dis 3011

秋原かざや

◆スタートライン

◆スタートライン
 



 ---------------カツン。
  波紋のように広がるように響くのは、高いヒールの音。
  黒いエナメルの、高いヒールのついたブーツが、軽やかにアスファルトの上に着地していた。
  黒のレギンス。機能性を重視した動きやすそうな、体にぴったりとフィットした、黒のワンピース。
  そして、ふわりと落ちてきたのは、長く艶やかな黒髪。
  地面を感じて、顔が上がる。
  開かれた瞳は大きく、淡い桃色であった。
  その唇が、嬉しそうに開かれる。
 「ここが、3011……」
  彼女は、物珍しそうに、辺りを見回した。
 

 ------なんて素晴らしい。
  手を伸ばせば、すぐ届きそうな場所に。
  いや、そこかしこに。
  あふれている、『生』。
  耳を澄まさなくても、分かるほどの『生』。
  こんなにも、この街は、『生』にあふれている。
 

 ------ドクンッ!
 

 聞こえてくる。
  満ちあふれる『生』に打ち震えるかのように。
 

 ------ドクドクドクドク……!!
 

 この胸の鼓動が早くなる。
  まるでそう! 『生』に歓喜するかのように!
  収まることを知らないようだ。
 

 彼女は、そっと胸に手を当て、そして、歩み始めた。
  ------------------カツンカツン。
  ヒールを鳴らして、歩き出す。
  口元には、喜びに満ちた笑みを浮かべながら。
 

 暗い路地だというのに、なんてこんなにも素晴らしいっ!!
  スモッグで見づらい星を見て、彼女は笑いそうになった。
 

 この向こうには、あふれんばかりの『生』が、確かにそこにある。
  走り出しそうになる衝動を抑えながら、ゆっくりと光の先へ向かう。
  そう、彼女は新たなスタートラインを踏み出そうとしていた。
 

 ----------そのときまでは。
 

 バチンッ!!
  体が弾けるような。
  電撃が足の先から、頭のてっぺんまで突き抜ける。
 

 同時に、地面に倒れる衝撃を、彼女は感じた。
 

 -------油断した!!
 

 そう思ったときには既に遅く。
  視界が暗転するも、その意識はこれから起きることを入念に知らしめていた。
  動かそうにも動かせない、両手。両足。
  恐らく、彼女の死角から誰かがスタンガンらしきものを使ったのだろう。
 「あうっ」
  何かが覆いかぶさったかと思えば。
 「ぐふっ」
  頬や腹部に激痛が走る。
 

 悲しかった。油断しなければ、こんなことにはならなかった。
  こんなにも素晴らしい世界を前に、私は、こんなにも油断してしまった。
  予備知識として得ていた、暗い路地に要注意というフレーズが頭に過ぎる。
  けどもう、遅い。
 

 最期に訪れたのは、凍てつくような胸の痛み。
 

 私は忘れない。
  忘れるものか。
  私には、大事な使命があるのだ。
 

 --------そう、この手で、『世界を救う』のだ。
 





 所変わって、とあるアカデミー。
  そこに学生が集っていた。
  若い者も、老人もそこにはいた。そんな彼らが全て、学生であった。
 

 肩まで届く髪を乱暴に、後ろになびかせる。
  睫毛の長い、大きな瞳。
  自分の手の中にあるスマートフォンで、今日の講義時間を確認しつつ。
 「あれ? 誰か呼ばなかった?」
  顔を上げた、その声は、やや高いものの確かに男のものだった。
 「旬!! 遅刻するよ!!」
  呼び止められて、旬はすぐにアカデミーの建物の中へ、次の講義へと向かう。
 

 新たな時間。
  新たな場所。
  そして、彼らの物語が始まる。
  3011年の栄華を誇る、巨大都市・東京で……。

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