記憶喪失でも大丈夫ですか、勇者さま!?

秋原かざや

状況を整理しましょう、勇者様



 そして、1ヶ月が過ぎた。
 僕の怪我は完治し、動けるようになった。
 皆、家での役割分担は意外としっかりしていて、僕は皆の手伝い補助という感じだ。
 買出しの荷物持ちとか、釜戸に使う薪を拾ってきたりとか。


 そんな中、模擬戦をしてみようという声が上がった。
「では、参るっ!」
 長いポニーテールが、ゆらりと靡く。
 両手で握られた木刀が勢い良く突き出された。
 僕はというと、あたふたとしながらも、何とかそれを避ける。
 そうそう、今、模擬戦の相手をしてくれてるのが、ツバキというポニーテールの少女だ。動きやすいよう、プレートアーマーの一部を流用して装備しているそうだ。流石にフル装備だと動けなくなるらしい。それに戦闘の時は、先陣切って戦いつつ、司令塔にもなるそうだ。見るからに強そうだよね。
「でも、やる気になればツバキさん、フルアーマーでも戦えるんですよ」
 と教えてくれるのは、眼鏡で弓使いのサディナ。前に僕の部屋に一番に入ってきたときにお粥を零したあの子だ。ちょっとドジっ子属性があるっぽく感じる。でもそこが……こほんこほん。今は模擬戦に集中集中!
「いい動きだ、勇者殿」
「えっと、そうなの、かなぁ?」
 さっきから僕も一応攻撃してみるも、全然当たる気配すらないんですけど。ツバキの動きは何とか見えるので、ギリギリ躱すことができた。
 ぶんと、目の前にツバキの木刀が迫る。僕の髪がふわりと風圧で巻き上がった。
 その勢いにぞくっと背中に寒気が走る。もちろん、ツバキは手加減している。まあ、持っているのが、背負っているランスではなく、木刀を選んでいる点において、そこからもう手加減されているんだけど。
 僕も負けじと木刀を振る。けれど、やはりツバキのような勢いはない。若干違和感を感じるのは気のせいだろうか? とにかく、木刀を左右にフェイントを交えながらも振るのだが、全く当たらない。
「勇者殿は、私の攻撃が見えるのか?」
「い、一応、見えるけど……」
「なら、これは?」
「え? うわあっ!」
 先ほどとは比べ物にならないくらいのスピードで走りこんできた!
 僕は慌てながらも、その攻撃を体を反らすことで何とか躱すことに成功した。
「なるほど」
 そういって、ツバキは木刀を下ろす。
「いかがですの、ツバキ」
 それを見計らって、声を掛けるのは、修道服を着た少女、シェリス。このメンバーの纏め役を担っているようだ。優しい笑顔の下に厳しい顔を持っている……気がする。
「勇者殿の動きは、ややぎこちないものの、避けるという点においては前と変わりない。だが……」
「攻撃がへなちょこだぞ」
 そう声をあげるのは、ふわふわした猫耳と尻尾を持った、ミーシャ。鋭い爪を取り付けた甲を装備しているが、武器はそれくらいで、基本は素手や足といった体だけで攻撃する武道家なんだそうだ。こっちもかなり強そうな気がするよ。あ、でもツバキとは違って、ちょっと喧嘩っ早い所があるから、いつもトラブルに巻き込まれやすいって、シェリスが言ってたっけ。
「でも……避けられるのならまだ良い方」
 ミーシャの声に反応したのは、フードを被った少女、ルーゼ。その手には、古い魔道書が抱えられている。そうそう、その手が包帯でぐるぐる巻きされてるんだよね。僕のように怪我をしたわけではなく、肌を見せたくないんだって知ったのは、ごく最近だったりする。でも、怪我じゃないって分かって、ちょっとホッとしたのはここだけの話で。
「よし、じゃあ、次はミーシャとだな!」
「おい、話、聞いてたのか?」
 思わずツバキが突っ込む。
「だいじょーぶ、勇者なら、ミーシャの攻撃、バッチリ避けられるって!」
「う、うん」
 思わずミーシャの勢いに押される形で頷いてしまった。
「そんじゃー行くぞっ☆」
「え、も、もうって……」
 ミーシャは止まらぬ速さで迫ってきて、僕は思わず、木刀を振る。う、避けられた!
「そんなんで、ミーシャは倒せないよっ♪」
「おわ、わっ!」
 繰り出される爪を何とか木刀で受け止めて。
「やーるな、勇者! じゃあ、ここでミーシャのとっておきの……」
「え、ええっ!?」
 ミーシャの動きに合わせて木刀を構えたが……しまったっ!!
「みらくる☆あたーっくっ!!」
「ぐあっ!!」
 見事、僕のみぞおちにクリーンヒットして……気絶した。




