないのっ!」
 少女の声が部屋の外から聞こえた。
「何だかせっぱ詰まった感じがするのう」
 ふと、ダズの瞳が王の瞳と交差する。
「兵士よ、彼女も通しなさい」
 王の声が部屋に響いた。
「あ、ありがとう……ございます……」
 兵士の開けた大きな白い扉から一人の少女が入ってくる。褐色の肌に珍しい緑色をした髪と瞳を持つ少女。少女は、途中、転びそうになりながらも王の前に進み出た。ふわりと、白いワンピースの端を両手で掴み、少女は挨拶をする。
「は、初めまして王様。わ、わ、私はシルムの町に住むライア・ウィルルと言います。その、あの……王様、シルムの町を、町の人を助けてっ!! 山から下りてきた山賊が町を荒らしているの。山賊が町を襲って何ヶ月も住み着いて……でも、山賊が強くて、なかなか追い出せないの。お願い、王様! シルムの町の人が困っているの。王様なら、助けて……くれますよね?」
 最後にはうっすらと涙を浮かべる少女、ライア。
「町の人が……苦しんでいるんです……」
 そして、少女の涙が流れ落ちた瞬間!
 ぱぁん!
 赤い閃光が、部屋の全てを包み込んだ。
「うわぁ!」
「何じゃい! これはっ!!」
 それに対抗するかのように司祭の持つ杖も蒼く光り出した!
「まじかるすとーんに反応すると言う、この杖が光ると言うことは……」
「ま、まさしくこれは……」
『まじかるすとーん……』
 王と司祭は頷いた。
「ライアと申したな。そなた、不思議な石のようなものを持っておるな? 見せて貰えぬか?」
 王は光りが収まったのを見て、ライアに優しく問いかけた。
「は、はい……この、胸に……」
 そっと恥ずかしそうに襟を下げ、胸元を露わにする。そこには、身体に埋め込まれたように赤い宝石のような石が一つあった。
「ありがとう、もう良い。……やはり間違いない。人の身体にあるとは思わなかったが……それは間違いなくまじかるすとーんだ」
「なんと! もう見つかったんじゃな!」
「は、早い展開だなぁ……」
 ダズとユーキはことの早さに驚きを隠せないようだった。
「うむ。こうなったら話は早い。実はまじかるすとーんの在処がこのライアの言う、シルムの町なのだよ。ダズ、この子を連れて、他に石がないか調べてきて欲しい」
「あ、あの……町の人は? 山賊はどうなるんですか?」
 心配そうにライアが訪ねた。
「それは……」
 王が何かを言おうとしたが。
「それはワシに任せろ! なぁに、山賊の一人や二人、ワシが一発でしとめてみせるわ!」
 ばんと胸を叩き過ぎ、ダズは少々むせていた。
「で、でも山賊は30人……いえ、本当のことはよくわからないんですが、それでも、倒せるの?」
 おずおずと心配そうにダズを見上げる。
「がははははっ! 先日、大熊を倒したワシに不可能はないっ! これが証拠じゃっ!」
 そういって背中からにゅっと出したのは大熊の頭が付いた毛皮の敷物。
「親父様、変なトコから毛皮出さないで。それに熊と人相手では勝手が違うと思う……」
 ユーキは額に汗マークを浮かせながら、そう告げた。
「ワシは困っている人を放っておくことは出きん。なあに、いつものように何とかなるわい。のう、嬢ちゃん」
「え、あ、は、はい……」
 急にダズに話を振られ、ライアはしどろもどろに答えた。
「では、善は急げ! シルム町に出発じゃ!」
「ちょっと待ったっ!」
 ライアを担いでさっさと部屋を出ようとするダズを止めたのはユーキ。
「一つ聞きたいのですが。まじかるすとーんを集めよと仰いましたよね? どうやって集めればいいのですか? その杖は貸してはくれないのでしょう?」
「おお、そうだった。まじかるすとーんは他のまじかるすとーんと呼び合う性質を持っているのだよ。まじかるすとーんがあれば、その少女の持つ赤のまじかるすとーんが先程の光りのように反応するはず。そう古文書に載っていた」
「分かりました。では、他の三つのまじかるすとーんを探して持ってきますね」
「頼んだぞ、ユーキ」
 王はそう言ってユーキの頭を撫でた。
「置いて行くぞ、ユーキっ!」
「親父様、早すぎっ!」
 ユーキは王に頭を下げてから、ライアを担いだダズを追った。


