アール・ブレイド ~メルビアンの老騎士と姫君~

秋原かざや

第7話 ◆宇宙を駆ける銀色の戦乙女

 ―――『フリーエージェント』になるために、大いに役立つのが、モーターギアの操縦免許だ。
 それを持っているか否かで、エージェント試験の難易度が劇的に変わる。
 むろん、持っている方が、有利なうえ、難易度を下げることも可能だ。
 また、エージェントとしてのランクも、免許の有無によって、格段に変化する。
 上位ランクを目指すなら、必ず所持していないと、途中でランクを上げるのに厳しくなってくる。それくらい重要なのだ。
 そんなことをアールは、思わず思い出していた。
 これから、そのモーターギアを動かさなくてはならないのだから。
 もっとも彼にとって、モーターギアは、彼の手足であり、分身でもあるくらい自然に動かせるものでもあるのだが―――


 モーターギアの音が聞こえた時点で、こうなるだろうとアールは感じてはいた。
 ―――恐らく敵は、こっちの船を落としに来るな。
 宇宙船のシールドバリアは、そう簡単には破られないだろうが、牽制する必要があるだろう。
 それに……。
 慣れた手つきで、アールは、シルバーのシートにその身を滑り込ませる。
 少し固めのシート。その感触にアールは思わず、笑みを零した。
「カリス、シルバーで……いえ、『ルヴィ』で出ます」
 コクピットにある、多数のスイッチを次々と上げて、シルバーの起動を開始する。
 この一連の操作をアールは好んでいた。全てのスイッチを入れ、問題なく正常に動いていることを確認し、コクピットのハッチを閉めようとして、止めた。
「奥のでなくてもいいんですか?」
 カリスが声をかけてきたからだ。
「必要ないでしょう。相手はタダのゴロツキですから」
 次にアールは、手元にあった接続コードを引き伸ばし、ミラーシェードのイヤーギアに取り付けた。
 ばちっ!!
 僅かな衝撃が、アールの体中に走る。
 リンレイが受けたものと同じ衝撃なのだが、アールはその痛みに顔色一つ崩さなかった。それほど、アールは痛みに慣れていた。それに、この痛みこそが、アールと『ルヴィ』が正常に『接続』された証明でもあった。
「リンレイを頼みますよ」
 そう言って、アールはハッチを閉じる。とたんに壁が周囲を映し出すモニターへと一瞬で変化した。次々と流れてくる起動コード。足元のペダルを踏み込み、両サイドにある操縦桿に手をかけ、前に倒す。
「さて、行きますか、『ルヴィ』」
 二人が離れるのを見て、アールは宇宙に飛び出した。


 相手を引き付けるために、アールは影でカリスに指示を送っていた。
 地上で戦うという選択肢もあったが、アールはそれを選ばなかった。
 なぜなら、やっと復興してきたあの街を、また壊すことになってしまう。それが忍びないと感じたからだ。
 幸いなことに、敵は、アールの思惑通りに、この宇宙船を追って宇宙まで来てくれた。後は……そう、蹴散らすのみ。
「できれば、この牽制で懲りてくれるといいんだけどね……」
 無理だろうなと思いつつ、アールはそう、呟いた。




「……サーチ」
 その声に従い、アールの『ルヴィ』の後方、背面から青白いひし形の結晶体『サーチプレート』が二つ射出された。
 このプレートに殺傷能力はない。敵のデータを外部から測定するのが役目だ。
 そのサーチプレートは、すぐさま敵機に向かい、宇宙の闇に溶け込み、働き始める。
 敵はそれに、未だ気づいていない。
 同時にアールのミラーシェードの内側には、大量のデータが流し込まれてくる。
 サーチプレートが読み取ってきたデータが、流れてきているのだ。
 モーターギアの専門家が見れば、その驚異的な速度に驚愕するだろうが、残念ながらこの場にそのような者はいなかった。


 アールの視線の先には、収集されたデータが映し出されていた。
 敵は5体。
 巨大なチェーンソーを二つもつけたのが1体。
 パイルバンカーをつけたのが1体。
 巨大な砲台を肩につけたのが1体。
 両手と右肩、合計3つのレーザーライフルを持っているのが1体。
 どれも、ブロンズ級のフレームを使用している。
 そして、最後の1体が両腕に巨大で鋭いクローをつけた軽量型タイプ。恐らくアールと同じ、シルバー級だということが覗える。
「ブロンズ4体にシルバー1体、まあ、妥当な線か」
 ただ一つ、残念なことは。
「こっちがそれを上回っているって所だけどね」
 アールは、にっと笑みを浮かべ、一気に間合いを詰めた。


