アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第13話 ◆交錯する想い、歩み始める決意

 薄暗い部屋の中、アールは一人、データチップの入ったケースを眺めていた。
 ここは、アレグレが用意してくれた個室。
 誰も居ないのをいいことに、電気もつけずにただ、ベッドに座っていた。
「失ってから気づくなんて……」
 ベッド横にある小さなテーブルの上に、ケースを置く。
 このチップをどうするのか聞きそびれてしまったことに、アールは思わずため息を零す。
 ―――やり直せるのなら、自分があの場所に行けば……。
 空間を越える力があっても、時間を飛び越える力は、今のアールにはなかった。
「そんな出来ないことを言っても仕方ない、か……」
 と、彼の頭の中に声が響く。
『マスター、またつけてますよ』
「カリス」
 言われて、アールはつけていたミラーシェードを外した。そのまま、ケースの横に置く。
『これからどうしますか? 帰りますか?』
 そのとき、初めて気づいた。
 そう、依頼されたことは既に終わっている。だから、このまま帰っても問題ないことを。
 だが、アールはそれをしなかった。そんな選択肢は最初からなかったに等しい。
「いえ、もう少し残ります。せめて、彼女が」
 ―――歩いていけるように、と。
「そう願っても良いでしょう? カリス」
『わかりました、しばらく待機しています』
「面倒をかけるね」
 労いの言葉が自然に言葉となって出た。
『いえ、これが私の役目ですから』
 いつもと変わらぬ口調に、思わず苦笑を浮かべる。
「少し眠るよ。今日はちょっと疲れたから」
『お休みなさい、よい夢を』
「よい夢を……」
 そのままベッドに横たわり、ゆっくりと瞼を閉じた。






 翌朝。
 リンレイはジョイと共に、食堂にやってきた。
 少し目が赤くなっているが、思っていたよりも腫れていないことに、アールは心の中で、ホッと胸を撫で下ろす。
「リンレイ」
 アールは、声をかけた。
「アール」
 名を呼ぶリンレイの瞳には、悲しみが滲んではいたが、その中に迷いがないのを知ると、アールはいつもの調子で。
「何か食べましょうか。お腹が空きました」
「おいおい、他にも何か言うことあるだろ?」
 空いている席に向かい合って、アールとリンレイは座る。そして、リンレイの隣にジョイも座った。
「いえ、特に言うことはありませんよ。もう大丈夫そうですから。ねえ、ジョイ」
 アールに名指しされて、ジョイはあたふたする。
「お、俺は、俺は何も、してないっ!!」
 妙に高い声でそうジョイは言った。
 その間にアールはリンレイ達の分も注文して、朝食が出来るのを待つ。
「怪しいですねぇ、二人っきりで何かしてたんじゃないですか? たとえばそう、エッチなこととか」
「そ、そんなことするもんか!!」
 そんなアールの言葉に、驚いたのはリンレイ。
「何もしてないっ!! ただ、コイツの話を聞いただけだっ!!」
 顔を真っ赤にさせて、リンレイはジョイを指差し叫ぶ。
「はいはい、よぉーく分かりました。おめでとう、二人はそういう……」
 ばこんという、良い音が食堂に響いた。
 近くにあったトレイがアールの脳天を直撃した。
 いや、トレイを持ったリンレイがアールの頭を、手加減無しにぶっ叩いたといった方が正しいだろう。
「すみません、遊びすぎました」
「わかればいい」
 へこんだトレイを見て、ジョイは少し青ざめていたが、深々と頭を下げるアールに機嫌を直したリンレイにホッとしている。
 と、そこへ朝食が届いた。
「はいよ。熱いから気をつけて食べなよ」
 食堂のおばさんが、にっかと笑いながら去っていく。
「……変な誤解されたら、アールのせいだぞ」
「はいはい、それでいいですよ。いただきます」
「「いただきます」」
 三人は目の前のトーストに揃って食いついた。


「……で、だ。アール。私は……その、ジョイ達と一緒に行こうと思う」
 最初にそう切り出したのは、リンレイ。
「そうですか。良いと思いますよ」
 食後のコーヒーを飲みながら、アールは答えた。
「それじゃあ、私は……」
「待ってくれ!!」
 アールが言う前にリンレイが遮った。
「その、お前にはまだ……行かないで欲しい」
 立ち上がろうとしたその腕、その裾を掴んで、リンレイは告げる。
「まだ時間はあるんだろ? もう少しだけ、もう少しだけ一緒にいてくれないか?」
 ぎゅっとリンレイの手に力が込められた。
 振り払うこともできただろう。
 けれど、そうしなかったのは、きっと。
 しばしの間の後に、アールは口を開いた。
「……いいですよ。もう少しだけ、ここに居ましょう」
 そう告げたアールに、リンレイは溢れんばかりの笑顔を見せる。
「ありがとう、アール!!」
 と、同時にアールの胸に飛び込んできた。
「り、リンレイ!?」
 流石に抱きつかれるなんて……アールは思ってもみなかった。
「あ、ああ、すまない、つい……」
「いえ、僕もちょっと驚いただけですから」
 そんな二人の間を割り込むように。
「いやあ、朝から良いものを見せてもらったっ!!」
 そこに現れたのは、テネシティのリーダー、アレグレだった。
 ばんばんとアールとリンレイを肩を抱いて、二人の顔を見る。
「俺のチームを気に入ってくれてありがとう、リンレイ嬢。……いえ、リンレイ姫」
「リンレイ……姫?」
 アレグレの言葉にジョイが驚く。
「ああ、お前には言ってなかったな。彼女はこのエレンティア王国の第一王女、リンレイ・エル・グロリア・エレンティア様だ」
「えっ……」
 言葉を失うジョイにリンレイは、困ったような苦笑を浮かべた。
「おや、アール。君は驚いていないようだね?」
「少しそんな気がしていたのものですから」
「まあいい。二人がここに残ってくれるというのなら、話は早い。君達に頼みたいことがあるんだ」
 二人の耳元で囁くように、アレグレはこう続けた。
「王国を取り戻す算段が付いた。それに手を貸して欲しい」
 その言葉に、アールはミラーシェードの奥で、より一層、その瞳を細めたのだった。





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