アール・ブレイド ~ソルビアンカの秘宝~

秋原かざや

第3話 追いかけるは蝶仮面!?

「まさか、ロット先輩っ!?」
 アリサは、煙が上がるトラックの方へと向かって駆けてゆく。
 もしそれが、本当に先輩のトラックだとしたら、一大事だ。
 それに……。
「高価なトラックがおじゃんだよ!!」
 それも大事なことなのだ。今後の仕事の効率にもかかってくる。
 もちろん、彼の安否も非常に気になる。
 できれば、間違いであって欲しい、そう願っていたが……。


 トラックを目視できる場所までたどり着いて、それが確信へと変わる。
 確かにあのナンバーは先輩のトラックのもの。
 いまだに煙が上がっているのも、あのトラックだった。
 傍には救急車や消防車など、緊急車両が止まって、作業が行われているようだ。
「ロットせんぱ……」
 その時だ。
 駆け寄るアリサの手を、ぐいっと誰かが強く引いた。
「ふえ?」
 思わず変な声が上がる。
 そのとたん、口をふさがれ、背中に固い物を突き付けられた。
 ナイフ……なら、なにかしら既に怪我をしているだろう。
 そうなると、背中に押し付けられているのは、恐らく銃?
 アリサは思わず息をのむ。
「大人しく、荷物を寄こしなさい。そうすれば、あなたの命は助けてあげる」
 後ろから捕まえられているので、相手の顔は見えない。
 口調は優しい。声色を考えると男性のようだ。
 だが、配達業を営む自身としては、荷物のことなど軽々しく言えるものではない。ましてや、先ほどのロボットが言った『遺産』。
 恐らく、後ろにいる男はそれを狙ってきたものだろう。
 タイミングよく、口元を覆う何かが避けられた。
「知らないわ。私は届けただけだもの」
 すぐさまそう、アリサは答える。
「嘘をおっしゃい! あの部屋には壊れたロボットしかなかったわ!」
 どうやら、後ろの男……だろう人物は、あの部屋に入ったようだ。
 壊れたということは、あの会話を交わしたロボットは、あの後、動かなくなってしまったということか。
 ずきりと胸が痛んだが、今はそれどころではない。
「もう一度言うわ。知らない。あそこに運んで、サインをもらって出ただけ。きっとあそこには、私以外の誰かがいたのよ」
 とたんに、頬に痛みが走った。
 つうっと何かが流れる。
 血だ。それにアリサはさーっと血の気が引いた。
「そんな人はいなかった。そうでしょ? あなたが入った後、ちゃんと赤外線センサーでモニタリングしていたもの。生きている人間はあなただけ。他には誰もいなかったわ。だから、荷物はあなたが持っている。さあ、もう一度聞くわよ。あなたが荷物を持っているのよね?」
 アリサは即座に答えられなかった。
 後ろの男はなおも何かを突き付けて、アリサを脅している。
 かといって、持っているものを渡すのも癪だ。
 幸いなことに捕まれた手のそばには、アリサのポーチがあった。
 にまっと笑みを浮かべて、アリサは。


 ぼんっ!!


 煙幕を地面にたたきつける。
 あたりには視界を遮る煙が大量に立ち込めてきた。
 万が一、犯罪に巻き込まれる場合も想定して、実はこういうのを持たされていた。
――まさか、私が使うことになるなんて……――
 だが、背に腹はかえられない。
 この煙幕は、相手を怯ませるのに充分だった。
「なに、この煙っ!?」
 緩んだ手を押しのけ、アリサは男の手から逃れることに成功する。
「じゃあね、私は行くね?」
 そう言い残し、アリサは飛び出す。
「ちょっと、あんたたち!! その子を捕まえなさい!!」
 どうやら、男は一人だけではないようだ。
 しかも、アリサを襲った男も、行く手を塞ごうとしている男達も、なぜか顔には蝶の形をした仮面をつけていた。それがなければ、イケメン……かもしれないのに。たぶん。
 自身の身軽さとローラーブレードのお蔭で、彼らを何とか避けたアリサはふと、この先にある横道を思い出し、そちらに入り込む。
 なおも追ってくる蝶仮面らに向かって、近くにあったゴミ箱をぶちまけた。
「うわっ!」
「おお!?」
 上手くゴミ箱とゴミに躓き、足止めすることに成功!
「やっりー!」
 走りながら思わずガッツポーズ。
 だが、追手との追いかけっこは、ここからが始まりだった。


