記憶喪失でも大丈夫ですか、勇者さま!?

秋原かざや

革命を待つ町ダルシュペイン

 熱い焔が周りを覆っているかのよう。
 暗い夜。
 赤々と照らされているのは、誰かを探すための焔と、襲撃を受け燃え上がる城。
 そんな中、誰かが誰かを抱いて、泣いている。
 黒髪の女騎士……いや、あれは幼い頃のツバキだ。
 そして、ぴくりとも動かない男性は……。
「とおさま、とおさまっ!!」
 ああ、あの血だらけで倒れている男性は、ツバキの父親だったのか。
 心の中に、口惜しさだけが募っていく。


 ―――泣かないで、ツバキ。


 そう思って手を伸ばそうとして。


「あいたっ!!」
 勢いよく、頭をぶつけた。
 そして、ここが宿屋ではないことを思い出す。
 狭い場所にたくさん置かれた3段ベッド。
 その一番上を、僕にと宛がわれた。
「おーい、ラナン! 買い物にいくぞー!」
「はい、今行きますっ!」
 ごんっとまた頭をぶつけて、ちょっと涙目になりながら、僕を呼んだ兄さんの所へと向かった。
 もちろん、2本の剣も持って。


 僕が来ているのは、ダルシュペインの町。
 昨日、今日と話を聞いて知ったことは、この町の人々は変革を望んでいるということだ。
 なぜなら、この町を担う領主は、町民達からかなりの額の税を納めさせて、私腹を肥やしているらしい。
 それだけではない。
「お願いします、その子だけは勘弁を……ああう!」
「何を言う、こんな美しい女は領主様へ捧げるものと決まってるだろう!」
「や、やめて! だ、誰か、助けてっ!」
 無理やり娘を連れて行こうとする役人達を見て、思わず、僕は飛び出していこうとするのを。
「止めておけ」
 傍にいた目つきの悪い兄者こと、ジンケがぐいっと引き戻した。
 ジンケはあの地下で活動を続けている組織のリーダーだった。
 最初に出会ったとき、怖い目つきで睨んできたけれど、怖いだけではないみたいだ。
「どうしてです!?」
 僕はジンケに食って掛かる。
「鞭打ちの上に、殺されるぞ」
 そう、彼らは邪魔する者も容赦なく、処刑していた。
 こんな光景は、この町では日常茶飯事。
 今や、彼らに立てつく者はいない。
「だから、俺達がこうして、秘密裏に活動を続けているんだ。いつかあの領主を倒すためにな」
 小さな声、けれどもその声には、ぴんとした張りがあった。
「……それでも、なんとなく嫌な気分です」
「まあな、あれを見て気分がいいのは、領主だけだ」
 そういう僕達が歩いていく道の陰では、税が払えなくなった浮浪者達が、ぼんやりと遠くを見つめていた。
「さっさと買出しを済ませるぞ」
「へい、アニキ!」
 ジンケの言葉に気前よく返事を返すのは、僕を指導する役らしき、お兄さんこと、ローダ兄さん。
 気さくな気質で、初めてここにきた僕の面倒をよく見てくれていた。
「お、そうだそうだ。ラナン、お前もこのことを知ったからには、しっかりと町の為に働いてくれよ! あのドルヴァスを失脚させるためにもな」
 ローダ兄さんの言うドルヴァスとは、今の領主様の名前。
「でも、そんな風に言ったら危ないんじゃ……」
「それが怖くて活動できるかっての!」
 ごいん。ローダ兄さんの頭を、ジンケさんが勢いよく殴った。
「今は地下で準備を整えるのが先だ。ちったあ、極秘ってことを学べ」
 そういえば、今日は人手が足りないとかで、ジンケさんも買出しに付き合ってくれてるんだったっけ。
「こんにちはー。『白い翼』の指示で小麦粉をもらいに来ました」
 僕がそう言って、ローダ兄さんから預かった金貨をお店の人に手渡した。
 この白い翼というのは、キーワード。組織の使いだということを伝えるためのものなんだ。
「お、買出しかい? 坊やみたいなのも頑張ってるんだな。俺らもひと踏ん張りせんとな!」
 どんと置かれた小麦粉に僕は、思わずうわあと声を漏らす。
「一人で無理なら、そこの台車を使いな。なかなか良いものだから……おっ?」
「だ、大丈夫です……これくらい、なんとか……よよっ」
 店のおじちゃんに心配されながらも、僕は何とか小麦粉を持ち上げることができた。
 うん、これなら行けそうだ。
「頑張ってくれよ! 『自由の翼』には期待してるからな!」
 おじちゃんのいう自由の翼、それが僕がたどり着いた先の地下組織の名前だった。


 虐げられている町民に自由を。
 それをスローガンに活動している革命軍。
 それが、『自由の翼』。
 ジンケさん率いる地下組織の名前だった。

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