「何だ、ありゃあ」
「あんな細っこいギア、初めて見たぜ?」
 敵は明らかにアールのギアを弱いものと見ていた。
「しかも1機で俺達と渡り歩こうなんざ、無理ってもんだ」
 そんな彼らを冷ややかな眼で見ている者がいる。
「まあいい、お前らの力を見せてやれ」
 眼帯をつけている男は、そう部下達に告げた。
「さて……あんなピーキーな改造してるんだ。タダでは死なないでくれよ」
 舌なめずりするかのように、眼帯男は瞳を細める。
 彼の瞳の先にいるのは、右肩に巨大な盾を持った美しき戦乙女のギアだった。


 アールの『ルヴィ』には、右肩に巨大な盾をつけていた。
 何かを象った青い紋章のようなマークも見受けられる。
 と、動いたのは、チェーンソーとパイルバンカーの2体。
 彼らが近づく前に、アールは慣れた手つきで盾から剣を引き抜いた。


 ガキンッ!! キンッ!!


 パイルバンカーは盾で。
 チェーンソーは剣で受け流した。
 クローを持ったシルバーは、まだ動かない。高みの見物といったところか?
 ―――それならそれでいい。
 動きが止まったところで、砲台とレーザーライフルが火を噴いた。
「バリアシールド全開!!」
 かなりの衝撃があったが、見えないシールドのお陰で、アールの機体に損傷はない。そのまま煙と共にやや後退する。
 そこに目掛けて、パイルバンカーとチェーンソーがまた切りかかってきた。
「今度はこっちから……」
 アールの繰る『ルヴィ』が剣を振りかぶる、と同時にその剣が伸びた。
 よく見ると、その剣には幾重もヒビが入っているような形状をしていた。グリップを切り替えることで、その剣は姿を変える。そう、鞭のように伸びて撓る特別な剣、『蛇腹剣』だ。
 その伸びた剣が、刃が輝きを纏う。
「行かせてもらう!!」
 蛇腹剣の一振りで2機の武器を粉砕した。
「なに!?」「オレ様の武器が!?」
 二振り目で、彼らの脚部を切断。その所為でチェーンソーを持っていた機体が大破した。とはいっても、爆発前にパイロットは外に脱出して、命だけは無事なようだ。
 それを見て、砲台とレーザーライフルの機体が接近しつつ、『ルヴィ』目がけて射撃してくる。アールは高速移動で避けつつ、彼らの銃弾を肩の盾と剣で弾き返す。弾ききれなかった分はバリアシールドで打ち消した。
「近距離で戦っても構わないんだけど」
 剣を素早く盾に戻すと、アールは、今度は背中にマウントされていたレーザーライフルを腰だめに構えた。
「まあ、こっちの方が狙いやすいか?」
 アールのミラーシェードの内側に、照準が現われる。右腕の操縦桿のボタンカバーを親指で開き、タイミングよく押していく。
「なんだと!?」「馬鹿なっ!!」
 レーザー弾は、そのアールの押した通りに発射され、彼らの武器を見事に撃ち貫いた。
 残りは、クローを持った機体のみ。
 アールはボタンカバーを戻すと、もう一度、操縦桿を動かし、盾から剣を取り出した。


「ほう、見事に無力化したか。面白い」
 腕を組む眼帯の男は、その手を操縦桿へと伸ばした。
「少し遊んでやるか。依頼主からは、相手を殺しても構わないといわれてるしな」
 楽しげに嗤いながら、男はコクピットの上部にあるレバーを引いた。


 アールの機体にぶつかるかのように、クローの機体は猛接近してきた!
「くっ!? まさかアイツ、シルバーじゃない?」
 クローの一撃を何とか躱したが、ルヴィの装備していた盾が大破してしまった。使えなくなった盾を捨てて、剣を両手で構える。
「どうやら、驚いているようだな、『アール』」
 焦っている様子を知っているのか知らぬのか、眼帯の男は、その手を止めない。
「俺の機体は、シルバーに成りすました、『ゴールド』! 貴様に勝てるわけが無い!!」
 その猛攻を剣とバリアシールドで防ぎながら後退していく。大降りの攻撃をアールは剣で力いっぱい弾き返し、腕に内蔵しているマシンガンを敵に打ち込んだ。
 その煙と共にアールは、距離を取る。
 接近したときに見えたあの、回路の煌き。
「あの金色の煌き……相手はゴールドだったか」
 ミラーシェードのデータに、破損データが加わっていく。これ以上、長引けばこっちが危ないだろう。
 そんなとき、ふわりと立体映像のようなものがアールの隣に映し出された。
 蒼い髪の少女が不安そうにアールを見つめる。
「大丈夫ですよ、『ルヴィ』。あなたの体にこれ以上、傷つけさせません」
 ホログラムのように見えるが、実際に見えるのは、アールとカリスだけだろう。
 彼女は、機体に宿る精霊のようなもの。実態はない。
 また、彼女自身、会話することもできない。表情や仕草で意思を伝えるだけなのだ。
 アールは手元にあるキーボードを素早く打ち込んだ。
「プログラム・スサノオ起動。……ルヴィ、ちょっと痛いですけど、我慢してくださいね?」
 その言葉にルヴィと呼ばれた立体映像が、にこりと微笑んで頷いた。
 アールも微笑む。
 ヴイイイイイイイイイイ………。
 唸る機械音と共に、アールの周りに青白いオーラのようなものに包まれ。
 アールの『ルヴィ』の内部回路に青白い灯が灯り始めた。