 目が覚めたら、そこは僕の部屋だった。
「よかった、また目が覚めないかと心配したのですよ。わが主」
 どうやら、シェリスがすぐさま駆け寄り、魔法で治してくれたらしい。
 とはいっても、それほどの力が出ていなかったので、多少、肋骨にヒビが入ったくらいの軽傷だったそうだ。ん? これって軽傷なのか?
 でも、傍でしゅんとしてるミーシャを見ていると、思わずなでなでしてしまう。
「っわ! な、なにするんだ、勇者っ」
「僕はもう大丈夫だよ。だから気にしないで」
 にこっと微笑むと、ミーシャはぼっと赤くなって。
「た、大したことなくて、よかったぞ……」
 他のみんなに睨まれて、またミーシャが静かになったのは、うん、気のせいということにしておこう。




 そういえば……僕が目覚めたときもこんな感じだったっけ。
 みんなから自己紹介されて……。
「自己紹介はこれでよろしいですわね」
 シェリスがそう告げると、僕はこくりと頷いた。
 ツバキとミーシャが僕を起こしてくれたから、ずいぶんと話し易くなっていた。こうして、みんなの顔を見ながら話せるのはちょっと嬉しい。
「次にこの場所だが……ここは、デラストリィ王国の王都、ガントレイジ。その外れの森に、我々は居を構えている」
 そういって、ツバキが教えてくれた。
 聞いたことのあるような、ないような地名。
 けれど、何も分からないよりはいい。
「そう……なんだね」
「で、勇者の名前は、ラナシード・ユエルなんだぞっ!」
 今度はミーシャが教えてくれた。
「ありがとうミーシャ、教えてくれて」
 そう僕が言うと、ミーシャはふふんと鼻を鳴らして、自慢げにふんぞり返っていた。ちょっと可愛い。思わず、その耳を触っちゃいたい気分だ。
「あれ? でも……なんで、僕にはファミリーネームがあるのに、皆には名前しかないの?」
 その疑問に答えてくれたのは、ルーゼ。
「私達、魔族……だから……名前だけ」
「魔族?」
 少し悲しげな表情でシェリスが続ける。
「魔族は魔王の生み出した眷属。ですから、魔王が殺されれば、私達は消える運命でしたの。それを……わが主は『契約』によって、私達の命を繋ぎとめてくれたのですのよ」
「右手の方を見れば、わかりますよ」
 掃除を終えたサディナが、僕の右腕の包帯を解いてくれた。腕に刻まれた紋様は5つ。それぞれが彼女達を繋ぎとめるものなんだということが、なんとなく感じられた。淡い光を放ってるようにも見える。
「ただ……忘れてはいけないのは、普通の人間の魔力では、魔族と契約できるのは『一人につき一人』だけです」
「えっ?」
「だから、人に見せてはいけません。それは人ならざるものだということを示しているのに他ならないのですわ……あなたが望まなくとも。ですから、記憶を失う前のあなたは、その紋様を見せないよう魔法でカモフラージュしていましたわ」
「魔法が分からないなら……私がやる」
 ルーゼが手をかざし、何かを唱えると、紋様がすうっと消えた。
「これでも力のある者には、見えてしまう……だったな、ルーゼ」
 確かめるようにツバキが尋ねると、ルーゼは静かに頷いた。
「何かで覆い、見せないようにする……だね。うん、わかった。でも……魔族とそんなに契約できるなんて……」
 僕の言葉にシェリスが口を開く。
「きっと、魔剣カルディトゥスのお陰かと」
「あそこにある、剣のこと?」
「ええ。あの魔剣には、凄まじい量の魔力が封じられているのです。それを引き抜き、難なく扱えるのですから、複数の魔族と契約を結ぶのに、何の不思議もありませんわ」
 なるほど、それなら頷ける。
 一人につき、一人の魔族としか契約できない。
 なのに、僕は5人もの魔族と契約している。
 これは隠さなくてはいけないこと。
 ん、ってことは……。
「僕、もしかして、凄い魔法とか使ってた?」
「おう! でっかい花火とか出したり、なーんにもない場所から大量の水を出したり、まるで神様みたいだったぞっ☆」
 ミーシャが教えてくれる。
「ですが……その様子ですと、使えてた魔法もすっかり忘れてしまっているようですわね?」
「……ごめん、全くわかんない」
 さっきルーゼが唱えた呪文もよくわからなかったし……も、もしかして、もしかしなくても、役立たず!?
「まずは……傷を治すのが先決」
「ルーゼの言う通りだな」
 ツバキだけでなく、その場にいた皆が頷いている。
 そうだった、僕って怪我してたんだったっけ。思い出したとたんに、また痛みが襲ってきた。
「本来ならば、怪我した理由を問いたいところですが……記憶がない以上、仕方ありませんわね」
 そういうことだったから、治療に専念したんだったっけ。




「勇者様?」
「あ、サナ」
 目の前にいるサディナを見て、僕は現実に戻った。
「どうかしたのですか?」
「ちょっと、ね。皆がここに集まって、いろいろ教えてくれたときのこと、思い出したんだ。前もこんな感じだったなって」
 そんな僕の言葉に、みんなはくすりと微笑んだ。







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