アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第18話 ◆騎士がもたらす終焉



 巨大な戦艦が、かつてエレンティア王国のあった……いや、テネスティの本拠地があった惑星の上空……大気圏を越えた宇宙に存在していた。
「いやあ、叔父上は良き船をいただきましたな」
 リョウガは、上機嫌な中年男を見上げる。
 艦長席に座るのは、リョウガの叔父であり、今回の作戦を指揮したいわば、功労者。
 立派な体格に、顎鬚を生やす男はリョウガに声をかけた。
「リョウガ、ここは家ではないんだぞ」
「はっ! インクブス・ゼズ・グリュー・ラフトブレスト閣下!」
 姿勢を正して、敬礼をするリョウガに叔父は、いやインクブスは口の端を上げて笑った。
「ははははは、まあいい。今日は気分が良い。あの目障りなテネスティを壊滅させただけでなく」
「あのときの生き残りも始末できましたからね」
 二人は顔を見合わせ、にやにやと哂う。
「それに……あの皇帝直々に、惑星を一瞬で滅ぼすバスター砲を兼ね備えた戦艦も賜ったのだ! 皆、無礼講だ!! 今日は好きにここで飲み明かすが良い!!」
 この船の主、インクブスからの許可が下りる。
「「おおおおっ!!」」
 船の中は、さながら宴会場のようになった。
 屈強の男たちは、ジョッキを片手に飲み明かす。
 きっと、今夜は寝られないだろう。
 誰もがそう思っていた。


「閣下! 変な機体がこちらに近づいています! しかも……猛スピードで!!」
 辺りを警戒していた兵士が、すぐさま報告してきたのだ。
「画面に映せ」
 そこに現れたのは。
 蒼白いマトリョーシカを思わせる珍しい機体だった。
 そのずんぐりむっくりしたボディに不釣合いな細い腕。華奢な指。
 その両腕が持つのは、これまた大きすぎるレールランチャー。
 速度を緩めた機体は、静かに戦艦の前で止まった。
『我が名は、ラファトメーア・ユト・エルリアトゥーナ』
 まるで謳うかのように、囁くかのように響くテノールの声。
 名前を名乗ったはずなのだが、その全てが正しく聞き取れたか。
 この戦艦に居る者は誰一人、その名を把握することは出来なかった。
『全軍に告ぐ。今すぐ降伏し、撤退せよ。ここは貴殿のいるべき場所ではない。大人しく撤退するのならば、命だけは保障しよう』
 蒼白い機体に乗る者は、更に避難勧告をしてくる。しかも、さも一人で戦艦相手にできるといった風情で。
「なんだと?」
「バカか、あいつは?」
 彼は、たった1機で戦艦に挑んできた。
 それにバスター砲はついていないが、他にも3艘、戦艦が控えているのだ。
 それなのに、彼は1機で……宣戦布告をしてきた。
「この艦にどれだけのギアが収納されていると思っているんだ、あいつは」
 インクブスの乗る巨大な戦艦でも500機。追随する戦艦もそれぞれ200機。あわせて1100機ほどあるのだ。
『閣下、ここはこのわたくしめにお任せを』
「第一艦隊か。まあ、あの1機を消すには、少々多すぎるかもしれんが、あのバカを直すには丁度良いかもしれんのう」
「全くです」
 インクブスの言葉にリョウガが頷いた。
 ―――あの不細工なモーターギアには、ここで消えてもらおう。
 ついでに、我が軍に盾突くとどうなるか、それを知らしめるにもいいだろうと。
 二人は声高らかに哂い合った。




