ある未来の片隅で
ある未来の片隅で
「参ったな、また無一文だ」
吸殻になってしまったタバコを投げ捨て、踏みつけると、彼は、右手につけているブレスレットのスイッチを押した。現れたのは、空間に浮かび上がるディスプレイと、そこに映し出された10:00の文字。
彼の後ろには、下品にライトアップされたカジノの文字が点滅している。
「仕方ない、稼ぐか……」
ポケットからタバコを取り出そうとして、何も入っていないことに気づく。もう一度、深いため息を零しながら。
左手をかざすと、音もなく部屋の扉が開いた。
と、同時に。
『マスター! お帰りなさいませ』
猫耳のヘアバンドをつけた10歳くらいの少女が現われる。いや、正確には少女、ではない。
その証に、彼女の耳には、人間のそれではなく、機械でできたイヤーギアが取り付けられていた。
「違うだろ、ルファ。ジェイスっていう名前があるんだ。名前で呼べって何度言えば……」
『でも、アルファー・レイのご主人様は、マスターです。マスターと呼ぶべきなのです。あのとき助けていただいたときにはもう、マスターはマスターです』
思わず彼……いや、ジェイスはため息をついた。これで何度目だろうか。
長く延びた金髪を無造作に掻きあげて、ルファを見る。
「潜るぞ。金が無くなった」
『ネットクレジットならば、無限にありますが?』
「現生が欲しいんだ」
『イエス、マスター』
てきぱきとルファは、部屋からヘッドマウントディスプレイを持ってくる。そして、自身はイヤーギアから取り出したコードを部屋にあるパソコンにつなげた。
『ダイブ、スタンバイ。……オールグリーン。いつでも行けます』
ルファから受け取ったヘッドマウントディスプレイを取り付け、ジェイスは告げる。
「じゃあ、ちょっくら【狩り】に行くか」
『ラジャー』
ジェイスの視界がブラックアウトし、そして、グリッドの世界へ、仮想現実の世界へと導かれていく。
最初は一本の線だった。
それが無数に結びつき、格子状になった。
そこから、ビックバンが起きる。
バーチャルワールド。パソコン上でしか表せなかった世界が、現実のように五感で感じられるもう一つの世界が出来てから、世界は飛躍的に進化を遂げた。
今まであったものが、古いものとなり、バーチャルで表されたものこそ、新しいものと認識される世界。
彼らは、そのバーチャルワールドを、こう呼んでいた。
フリーダム。
自由を求める者たちへの、未来の扉として。
『マスター、着きました』
フリーダムでは、ルファは、成熟した美女となる。その頭には、やっぱり猫耳がぴこぴこと動いていたが。
「酒場はあっちだったな」
『イエス』
ここではジェイスは、黒いコートとミラーシェードを付けた、銀髪の青年に変化していた。フリーダムで現実と同じ姿をすることは、自殺行為に等しい。なぜなら、ダイブ中の人を殺せば、フリーダムで生きられても、現実では死を意味するからだ。もちろん、現実で体を失った者も最終的には、その存在は1日経たずとも消えてしまう。
あの、【歌姫】以外は……。
からんという、馴染み深い音を鳴らして、ジェイスは酒場の扉を開ける。
「よう、ガーネット」
奥のカウンターにいる赤毛の女性に声をかける。豊満な胸が強調された赤いドレスにルファは、僅かに眉を顰めた。
「丁度いい、【ジェイ】に頼みたいことがあったんだ」
意気のいいハスキーボイスが店に響く。
赤毛のガーネットが差し出したプレート。そこには、いかにも悪そうな顔の男の写真が写っていた。
「こいつを【消して】くれってさ」
「……え? マジか? 何をやったんだ、コイツは」
フリーダムで【消す】ということは、ここでの生を失う。つまり、相手は人格、知性を失い、二度と目覚めない植物人間にするということであった。
ガーネットはぴっと右手で、二本の指を上げる。
「200人殺ったんだってさ。それもここで」
「証拠は?」
「ないよ」
「オイオイ……」
「けど、それが証拠さ。何せ相手は、【インビジブル・マーダー】だからね」
「!!」
ジェイスは無言で、男の写真のプレートを奪っていくと、後ろも見ずに立ち去った。
その後をすかさず、ルファが追う。
「まいどありー。生きて帰ってくんだよ」
ガーネットは、そんな彼らを見送ったのであった。
「ヤツが生きていた」
『ありえない話ですが、それが真実のようですね』
ルファの言葉にジェイスは、こくりと無言で頷いた。
持っていたプレートをルファに渡して、さっそく【検索】を掛ける。
それはすぐに分かった。
なぜなら……。
「消えろ」
「なっ!!」
気づくのが遅かったら、ヤツのナイフで切り裂かれただろう。
それだけでない。恐らく、あの闇色に輝くナイフに少しでも触れただけでも、何かを失ってしまうだろう。
たとえば、過去の記憶。過去の思い出。忘れたくない、大切な……モノ。
ジェイスの視線の先にいるフードを被った何者か。それが、インビジブル・マーダーであった。
「ほう、流石はトリプルエースのハンター」
嗤っているのだろうか、それとも喜んでいるのだろうか?
