カミシロ

秋原かざや

カミシロ

 目が覚めると、そこには優しそうな顔を向ける若い夫婦がそこにいた。
「え、と……」
 起き上がると、私はセーラー服姿で寝かせられていたのに気づいた。
 服のままで寝ていたなんて。
「気分はいかが?」
「いえ、悪くはないです」
 ただ、何が何だかよくわからない。
「顔色がまだ良くないわ。まだ寝ていた方がよろしいと思いますが……」
 心配そうに私を見つめる優しそうな女性がそう告げると。
「ああ、そうだな。サナさん、もう少し寝ていなさい」
 厳しい顔をした男性がそう言ってくれて。
「は、はい……」
 私は言われるままに、また眠りについた。


 翌日、すっきりした気分で起きると、先ほどの女性が私の所に来てくれて、いろいろなことを教えてくれた。
 まず一つに、私は『巫女』に選ばれたこと。
 選ばれたことはとても喜ばしいことであり、名誉なことであるという。
 それと同時に、巫女としての自覚を持つようにと言われた。
 また、ここは『巫女』とそして『カミシロ使い』の為に作られた家であるので、そこで全てを学ぶようにとも言われた。
 最後にもう一つ。
「わたくしのことは、あなたのお母様のように慕っていただけると嬉しいわ。もう一人の方は、」
 それだけで、ああ、この人は私のお義母さまになるのだと、感じたのだった。


 何日もここで過ごすうちに巫女としての振る舞いを叩きこまれた。
 というよりも、そうであろうとする気持ちの方が大きい。
「サナ、あなたに会わせたいお方がいるの。いいかしら?」
「あ、はい」
 教本を机に置き、私は立ち上がる。
 お義母さまに呼ばれて、私はその『お方』に初めて出会った。
「母上ー!」
 3歳くらいの幼い男の子。
 その子は不思議な外見をしていた。
 白い髪をして、左右の目が色違い。
 けれど、どことなく、お義母さまに雰囲気が似ていた。
 ああ、微笑む顔がそっくりなのだ。
「母上、隣にいるおねえさんはだれ?」
「あなたと一緒にいてくれる巫女よ」
「みこー?」
 さあ、もう少し勉強なさいと、先生らしき方の方へと促して、その男の子は元気よく去って行った。
「あの……方は……」
 私の声を受けて、お義母さまは。
「あなたと運命を共にする大切なお方、『カミシロ使い』の御子よ。近代稀にみる、素晴らしい力をお持ちなの。そのお蔭で、体が少し弱いのが気がかりなのだけれど」
 ああ、お義母さまは、私と共に生きるという、『カミシロ使い』の御子を会わせてくださったのだ。
 そう感じた。なんという、素晴らしい機会に恵まれたのだろう。
 神に感謝して、私はその日を喜びで過ごしたのだった。


 それから、数か月が過ぎた。
 そう、数か月だ。
 けれど、私にとっては、濃厚な数か月。
 私は、いえ、私達は。
 『カミシロ使い』と『巫女』は、二人で一組。
 この厳しい世界で闇の魔物と唯一戦える、重要な役目を担っている。
 そのためには、いつも生きるか死ぬかを覚悟しなくてはなくて。
 役目を果たす為に、気丈に振舞うことを教えられた。
 いずれ訪れる、『戦いの日』に備えて。
「サナ、君に『ヨリシロ』の使い方を教えよう。『カミシロ』には及ばないが、人の力よりも遥かに強い。扱うときは十分に気をつけなさい」
 そういって、お義父さまがヨリシロの札の使い方を教えてくださった。
 昔は数多くいた、『カミシロ使い』と『巫女』。
 そして、彼らを支える人々も。
 けれど、いくつもの戦いを経て、時代が人々が彼らの存在を忘れていって。
「この世界にいるのは、私達だけとなってしまった」
 そういうときは、いつもお義父さまは、ほんの少しだけ、僅かに寂しげな笑みを見せるのだった。


 そんなある日のこと。
「ふう……」
 暖かい湯船に体を浸し、今日の疲れを癒しているところに。
 あの方は現れた。
「サナ!」
 嬉しそうに可愛らしい笑顔で、しかも素っ裸で。
「きゃあああああああーーー!!」
 私の悲鳴に気づいて、お義父さまとお義母さまがやってきた。
「サナ、敵襲か!?」
「あ、あ、あ……」
 顔を真っ赤にさせて、胸を隠す私を見て、お義母さまは気づいたようだ。
「御子さま、湯殿に入るときは、必ず誰か入っていないか確認するようにと言いましたでしょう?」
「だって、サナと一緒に入りたかったんだもん」
 おいおい! 思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。
「いいえ、契りを交わしていない男女が一緒の湯殿に入る事はなりませんよ。さあ、こちらに」
 しょんぼりして去っていく御子さまがちょっと可愛そうで。
 お風呂に上がった私は、こっそりと御子さまの部屋にいって、花札をしたのは言うまでもない。


 あれからどのくらいの時が経ったのだろう?
 実際には恐らく数か月ぐらいだと思う。
 けれど、3歳だった御子さまは、いつの間にか16歳の少年にまで成長なさった。
 その力も強く、制御することも上手だった……らしい。
 というのも、全てお義母さまから教えてもらったことなので。
 そういえば、少し前に制服を着て、高校へと出かける御子さまを見かけた。
 幼い雰囲気はあるが、けれど、少年らしい成長した姿を見て、胸が少し弾んだ。


