ゼロとアイ

秋原かざや

1 潜入するワケ

 気が付けば、あたしは、とある部屋の中に居た。
 …………えっと、ここってどこだっけ?
 と、全身が見える鏡の前で、びっくり仰天!!


 これって、誰!?


 明らかに、あたしじゃない。
 だって、いつものあたしなら、茶髪に冴えない顔。ついでにいうと、大人しい方に入る、か弱き乙女だ、なんていうと、兄貴達に突っ込みされそうだけど。
 まあ、どこにでもいる日本人で、女の子。年は18。


 だというのに。
 鏡に映るあたしは、全くあたしとはかけ離れていた。
 まず、髪があり得ないエメラルドグリーンのツインテール。
 きらっきらの大きな瞳は、なぜか澄んだブルー。
 極めつけは、服装。


 えっと……これ、どこのアイドルですかっていう、派手めのミニドレスです。
 可愛いウエストポーチつき。
 ホント、こんなイタタアイドルいたら、びっくりぽんだよ、全く。


 ……イタタアイドル?
 なんか聞いた覚えがあるようなないような……………………ああああっ!!!




「正義のプリティアイドル! みらくる☆アイ!! あなたの記憶取り戻しちゃうわよ☆」


 キメっ!!
 ……イタタタ。自分でやって、本当に痛かった。
 思い出しました。イタタついでに、ここに来た理由も思い出しました、はい。


 では、気を取り直して。
 どうも、初めまして。アイです。
 アイっていうのは、偽名です。本名はあるんだけど、えっと、今は忘れておきます。
 だって、こんな格好で本名言っても、説得力がありません。
 なので、アイちゃんって呼んで下さい。お願いします。決して、本名で呼ばないで。


 さて、あたしがこんな格好をしているかというと。
 実はここは、「夢」の中なんです。
 そう、夢の中。だから、ちょっと奇抜な格好をイメージして、入っちゃったら……。


「正義のプリティアイドル! みら……もうやめよう。心が痛い」


 はい、やりすぎました。
 反省してます。まさか、こんな格好になれるなんて思ってませんでした。
 実際になってみたら、意外と服が可愛いとか、顔は元よりも可愛いとか……。


「みらくる☆アイ、がんばりますっ☆」


 もうこうなったら、なりきるしかない!!


 さて、それはさておき。
 なぜ、あたしが「夢」の中にいるかというと。
 実は、あたしには、恋人がいるんです。卒業したら、一緒の大学行こうねとか、結婚できたらいいねとか言ってたの。
 彼はすっごく優しくて、あたしにはもったいないくらい。
 あたしも彼もすっごく幸せだったの。
 そう、幸せ「だった」。


 事故が起きて、彼は一時期、生死を彷徨う状況だったの。
 でも、奇跡がおきて、彼は復活!!


 のはずが、神様、酷いんじゃない?
 彼の記憶が、すっぽり消えちゃってたの。
 ううん、全部が消えたわけじゃない。
 日常に不都合ないこと……言葉とか筆記用具の使い方とか、切符の買い方とか、そういうのは、覚えていたんだけど……。
 あたしとの思い出や、今まで家族と過ごした思い出だけ、すっぽりなかった。
 一応、学校には行けたけど、かなり大変だったみたい。
 というのも、事故のせいで、一緒に行ってた学校をやめて、彼は別の学校に行っちゃったの。
 もう、酷いと思わない?


 ……でも仕方ないんだよね。
 彼だって、すっごく戸惑ってた。
 家族にしたって、すっごいショックだったと思う。
 あたしも、あたしを覚えてくれていなかったことにショックを受けたけど、生まれてからずっと過ごしていた両親の記憶まで忘れてしまってるんだもの。
 彼の両親も、お姉さんも凄くショックを受けてた。


 だから、自然に思い出すまでは、別の学校で、別の人間として、生活することになったの。
 そして、あたしも、偽名を使うことを余儀なくされました。
 彼の両親が、彼に負担を掛けないようにするためだって言ってた。
 一時は反対もしたよ? でも……やっぱり、彼には負担を強いたくないと思って。
 ただでさえ、植物人間になりそうだったんだから、そこで無理強いして、思い出せるものも思い出せなくなったら、あたしが困る。


