廃屋に潜む、闇の中

秋原かざや

トイレでの信じられない出来事

 というわけで、トイレに来ました。
「僕はここで待ってるから」
 流石に女子トイレの中まで行けませんよね。わかります。
「えっと、で、できれば、声かけ続けてくれます?」
「そう? うん、わかったよ。気をつけてね」
 何をと突っ込もうとしたけど止めました。ええ、今は聞きたくないし。
 というわけで、がちゃりとトイレに入りました。
 臭いが凄いです。でも、こっちも実はギリギリなので、さっさと済ませようと思います。ついでに懐中電灯は、トイレの隅においてあります。蛍光灯にして。さてと、よいしょ……。
「だいじょーぶ?」
 ラナさんが声をかけてくれました。
「はい、臭いがキツイですけど、大丈夫です」
 ふー、一息ついたーっ!!
「それならいいけど、気をつけてね?」
「はーいっ!!」
 そうなんだよね、臭いが凄いと思ったら、ここ水洗トイレじゃなくて、汲み取り式のトイレなんだよね。まあ、水洗トイレだったら、水流せないから、更に酷いことになってただろうし、不幸中の幸いと思おう。
「そろそろ終わるー?」
 またラナさんが声をかけてくれます。
「はい、もうすぐ出ま……」
 全てを終わらせて、立ち上がったとたん。


 ぐいっ!!


「ひっ……」
 ななな、なんと、下げたショーツを握ってる宙に浮いた腕がっ!!
 明らかにこの腕、男性の腕だよねっ!? 毛深いし太いしっ!!
 しかも、それがハンパな力じゃない! めっちゃ凄い力で……いやー、その中には絶対に入りたくないっ!!
 と、そこでばんとトイレのドアが開いた。
「サナっ!!」
 ぐいっと引き寄せてくれたから、私は助かりました。
 ……あ、あれ?
 するっと何かが外れて、腕が消えました。
 え? 外れたって、まさか……。
「大丈夫、サナ?」
「あ、ラナさん……あ、ありがとうございます?」
 心臓バクバク言っています。ううう、どきどきした。
 あのまま引っ張られてたら、マジ、ヤバイところでした。ええ。いろんな意味で。あ、懐中電灯、懐中電灯。
 ……。
 ………。
 ぽろっと何かが零れました。
「ううう、奪われたーっ!!」
 そう、さっきするっと外れたのは、私のショーツ。
 お気に入りの一枚だったのに、まさか剛毛の幽霊の腕に奪われるなんてっ!!
「さ、サナ?」
 しかも、今、ノーパンなんだよね? すーすーして気持ちいいを通り越して寒いですっ!! 心許ないです!!
 今、幽霊にショーツ奪われて、貴重な体験できてよかったねって思ってるでしょ?
 私の身になってよ!?
 幽霊に脅かされるわ、追われるわ、ショーツは奪われるわっ!!
 心は存分に傷ついているわよ、ええっ!!
「で、でも、スカートでよかったね。ズボンだったら、もっと大変なことになってたよ?」
「ううう、どこかにショーツないですよね?」
 泣きそうな顔で私がそういうと。
「あるといえばあるかな?」
「へ?」
 な、なんで……。
「なんで、それを持ってるんですかっ!? も、もしかして、下着ドロ……」
「ちっ、違う、違うよっ!! 姉さんがコスプレイヤーで、僕の車を倉庫代わりにしてて、それでっ!! なんなら、今から僕の車に行く?」
 というわけで、あれだけ迷った廃屋を、するっと抜けて外に出ました。
 あれ、ここ建物の裏?
「僕の車はこっち」
 そういって、鍵を開けて、トランクをごそごそしています。
「あ、これでいい?」
「きゃー、見ないでっ!!」


 ………。
 …………。
 よ、良かった、でいいんだよね?
 お姉さんのサイズが私とぴったりなのが気になるところだけど、いいことにしよう。ノーパンで廃屋を探索するのは、ちょっと遠慮したい。
「もういいかな?」
 あ、ごめんなさい。あっち見てって言ってたんだっけ。
「あ、ありがとう、助かった……です」
「それはよかった。で、そろそろその丁寧な口調止めてもらえると嬉しいな。たぶん、僕と君、タメだと思うし」
「え? でも、ラナさん……いや、ラナ君。大学行ってるって……」
「僕は19。君は?」
「……来月で、19、です」
「ほらね?」
 にこっと人懐っこい笑顔で言う。
「それに、早くサナの友達見つけて、帰ろうよ。ちょっとここ寒いし」
「そ、そうで……そうだよね」
 私の言葉にラナ……君は満足げな笑みを浮かべてる。
「じゃあ、もう一度、入ろうか」
「あれ? ラナ君……懐中電灯、持ってないの?」
 思わず突っ込み。
「僕、夜でも分かるからね」
「こ、怖くないの?」
「ん、平気。でないとここに一人で来ないよ?」
 きょとんとした顔でそう答える。
「な、何しに、ここへ?」
「いつもの散歩だけど?」
 さ、散歩でこんな心霊スポットに来ないでください。
 思わず心の中で突っ込みました。
「だよねー。さっさと、サナの友達見つけよう。それじゃなきゃ、いろいろ楽しめないし」
 え、それって、どういう?
 突っ込む前にラナ君は私の手を握り、そそくさとまた、あの廃屋へと入っていったのでした。

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