記憶喪失でも大丈夫ですか、勇者さま!?

秋原かざや

出かけてみたら、穴に落ちました(マジ!)



「いろいろ考えたのですが、わが主。出かけませんか?」
「荒療治だぞっ♪」
 シェリスの提案に僕はというと。
「で、出かけるって……僕はまだ外には……」
 もちろん、買い物とかはできるが、冒険となると大変だと思う。
「それに関してだが、我々も共に行くことになった」
 そう告げるのはツバキ。
「もちろん、危ないところは避けますよ。それに行くところは、かつて勇者様が立ち寄った場所……ですよね?」
 サナがシェリスに確認するように尋ねる。
「ええ、そうですわ。ここに居ても変化はありませんでしたし、一度、外に出てみるのも、わが主には必要かと」
「もしかしたら……思い出すきっかけになるかもしれない」
 そう続けるのは、ルーゼ。
「……そういうことなら」
 そういうわけで、僕らは、出かけることになった。
 今まで僕が歩いてきた軌跡というか、それを辿れば、失われた記憶が戻るかもしれない。それは可能性でしかないけど、試してみようっていう気持ちも分かるし……。僕もこんなんじゃいけないって思う。
 と、いうわけで、まずは、僕が最初に向かったと思われるダルシュペインの町に向かうことに。
 ガントレイジから馬で2時間だそうなので、ツバキと一緒に向かったんだけど……。


「もしかして、あそこがダルシュペイン?」
「はい。それと、私の故郷でもある町……」
「ツバキの?」
 馬を下りて、少し休憩中。僕らの、ではなく馬のである。
 あともう少しだし、僕らも休憩がてら休みを取ろうってことになったんだ。
「あそこには……あまり良い思い出はないからな……」
 ツバキの言葉。なんとなく、分かる気がする。
 皆と数ヶ月過ごしてきたけど、皆は周りの人達に嫌われる魔族だからって、超控えめな生活をしていたらしい。
 で、記憶を失った僕もそんなに目立つのが好きじゃなかったらしく、皆に合わせるようにご隠居生活まっしぐら……だったそうだ。
 でも……こんなに凛として格好良いのに、魔族ってことを差し置いても綺麗だし、まるっきり人間だって思う。魔族だからって、嫌われることなんてあるんだろうか?
「それは……我々の正体を理解していないから……かと」
 言い辛そうにツバキが口を開く。
「正体?」
「私だと……サラマンダーハーフなので、常人よりも強力な一撃を繰り出すことができる。だが、その際、体の一部に深紅の鱗が現れる。ハーフなので、体全体をサラマンダーに変化することはできないがな」
「格好いいじゃないか」
 ぶふっと、ツバキは飲んでいた水を吹きだした。
「むしろツバキに合ってると思うけど」
「……同じ言葉を、前にも貰った」
 少し頬を染めて、ツバキはそう僅かに微笑んだ。
「やはり、本質的には勇者殿、なんだな」
「あー、戦いじゃ全然役立たなかったけどね」
 実際、この町に着く途中でモンスターが出てきて、バトルになった時もあった。なんていうか、パニック起こして、結局、ツバキに倒してもらっちゃったっけ。
 それでも何かの役に立つかもしれないと、魔剣は持っている。
「本当に僕、強かったのかな?」
「ああ、とても強かった。魔王を倒すときも、一人で退治できそうなくらい、圧倒的な力をお持ちだった」
 今は全然そんな力、これっぽっちも出せないけど、ね。
「あ、水なくなっちゃった。さっき川あったよね。ちょっと取ってくる」
「私も……」
「ううん、僕一人で行きたいんだ。それにここら辺、魔物がいる気配とかもしないし、たぶん、大丈夫だから」
 せめてこういうのだけでも、一人で出来るようになりたい。
 森の中に入り、川辺を見つける。
 目当ての水を水袋に入れ、蓋を閉めた。
 揺れる水面に映る、僕の顔を思わず、まじまじと見つめていた。
 双剣の勇者。
 本当に、それが僕……なんだろうか?
 どこにでもいる、銀髪で蒼い瞳の少年じゃないか。
 力もあるようには感じない。
「でも、攻撃は避けれたっけ」
 模擬戦のときのことを思い出して、思わず呟く。
「攻撃はできなかったんだよね……」
 攻撃の仕方を忘れているというか、したくなかったというか……。
 いや、ここでくよくよしても仕方ない。
「ツバキも待ってるし、早く戻ろ……」
 そう思って、駆け出したときだった。


 すぼっ!!
「えっ!?」


 何かを踏み抜いたと思ったとたん。
 感じる浮遊感。あ、この感覚、知ってるかも。何度も味わった気が……。
「って、落ちてるっ!?」
 気が付いたら、僕は見知らぬ穴に落っこちて。
「うわわわわあああああ!!」
 ずぼどすんっ!! 口では表せないくらい、痛い衝撃。いや、これは打ち身だけなんだけど、けど、なんていうか、心のダメージが大きいというか。
「なんだ、コイツは?」
「どこから来たんだ?」
「怪しいな……」
 っていうか、変な男達に囲まれているんですがっ!?
「え、あ、そのっ!! 水汲みに行ったら、落とし穴に落ちてしまってっ!!」
 ま、間違いじゃないよね? ここは正直に言うのが一番っ!!
「まさか、例のやつ、まだあったのか?」
「ちゃんと塞いでおけって言ってただろ?」
「すんません、アニキ」
 男達は下っ端らしき男にそう告げていた。
 えっと、これって……不可抗力でいいんだよね? 僕、被害者ってことで、ファイナルアンサー?
「で、お前はそこから落っこちてきた?」
「は、はい、たぶんっ!!」
 怖そうな兄さんもとい、アニキに睨まれて、僕は蛇に睨まれたカエルのごとく嫌な汗をかきながら頷いた。
「丁度、人手が欲しかったところだ。お前、手伝え」
「アニキ、その前に名前聞いたらどうっすか?」
「それはこれから聞くところだったんだ。で、お前、名前は?」
 尋ねられて、僕はちょっとだけ思案した。
 今、本名を名乗るべきじゃない。
「ら、ラナンといいますっ!!」
 適当な名前を出しておく。うん、これからしばらく、僕はラナンで通そう。
「じゃあ、まずは……こいつの手伝い」
 下っ端さんを顎で指し示すと、アニキさんはさっさと、洞窟の奥へと戻っていってしまった。
「お前も災難だったな。まあ、アニキは優しいから、頑張れよ?」
 えっと、それって、どういう?
 と、とにかく、僕は……ツバキとはぐれて、穴に落ちて、変な男達と共に行動することになっちゃったんだけど。
 こ、これからどうなるんだろ、僕……。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品