「あん? 手が止まったか? ならこっちも止めと行くか?」
 眼帯男はにやりとほくそ笑み、再び上部のレバーを大きく引いた。
「これで終わりだ、アールっ!!」
 眼帯男のギアのクローに、さらに凶悪なプラズマの光が加わり、力が込められる。




 刹那の静寂の後に、全く同時に2機が加速した。
「やっぱりな。だからこそ……『アール』、倒し甲斐のあるヤツだっ!!」
「まだやる気ですか」
 二つの武器が激しくぶつかり合う。
 一方は大剣、一方はプラズマ放電が加わった巨大クロー。それが真っ正面から両機の速度と重量を加えて激突し、爆発のように火花を散らした。
 真空の宇宙に音こそ響かないものの、吸収しきれなかった衝撃と振動が、二人のコクピットを突き抜けていく。
 そんな状況で、眼帯男はなおも余裕の笑みを浮かべていた。
「ふん、『シルバー』で『ゴールド』のパワーに耐えられるものかよ!」
 そのまま目一杯まで、操縦桿のパワーゲージを押し上げる。
 その操縦に応えるかのように、クローが大剣を押し始めた。
 まるでプレス機でプレスするかのように、ゆっくりと、確実に。
「このまま死にやがれ、『アール』っ!!」
 そう告げた眼帯男の視線の先、プラズマに彩られたクローの向こうにあるアールの『ルヴィ』に、ふと変化が現れた。
 肩に、足に、兜に、青白い光が灯り、それが次々と増えていく。
 そして、青白い光が増えていくほど、クローが大剣を押す速度が弱まっていく。
「……なに!?」
 眼帯男が驚きに目を見張る時には、アールの機体の全体が、光へと包まれていた。その兜が上げられ、センサーの配置された両眼が、より強く青く輝く。
「これでラストです」
 アールの言葉に反応して、大剣全体が光輝いた。と同時に、力で押されていたはずのクローを一気に弾き返す。
「ぬおっ!!」
 たまらずに体勢を崩した眼帯男の機体に、大剣が叩き込まれる。
「『ソード、ブレイカーっ!!!』」
 とっさにクローでガードしたあたり、眼帯男の技量も目を見張るものがあるが、アールからすれば、そのクローこそが目的だった。残光を引いた大剣が、まるでバターのようにクローを全て切り裂く。
「足は貰っていきます」
 返す刀が煌めいて、次の瞬間には眼帯男のギアは、足と胴体が切り離されていた。
「お、おのれ……この次は殺す、絶対にだ! 俺の機体が本来の機体ならば、お前なんざ……」
 その悪態は、アールの耳には届かずに。


 アールは動けなくなったギア達を一瞥すると、すぐさま、後方で待機している宇宙船へと戻っていった。




 ここは宇宙船の小さな食堂。
 先ほどの追っ手を退け、2度目のワープで移動している。今回もまた、プラネットゲートを使わずに、ブルーポイントを使って移動中だ。
 そして……今、アール達の目の前に、湯気の立つお茶と甘いチーズタルトが置かれている。今日の夕食後のデザートだ。ちなみにこれらを用意したのは、カリスだ。そわそわといった様子で、リンレイの方を見ているようだが。
「あのギア達のことですが……」
「知らん」
 アールの質問に、リンレイは即答した。
 リンレイに先ほどの敵のことを、アールは確認しているのだ。
「こっちだって、初めて見たんだ。仕方なかろう」
 そう言い放ちリンレイは、ずずずと紅茶を飲み干す。
 どうやら、リンレイも敵のことは知らない様子。
「まあ、そんなことだと思っていましたが」
「何!?」
 いきり立つリンレイの前にカリスは、そっと美味しそうな苺のムースを差し出した。
「よければ、こちらもどうぞ」
「あ、ああ。すまないな」
 カリスのナイスタイミングに、アールはほっと胸を撫で下ろす。
「仕方ありませんね。ちょっと寄り道しましょうか」
「寄り道?」
 リンレイの言葉にアールは神妙な顔で頷いた。
「ええ、ついでにコレも見ちゃいましょう」
 取り出したのは、老騎士から受け取ったデータチップであった。





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