フードの下は見えそうで見えない。これも仮想空間のなせる業というものか。
マーダーはぺろりと自らナイフを舐め、口元を緩める。
「ルファ! バトルモード!!」
『ラジャー』
ジェイスの言葉にルファは、すぐさまその姿を、蒼い光を纏った豹に変えた。
コートの下に隠してあった、大型の二丁拳銃を取り出し、ジェイスも臨戦態勢を取る。
「さて、君の力……」
マーダーはその姿を消して。
「見せてもらおう!」
突然、ルファの前に降り立った。
『ガウウウ!!』
身を翻し、何とかナイフを避けるルファ。それと同時にジェイスが、外れない光弾でマーダーを撃ち抜く。
しかし、それは効果がなかった。
「チッ!」
思わず舌打ち。
「こんなものでは、私を消せはしない。そうだろう、坊や?」
くつくつと不気味な笑い声を響かせ、ジェイスを切りつける。ジェイスはそれを紙一重で躱した。
『このままでは危険です、マスター!』
「けどっ!!」
分かっていた。
何度もやってきたから、分かること。
本当はこんなことはしたくなかったのに。
けれど、【契約】してしまったからには、それを【果たさなくてはならない】。
人々を脅かす【マーダー】は、たとえフリーダム、仮想空間でも【存在してはならない】のだから。
「アルファー・レイ! 契約に基づき、かの者をエデンの園へと導き賜え!」
ルファの体が光に包まれ。
「な、何だと!?」
マーダーの顔が驚愕に歪む。
ジェイスがいた場所には、美しい天使が舞い降りた。
-----------さあ、歌いなさい。嘆きなさい。神の前では等しく生が失われるのです。
天使の持つ銀色の剣が、マーダーの胸を切り裂いた。
「……マジか?」
ジェイスの頬には赤い手形。足元にはぐしゃぐしゃになった花束。
「顔洗って出直しといで。一昨日来やがれってんだ!!」
可愛らしいギャルが、そうジェイスに強烈なパンチを浴びせた。
「ま、また……振られた」
『マスター、これで105人目』
「!! ルファ、いつの間に!?」
『可愛そうなマスターのために、ハンバーグを焼きます』
「そ、それはありがてぇ!」
ビンタとパンチを食らった頬をさすって、ジェイスは立ち上がる。
『フリーダムで、ですが』
「それじゃあ、腹は膨れんだろうがっ」
涙目になるジェイスをそのままに、ルファは振り返り、てくてく帰っていく。
「ちょ、ちょっと待て、ルファ。お前、俺を迎えに来たんじゃ……」
無言でルファはずかずかと帰っていく。後ろで、おーい待ってくれよーと涙目のジェイスがやってくる。
「あなたの伴侶は、私だけで充分です」
ぽつりとそう呟いて、ルファは僅かに微笑むのであった。
吸殻になってしまったタバコを投げ捨て、踏みつけると、彼は、右手につけているブレスレットのスイッチを押した。現れたのは、空間に浮かび上がるディスプレイと、そこに映し出された10:00の文字。
彼の後ろには、下品にライトアップされたカジノの文字が点滅している。
「仕方ない、稼ぐか……」
ポケットからタバコを取り出そうとして、何も入っていないことに気づく。もう一度、深いため息を零しながら。
左手をかざすと、音もなく部屋の扉が開いた。
と、同時に。
『マスター! お帰りなさいませ』
猫耳のヘアバンドをつけた10歳くらいの少女が現われる。いや、正確には少女、ではない。
その証に、彼女の耳には、人間のそれではなく、機械でできたイヤーギアが取り付けられていた。
「違うだろ、ルファ。ジェイスっていう名前があるんだ。名前で呼べって何度言えば……」
『でも、アルファー・レイのご主人様は、マスターです。マスターと呼ぶべきなのです。あのとき助けていただいたときにはもう、マスターはマスターです』
思わず彼……いや、ジェイスはため息をついた。これで何度目だろうか。