「さて、向こうはどのくらい来るかな?」
 おどけるようにアールは、向こうの出方を見守っていた。
『まあ、あれですね。馬鹿を直すには丁度いいなんて、大量にギアを出してくると思いますよ。ざっと200機ほどでしょうね』
「やっぱりそう思う? カリス」
 この機体のコクピットは、『ルヴィ』とは全く異なる様相をしていた。
 まず、地面がない。いや、地面となる場所が水面になっているのだ。
 アールはその上に立ち、カリスと会話している。
 また、アールの手首と足首、そして、アールのつけているミラーシェードには、光のコードのようなもので繋がれている。
 それらが、彼の動き、思考を読み取り、機体を動かしていくのだ。
 また、いくつかの立体モニターがアールの前に表示され、戦艦のデータを逐一報告している。
 ふわりと現れたのは、光を纏ったカリス。今は服を着ていない。まるで、精霊のような姿だ。
「さて、そろそろ始めようか、『カリス』」
『了解。プログラムを起動します』
 カリスの言葉と共にアールの身につけていた武器が宙に浮かび、雲散した。
 替わりに現れたのは、青い魔術書。アールは慣れた手つきでそれを開く。
「マギシステム起動。これより戦闘態勢に入る」
『イエス、マスター』
 とたんにアールの足元が光り、蒼白い魔方陣が敷かれた。
 同時にコクピットの壁という壁が、一瞬で宇宙になる。いや、機体の見るものと同じ景色を映し出したのだ。前だけでなく、360度全ての方向を。
「でもさ」
 アールは冷え切った瞳で相手を見据えた。
「たかが200機ごときで、この俺を止められると思う?」
『無理ですね』
「だよねー。まあ、相手はかなりやる気になってるみたいだし。予定通り」
 慣れた手つきで片手で魔道書を開き、口元に笑みを浮かべる。
「全て消す」
 アールは確かにそう言い放った。




 第一艦隊は、まず10機を出撃させた。
 相手はたったの1機。しかも不細工なモーターギアのみ。
「負けるはずがない」
 出撃した兵士達は、皆、そう思っていた。


『10機来ます』
「あらら、少ないこと」
 全ての機体をミラーシェード越しに捕らえた。
 一機たりとも、照準の中央に位置している。
「『カリス』の十分の一、いや百分の一の力も出せないよ? それじゃあね」
 アールは魔道書からある1ページ選ぶと、それを破り捨てて実行する。
『プログラム・ウォール、展開完了』
「はい、さようなら」
 感情の篭らない声で、アールは告げた。


「な、なんだ……と……」
 目の前で10機が、一瞬で……大破したのだ。
「相手は何をしたんだ!?」
 第一艦隊の艦長が焦りを滲ませる。
「お、恐らくあのランチャーで攻撃したものかと……」
「あ、あれで、撃ったのか? 弾が見えなかったぞっ!!」
 艦長の言う通り、弾丸も弾の軌跡も見えなかった。
 ただ、あの不恰好な機体が腕を……横に凪いだだけだった。
 それだけで、10機があっという間に爆破したのだ。
 まるで、見えない壁にぶつかったかのように。


「向こうは驚いてるようだね」
 ふふっと笑いながら、アールは楽しげに次のプログラムを待機させる。
「次は何機、来るかな?」
『全機、来ます』
「じゃあ、今度は撃ちますか」
 アールは全ての敵を一瞥して、ターゲットを全て合わせた。
『プログラム・サジタリウス起動』
 アールは片目をつぶって、銃の形にした、その人差し指で狙いを定める。
「シューッ!!」


 肩パッドと思われる場所が、ばくんと開いた。
 そこに現れたのは、無数のレーザー口。
 同時に光の矢が解き放たれる。
 目指すは、現れた敵全て。
 全ての心臓部。
 一つ残らず全て撃ち貫いた。
 コクピットごと、そのまま。
『うわあああ』『ぎゃああああ』『お、お母さーん!!』
 最後の声が次々に響き渡った。