 店の陰に隠れたり。
 ローラーブレードで壁を伝って屋根へと駆け出し、一気に逃げる。
 ときにはわざと人混みの多い路地を通り、蝶仮面らを撒いたりしたのだが。
 いかんせん、相手が多い。
 逃げれたと思ったら、また次の蝶仮面らに見つかるのだ。


 気が付けば、もう陽も落ちてきて。
 そんな中、この状況を打破すべく、宅配事務所に連絡を取るも。
「うー、繋がらない……」
 機械的な留守番電話が応答するのみ。
 けれど、仕方ないだろう。
 あのトラックがロット先輩のものであるのならば、その対応に追われているのだ。
 親方やスタッフの皆が。きっと。
 そう思って立ち上がった瞬間。
 ぱんと乾いた音が響いた。
「もう追いかけっこはおしまいよ。さあ、観念しなさい」
 銃を突き付け、アリサを脅迫する男。先ほどアリサを捕まえていた男だ。
 ぐうとアリサは唇を噛む。
 もうダメだと覚悟を決めた、そのとき。


「きゃっ!!」
 何かが撃たれた音と、男が銃を落としたのが、同時。
「え?」
 アリサは何が起きたのか、すぐさま反応しきれない。
「若い女性に大勢で何をしてるんです?」
 若い男の声だ。
 近くにある建物の屋上から、銃を撃ったようだ。
 ミラーシェードで目元を隠し、黒づくめの男。
 こっちも怪しさでは、蝶仮面らと同じだが、助けてくれるのならばと、藁をもすがる想いで、彼に助けを求める。本能的に、きっと彼は味方に違いないと感じながら。
「助けて! 変な奴らに捕まりそうなの!!」
 アリサの声を受け、黒づくめの男は。
「了解」
 ふっと笑みを浮かべて、彼はそこから華麗に飛び降りた。
 それもびっくりだが、それと同時に黒づくめの男は両手で銃を蝶仮面らへと構えると。


 ぱぱぱぱぱんっ!!


「うわ、撃たれた!!」
「ぐおっ!!」
「きゃんっ!!」
 仮面をつけた男達が次々と倒れていく。
「お見事!!」
「そんなこと言っていないで、行きますよ」
 黒づくめの男が銃を太ももにつけられたホルスターに戻すと、さっとアリサの手を引き、その場を逃げ出した。
「ちょっと待ちなさーいっ!!」
 蝶仮面の男の声だけが響いていた。


「本当はあなたを抱いて逃げようと思ったんですが」
 仮面の男達から遠く離れた頃。おもむろに彼は口を開いた。
「ふふふ、私、早いでしょ。それよりも、さっきはありがと。えっと……」
「アールです」
 黒づくめの男、いや、アールは走りながら、そう自分の名を名乗った。
「私はアリサよ。アリサ・ロレット」
 普段ならここで握手を求めるところだが、移動中は無理だろう。
 かわりにアリサは、とびきりの笑顔を見せた。
「あなたがアリサ……無事でよかったです」
 その口ぶり……どうやら、アールはアリサのことを知っているようで……。
「それよりも、病院に行きましょう。あなたの先輩が気になるでしょう?」
「え? ああ、そうね。ロット先輩が心配だわ。でも、あなた知ってるの?」
「先ほど、知人から連絡がありましたから」
 あっちですよと言うアールに、アリサはそのまま素直に従うのだった。

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