長く延びた金髪を無造作に掻きあげて、ルファを見る。
「潜るぞ。金が無くなった」
『ネットクレジットならば、無限にありますが?』
「現生が欲しいんだ」
『イエス、マスター』
てきぱきとルファは、部屋からヘッドマウントディスプレイを持ってくる。そして、自身はイヤーギアから取り出したコードを部屋にあるパソコンにつなげた。
『ダイブ、スタンバイ。……オールグリーン。いつでも行けます』
ルファから受け取ったヘッドマウントディスプレイを取り付け、ジェイスは告げる。
「じゃあ、ちょっくら【狩り】に行くか」
『ラジャー』
ジェイスの視界がブラックアウトし、そして、グリッドの世界へ、仮想現実の世界へと導かれていく。
最初は一本の線だった。
それが無数に結びつき、格子状になった。
そこから、ビックバンが起きる。
バーチャルワールド。パソコン上でしか表せなかった世界が、現実のように五感で感じられるもう一つの世界が出来てから、世界は飛躍的に進化を遂げた。
今まであったものが、古いものとなり、バーチャルで表されたものこそ、新しいものと認識される世界。
彼らは、そのバーチャルワールドを、こう呼んでいた。
フリーダム。
自由を求める者たちへの、未来の扉として。
『マスター、着きました』
フリーダムでは、ルファは、成熟した美女となる。その頭には、やっぱり猫耳がぴこぴこと動いていたが。
「酒場はあっちだったな」
『イエス』
ここではジェイスは、黒いコートとミラーシェードを付けた、銀髪の青年に変化していた。フリーダムで現実と同じ姿をすることは、自殺行為に等しい。なぜなら、ダイブ中の人を殺せば、フリーダムで生きられても、現実では死を意味するからだ。もちろん、現実で体を失った者も最終的には、その存在は1日経たずとも消えてしまう。
あの、【歌姫】以外は……。
からんという、馴染み深い音を鳴らして、ジェイスは酒場の扉を開ける。
「よう、ガーネット」
奥のカウンターにいる赤毛の女性に声をかける。豊満な胸が強調された赤いドレスにルファは、僅かに眉を顰めた。
「丁度いい、【ジェイ】に頼みたいことがあったんだ」
意気のいいハスキーボイスが店に響く。
赤毛のガーネットが差し出したプレート。そこには、いかにも悪そうな顔の男の写真が写っていた。
「こいつを【消して】くれってさ」
「……え? マジか? 何をやったんだ、コイツは」
フリーダムで【消す】ということは、ここでの生を失う。つまり、相手は人格、知性を失い、二度と目覚めない植物人間にするということであった。
ガーネットはぴっと右手で、二本の指を上げる。
「200人殺ったんだってさ。それもここで」
「証拠は?」
「ないよ」
「オイオイ……」
「けど、それが証拠さ。何せ相手は、【インビジブル・マーダー】だからね」
「!!」
ジェイスは無言で、男の写真のプレートを奪っていくと、後ろも見ずに立ち去った。
その後をすかさず、ルファが追う。
「まいどありー。生きて帰ってくんだよ」
ガーネットは、そんな彼らを見送ったのであった。
「ヤツが生きていた」
『ありえない話ですが、それが真実のようですね』
ルファの言葉にジェイスは、こくりと無言で頷いた。
持っていたプレートをルファに渡して、さっそく【検索】を掛ける。
それはすぐに分かった。
なぜなら……。
「消えろ」
「なっ!!」
気づくのが遅かったら、ヤツのナイフで切り裂かれただろう。
それだけでない。恐らく、あの闇色に輝くナイフに少しでも触れただけでも、何かを失ってしまうだろう。
たとえば、過去の記憶。過去の思い出。忘れたくない、大切な……モノ。
ジェイスの視線の先にいるフードを被った何者か。それが、インビジブル・マーダーであった。
「ほう、流石はトリプルエースのハンター」
嗤っているのだろうか、それとも喜んでいるのだろうか?