「いったい、何をしているんだ。第一艦隊は」
 そのインクブスの声は震えていた。
 得体の知れない機体。
 その出現に、たった1機に翻弄されている姿に、驚愕しているのだ。
『今度は我々に』
『お任せください』
 その緊急事態に、第二、第三艦隊も動き出す。
「頼むぞ、お前達!!」
 二人が名乗りを上げてくれたことにインクブスは、いつもの口調を取り戻した。
 インクブスは気づいていない。
 リュウガが既にここにいないことに。
「面白いじゃないか、マトリョーシカ」
 眼帯を外して、リョウガは愛機に乗り込む。外した眼帯の下には、特殊加工された義眼が取り付けられていた。どんなものでも、狙いを定める照準機を備えたものが。
「俺の『ダイヤ』砕けるものなら、砕いてみよ!!」
 ハッチを閉め、リョウガは愛機のエンジンに火をつけた。




 一方、アールの前には、400機が迫っていた。しかもその三分の一がシルバー。
「へえ、いいもの揃えてるんだ」
『マスター、どうしますか?』
 アールは首をかしげて考える素振りを見せていたが、それをすぐに戻した。
「そうだね。向こうもやっとやる気になったみたいだから、こっちも、もうちょっとだけ本気を見せようか」
 ぴぴっという音と共にプログラムが起動していく。
『プログラム・ビースト起動』
「中に突入して、ついでに重い装甲、少しだけ外そうか」
『了解』
 アールの機体はそのまま……400機の中に躊躇いもなく突っ込んでいった。




 ランチャーで撃ちまくり、肩パッドのレーザーで敵を残らず焼いていく。
『そこだっ!!』
 敵のシルバーがアールの右腕のランチャーを吹き飛ばした。
「なかなかいい腕を持っている。だが」
 アールはその腕の甲からレーザークローを生み出すと、そのまま敵のシルバーを引き裂く。あり得ない話だが、手でアルミ箔を引き裂くように、いとも簡単に。
 お陰でコクピットの内部まで見えた。若い青年が驚愕の表情を浮かべている。
「すまないな。俺を相手にしたときから、既に運命は決まってる」
 アールは一言告げて、もう一度、クローを突っ込ませた。
 音は聞こえなかったが、クローに深紅の液体が張り付いたのが分かった。
 その戦いの最中でも、敵からの銃撃は途切れることはない。
 厚い装甲が少しずつ剥げていく。
『マスター、ショルダーセイバーがパージされました』
 カリスの言葉と同時に、肩パッド部分が大破した。外れて出てくるのは、華奢な腕に相応しい二つの肩。その肩には、翼を持った雄々しきスフィンクスの紋章が描かれていた。
「必死だね、相手も。まあ、俺も手加減するつもりないけど」
 弾の切れたランチャーを投げ捨て、左手も手甲からレーザーの刃を生やす。
 両手のレーザーで敵を切り払いながら、一気に突入し加速していく。
「腕のシールドを強化。サジタリウスで大半を狙い撃ち。撃ち漏らしがあったら教えて」
『了解』
 十分後には、動ける機体は1機も残っていなかった。




「ななな、何をしているんだ!! さっさとこの艦のギアも出していけ!!」
 インクブスの声に巨大艦のギアも出撃してきた。
 その数ざっと500。




「来たね。ゾクゾクしてくるよ」
『マスター、そんなことを言ったら、怖がられますよ』
「だってさ、俺、そんな風に『造られた』んだぜ? 相手をびびらせるくらいじゃないと、『アイツ』らは倒せなかったんだ。仕方ないだろ?」
 そう言いながら、その500機の中に突っ込んでいった。
『プログラム・ハヤブサ起動』
「腕とか足とか狙おうかなと思ったけど、ちょっと多過ぎ。面倒になってきた」
 蒼白い炎のようなオーラを纏って、そのまま、アールは敵の機体に向かっていった。
「シャイニング・ブルーバード」
 アールの機体は、今、青い鳥のように姿を変え、宇宙を駆け巡り、敵機を蹂躙していく。
 もちろん、敵も容赦ない弾丸をアールの機体に浴びせてきている。
『マスター、デカイのが来ます』
「いいよ、受けようじゃないか」
 アールはこの戦いを楽しむかのように微笑む。
「この『鎧』も重くなってきたからね。『カリス』、ユニゾンドライブ起動」
 その言葉にカリスはアールに寄り添う。
『ユニゾンイン!』
 すると、カリスはアールと融合し、アールは新たな蒼き光を身に纏うではないか。
「ちょっとだけ、本気を見せようか。俺の『カリス』と共に」
 アールは静かにそっと、口元を緩めた。冷たい視線をそのままに。