「時は満ちた」
 今、ここにいるのは、私とお義父さまと、お義母さまの三人。
 御子さまは、学校に行っている。
「い、いよいよ……なのですね」
 胸が締め付けられる。苦しくなる。
「サナ、今日までよく励んでくれた」
 いつも褒めないお義父さまが、私の頭を優しく撫でてくれた。
「そ、そんな……」
「この儀式が終わったら、すぐに奥の部屋にある『智の書』を『ヨリシロ』にしなさい。あの書は我々の知識が全て収まっている。何かあったときは、書に尋ねなさい。道を標してくれるだろう」
 私はわかっている。
 これから、何が起きようとしているのか。
 そして、私はそれを止めることはできない。
 ただ、儀式の成功を祈るだけ。
「サナ、あなたにはとても辛いことをさせてしまいましたね。『本当のご両親』にも、悪いことをしてしまったと思っています。ですが……」
「わかっています、そうしなければ……私達は先へ進めなかった、と」
 泣き笑いのような表情で、お義母さまは頷いてくれた。
 そう、この生活も今日で終わり。
 明日からは戦いの日が始まるのだ。
 お義父さまとお義母さまは、それぞれ、手紙をしたためた。
「御子が成人したときに、渡してほしい」
 二通の手紙を受け取り、私は静かに頷いた。
 声が出せなかった。
「さあ、始めよう。『カミ降しの儀』を」
 カミシロは、親から子へと受け継がれる。
 親から渡された力。
 それは、どれだけ覚悟を決めたかによって、力の強さが決まる。
 数代前に、当人の覚悟がないために、弱い『カミシロ』が生まれた時があった。
 そのときの戦いは酷いものだったそうだ。
 だから、覚悟を決める。
 これはとても大事なことだ。
 強い意志が、強き力を引き寄せるのだ。


 二人の、気丈な……命と引き換えに。


 お義父さまが、自分の腹部を切り裂いた。
「覚悟は良いな? マリ」
「はい、いつでも。ショウジ」
 そののち、お義母さまの腹部を切り裂く。
「さあ、最後だ。サナ」
 僅かに震えるお義父さまの手から、血の付いた刀を受け取り、自分の手首を切り裂く。
 とたんに、世界が変わった。
 お義父さまとお義母さまの二人の姿が、風と共に変わっていった。
 巨大な、本当に巨大な……二匹の龍が渦巻いていて。
 その風は私の腕の血へと流れて混んでくるかのようだった。
 嵐のようなその部屋に、誰かが飛び込んでくる。
「サナ! 父上、母上!?」
 笑えただろうか? 儀式は成功したのだ。
 素晴らしい結果がもたらされたのだ。
「御子さま、カミシロさまを、あなたの手で……従えて……」
 ふらりと倒れる体を、御子さまが支える。
「我が名に誓い、我は汝らを使役する! 我は54代カミシロ使いの御子、『シロエ』!」
 二匹の龍がこのとき、御子さまの……ううん、シロエさまの力となった。


「ねえ、サナ」
 私は二人だけになった。
 すぐさま、お義父さまの言われた通り、智の書をヨリシロにし、今後の身の振り方を相談した。
 まずは、戦い方を知る事。
 私は少しだけお義父さまとヨリシロを使う方法を伝授されたときに教わっただけ。
 シロエさまもお義父さまとヨリシロを使って戦ったことはあるけれど、カミシロを使った方法は、これからだ。
「僕はこんな戦い、間違っていると思うんだ」
「そうでしょうか? そうしないと、敵を封印することはできません」
「そこだよ、疑問に思うところ」
 シロエさまは続ける。
「どうして、滅しないで、『封印』という面倒なことをしているんだ? 滅することができれば、僕達のような苦しい思いをする者達が出ることはなくなる。そうでしょう?」
「でも……私達と戦う、『本当の闇』はとてつもなく、強い力を……持っています」
「サナだって、本当は無理やり連れてこられたんでしょ? 智の書から聞いたよ。印が出た少女を親元から奪って連れてくる。それが巫女だって」
「私には……わかりません」
「そう思わされてるんだよ?」
「私は……ただ、シロエさまとともに、闇を封印するために……」
 唇が重ねられた。
「そこは、愛する人と幸せをつかむためにって言ってほしかったな」
 ぼっと顔が赤くなる。
 いや、かっと熱くなった。
「ねえ、サナ。僕らは次の世代を産むことになる。だけど、そのときは誰もが幸せな世界にしたい。僕らを忘れて、平和を享受する堕落な者達を戒めるためにも」
「シロエ、さま……」
 にこっと笑って、シロエさまは、なおも言葉を重ねる。
「シロエ」
「……シロエ」
「うん、合格」
 ふわりと頭を撫でてくれた。
 それは、あのとき、お義父さまがしてくれたのと全く同じで。
 一滴、涙が零れた。
「幸せになろう、サナ」
「……はい……シロエ」
「そのためにも」
 彼は私の手を握り、立ち上がる。
「『闇』と戦おう」
 そういうシロエの言葉に、私は笑顔で頷いたのだった。

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