フードの下は見えそうで見えない。これも仮想空間のなせる業というものか。
マーダーはぺろりと自らナイフを舐め、口元を緩める。
「ルファ! バトルモード!!」
『ラジャー』
ジェイスの言葉にルファは、すぐさまその姿を、蒼い光を纏った豹に変えた。
コートの下に隠してあった、大型の二丁拳銃を取り出し、ジェイスも臨戦態勢を取る。
「さて、君の力……」
マーダーはその姿を消して。
「見せてもらおう!」
突然、ルファの前に降り立った。
『ガウウウ!!』
身を翻し、何とかナイフを避けるルファ。それと同時にジェイスが、外れない光弾でマーダーを撃ち抜く。
しかし、それは効果がなかった。
「チッ!」
思わず舌打ち。
「こんなものでは、私を消せはしない。そうだろう、坊や?」
くつくつと不気味な笑い声を響かせ、ジェイスを切りつける。ジェイスはそれを紙一重で躱した。
『このままでは危険です、マスター!』
「けどっ!!」
分かっていた。
何度もやってきたから、分かること。
本当はこんなことはしたくなかったのに。
けれど、【契約】してしまったからには、それを【果たさなくてはならない】。
人々を脅かす【マーダー】は、たとえフリーダム、仮想空間でも【存在してはならない】のだから。
「アルファー・レイ! 契約に基づき、かの者をエデンの園へと導き賜え!」
ルファの体が光に包まれ。
「な、何だと!?」
マーダーの顔が驚愕に歪む。
ジェイスがいた場所には、美しい天使が舞い降りた。
-----------さあ、歌いなさい。嘆きなさい。神の前では等しく生が失われるのです。
天使の持つ銀色の剣が、マーダーの胸を切り裂いた。
「……マジか?」
ジェイスの頬には赤い手形。足元にはぐしゃぐしゃになった花束。
「顔洗って出直しといで。一昨日来やがれってんだ!!」
可愛らしいギャルが、そうジェイスに強烈なパンチを浴びせた。
「ま、また……振られた」
『マスター、これで105人目』
「!! ルファ、いつの間に!?」
『可愛そうなマスターのために、ハンバーグを焼きます』
「そ、それはありがてぇ!」
ビンタとパンチを食らった頬をさすって、ジェイスは立ち上がる。
『フリーダムで、ですが』
「それじゃあ、腹は膨れんだろうがっ」
涙目になるジェイスをそのままに、ルファは振り返り、てくてく帰っていく。
「ちょ、ちょっと待て、ルファ。お前、俺を迎えに来たんじゃ……」
無言でルファはずかずかと帰っていく。後ろで、おーい待ってくれよーと涙目のジェイスがやってくる。
「あなたの伴侶は、私だけで充分です」
ぽつりとそう呟いて、ルファは僅かに微笑むのであった。
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コメント
ノベルバユーザー602339
ヒーローはイケメンだけじゃない。
それぞれの考えの描写も必要と感じさせられました!