「はっ!! このメガランチャーを受けて、生きてるやつぁ居ねぇからな」
 巨大なランチャーを構えたリョウガの機体は、ゆっくりとそのランチャーを投げ捨てた。
「ただ、こいつの難点は、弾が一つしか入らねぇことだ。もう少し入るようにしてくれたって良いんじゃねのか、全く」
 紅いダイヤの光沢。
 雄々しき鬣を持つレオを思わせる機体。
 それが、リョウガの愛機だった。
 その両腕には、ダイヤの装甲と同じ素材で出来た、最強のクローが備わっている。
 リョウガは、弾の当たった残念なバカに向かってあばよと告げた。
「もうちょっと遊びたか……んっ?」
 消え行く煙と共に現れたのは。
「あ、あれが……あの、マトリョーシカ……か?」
『ごきげんよう、皆さん。重い鎧を外してくれてありがとう。お礼に一つ教えてあげよう』
 背には四枚の翼がはためき。
 背中には見たことのないランチャーが取り付けられており。
 まるで人が鎧を着たかのような、スマートなフォルムの機体。
 それは、本当の騎士を思わせた。
 それだけではない。彼を守るかのように、無数の光のビットが宙に浮かんでいる。
『無敗の鬼神。それがかつての私の呼び名だ』
「上等じゃないか、面白い」
 リョウガは震える手を、握ることで忘れることにした。
 震える足を踏み込むことで、忘れることにしたのだ。
「俺に武者震いをさせるとは、本当に面白いっ!!」
 声を張り上げ、気合を入れる。
「無敗の鬼神!! なら、俺がその無敗を消し去ってくれよう!!」
 レオの機体が騎士の前に飛び出した。


「おやまあ、誰かと思ったら」
『あのときの彼ですね』
 どこからともなく宙から、2本の剣を引き抜くと、アールはそれでレオのクローを止めた。
『マスター、一ついいですか?』
「何? 面白いこと?」
 レオの繰り出すクローをいとも簡単に、剣で受け止めていくアール。
『サーチしたところ、リンレイ様を殺したのは、この方だと判明しました』
「なんだって?」
 アールは、ばんと勢い良くレオの爪を弾き返し、距離を取る。
「もう一度、言ってみろ……」
『リョウガです。リンレイを、殺したのは』
 時が止まった。
「ふふふ………あははははははははは、あーーーっはははははっ!!」
 耳障りな哂い声が、コクピットの中で満たされる。
「こんな、こんな『ランク』の男が、リンレイを?」
『はいそうです』
「こんな男にリンレイが、殺されたっていうのか?」
『はいそうです』
「こんな、男に……こんな、屑野郎に……リンレイが……」
 ばちっと、何かが弾けた。とたんにアールの周りに、暗いオーラが漂い始める。
「神に感謝しよう。ここで逢えたことに」
 アールの瞳が、両目とも深紅に変わった。
「もっとも、俺が『神』なんだがな」




 がきんがきんと剣相手に爪を振るう。
 ―――可笑しい。
 ―――何故だ?
 この爪はダイヤの装甲で出来ている。
 切り裂けないものは、この世のどこにもないはずだった。
 ―――なぜ、こいつの剣は切れない?
 ―――それに、こいつのフレームはなんなんだ?
 蒼白く輝いたりしていたかと思えば、今は何故か、禍々しい黒のオーラを纏い始めていた。
 ―――こいつは何なんだ? 何なんだというのだ。
 そう、目の前の敵を殺せばいいだけの事。
 コイツを倒せば終わるのに。
 いつの間にか残っているのは、リョウガと戦艦だけになっている。
 ―――こいつは、本当に……。
「人間なのか?」


 そこに至って、リョウガは、さっと後ろに下がった。
 震えが止まらなくなっていたのだ。
 禍々しい黒のオーラを纏った敵が、ゆっくりと近づいてくる。
 ―――可笑しい。いつから、変わったんだ?