 そういって、偽りの名前で過ごすうちに5年が過ぎました。
 偽名だっていうのに、「アイちゃーん」なんて呼ばれると、思わず振り向くぐらいになっちゃいました。
 っていうか、5年も忘れてるってどうよ?
 家族のことはちょっとずつ思い出してるみたいなんだけど、あたしのことになるとさっぱり。
 それよりもなによりも、彼があたしを避けてることが気に入らない!
 あれだけ、愛してるって言ってた彼が、よ?
 だから、もう、耐え切れなくなって……インターネットで見つけた広告に釘付けになりました。


「あなたの大切な人の記憶を取り戻したくはありませんか?」


 確か、そんな文面だったと思う。
 それの被験者として、応募したの。
 何とか合格して、こうして、晴れて彼の夢の中に入れた。


 ここでの目的は、彼の夢の中にあるという『アトラクタの箱』を見つけて、開き、中にある記憶の断片を使って、彼の記憶を取り戻すこと。


「ゼロめ、今度起きたら、承知しないんだから」


 あ、ゼロっていうのは、彼の今の名前。
 もちろんこれも偽名。本当はもっと素敵な名前なんだけど……まあいいや。
 とにかく、あたしは前のように彼のことを君づけで呼んでいない。
 あたしのことを、ずっと忘れてるんだから、呼び捨てで充分!!


 というわけで、今、ゼロの夢の中にいるのでした。
 ふう、説明終了!


 さて、まずはどうしようか。
 ここは彼の夢の中なんだよね。箱みたいなのは……全く見当たらない。
 ……あれ? ここって、ゼロの部屋じゃない?
 ゼロってば、あんまり物置かないんだよね。
 昔はたくさん本を持ってたりとかしてたんだけど……今は、棚とクローゼットと机とベッド、それに全身が入る鏡だけしかおいてなくって、クローゼットや机には必要最小限のものしか入っていない。
 ああ、家具以外であるのは、机の近くにある大きな窓と、部屋を出る扉ね。それ以外は壁。
 棚にいたっては、ゼロのお姉さんが置いた写真立てとか、目覚まし時計しかなかったんだけど。


 ここには何だか、その部屋にそぐわない物が結構、置いてある。
 まず、棚。
 目覚まし時計と写真立ては、いつものやつだけど……。
 大きな貝殻がいくつか。
 本が数冊入ってる。えっと……飛び出す絵本に……あ、マンガ! このマンガ、あたしも読んだ!
 ラストがすっごく良いの!! もちろん、ハッピーエンドになるやつね。
 で……鳴子? ほら、お祭とかで両手に持って、しゃんしゃん鳴らす、あれ。
 律儀に二つ置いてある。……すっごく持ちたくなって、うずうずうずうずするけど、そこをぐっと堪える。


 それにクローゼット。
 観音開きの扉が一つあって、その下に引き出しが二つついてる。
 たぶん、この中は服とかがいっぱい入ってるんだろうな。
 も、もしかして、下着とかも!? いや、思い出さなかったことにしよう、うん。


 次にベッド。
 可愛らしいクマさんのぬいぐるみ。タキシード着てる。
 壁には……えっと、その……何で、金髪のおねーさんが水着着て、笑ってるのかな?
 これって、グラビア? とにかく、そんな外人さんのポスターが張ってある。


 で、机。
 大きな引き出しが一つに、机の左側に収納用の引き出しが3つ付いてる。
 机の上には……あ、何か紙が置いてある。なになに……。


「見るな!!」


 書きなぐったような汚い字で書かれてる。
 これって……えっと?


 一応、ここには箱はないみたいだし、さっさと部屋を出ちゃおうか。うん。
 そう思って、扉を開けようとしたら。


 がちゃがちゃがちゃ。


 開かない。
 ……えっと、これって、もしかして……。
 もしかしなくても、閉じ込められてるっ!?
 ええええっ!? どどど、どうしよう? これじゃ、箱を探しにいけ……ちょっと待って。
 もしかしたら、机の引き出しの中に鍵とかあるんじゃない?
 それに、ここにあるアイテムをどうにかしたら、何か起きたり……する?


 落ち込みそうになる頭を切り替えながら、あたしはもう一度、ゼロの部屋をぐるっと見渡した。



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