「大丈夫でしょうか……」
 ダズ達を見送った司祭は心配そうに王に訊ねた。
「なあに、何だかんだと最後には為すべきことを為す者だ。今回も何とかなるだろうよ」
 そう言って王は天井を見上げた。
「……そういえば、まじかるすとーんの伝承の続きをダズにしたかな……」
「へ、陛下っ!? それはえらいこっちゃです! いえ、何というか、いつものボケと申しましょうか? ああ、ワタクシも気づきませんでした! ちょっと考えればすぐ分かるはずなのに……」
「その……私がダズ様にお伝えしましょうか?」
 か細い声、けれど凛と響く女性の声が聞こえた。しかし、その当人の姿は見えない。
「その声は確か……神奈舞姫と申したか?」
 王は天井に向けて声を掛けた。と、音もなく、一人の女性がぼんと煙と共に現れた。
「お久しゅうございます、陛下。名を覚えていただき、光栄です」
 さらりと長い黒髪がなびく。動きやすい短めの着物を着た女性、それが舞姫だった。が、舞姫はすぐに傍にあった柱に隠れてしまった。ひょこっと出した顔は真っ赤になって不安そうに王の方を見ている。
「お主の人見知り……なかなか治らないな」
 王はそれを見て、苦笑した。




 場所は変わって、サンユーロ城下町。
「宿屋の扉も直したし、旅の支度もばっちりだし……他は……」
 ユーキは指を数えながら歩いていた。
「飯に行くぞっ! ユーキ! のう、ライアも腹が減っただろう?」
 その隣を悠々と歩いていくのはダズ。ダズの肩にはライアがちょこんと座っている。
「え、あ……私はそれほど……」
「……ライアちゃんにいちいち訊ねないでよ、親父様。ライアちゃんが困っているだろ?」
 ユーキ、本日三回目のため息をついた。
「いいじゃないか、ユーキ。それにシルム町までの乗合馬車が出るのはだいぶ経ってからじゃないと駄目だぞ?」
 また、豪快に笑うダズ。釣られて笑みを浮かべるライア。
「ま、しょうがないか……」
 と、突然ユーキは振り返った。
「どうかしたんか? ほれ、さっさとゆくぞ?」
「あ、はーい! ……何か見られているような気がしたんだけどな。気のせいかな?」
 ユーキはダズの後を追っていった。


「ふう、こっそり後をつけるのも大変ですわ」
 そっと樽の影からダズ御一行を伺うのは、あの舞姫だ。
「あっ! これじゃ、いけないんだったわ。これをダズ様に渡さないと……」
 そっと懐を覗く。そこには厳重に巻いてある一本の巻物があった。これには王がダズに言い忘れた伝承が書かれてあるもの。
「でも、私がここにいるのは本当は秘密なんですけど……」
「あの?」
 ふと、舞姫の肩を叩く者が一人。
「きゃああああああ!」
 町に舞姫の叫び声が響き渡った。いや、それだけではない。
 ぼむん!
 肩を叩いた者に煙り玉を投げ掛け。
 ぱしゅんぱしゅん!
 手裏剣を投げ。
 じゃらららん!
 最後にまき菱までも投げつけ、舞姫は飛び上がり、店の屋根へと逃げ去った。
「あうっ!」
 舞姫の肩を叩いた者は地面に転がったまき菱を踏みつけ、目を潤ませた。
「な、なんなの? 何か困っていそうだったからワタシから声を掛けてあげたのに、なんなのいったい? それに凶器まで投げつけるし……何だか踏んだり蹴ったりだわぁ」
 煙から出てきた『舞姫の肩を叩いた者』は銀の鎧に身を固めた青年だった。カールの入った長めの金髪を手で掻き上げる。やや垂れた瞳と、その左目の下にあるほくろが魅力的な青年、が、しかし。
「あーん、もう。せっかくの鎧が台無しじゃない! サンユーロの騎士を勤めるオルフィス・グランジェスタの美しい鎧がこんなんじゃ駄目なのよぅ」
 後で磨かなくっちゃ! と呟くその口調はまさしくオネエ口調だった。そんな青年騎士オルフィスをぽーっと見ていた女性の80%はこれで幻滅しているようだ。それはさておき。
「あっと、今はそれどころじゃないんだったわ! アイツを、ダズをぎゃふんと言わせる旅をしている途中なのよ! 何処へ行くのか知らないけれど、早くついていって何が何でもダズを邪魔しなきゃ!」
 むんと腕を振り上げるオルフィス。
「ワタシには秘密兵器があるんですからね。うふふふふふふ……おーっほっほっほっ!」
 少々、気味の悪い声が町にこだました。


■次回予告
ユーキ「サンユーロの王様から直々に『まじかるすとーんを探せ』と頼まれた僕たちだけど……ライアちゃんの言う山賊が邪魔をする! そこへ駆けつけて来てくれた人々もいたんだ!」
オルフィス「おーっほっほっ! ワタシに勝てると思っているのかしらん?」
ユーキ「って、なんだよ!? 親父様よりも怪しい団体は!! 僕たちの……敵っ!? 次回、『シルム町に潜む闇』。次回もばりばり、熱血しようぜ!」











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