 俺は唯、叔父に命令されてやっただけだった。
 命令に従えば、後は金と良い女を宛がわせてくれるって約束してくれた。
 だから、汚いことも全部引き受けてきた。
 可笑しい、俺はなんで、こんなことを考えている?
 俺は悪くない!
 悪くないんだ!
 悪いのは、叔父上なんだ! 叔父上が命令したから!


『そう、命令されただけなのか』
「はっ!!」
 その声は、モニターから……いや、モニター越しのスピーカーから流れてきた声ではなかった。直接頭から響いてきたのだ。まるで、すぐ後ろから囁かれるかのように、はっきりと。
『だからといって、許されるものじゃない。そうだろ? リョウガ』
 リョウガは、この声に聞き覚えがあった。
「あ、アール……だと……」
『へえ、覚えてたんだ。俺の声。嬉しいね』
 その声と同時に、アールはその腕を振るった。
「うああああああああああああ!!!」
 振るったのは2本の剣。斬ったのは、レオの両足。
 なのに何故か、リョウガの両足に鋭い痛みが走った。
 ―――熱い、なんて熱いんだ。熱い熱い熱い熱い!!
『リンレイは歩けなかったんだ。でも、歩こうとしてたんだ。必死に生きようとしていた。幸せになる権利を持っていた』
 リョウガはそんなアールの言葉を聞き流しながら、ゆっくりと足元を見た。
 そこには、足が……なかった。
 いや違う。斬られたのだ。
 ギアごと、足をごっそりと。
「うあああああああああああああああああああ!!」
 また、アールの剣が煌めく。
「ぐおおおおおお!!」
 その痛みにリョウガは耐え切れず、声を上げた。
『この腕で彼女の命を奪ったのか?』
 今度は右腕が、なくなった。
 ―――熱くて熱くて熱くて熱くて、熱い熱い熱い熱い。熱いよう!!
『老騎士をやったのは、お前か?』
 確かめるように、もう一度、アールはその剣を薙いだ。
 今度は左腕。リョウガの左腕が消えうせたのだ。
 ―――熱いよ熱いよもうやめて熱い熱い熱いよう。もうやめてよ。もうもうもうもうもうもうやめてやめてやめてやめて。
 リョウガは狂ったように叫ぶ。
「ああそうだよっ!! 俺がやったんだ!! 見物だったぜ! 大きな花火であっという間に消えちまったっ!!」
 けれど、心の中では。
 ―――熱いから熱くてたまんないから。ねえもうやめて、おねがいだからゆるしてよかみさま。ねえおねがいおねがいゆるしてかみさま。
 絶えず、赦しを請うていた。何度も何度も。
『そうか、それが聞けて良かった』
「はっ、はっはっ、はっ……」
 もうリョウガは何もできなかった。生きていることが不思議なくらいだった。
 そのアールの声は優しく聞こえた……気がした。
『消えろ』
 しかし、その次に聞こえた声は、決してリョウガが欲しかった答えではない。
「へっ!?」
 思わず、リョウガは、変な声を上げる。
『地獄の中で永遠に苦しむが良い』
「やめて、ゆるし……」
 そのリョウガの声は、最後まで発することなく。


 爆ぜる。
 いや、それは強烈な閃光。
 最後に残っていたギアが……アールの生み出した爆発により蒸発、消滅したのだ。
 跡形もなく、そこに存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと。




「ななななな、何をしているぅ~~!!」
 その状況にインクブスは、震える声で指示した。
「バスターだ、バスター砲を用意しろっ!! あの忌々しい機体を消すんだっ!!」
 その間に、アールの機体はゆっくりと巨大戦艦を見据えていた。
 ただ、見据えていた。
 先ほどの黒いオーラはいつの間にか消えうせ、いつもの蒼白い光を取り戻していた。
「早く早く、チャージはまだか!?」
 苛立ちをそのままに、インクブスは、艦長席で部下達を急かしていた。
「準備できました!!」
 その部下の声に、インクブスは安堵し、即座に指示を送る。
「なら、すぐ撃て! 今すぐに!!」






『マスター、マスター』
 カリスの声が響く。
 アールはまだ微動だにせず、そのまま動かずにいた。
 いや、ここに心あらずといったところだろうか。
『マスター、マスター!』
 何度も何度もカリスが内側でも声を掛ける。
 目覚めるまで、何度でも何度でも。


 ―――えっ!?
 聞こえるはずのない、愛する人の声が聞こえた気がした。


『マスターっ!!』
「カリス?」
 意識を取り戻したアールに、カリスは安堵する。
『マスター。向こうが大物を出してきました』
 すぐさま、カリスは状況を報告する。
「大物って……」
『バスター砲です』
「はあっ!? ちょっと待って、バスターって、あの、バスター?」
『はい、あのバスターです』
 頭を抱えて、アールは大きな大きなため息を零した。
「こんなところでぶっ放したら、この星が危険でしょ?」
 掠めるだけでも被害があるはずだ。アールはちらりと近くにある星を見やった。
 美しく綺麗な緑色の惑星。
 ―――彼らが愛していたこの星を、失うわけにはいかない。


 蒼白い騎士型のモーターギア『カリス』は、がしゃりと背中のランチャーを展開。引き伸ばした。
 と同時にチャージに入る。
 一方、コクピット内では。
 ミラーシェードの前に、もう一枚、黒いガードが下り、それを覆う。
 次にアールの右腕に、カリスが持っているものと同じランチャーが形を成した。
「タイミングはそっちに任せる」
 アールはトリガーを握り、『カリス』と同時にランチャーを構える。
『プログラム・バスターカウンター起動。秒読み開始します』
 正確な数字がミラーシェードの中でも表示される。
 照準を合わせて、アールはその時を待つ。
 背にした惑星を守るために。
 そして、その惑星を蹂躙した者達に、最後の裁きを与えるために。


 先に放ったのは、戦艦の方だった。
「ははは、これで終わりだ。馬鹿なやつよ。はーっはっはっ!!」
 もうすぐ終わる戦いに、インクブスは声高らかに笑い出した。
「閣下っ! 閣下、高熱反応あり! こっちに向かってます……こ、これは……ま、まさかそんなっ!」
 何故かうろたえる部下にインクブスは一喝する。
「何をうろたえている。もう我々の勝利は目前……」
「敵が、敵がバスターを……撃ちました」
 部下が発した言葉は、とんでもないものだった。
「な、なんだと、そんな馬鹿な! ギアでバスターなんぞ、撃てるはずが」
 インクブスの声は、返ってくるバスター砲でかき消される。
 巨大戦艦だけでなく、傍にいた3艘の戦艦までも巻き込んで。




「ふう、終わりましたね」
 アールは、がしゃりとランチャーを戻し、目元のガードを上げた。
『危ないところでした』
 ふわりとアールの体から飛び出してくるのは、裸のカリス。
「ごめん、ちょっとトリップしちゃった。久しぶりに『カリス』に乗ったからかな? 『リキッド』使ってないのに」
『マスターの精神によって左右されると、グランドマスターに言われたではありませんか』
「そういえば……親父がそんなこと言ってたな……」
 アールが放ったバスター砲。それで生じた時空の歪みがゆっくりと、元に戻っていく。後に残ったのは、静かな宇宙のみ。
 それを確認してから、アールは『カリス』を反転させた。
「さあ、帰ろうか。『みんな』が待ってる」
『はい。このまま転移しますね』
「よろしく」
 その言葉を最後に、アールはその惑星から離れたのだった。



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